ロンドン出身の4人組ロック・バンド、ウルフ・アリス(Wolf Alice)は2010年代にイギリスからデビューしたギター・バンドの中でも、屈指の成功を収めてきた存在だ。17年発表の2ndアルバム「Visions of a Life」は、英国で権威あるマーキュリー・プライズを受賞。25年にリリースした最新アルバム「The Clearing」は全英1位を獲得し、同作を携えたUK/アイルランド・ツアーではアリーナ会場を周って大観衆を熱狂させている。
これまでのウルフ・アリスは、パンキッシュでラウドなロックから陶酔感の強いドリーム・ポップまで、アルバム一枚の中でも目まぐるしく変化する多様な音楽性を打ち出してきた。だが「The Clearing」では、フリートウッド・マック(Fleetwood Mac)などを彷彿とさせる70年代ウェストコースト・サウンドへと接近。アルバム全体として、よりオーガニックで暖かみのあるサウンドへと大胆に舵を切っている。そしてこの音楽的変化に呼応するかたちで、ライブ・パフォーマンスやアーティスト写真でのビジュアルの打ち出しも、70年代を意識したものへと大きくシフトした。音楽とビジュアルが一つの世界観として結びついている点も、今作を特徴づける重要な要素だ。
サウンドとビジュアルの両面において劇的な変化を果たしたという意味で、「The Clearing」は間違いなくキャリア最大の野心作である。この変化の背景を探るべく、1月4日に幕張メッセで開催されたフェス「ロッキング・オン ソニック(rockin’on sonic)」(以下、「ロキソニ」)出演のために来日したウルフ・アリスの4人——エリー・ロウゼル(Ellie Rowsell、Vo/G)、ジョフ・オディ(Joff Oddie、G/Vo)、セオ・エリス(Theo Ellis、B)、ジョエル・エイミー(Joel Amey、Dr/Vo)に話を訊いた。
70年代を意識したビジュアル
——昨日の「ロッキング・オン ソニック」でのライブ、とてもよかったです。ライブ自体の手応えはどうでしたか?
エリー・ロウゼル(以下、エリー):うん、良かったと思う。観客がすごく乗ってくれている感じがして、それがうれしかった。ただ、年明けの早い時期にライブをやるのって、やっぱり不思議な感覚ではあるよね。しばらく家でゆっくり過ごして、死ぬほど食べて……って生活をしてたところから、急に「え、もうライブ?」みたいな感じで(笑)。しかも去年は、そんなにフェスにも出てなかったから、正直ちょっと体にこたえたかな。でも楽しかったし、特に最前列のオーディエンスの反応が本当に良くて、それはすごく励みになった。
——ライブを観て改めて新鮮だと感じたのは、やはりメンバーのビジュアルの打ち出しがこれまでとは大きく変わった点です。ロック的なテイストが強く打ち出されていて、ある意味、ロック・スターというペルソナをまとうことを意識しているようにも感じました。
セオ・エリス(以下、セオ):そうだね、このアルバムには“パフォーマンス”というテーマがかなり色濃くあると思っていて。その中で、身にまとう服っていうのは、ある種の鎧みたいなものでもあるんだよね。バンドを見ていると、ステージに立っているのは確かに本人たちなんだけど、同時に、誇張された自分だったり、強調された自分でもあると感じることが多くて。そういう部分は、実はこれまであまり掘り下げてこなかったところだと思う。今回のアルバムは、全体としてより統一感があって、ある意味一つの世界観が構築されている。その世界を、音楽の外側でも拡張するものとして、シルエットや美意識、ビジュアルがあると思っているんだ。それを探っていく作業は、僕たちにとってすごく面白かったよ。
——そのようにビジュアル面での世界観を構築する上で、サポートしてくれた人はいたのでしょうか?
セオ:レイチェル・フレミンジャー・ハドソン(Rachel Fleminger Hudson)という素晴らしいフォトグラファーとコラボレーションしたんだ。彼女はビンテージの服、とりわけその素材感を重視した作品を多く手がけている人で。このレコード自体にも、オーガニックなものとか、自然の要素がたくさんあるし、デザイン面でも、古いレザーみたいに、鎧や自信を連想させるものを取り入れた。で、このアルバムは、ある時代にさりげなく目配せをしつつも、あくまでモダンなものにしたかった。そういう姿勢はビジュアル面でも意識していて、その感覚が、ステージ上での見せ方にも自然とにじみ出ていると思う。単純に、これまでやったことのないことだった、というのも大きいけどね。
——今回はサウンドもファッションも70年代を強く意識していますが、新しいビジュアルを作り上げる上で、具体的に参照したものはあったのでしょうか?
