PROFILE: 左:黒沢清/映画監督 右:本木雅弘/俳優
時代劇とミステリーを融合させ米澤穂信によるベストセラー小説「黒牢城(こくろうじょう)」が映画化され、現在公開中だ。監督・脚本を手掛けたのは黒沢清。主人公の荒木村重を演じたのは本木雅弘。物語の舞台は戦国時代。織田信長に反旗を翻した武将、荒木村重は自国の城に籠城し、そこに信長の使いとしてやってきた軍師、黒田官兵衛(菅田将暉)を捕えて幽閉する。そんな中、村重が籠城した城で不可解な事件が次々と発生。村重は敵である官兵衛の知恵を借りながら事件の真相に迫っていく。時代劇は初挑戦となる黒沢は、原作をどのように映画化したのか。本木雅弘はどんな思いで村重を演じたのか。本作で、初顔合わせとなった2人に話を訊いた。
武将・荒木村重の魅力
——お二人は原作の本作のどんなところに興味を持たれたのでしょうか。
黒沢清(以下、黒沢):僕はそんなに歴史に詳しいわけではないのですが、籠城して一人で逃げた卑怯な戦国武将として荒木村重のことは知っていて、以前から興味があったんです。それで原作を読んでみたら村重が城を出たいきさつが細かく書かれていた。そこがまず面白かったですね。
本木雅弘(以下、本木):争わないと生きていけない、人間の欲望や使命が絡み合っている戦国時代で、別の生き方はないかと村重は模索していく。そこに未だ懲りない現代にも通じるメッセージを感じました。
——荒木村重は不思議な人物ですね。戦国時代を生き抜く才覚や行動力を持ちながら、どこか醒めた眼差しで世の中を見ているところもある。
黒沢:先ほど本木さんがおっしゃったように、村重は戦国時代のギスギスした価値観を拒否し、しかも世間体などいっさい気にせず実行した。そこがカッコいいです。しかも、ちゃっかり生き延びるわけですからね。彼は侍の価値観を「くだらない」と切って捨てる勇気があった。その考え方は戦国時代においてすごく斬新で、今の目から見ても理想的な生き方をした人なんじゃないかと思いますね。
本木:「下克上」といわれる戦国時代に村重も右に倣えで上に昇りつめていった人間ですが、昇りつめるほど追いつめられていく戦国時代のシステムの矛盾を身に染みて体現した人だと思います。そして、それをどう切り抜けていくかを考えていた。でも、黒沢さんは村重を「先見の明があるモダンなヒーロー」としては描かずに、迷いながら前に進む武将の姿を描いたんじゃないかと思います。「人の心の綾は難しきもの」と原作に書かれていますが、人間本来の姿は揺らぎ複雑だと思うんですよ。僕自身、迷いながら村重を演じていましたし。
——迷いながら演じたことが役作りにもなっていたんですね。
本木:ある結論に向かってヒーローを演じるのは楽なんです。だけれど、どこか心が揺れながら駒を進めて、その過程で気づきや発見がありつつも揺らぎ、最後は決意なのか諦めなのかを断定的に感じさせてはいけないというのは難しい。撮影中に監督に「(村重のセリフや行動を)この解釈で良いですか?」って訊いても明確には答えてくださらないんですよ(笑)。「それもあるでしょうね~」と言いながら「(解釈を)決めつけるのはやめてください」ということだと思うんですが。だから、答えが定まらず、迷いのままに演じていたところがありました。
以前、監督は「主人公を最悪な状態に貶めておいて、そこから解放させる物語の展開が好きだ」というようなことをおっしゃっていたんですけど、俳優に対してもそうなんじゃないかと思いました。
「気持ちの良い矛盾」を抱えた
俳優・本木雅弘
——監督はなぜ本木さんを村重役にキャスティングされたのでしょう。
黒沢:僕が勝手に思っているだけなんですけど、本木さんはある型をきっちり守っておられる。そして、「その型通りやらなければいけない」という思いと「そこからはみ出た方がいい」という思いが両方あって、その2つの間を揺れているような気がするんです。守るべきものは全部守ろう。でも、それはいつ壊してもいい、みたいな気持ちの良い矛盾を抱えている。それはまさに自由ということであり、表現の幅につながります。守るのか壊すのか。どっちかに決めた方が生きやすいのかもしれませんが、そうすると不自由が生まれてしまう。本木さんの自由さは、村重に通じるところがあるんじゃないかと思います。
——「気持ちの良い矛盾」というのが面白いですね。
本木:確かに私は矛盾の塊です(笑)。古めかしい考え方がベースにありながら、「そこからはみ出さねば」って役者としてもプライベートでも思っているところがある。今回、監督は本読みの時間を作られたんですよ。普通はあまりやられないそうなんですけど、今回は昔の言葉使いですし、セリフがどんな響きになるのか知りたいと。その時、私は若干、大河ドラマのような時代劇風な台詞回しで喋ってみたんです。そしたら黒沢さんが「本木さん、その殿様然とするのはやめてください」って。
