PROFILE: 信原威(のぶはら・たけし)/「シコウヒン」創業者兼CEO

日本古来の薬効植物とホリスティックな東洋医学を掛け合わせた米国・ロサンゼルス発Jビューティウェルネスブランド「シコウヒン(SHIKOHIN)」が、洗練された製品力とブランド哲学によって米国の感度の高い層を中心に支持を広げている。
「シコウヒン」は2019年12月に創設。立ち上げたのは、大手総合商社、ITベンチャー、コンサル業を経て12年にカリフォルニア移住後、事業戦略コンサルティング会社エクサ イノベーション スタジオ(EXA INNOVATION STUDIO)を共同で立ち上げた信原威(のぶはら・たけし)創業者兼CEOだ。鍛え抜かれたマーケティング力とビジネスの嗅覚をベースに日本の天然素材や伝統に深く根ざしたビューティブランドの展開は、そのキャリアからは異色に映る。「シコウヒン」を手掛けた狙いやブランドに込めた思い、戦略を信原CEOに聞いた。
ーー海外進出サポート、経営コンサル、新規事業育成ファンドなどさまざまなビジネスを手掛ける中で、「シコウヒン」を創業した経緯は?
信原威創業者兼CEO(以下、信原):19年当時アメリカの美容市場では、クリーンビューティやキノコ、発酵食品といった素材がビッグトレンドになりつつあったのに、日本の天然素材と欧米のマーケットに向けたデザインやストーリーテリングを巧みに組み合わせたビューティブランドが全く見当たらなかったのです。そこに大きなチャンスを見い出しました。
また祖母や父の影響で、幼少期からわらびやつくし、松茸を採りに行くことや漢方が生活に身近だった思い出があります。そうした経験から野生植物やキノコに着目したビジネスを起こしたいという思いをずっと抱いていました。当初は食品分野を考えていましたが、口から取り入れる食品はFDA(米食品医薬品局)の規制が厳しく、一方で肌に塗る化粧品はそれほど厳格でないことが分かりました。それでキノコや発酵ヨモギ、白芍、甘草根といった薬効植物を主原料に据え、日常に小さな喜びをもたらす“嗜好品”の意味を込めた自社ブランド「シコウヒン」を立ち上げることにしました。
ーーアメリカ人からの反響はどうでしたか?
信原:森林浴の心地良さをコンセプトに、保水力が高く漢方や薬膳にも取り入れられる白キクラゲやマツ樹皮エキス、幅広い効能のあるCBD(カンナビジオール)オイルを配合した最初の製品“ハンド アンド フット マッサージ クリーム”は予想以上に好評で、「日本人が大切にしてきた自然の恵みや風習を反映した製品はアメリカ人にも受けるんだ」と手応えを感じました。現在はバス、スキンケアにも展開を広げ、マインドフルに心身の健康を育む“スロービューティ”を提唱しています。
ーースキンケアブランドではなく、“ウェルネス”ブランドをうたう理由は?
信原:「シコウヒン」は、表面的な美容ではなく、人々が自分の体を労ることで身体的にも精神的にも豊かになる包括的なウェルビーイングに重点を置いています。長寿・ストレス社会が進む中で、セルフケアの重要性はますます高まっているし、アメリカでは「生きがい(IKIGAI)」という日本語がブームになっているほど、心身の健康と幸福が求められているのです。“Beauty is state of mind(美とは心の在り方)”のスローガンに基づき、日本で長年培われてきた叡智である“真の健康と幸せ”を人々に届けることが「シコウヒン」の存在意義だと考えています。
その上で東洋的なアプローチや心身の調和という視点は欠かせません。今アメリカでは医薬品のオゼンピックが“痩せ薬”として流行していて、副作用に苦しむ人が急増していますが、本来人は薬に頼らずとも、自然治癒力を引き出すことで減量や体質改善ができるもの。われわれもホメオスタシス(生体恒常性)の力を信頼し、体の内側から根本的に整えるという東洋医学の考えのもとに、漢方スキンケアやツボ押し、リフレクソロジー(反射療法)を実践できるツールを展開しています。8月には、心身を落ち着かせるとされる薫香のフランキンセンスや海藻、にがりをふんだんに配合したデトックス効果の高いマッサージクリームのほか7製品を新たに発売し、ナパバレーにある高級ホテルのスパにも導入されるなど、徐々に展開を広げています。
ーーいま米国ウェルネス市場は5000億ドル(約72兆円、マッキンゼー・アンド・カンパニー調べ)規模とされ、市場としても最も成長しているカテゴリーです。
信原:スタートアップ・インキュベーターを経営している観点やさまざまな情報源からも、ウェルネスカテゴリーが確実に伸びていることを肌で感じています。例えばホテル業界。近年イノベーションの街としても知られるラスベガスでは、ベラージオなどの富裕層が訪れるホテルも(ウェルビーイング界の世界的権威である)ディーパック・チョプラ(Deepak Chopra)のメディテーションアプリを導入したり、ウェルネス専用フロアを開設したりしている。また食品業界を見ても、“健康食品”から“ウェルネスフード”へと進化を遂げているなど、その流れは明らかです。
「売る前から関係を築く」 熱狂的なファン作りで市場開拓
ーーそんな米国ウェルネス市場に存在感を高めるために、マーケティング戦略で重要視していることは?