エリー:うん、70年代だよね。ムードボードを本当にたくさん作ったの。何を参照したんだっけ……あ、ボブ・ディラン(Bob Dylan)。彼はかなり参照したよ。
ジョフ・オディ(以下、ジョフ):ロバート・レッドフォード(Robert Redford)って、当時いろんな映画に出てたよね?
ジョエル・エイミー(以下、ジョエル):うん。あと、70年代初頭のミック・ジャガー(Mick Jagger)とか。彼が着ていた象徴的なシャツとかね。
セオ:多くのアイデアは、「本来そこにあるはずじゃないものを、あえてその文脈に置く」という感覚だったと思う。レイチェルがザ・フー(The Who)の映画「Tommy」をよく参照していたのを覚えてるよ。そこでは、デニムだったり、いかにもロック・スター的な記号が、自然の中に置かれているんだよね。物語の美意識としては、どこからかやって来て、「The Clearing」という名前が暗示しているような、開かれた場所で自分自身を見つけることについてなんじゃないかな(*clearingには“不要なものを取り除く”“何もない空間”などといった意味がある)。
——なるほど。
セオ:名前は分からないんだけど、昔のBDSM(ボンデージ、ディシプリン、サディズム、マゾヒズム)系の雑誌で、赤いレザージャケットを着た女性たちが、すごく緑豊かで牧歌的な田園風景の中にいる写真があってさ。ああいう強烈なコントラストが、すごく魅力的だった。特定の誰かを引用するというよりは、そうした並置やギャップのアイデア自体がクールだった、という感じかな。
——さきほど、ステージ衣装は鎧のようなものだ、という発言がありましたよね。いまやあなたたちはアリーナ・バンドですが、バンドとしての規模が大きくなっていくことと、ビジュアルの打ち出しの変化の間には関係があると思いますか? というのも、衣装を身に着けてペルソナをまとうことで、プライベートな自分を守るような感覚もあるんじゃないかと思ったからなんですが。
エリー:うん、自分のプライバシーとか、個人的な部分を守るっていう感覚はあると思う。世界に対しては、いわばステージ用の自分を差し出して、それによって守られているように感じられるというか。もちろん、人それぞれだし、正解、不正解がある話じゃないけどね。
それに、少なくとも私の場合は、(ステージ衣装を身にまとうことは)気分を作るためのスイッチになるんだよね。外出するときにメイクをすると、「準備が整った」って感じがするのと似ていて。何か一つプロセスを踏むことで、ちゃんと外に出るモードになる、みたいな。だから、少しだけでも手間をかけるっていうのは心地いい。でもその一方で、何も考えずにそれをしなくて済めばいいのに、と思うときもある。まあ、セオが言ってたみたいに、新しいことを試してみたり、物事を新鮮に保つ方法を探したり、あくまで自分たちのためにやっている、という感覚かな。
「The Clearing」の音楽的変化
——今回はビジュアルの打ち出しが一新されましたが、「The Clearing」自体もこれまでで一番大きな音楽的変化を遂げた作品になりましたね。
セオ:うん、これまで僕たちの音楽を聴いてきた人たちにとっては、今回はかなり違って聴こえると思う。それは、部分的に強く統一感を出すことを目指したからなんだ。これまではいろんなジャンルを行き来しながら実験的にやってきた。でも今回は、これまでにないやり方を試してみたかった。僕たちにとって、統一感のある作品を目指すということ自体が、実はすごく実験的な挑戦だったんだ。その踏み出す勇気みたいなものが、このアルバムの演奏にははっきり表れているんじゃないかな。
——ええ、そうだと思います。
エリー:そういう作品(統一感のある作品)にしたい、っていう話は間違いなくしていたと思う。私個人としては、もしレーベルがどの曲をシングルに選んだとしても、「これで行こう」って胸を張って言えるアルバムを作りたかったんだよね。正直、過去には必ずしもそう思えていなかった時もあったと思う。というのも、ただ実験を重ねて、その中でも強力な曲をアルバムに入れていく、みたいな作り方をしていたから。
でも今回は、「自分がちゃんと座って、最初から最後まで聴きたい音楽」を作りたい、という気持ちがすごく強かった。もちろん、いつだってそうあるべきなんだけど、実験していると、勢いで作ったものをそのままアルバムに入れることもある。でも今回は、仮にすごく強力な曲ができたとしても、それが今の自分が本当に聴きたい音楽じゃないなら違うな、って思えたの。
——なるほど。
エリー:今回は、とにかく自分が影響を受けているものや、いま純粋に楽しんでいるものを追いかけた。他の人がそれを楽しむかどうかは、正直あまり気にしなかった。それって勇気がいるし、ちょっと怖くもあるけど、その分、自分自身の現在地をそのまま映し出すことになって、結果的により統一感のある作品になったんじゃないかな。
ロックとポップの垣根
——あるインタビューでエリーさんが言っていたのは、70年代はロック・バンドこそがポップ・スターだった時代であり、ロックとポップの間に垣根はなかった、ということです。それはつまり、今はそういう時代ではないというもどかしさや、70年代的な状況に対する憧れが、あなたたちの中にはあるということでしょうか?