黒沢:そんなこと言いましたっけ?(笑)。
本木:言いましたよ(笑)。「もっと本木さんの自然な声を発してほしい」って。ほかの役者さんにも言われていたみたいですが、「時代劇の型で発するのではなく、もっと伝えるための言葉や気持ちを大事にしてください」って。
——時代劇の喋り方はこうだ、という、本木さんの「型」を外さないといけなかった。
本木:やはり自分には「型」に頼ろうとする保守的なところもあって。いまいちロマンが足りないんです(笑)。戦乱の価値観から「いち抜けた」って出ていく、村重の投げやりともいえる態度。戦国社会からはみ出して自分の好きなように生きる。そんな村重の生き方に黒沢さんがロマンを感じたんでしょうね。葛藤の奥にそこを滲ませたいと。そして、例えば「この期に及んでも国の面目が大事か」「少しでも、それを覆しみようとは思わぬのか」というセリフがありますが、これらは、おそらく、争いをやめない現代に向けた言葉で、黒沢さんの思いが込められた部分だと思います。
菅田将暉との演技
——映画ではそんな村重が、策略で捕えた黒田官兵衛と謎解きをします。敵同士でありながら、時として友人のようにもなる不思議な関係がスリリングですね。
黒沢:おっしゃる通りです。村重と官兵衛がシャーロック・ホームズとワトソンみたいな関係で謎を解いていく、という形式ではあるんですけども、その2人の関係がどんどん変化していって、この物語の最大の謎である「村重はなぜ1人で城を出たのか?」という謎の解明に向かっていく。本木さんも菅田(将暉)さんも抜群に芝居がうまいので、村重と官兵衛の関係の変化が手に取るように伝わってきました。「いま、こっちが勝ってる」とか「あっ、逆転した」とか、お二人の演技は非常にスリリングで面白かったです。
——本木さんは菅田さんとの共演で印象に残ったシーンはありますか?
本木:芝居の器用さでいえば菅田さんの方が上なんです。さらに自分は還暦を迎えたこともあって、懸命にセリフを憶えたつもりでも朝になったら抜け落ちているような状況でした。ご存じのように監督の作品は長回しが多いので、時々、セリフを間違ったりするんですけど、菅田さんはまったくブレずに何度でも付き合ってくださいました。
そんな中、官兵衛が「あなたには話ができる相手がこの城にいないのだ」って、官兵衛が村重の急所をどんどんついてくるシーンがあって。最後には村重が「信長に向けるべき憎しみをわしに向けるな!」って官兵衛を止めるんですけど、その長回しのシーンは唯一、1回で成功したんです。
黒沢:あのシーンはうまくいきましたね。本木さんも菅田さんも素晴らしかった。あのシーンは芝居だけじゃなく、決められた段取りの動きも難しかったんです。撮影がうまくいって「カット! OKです」って言った後、僕は珍しく菅田さんとハイタッチして、本木さんにもハイタッチしようとしたら、そんな雰囲気じゃなくて(笑)。2人の反応が対照的でした。
本木:長回しは演技に没頭させてくれるんですが、同時にストレスでもあるんですよ。しかも、この作品のカメラは寄りに逃げないというか、一定の距離感を保っているので常に全身を見られている感じ。それが自分には拷問というか歯がゆいんです
これも慣れなのか、お芝居が始まるとどうしても顔に意識が集中してしまい、全身に神経をゆき渡らせることがなかなか続かないんです。監督は舞台のように役者の立ち位置や動きにこだわるので、それを頭に入れて演技をするのも大変でした。でも監督の指示通りに動くと、完成したシーンに緊張感が途切れないんですよね。今回、監督は黒澤(明)監督の「蜘蛛巣城」とか溝口(健二)監督の「雨月物語」とか、古い日本映画を観直して人物の動きを考えたと伺ったのですが……。
黒沢:そうです。これまで漠然と「時代劇をやってみたいな」と思ってはいたんですけど、考えていたのはチャンバラでした。この映画はチャンバラ・シーンもあるけど、ほとんどは城の中の会話劇ですよね。そういう時代劇って何があったかな、と思って古典の作品で面白いと思ったものを観直したんです。
そもそも昔のカメラは大きくて重い。だから「ここしかない」という場所にカメラを据えると、俳優はそのカメラに合わせて動かないといけなかった。アップが必要なときはカメラのところまで来てもらう。そういった俳優の動きをコントロールするのが監督の仕事だったんです。後にカメラが軽くなると俳優はカメラポジションから開放されて、自分の気持ちに合わせて自由に動けるようになったようですが。
本木:今回、昔の手法をやってみて何か発見はありました?
