
PROFILE: 杦山晶/ヴォートレイル ファッション アカデミー クリエイティブディレクター兼教務部部長
「1週間で複数着編む」という驚異的なペースで人気アーティストやアイドルの衣装を生み出しているニットブランド「メラペスカ スギヤマ(MELAPESCA SUGIYAMA)」。
そのブランドを手掛けているのは、大阪のファッション専門学校、ヴォートレイル ファッション アカデミー(旧・大阪文化服装学院)のクリエイティブディレクターを務める杦山晶先生だ。教育者として学生を指導する一方、業界内では編み物クリエイターとしても注目を集めている。
専門学校の先生とクリエイター、2つの顔
ブランド名に含まれる「メラペスカ」は、かつて留学していたイタリアの言葉で「りんごと桃」を意味し、自身の子どもたちの名前に由来する。また、「クレジットに名前が出た際、自分自身の活動であることが伝わるように」という思いから、あえて「スギヤマ」の名を冠した。
杦山先生の本業は、ヴォートレイルのスーパーデザイナー学科を中心としたクリエーション全体のマネジメントを担う教務部部長だ。かつてはニットアパレルメーカーで製品企画に携わっていた経歴を持つが、現在は学校組織の舵取りが主な職務である。
そんな彼が編み物を始めたきっかけは、意外にもストレス発散だった。「編んでいるときは唯一、無になれる時間なのです」と語る。デジタルデトックスにもなり、SNSなどの情報過多な日常から離れられるそうだ。
しかし、趣味として始めた編み物は、やがて仕事へと発展する。教え子たちが運営するリース事業「スパイスルーム(SPICEROOM)」の存在が、彼の作品を業界の最前線へと押し上げた。
東京・代々木にある「スパイスルーム」は、ヴォートレイルの卒業生が運営し、学校側も出資してバックアップしている衣装リース事業だ。杦山先生はここに自身のニット作品を提供し始めた。当初はナチュラルな作風だったが、リースルームのニーズやZ世代のトレンドを汲み取り、カラフルでエネルギッシュかつエッジの効いたデザインへと舵を切ったことでリース件数が増加した。
特筆すべきは、自身のSNSを活用した徹底的なアプローチだ。インスタグラムのアカウントではあえてスタイリストのみをフォローし、面識のないスタイリストに対しても自らダイレクトメッセージを送って作品をアピールするという、積極的な営業活動を行っている。
そして、このSNS運用で得た「どのような画像がスタイリストの目に留まりやすいのか」「どういったアプローチがリースにつながるのか」といったリアルな知見をそのまま自身の授業に持ち込み、学生たちへレクチャーしているそうだ。
「まずは自分が率先してトライし、結果を出さないことには学生に対する言葉の説得力は生まれません」。自ら泥臭く実践して得た知見を共有することが、結果的に学生たちのブランド運営やSNS運用の“生きた教材”となる。
「ヴォートレイルが日本一になるためには、『質の高い教育を提供しないといけないよね』という循環なんです。自分が楽しみながら価値を高めることが、結果的に生徒への還元になると思っています」と語る姿勢は、極めて実践的かつ合理的だ。
型紙を持たない、予測不能の「立体編み」
「メラペスカ スギヤマ」の作品の魅力は、独特な立体感にある。通常のニットウエアが平面的な編み地を組み合わせて作られるのに対し、杦山先生のアプローチは全く異なる。
「立体裁断の知識があるので、基本的には型紙も編み図もありません。頭の中に着地点だけがあり、そこに向かって編むだけ。途中で気分が変わったらどんどん道を変えていくので、ある意味もう適当に編んでいるんです(笑)。でも、それでも形になってしまうのが、編み物の良い所。通常のセーターではあり得ないようなフリルの立ち上がりや、予測不能な立体感が生まれるのです」。
例えば、顔や年齢などの個人情報を一切非公開にして活動している、覆面シンガーのベビドラのために制作されたマスク。顔の凹凸に合わせた複雑な立体構造を持ちながら、目の開口部を後から引き伸ばすように成形していくという離れ業で作られた。そのほか、雑誌の撮影に使用された巨大なフライトキャップは、スタイリストの二宮ちえ氏のアイデアから生まれたもの。内部に手芸用のプラスチックメッシュを仕込み、重みで落ちてしまうニットの弱点を克服した。
「普通のニットデザイナーがやらないような『破天荒なやり方』をしているからこそ、面白いものができる」と語る通り、その自由な発想は相澤樹氏をはじめとする人気スタイリストらを魅了している。
納期と酒、その間で編み続ける日々
そして、驚くべきはその制作スピードだ。「早ければ、1週間で複数着を仕上げることもある」と話す通り、凄まじい速さで作品を生み出す。移動中の新幹線や飛行機の中でも手を動かし、2時間半でトップスの大部分を編み上げるほどの“爆速”っぷりだ。
一方で、日常には人間味あふれるユーモアも漂う。「お酒(特に焼酎のロック)を飲みながら編むのが大好きなんですけど、飲んだ後に作業はできないタイプで(笑)。だから仕事終わりに飲みすぎてそのまま寝てしまい、『納期があるのに今日も寝てしまった!』って後悔しながら、翌朝4時に起きて泣きながら編むこともしょっちゅうです」と、納期と酒の誘惑で葛藤するクリエイターのリアルな姿を覗かせた。
これまでスタイリストや業界人に向けた活動が中心だったが、今後は一般向けのアプローチも検討している。「いつか展覧会を開きたいです。見に来てくれた方々が手にとれるようなミニバッグや、がま口財布などの物販もやってみたい」と意欲を燃やす。
「自分が楽しいからやっているだけ」と謙虚な杦山先生だが、その泥臭くも楽しげな姿は、結果的に生徒にとって一番の「生きた教材」となっている。教育現場の重責を担いながら、自由な発想で生まれるニット作品たち。「おじいさんになるまで編み続けたい」と、その言葉通り杦山先生は今日も授業をし、そして一本の糸を編み続けている。