エリー:私たちがいつも言っているのは、70年代のポップ・ミュージックって、実はバンドが演奏しているものがすごく多かった、ということ。今の感覚で聴くと、もしあれがいま出てきたら「かなりオルタナティブだよね」って思うような音楽も多い。でも当時は、そのオルタナティブな音楽が普通にポピュラーだった。もちろん、今でもオルタナティブな響きを持ったポピュラー音楽はあるけど、ギター中心だったり、バンド編成だったりするものは、少し少なくなっている気はする。でも時代は常に変わっていくものだし、これからどうなるかは分からない。ただ、そういう時代背景は私たちにとってすごく刺激的だったの。
——よく分かります。
エリー:私はずっと、ギター・ミュージックとかロック・ミュージックって、悲しかったり、冷たかったり、攻撃的であるべきものだ、みたいに思い込んで育ってきたところがあった。でも60年代や70年代の古い作品をたくさん聴くようになって、「あ、ギター・ミュージックってめちゃくちゃ楽しいし、今ではクールと見なされているロック・スターたちも、音楽自体はもっと明るくて、必ずしも歌詞がそうじゃなくても、全体に軽やかさや暖かみがあったんだ」って気づいた。そういう要素を、昔はどこかダサいと思っていたのかもしれない。でも今はもう、そんなこと気にしなくなった。その感覚自体がすごくインスピレーションになったし、あの時代には本当に刺激を受けた。
——あなたにそういうことを気づかせてくれた、60年代や70年代の作品を挙げるとすれば何になりますか?
エリー:例えばスティーリー・ダン(Steely Dan)かな。私たちの3枚目のアルバム「Blue Weekend」の頃に、スティーリー・ダンの曲をカバーしたことがあって(*21年にBBC Radio 2 Sofa Sessionで、スティーリー・ダン「Dirty Work」をカバーしている)。他人の曲を演奏してみるって、本当に面白い体験なんだよね。そのときに、「あ、これすごく好きだな」って思ったし、同時に「自分が書く音楽としては、まったく想像もしていなかったタイプだな」とも感じた。その瞬間は、そこまで大きな意味を持つ出来事だとは思っていなかったけど、振り返ると、私にとってはかなり重要なポイントだったんだと思う。
「バンドをやるのは本当に大変だ」
——今回のエリーさんの歌詞は、既に手にしているものの大切さや、日常の些細な幸せに気付くことがテーマになっているように感じられます。
セオ&ジョフ:うん。
——なぜこのタイミングでこういった歌詞を書きたいと思ったのでしょうか?
エリー:正直、その質問に対する答えは、まだ自分でもはっきり分かっていないと思う。たぶん、考えるにはまだ時間が足りていない。でも、少なくとも、その時期の自分の感覚としては、「これ以上、みじめでいたくない」って強く思っていたんだよね。
——というと?
エリー:それは、世界中で悲惨なことがたくさん起き続けていることへの反動かもしれないし、20代を通して、常に何もかもを疑って、不安だらけで過ごしてきた自分自身への反動なのかもしれない。あるいは、さっき話したようなことも関係していて――私が育ってきた頃に触れていたインディ・ミュージックやギター・ミュージックって、すごく自分に厳しくて、シリアスなものが多かったし、私自身もそういうものに影響を受けてきた。でも今回は、もっとポジティブな感触を持った音楽に刺激を受けたんだよね。正直、ハッピーな曲を書くのって、実はすごく怖いし、難しい。悲しい曲のほうが、よっぽど簡単に書けるから。でも今回は、その挑戦をしてみたいと思えた。不安だらけじゃないものを作る、という挑戦をね。
——2010年代以降のイギリスはギター・バンドにあまり元気がないと言われていますが、あなたたちはその中でも大きな成功を収めた数少ない例の一つです。今の時代にバンドが置かれている状況と、最新作のインスピレーションになった70年代の状況の違いについて、何か思うところはありますか?
セオ:(大きな溜息)……もう、何もかもが違うよ。世界全体がまったく別物だった。まず、レコーディングとライブの関係性が根本的に違っていた。当時は、スタジオで好きなだけ長い時間をかけて制作できるインフラが整っていたし、それを支える経済圏がちゃんと存在していた。今では、そういう環境が残っているのは、ほんの一握りの人たちだけだと思う。だから70年代は、スタジオでの創造性がほぼ無制限に広げられた。でも今は、多くのバンドが生き延びるためにツアーに出て、その合間にほんの短い期間だけスタジオに入る、という状況になっている。そういう状態が、録音された音楽にとって良いことなのか、それとも単に違うだけなのかは分からないけどね。
——ええ。
セオ:他にも違う点はたくさんあるよ。自分の見せ方、例えばSNSだよね。ミステリーって、ものすごく強力なんだ。アイコニックなバンドがなぜ特別に見えるかというと、その理由の半分くらいは、全て知らされていないからで、もっと知りたくなる余白があるからだと思う。でも今は、朝食に何を食べたかまでネットに載せる時代だからね。そこはやっぱり全然違う。音楽の録り方自体も完全に変わったよね。今はコンピューターが録音を担っているし。正直、一日だけでいいから、フリートウッド・マックのスタジオ・セッションを見に戻ってみたいよ。
——そういう現代のバンドが置かれた状況が、今後、好転することはあると思いますか?
