「やちむん」とは沖縄の方言で陶器を意味する。まるで沖縄の人々の穏やかな暮らしや原風景を表現しているような素朴な佇まいが魅力の伝統工芸だが、その誕生は琉球王国時代にまでさかのぼる。古くから沖縄の暮らしに日用品として深く根付いているやちむんだが、その一方で、1926年(大正15年)に柳宗悦らがはじめた「民芸運動」により、手仕事による鮮やかな色彩や装飾的な側面が注目されはじめ、沖縄ならではの伝統工芸品として認知されるようになった。
そしていま、その伝統工芸の技術を踏襲しながらも、作家性溢れる焼き物を送り出す若手陶芸家が増えている。那覇・壺屋でやちむんを中心としたセレクトショップを主宰するガーブ ドミンゴの藤田日菜子さんは「若手作家のトレンドは大きく分けて2つある」と話す。
「ひとつは伝統柄を新しい作風へと昇華しているトレンドです。たとえば、CHIECOceramics(フジイ チエ)さんの「OKINAWA」シリーズは沖縄の布や織物から着想しつつ、大胆な模様へと落とし込んだ作品で、伝統柄にオマージュを捧げたもの。彼女はお母さまが沖縄出身で東京芸大で彫刻を学んだあと、米・テスラ社でカーモデリングを担当。現在、L.A.で作陶されているという次世代の作家です。また、読谷北窯出身のヒヅミ峠舎さんはやちむんのフォルムを尊重しながらも、インドなど異国情緒漂う染め付けや神話など独自のモチーフを取り入れていて、展示販売会も非常に人気があります」。
もう一つのトレンドは、沖縄の土である“原土(げんど)”にこだわる質感だ。やちむんには自分が暮らしている場所の土(原土)を使って作陶する文化がある。
「その点を追求して、原点回帰を図っているような若手も注目を集めています。たとえば、名護市で作陶する紺野乃芙子(のぶこ)さんは足元の土にこだわり、土づくりから行います。『原土の器』は沖縄の自然そのものの力強さや美しさを体現しているシリーズです」。器を地層の上に置いて遠くからみると、その地層に馴染んでいるかのような表情が魅力だ。「ほか、恩納村のema藤田舞子さんも同じく原土での作陶を追求されています」。
聞けばどちらも県外出身の作家という。それぞれ沖縄芸大で陶芸を学んだ後、沖縄の原土に魅了されたとか。県外出身だからこそ、沖縄の原土の魅力や、素材の不変性や恒久性に着眼できたのだろうか。原土というプリミティブな質感、そして、伝統柄に現代的な解釈を加えたクリエーションは若い世代を中心に支持されており、現在のやちむん人気をけん引している。
そんな多彩なやちむんの世界に浸れるホテルの宿泊プランも登場している。それが「OMO5沖縄那覇(おも) by 星野リゾート」が設けた新客室「やちむんルーム」だ。
部屋のコンセプトを“100のやちむんと100のつくり手に出会える部屋”として、伝統的な柄や技法を得意とするベテランから若手作家の作品まで、個性豊かなやちむんを実際に使って楽しむことができる。
このプランを企画するきっかけとなったのは、ホテルが実施している独自のガイドツアーだ。「那覇シーサーさんぽ」と名付けられたガイドツアーで、やちむんを扱っている壺屋近辺を案内したところ、参加したゲストはもちろん、ガイド自らもやちむんの奥深さに傾倒。さまざまな作品の質感や使い勝手を試す場を設けたいと考え、客室プランとして取り入れたという。
宿泊したゲストが作品を存分に楽しめるようにさんぴん茶や人気店のコーヒー、泡盛、オリオンビール、さらにお茶菓子セットも用意するほか、100種の作品を紹介した、非売品の「やちむんガイド」を進呈。その充実した内容から、4室ある「やちむんルーム」は満室が続くほど人気という。
伝統工芸品ながら堅苦しさはなく、暮らしに彩りを添えてくれる焼き物、やちむん。沖縄の自然や風土を色濃く表現しつつ、伝統とモダンを交差しながら、バリエーション豊かに進化を続けている。しかも、お気に入りの“推し作家”の工房や窯元へ実際に足を運べるのも楽しい。散策の過程で唯一無二の物語性や豊かな情緒性に触れられることはやちむんの醍醐味といえるだろう。