信原:一つはメッセージの分かりやすさです。われわれは日本の天然素材や文化をルーツとした確固たる個性と製品力でポジショニングを図っており、それをシンプルに根気強く伝えています。そして①差別化された強い製品力②製品を手に取っていただく体験の場③日本の価値を伝えるストーリーテリング④共感してくれる人々とのコミュニティー醸成、という4つの柱を並行的に強化していくこと。これらがうまく噛み合ったときにさらに歯車が大きく動き出すと考えています。
特に米国マーケットは“ファン作り”が肝になる。消費者は“共感できるブランド”から製品を買いたいと思っていて、それにはブランドの価値を真に理解してもらい、「売る前から関係を作っていく」ことが大切です。私もカメラの前に立って「なぜこのブランドを立ち上げたのか」「どういった価値を提供できる製品なのか」といったストーリーをインスタライブで直接語ったり、温泉や茶道、おもてなしなど日本の美しい文化を魅力的に発信したりすることで、製品の機能性だけでなく価値観を共有し、ブランドに共鳴してくれるお客さまとの密接なコミュニティー形成に励んでいます。
ーー現在自社EC以外にも、百貨店など販路を着々と広げていますね。
信原:これまで公式ECサイトを中心に展開してきましたが、昨年5月からニーマン・マーカス(NEIMAN MARCUS)のECでの取り扱いがスタートしました。今は実店舗での展開に向け準備していますが、業界出身ではない僕にとっては勉強の日々です。例えば、化粧品フロアでものすごく売る熟練の美容部員さんがいて、業界に精通するコンサルタントに「あの人に挨拶しに行った方がいいわよ」なんてアドバイスされて、自社製品を売り込みに行ったりしています(笑)。「郷に入れば郷に従え」の精神で、現場に足を運びながら業界のしきたりや商習慣を学んでいますね。
それから今後はアマゾンやQVCといった販路にも本格参入していきます。実はアマゾンはCBD配合の製品を販売禁止しているため、これまで取り引きができなかった。粗悪なものが出回ったことが原因で、アメリカでも近年CBDビューティは苦戦が強いられています。われわれも今年中には全製品をCBD非配合に切り替えます。
Jビューティの躍進には“連合”“ウェルネス”がカギ
ーー最近はアメリカでもJビューティへの関心が増しているように感じます。さらに市場を獲得するためには何が必要だと考えますか?
信原:日本のブランドが一丸となって進出することですね。アメリカでもKビューティはまだまだ勢いがありますが、より高品質なものを求める感度の高いユーザーがJビューティに移行し始めています。それはビューティに限らなく、今世界から日本に観光客が押し寄せているように、みんな日本の神秘的な魅力に興味津々なんです。ただ日本人の慎ましい国民性からか、大きな商機があるにもかかわらず海外へのアピールがしきれない。そこを突破するにはJビューティ全体で連合して攻めることが必要で、そうすれば5000億ドル市場の1%でも奪うチャンスがあると本気で思っています。
ーー特に、Jウェルネスに可能性があると。
信原:先からお話ししているように、日本人の精神性や伝統がウェルビーイングに絶対的な説得力を持たせるからです。特に今のアメリカは政治的価値観の対立や経済格差から社会的分断がますます深まっている。だからこそ、調和、中庸といった日本人が大切にしてきた価値観を無意識に求めていると感じます。そして1000年以上も継承されてきた発酵食品や天然素材を活用するという日本の美容文化は、先人の知恵であり、ただのトレンドではなく本物。私たちが束になることで存在感はぐんと増すし、ぜひ日本から積極的に進出してほしいですね。
ーーぜひ火付け役となっていただきたいです。今後の計画は?
信原:まずは主要マーケットである西海岸と東海岸に注力していますが、ネクストステップとしては内陸都市を狙っています。アメリカはとにかく広大。消費大国で無限の可能性を秘めています。すでに数社から資金調達も行なっていますが、今後は戦略的な投資パートナーと協力しながら事業を進めていきたいですね。
まだまだ発展途上ですが、「シコウヒン」には絶対的な可能性を見い出しているし、ビジネスは「人」と「実行」さえ間違えなければうまくいく。強い信念とマインドセットを持って「人々の生活を1ミリでも幸せにできる製品や体験を提供する」という願いを実現できるよう、そしてそれが結果的に日本の魅力を広め、Jビューティブームをけん引できるよう、挑戦を続けていきます。