
「G.H.バス(G.H.BASS、以下バス)」と聞いて、懐かしい気持ちになるファッション好きの大人男性(主に50代〜)は多いのではないだろうか。
「若い頃は、1万円台で買った『バス』のペニーローファーを履き潰したなあ」――そんなアメトラおじさんたちの思い出話も漏れ聞こえてきそうだが、昨今の価格高騰の波を受け、その手軽なイメージはすでに過去のものとなった。現在、定番ペニーローファーの国内小売価格は、なんと3万円台後半まで上昇している。
だが、それ以上に驚愕なのが、「バス」のローファーはもはやアメトラの定番靴を超え、ストリートファッションを好む若者の間で「イケてる靴」になりつつある事実だろう。
値上げ・革靴離れの逆風下で売り上げ4倍に
今年で創業150周年を迎える「G.H.バス」は、ノルウエーの木こりや農民の履いていたスリッポンから着想し、世界で初めてローファーを世に送り出したとされる。日本には1954年に上陸し、現在国内ではGMTが輸入総代理店として展開する。国内売上高(直営店・百貨店・ECの合計。卸を除く)は、直営店を開いた2020年度から25年度で約4倍に伸長した。為替変動や原価高騰、輸送コスト増による値上げ、さらには消費者の「革靴離れ」が言われる中、誕生から90周年を迎える定番レザーローファーが力強く売り上げをけん引している。近年は、特に若年層男性の購買増が顕著だ。
売り上げの柱は、甲に切れ込みの入ったペニーローファーで、サドル部分にビーフロール(糸の巻きつけ)があしらわれた“ラーソン(LARSON)”と、ビーフロールなしのスマートな“ローガン(LOGAN)”がある。特に近年は“ラーソン”の売れ行きが好調で、同モデルの販売足数は20年度から約4倍に増えた。ブラックと、白黒のコンビカラーが人気という。
トラッドの定番から、ストリートの「ハズし」へ
アメトラを通ってきた大人世代には「手頃なアメリカ製ローファー」という記憶が根強いかもしれない「バス」だが、現在は製造拠点をエルサルバドルに移し、“ローガン”“ラーソン”の両モデル(レザーソールタイプ)の価格もかつての倍近い3万9600円へと値上がりしている。
決して目新しいデザインではなく、値ごろ感も薄れたこのローファーを、なぜ今、若者たちがこぞって足元に取り入れるのか。それは、単なる革靴としてではなく、スタイルを決定づける「ファッションピース」としての魅力に引かれているからだ。
アメトラおじさんたちであれば「バス」のペニーローファーをジャケット&ブレザーやチノパン、ストレートデニムに合わせて渋くキメるのが正解だろうが、今の若者たちはトラックジャケットのセットアップや、裾をたっぷりとためたバギーデニムとともに「ハズし」として取り入れる。GMTの三浦由貴プレスは、現在の「バス」を取り巻く現象をこう分析する。「私も今年で42歳になりますが、スニーカーブームの反動でローファーが『来る』というトレンドの波はこれまでも経験してきました。ただ、過去と決定的に違うのは、トラッドではなくストリートの文脈で、YouTube世代の若い子たちが盛り上がっている点です」。
カリスマスケーターとSNSが火をつけた「バス」熱
現在のストリート発ローファーブームの火付け役の一人と言われるのが、レジェンドスケーターのジェイソン・ディルだ。ある人気ブランドのルックブックで、直球のストリートスタイルにあわせたのが私物の「バス」だった。それが若者たちの目には最高にクールに映った。そこから、ローファーのムーブメントはSNS世代へと急速に波及していく。ここ数年はスニーカーブランドからもローファー型のモデルが相次いで登場し、「ニューバランス(NEW BALANCE)」の“1906L”が大ヒットしたのも記憶に新しい。
日本の若者に「バス」人気を決定づけたのもSNSの影響だった。人気ファッション系YouTuber「OUR's(アワーズ)」のメンバーで、モデルとしても活躍するモーガン蔵人が動画内で「バス」のローファーを紹介すると、直後には当時の青山店に長蛇の列ができた。一時はフリマアプリの「メルカリ」で、取引相場が定価の2〜3倍にまで高騰したほどだ。
代官山への移転で伝える、150年のオーセンティシティー
ストリートブームを介して若年層の認知が拡大する今、GMTは改めて「バス」本来の歴史的価値や背景を訴求していく考えだ。
実は「バス」の直営店があるのは日本が世界で唯一なのだが、2019年から東京・青山のキラー通りにあった路面店を代官山へ移し、11月6日にリニューアルオープンした。店内には、かつて「バス」を愛用したマイケル・ジャクソンやジョン・F・ケネディ、グレース・ケリーといった往年のセレブリティの肖像をディスプレイ。さらに、ローファー誕生90周年を記念し、“90”の数字が刻印されたゴールドコインをサドルに挟んだ限定モデルもラインナップし、ブランドが持つオーセンティックな魅力を発信する。「ストリートの文脈から『バス』を知ってくださった若い世代の方々にも、150年の歴史の積み重ねと、時代を超えても廃れない本質的な魅力を伝えていきたい」と三浦氏は話す。