ジョエル:正直、バンドをやるのは本当に大変だと思う。みんながもう分かっていることだけど、資金面とか、構造の問題とかね。それが良くなっていくとしたら、やっぱりバンドに対する何らかのサポートが必要なんだと思う。それがレーベルからなのか、別のところからなのかは分からないけど。バンドって、物理的な余白が必要だし、準備の時間もかかる。僕たちのライブひとつ取っても、複数のクルーが必要になる。だから、アーティストとしてはかなり労力のかかる形態なんだよね。
——ただ興味深いのは、バンドが置かれている経済的な苦境とは裏腹に、ここ数年はイギリスやアイルランドから優れた新人バンドがたくさん出てきていることです。その点についてはどう見ていますか?
ジョエル:僕はなるべく新しいアーティストの動きには目を向けるようにしているんだけど、やっぱりバンドでいること自体には、今も多くの若い人にとってロマンがあるんだと思う。友達と一緒に音楽を作る、というアイデアもそうだしね。まだコロナ以降の流れの中にあって、長い間、人と同じ部屋に集まること自体が制限されていたわけで、そういうことができる喜びは、いま多くの人にとってすごく大きい。だから、そうした反動の実りみたいなものが、今まさに出てきているんだと思う。それはイギリスに限った話じゃなくて、世界中で起きていることだと思う。
それに、ギターも、あちこちでまた目立つようになってきているよね。例えばチャペル・ローン(Chappell Roan)もそうだけど、彼女はバンドと一緒に演奏している。それもすごくワクワクすることだと思う。今日ここに来たときも、下のスクリーンに新しい日本のアーティストが映っていたけど、その多くがギターを持っていた(*取材はレコード会社で行われ、エントランスのスクリーンには所属アーティストのMVが流れていた)。そういうのを見ると、やっぱりクールだなって思うよ。
2025年のベスト・アルバム&ソングは?
——では最後に、あなたたちが選ぶ2025年のベスト・アルバム、ベスト・ソングを教えてください。
セオ:ロンドンのバンド、ソーリー(Sorry)のアルバム「Cosplay」だね。本当によくて、大好きなんだ。
ジョエル:去年のベスト・アルバムなら、ロザリア(Rosalía)の「Lux」かな。ベスト・ソングは……ああ、こういう質問をされるたびに思うんだけど、普段ずっと音楽を聴いてるから、いざ聞かれると答えが出てこないんだよね(笑)。新しいデフトーンズ(Deftones)のアルバムから何か、かな。シングルの一つがすごく良くて、あれは最高だね。
エリー:私はアディソン・レイ(Addison Rae)のアルバム「Addison」がすごく好きだった。ポップ・ミュージックにおける、とても刺激的な瞬間だと思ったし、新鮮だったし、ポップでありながらオルタナティブな感触があった。人気を狙いにいっている感じがしないのに、ちゃんとポップだったのも良かった。曲だと、サンフラワー・ビーン(Sunflower Bean)の「I Knew Love」。つい最近、私たちのサポートをしてくれたんだけど、この曲は、ちょうど私が歌詞を書いていたときにハマっていた感覚そのもの、という感じで。聴いた瞬間に「あ、これだ!」って思って、すごくクールだった。
ジョフ:ジェイコブ・アロン(Jacob Alon)というフォーク・アーティストがいて、アルバムは「In Limerence」。とても素敵な作品だよ。(ベスト・ソングは)その中の「Fairy in a Bottle」という曲で、確かアルバムの最後の曲なんだけど、本当に美しい。
エリー:(筆者に向かって)あなたは?
——25年にアルバムをリリースしたアーティストの前で言うのは、ちょっと緊張しますね(笑)。
セオ:言っていいよ、気にしないで!
——「The Clearing」はあなたたちの最高傑作だと本気で思っていますけど、それを目の前でベストに挙げるのもおべっかを使っているみたいなので、他のアーティストから選ぶとすると、ギース(Geese)の「Getting Killed」ですかね。
ジョエル:ああ、まあ、それなら納得だね。
セオ:またギースかよー。
PHOTOS:MICHI NAKANO