黒沢:全員が一緒に作っている感がすごく出るんです。何か一つでも間違ったらダメになるので、俳優はもちろん、衣装、美術、カメラ、照明、録音など、全スタッフが一つのカットに集中している。そういう場を体験すると「気持ちのいい労働だな」って思いますね。
本木:確かにそうですね。脚本上では想像もしなかった立体的な流れが現場で黒沢さんの口から発せられると、阿吽の呼吸で美しい照明が作り出され、衣装や美術も映りどころを意識して、カメラがそれを的確に捉える。全員がやりがいを感じ、そこには一体感というより、創造への切実な空気が生まれるような気がしました。
“人間の分からなさ”を表現する
——その集中力や熱気は観客にも伝わると思います。この作品はミステリーでもあるので、室内劇のシーンの撮り方は工夫されたのではないかと思います。謎解きの要素は押し出さずドラマに溶け込ませていましたね。
黒沢:原作では1個1個の謎解きは非常に巧妙に書かれていたんですけれど、村重は探偵でも刑事でもないわけですから「謎を解くことが彼にとってどういうドラマになっているのか?」ということが重要でした。そして、最後に彼が城を去る時の心境に観客が少しでも共感していただけたらなと願って撮影していました。
——映画の前半では、村重が良い人か悪い人なのか分からない。何をしようとしているのかも分かりませんが、物語が進むに連れて村重がどういう人物なのかが見えてくる。村重という人物がこの物語の一番の謎のように思えました。
本木:村重は謎を解いていく中で、自分自身を見つめ直していくんです。「つくづく戦国の世が疎ましく思うこともある」と言っていますが、あれは村重の本音だと思うんですよ。そういった戦国の矛盾も謎を解くと同時にあぶり出されていく。そして、村重は自分の微妙な思い違いにも気づく。確かに村重は謎解きをしながら自分という謎も解いていたんでしょうね。
——人間の分からなさは黒沢作品の要素の一つですね。
本木:「Cloud クラウド」もそうですよね。(菅田将暉が演じる)主人公の吉井はケチな転売をしていただけなのに、それがいつの間にか人々の狂気を引き寄せてしまう。吉井は感情を見せない男かと思ったら、最後に自分が恋人を愛していたことを知って涙を流す。人間は常に揺らいでいるのに自分や世の中を他人事のように決めつけてしまう。そういう視点を揺さぶりたいという思いが監督にはあるんじゃないですか?
黒沢:いやいや、そんな大それたことは考えていません。映画というのは、2時間程度の作品であれば大体80シーンくらいあるんです。一つのシーンが1〜2分。それが80個くらい並んでいる。こんな物語形式は他にないんですよ。それが映画の特徴であり弱点でもあって。人生を描こうとしても、人生の断片をつないだダイジェストでしかない。だから、そこに飛躍や矛盾が生まれるし、観た人によっていろんな解釈ができるんです。ちょっと映画の講義みたいになってしまいましたが(笑)。
本木:先生、ありがとうございます(笑)。黒沢さんは芸大の教授として授業もされていますし、現場でもこんな風に穏やかにそして鋭く説明してくださるんです。だからこその信頼感があって俳優たちが黒沢さんに引き寄せられるのが分かります。今回、黒沢さんに声をかけて頂いたのは意外な驚きと共に不安もありましたが、いつの間にか監督に委ねる心地良さに浸っていました。そして、結果的にこんなエポックな時代劇に参加できたということも貴重な体験だったという思いを噛みしめています。
PHOTOS:MASASHI URA
STYLING:[MASAHIRO MOTOKI]NOBUKI TANAKA
映画「黒牢城」
◾️映画「黒牢城」
2026年6月19日から全国公開中
出演:本木雅弘
菅田将暉 吉高由里子
青木崇高 宮舘涼太 柄本佑
ユースケ・サンタマリア 吉原光夫 坂東龍汰
近藤芳正 矢柴俊博 木原勝利 河内大和 吉岡睦雄 上川周作 前田旺志郎 坂東新悟
荒川良々 渋川清彦 渡辺いっけい / オダギリジョー
原作:米澤穂信「黒牢城」(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督・脚本:黒沢清
音楽:半野喜弘
配給:松竹
©️米澤穂信/KADOKAWA ©️2026映画「黒牢城」製作委員会
https://movies.shochiku.co.jp/kokurojo-movie/
本木雅弘 還暦記念フォトブック
◾️本木雅弘 還暦記念フォトブック「awai 刹那と永遠のまにまに」
著:本木雅弘、中村一弘
写真:中村一弘(中村一弘写真事務所)
文:本木雅弘
価格:6050円
仕様:A4変/横版/コデックス・ドイツ装
ISNBN:978-4-86791-089-4
発売日:2026年6月12日
発行:トゥーヴァージンズ
https://www.twovirgins.jp/book/9784867910894/









