ファッション
連載 東京・コレクション

「M A S U」会心の東コレ 世界への扉をこじ開ける一閃

 満を持しての東コレ初参加だった。後藤愼平デザイナーの「M A S U」の2023年春夏シーズンのショー会場に集った約400人から起こった大きな拍手が、その期待感を証明していた。今季のコレクションテーマは“ready”。「国内で熱狂を作り出し、それを海外に持っていきたい」――1年前から繰り返し口にしてきた後藤デザイナーに、フィナーレの光景はどう映ったのだろうか。

予想外の壁に直面した1年

 同ブランドは、自己資金でのショーを2回開催した後、3回目の舞台に「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」を選んだ。文化庁の支援による参加で、今シーズンはほかにも工藤司デザイナーの「クードス(KUDOS)」「スドーク(SODUK)」と、「ワタル トミナガ(WATARU TOMINAGA)」が同支援でのショーを開催する。

 後藤デザイナーは21年2月に初のランウエイショーを行った際、「今は東コレに出たいとは思わない」と断言していた。ファッション・ウイークという枠組みに収まるよりも、会場や時間、表現などのあらゆる面で自由を求めたからだ。同年7月には、単独でのショーを東コレ開催1カ月前に再び実施した。後藤デザイナーが求めていた会場や時間、表現の自由は、確かにそこにあった。一方で、きらびやかな空間と疾走感溢れる演出に「服が負けている」とも気付かされた。予想外の壁に当たり、ショーでの発表をいったん休止した。そしてクリエイションを飾ることよりも磨くことに徹し、もの作りに改めて向き合う決意をしたのが、アメカジをテーマに選んだ22-23年秋冬シーズンだった。結果、見せる華やかさと、腹が据わった強さのバランス、クオリティーが飛躍的に向上。同シーズンの卸先での店頭消化率は高く、完売するアイテムが早くも多く出ている。

高まる熱気と真紅に輝く服

 そんな万全の状態で迎えたのが、東コレで披露する23年春夏コレクションだった。場所は東コレの公式会場である渋谷ヒカリエで、真っ暗な空間に好き嫌いが別れるホールである。少なくとも、「M A S U」がかつて求めた自由さはない。会場には、床一面にレッドカーペットを敷いた。バックステージでは後藤デザイナーが「本番で泣いちゃうかも」と語るほどエモーショナルで、スタッフも「今日は裏方で入ったのに、本番が早く見たいんです」と待ちきれない様子だ。これまで数々のバックステージを取材してきたが、ここまで熱気に溢れた雰囲気はあまりない。

 いよいよショーが開幕。真っ赤なライトの中に黒いシルエットが浮かぶと、手絞りと熱の形状記憶で作った通称“ポップコーン トップス”にハットを身に着けたスタイルが現れた。コレクションの根底にあるのは、アメリカの世界的スターであるマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)だ。1992年生まれの後藤デザイナーにとって、物心が付いた頃には晩年を迎えていたポップアイコンである。コレクションでは、その“キング オブ ポップ”の光と陰を描き、ステージ上での輝く姿や、パパラッチに終われるリアルな姿をスタイルに投影した。キーカラーはもちろんレッド。22-23年秋冬シーズンで手応えをつかんだアメカジの雰囲気を残しながら、後藤デザイナーのフィルターを通したクラシックなテーラリングやアグレッシブなグランジ、シグネチャーのレーザーカットによるクラフト感など、あらゆる要素を自由自在にミックス。時代や性別を超越して人々の心をつかんだMJを、29歳の等身大の感覚で現代に蘇らせる。

 マイケル・ジャクソンは、例え装いは私服でも、存在そのものの“華”は隠せなかった。後藤デザイナーはその二面性に焦点を当て、ネルシャツやテック素材に共地のフリルを付けてドレス風に仕立てたり、フーディーにスパンコールを敷き詰めたミラーボールのような“ディスコ フーディー”だったり、ブリーチしたジーンズをファンシーなスタッズで装飾したりと、ファンタジーとリアルという対極のファッションを交差させた。アクセサリーも過去最高に充実させ、赤いバッグはショー会場のカーペットをアップサイクルして量産するという。“キング オブ ポップ”ほど強烈なキャラクターを題材にすることは、一歩間違えるとコスプレになりかねないリスクがある。しかし今の「M A S U」にそんな心配は無用だった。ストリートウエアからにじみ出す輝きは、まるでホールの暗い空間に放たれた一閃。フィナーレではきらめく紙吹雪が舞い、ショーは盛大なフィナーレを迎えた。

見えた世界への道すじ

 東コレの勢いそのままに、次に目指すのは海外での発表だろう。しかし、世界には多数の競合ブランドが待ち構えている。「M A S U」の現在の卸先30件前後のうち、海外との取引はほとんどなく、日本以外では無名に近い。これまで、初めて世界に出た日本人デザイナーは「あのブランドっぽい」「全体的に弱い」というように、バイヤーから手厳しい評価を受けて帰国することも少なくなかった。だが、逆境を力に変えることを東コレで証明した「M A S U」は、そんなアウェイな状況さえ楽しむ覚悟だ。「海外に出たことはないですけど、逆を言えば伸びしろしかないってことです」。そう笑う29歳の次世代デザイナーからは、早くも大物の風格が感じられる。世界は、すぐそこに見えた。

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