ファッション

クチュールの未来を見据えるデムナの「バレンシアガ」 「クチュールこそ、自分が愛し、手掛けていたい唯一のこと」 パリ現地取材リポートVOL .1

 2022-23年秋冬オートクチュール・ファッション・ウイークが7月4日から7日までに開催された。今季からは、ついに公式スケジュールに名を連ねる全てのブランドがリアル発表を再開。世界中からVIP顧客やセレブリティーもパリに戻り、華やかなムードに包まれた4日間のファッションの祭典から、注目ブランドのショーリポートをお届け!

 デムナ(Demna)にとって2回目となる「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の“51st クチュール・コレクション”の舞台は、1年前と同じジョルジュ・サンク通り10番地に再建されたクチュールサロン。150人ほどの観客を招き、親密なショーを開いた。終始無音だった前回に対し、今回はデムナが「最も美しい言葉」と表す「ジュテーム(Je t'aime、あなたを愛している)」から始まる詩をAIが朗読する演出でスタート。朗読が終わると、彼のパートナーであるミュージシャンのBFRNDが作曲家のグスタフ・ルドマン(Gustave Rudman)と共に制作したオーケストラ楽曲「ラブ イン Eマイナー(Love in E Minor)」のエモーショナルなサウンドが会場に響いた。

 冒頭に登場したのは、石灰岩由来の日本製ネオプレンを用いたディストピア的なオールブラックのルック。デムナは、そんなクチュールらしからぬ素材を、1958年に創業者のクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)がアブラハム(Abraham)社と考案したガザール生地の2022年版と考えて採用。ボディースーツを筆頭に、トレーンを引くドレスやテーラードアイテムを打ち出した。それが“奇抜”で終わることなくエレガントに感じるのは、体にピッタリと沿う美しいシルエットで仕上げられているから。縫製が難しいこの素材で実現するには、アトリエの存在が欠かせなかったという。アイデンティティーを隠すようにモデルの頭部を覆うのは、メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)傘下のメルセデスAMG F1 アプライドサイエンス(Mercedes-AMG F1 Applied Science)によって開発された黒いヘルメットのようなフェイスシールド。手にはオーディオブランド「バング&オルフセン(BANG&OLUFSEN)」とのコラボによる“スピーカー バッグ”を携え、そこから詩や音楽が流れる。

 ネオプレンのシリーズから一転して、ビーズ刺しゅうや羽根に見立てたシルクの装飾がたっぷり施されたロングやミニ丈のドレス群を披露したかと思うと、その後にはデムナならではのカジュアルなスタイルが登場する。まるで風でめくれ上がった瞬間に時間が止まったかのようなシワシワのTシャツやパーカーは2枚の生地の間にアルミニウムの層を挟み込んだもの。形状記憶によって描く独特なシルエットは、ドラマチックなボリュームやドレープの現代的な解釈のようだ。そして、頭を包み込むように大きな襟を立てたデニムジャケットやコートと、メンズにも取り入れたコルセットの誇張されたシルエットが、クチュールらしいエレガンスを強調する。

 また、今回のコレクションは1/4がアップサイクルで作られているのもポイントだ。トレンチコートの布のベルト部分は、何本もはぎ合わせてオーバーサイズのトレンチコートに。レザーのベルトはイブニングドレスやジャケットになり、アンティークの腕時計はチョーカーやイヤリングなどのジュエリーに生まれ変わった。さらに、ドライクリーニングしたビンテージのジーンズやボンバージャケット、パーカーは一度分解して2着を組み合わせることで、新たな命を吹き込んでいる。再構築自体は、「バレンシアガ」のプレタポルテにもよく見られるデムナらしいアプローチだ。しかし、「数に限りのある既存のビンテージアイテムを使ったものづくりはプレタポルテでは難しく、そんなアーティザナルなアプローチは前回のクチュール・コレクションに欠けていたことから、今回取り組むことにした」という。

 中盤を過ぎると、冒頭からのフェイスシールドはなくなり、それぞれのアイデンティティーが明らかに。キム・カーダシアン(Kim Kardashian)やニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、デュア・リパ(Dua Lipa)といった錚々たるスターから、60年代にクリストバルの元でハウスモデルを務めていたダニエル・スラヴィック(Danielle Slavick)までがランウエイを闊歩した。ポップカルチャーやエンターテインメントとのつながりは、今の「バレンシアガ」を象徴する要素の一つだが、今回も狙い通り、大きなバズを生んだ。

 終盤のドレスは、かつて王室や貴族のためにドレスを仕立てていたクリストバルの初期のキャリアに通じる、古典的な文脈の中にある美しさを表現したもの。しかし、その中には、背びれのようにふくらんだ背中が特徴の“シャーク”ドレスや、前はベルシルエットで後ろはミニ丈になったドレスなど、イブニングルックの新たな解釈も見られる。そして、ラストには、クチュールの伝統に沿ったマリエ(ウエディングドレス)を披露。250メートルものシルクチュールを使った大胆なシルエットが特徴のドレスとベールを飾るのは、アーカイブのモチーフを参照したという刺しゅうだ。7500時間をかけて施された7万個のクリスタル、8万個の銀の葉、20万個のスパンコールなどの装飾は、圧巻の輝きを放つ。

 ショー後、デムナは「前回はメゾンのヘリテージやクリストバル・バレンシアガのレガシーをより強く表現したが、今回はあまり考え過ぎず、自分の直感に従うことにした。そして、もっとコレクションに自分らしさを注ぎ込み、自分なりの新しいバランスや融合を見つける必要があると感じた」とコメント。「だから、異世界的かつ未来的なネオプレンのラインアップからスタートし、未来から過去へと流れていくようにした。終わりに向かって表現した王侯貴族的な豪華さは、クリストバルの初期の仕事や純粋なヘリテージと言えるだろう。ただ、私のクチュールに対する見方は基本的に全体がグラデーションになっている。今回のコレクションは、より自分がクチュールでやりたかったことを取り入れ、ファーストシーズンを発展させたものだ」と説明した。

 従来のオートクチュールでは使われなかったような素材や高度なテクノロジーと、伝統的な技術や職人の細やかな手仕事を駆使し、カジュアルからフォーマルまで、独創的かつ洗練されたシルエットの上質なアイテムを仕立てる―――それが、時代をけん引するデザイナーによって、53年の時を経てよみがえった「バレンシアガ」のクチュールの魅力であり、強みだ。幅広いクリエイションを手掛ける中でも、デムナは「クチュールこそ、自分が愛し、手掛けていたい唯一のことだと気づいた」と明かす。その言葉通り、1年に1回だけ発表するクチュール・コレクションには、彼の並々ならぬこだわりが詰まっている。

 さらにショー当日には、サロンの階下に特別な限定アイテムを扱うクチュールストアもオープンした。依然として閉ざされたクチュールの世界をより若い新世代の顧客に開くための新たな試みからも、既存のシステムにとらわれることなく、クチュールを未来に向けて革新していくというデムナの姿勢が伝わってくる。

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