PROFILE: 川崎和也/シンフラックス共同創業者 代表取締役CEO
日本のファッションテック企業・シンフラックス(Synflux)の川崎和也CEOが、初の単著「惑星のためのファッション 持続可能な社会を実現する、衣服と技術のデザイン戦略」(以下、「惑星のためのファッション」)を出版した。
同書は、「ファッション史を社会問題や持続可能性の観点から再検討すること」「デザインおよび技術哲学の視点を導入すること」「産業をより豊かにするための実装戦略を示すこと」の3点を柱にし、ファッション産業が抱える3つの問題(過剰生産・過剰消費・中央集権)に対して、新しいビジョンとして「プラネタリーデザイン」を提示する。
どのような想いで本書を出版したのか? そして、「プラネタリーデザイン」とは何か? 著者の川崎CEOに話を聞いた。
シンフラックスの取り組み
WWD:まずは川崎さんが現在、シンフラックスでどのようなことに取り組んでいるのか教えてください。
川崎:シンフラックスはファッションブランドではなく、AIを得意とするファッション産業特化のテックスタートアップです。コア技術は「アルゴミック・クチュール(Algorithmic Couture)」という衣服の設計図である型紙をAI主導のシステムで自動生成できるシステムになります。
一般的に衣服を作るプロセスで、生地を型紙の形に裁断した際に15〜30%ほど生地の廃棄が出るといわれています。それに対して、「アルゴミック・クチュール」では、ロスの少ない日本の着物にインスピレーションを得つつ、廃棄とコストを最小限に抑えられるよう最適化された型紙を独自のアルゴリズムで自動生成するというものです。
他にも、AIによる最適化や3Dシミュレーションを活用した企業との共同開発事業を積極的に推進しています。最近では、ケリングが主催するアワードのファイナリストに残ったり、トレイルブレイザーアワードで世界一に選出されました。
WWD:シンフラックスは2019年に創業し、それから7年ほど経ち、「アルゴミック・クチュール」の実用化は進んでいる?
川崎:創業直後の2020年に「ハトラ(HATRA)」のデザイナーの長見(佳祐)さんと一緒に、作ったのがこのパーカーです。右半分がもともと「ハトラ」のオリジナルデザインで、左半分がシンフラックスのシステムを使って型紙を生成して作ったのですが、全てのパーツが5cm幅の長方形を裁断してつなぎ合わせているんです。廃棄率は劇的に減少した一方で、縫製が難しいなどの課題が多くありました。
そこから21年に、「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」のディレクターの大坪岳人さんが試作品を見て、「一緒に作ってみましょう」と言っていただきコラボレーションプロジェクト「シン・グリッド(SYN-GRID)」がスタートしました。そこで大規模な量産を目指して製作されたのがこの“ジオメトリックドットショットジャケット”です。これは「ザ・ノースフェイス」の既存のアイテムをシンフラックスのシステムを使ってリメイクした製品です。もともと作る過程で使用する生地の16%が廃棄されていたのが、7%ほどに削減されました。発売後「よりブランドが重要視するデザインの再現度を高めたい」というフィードバックがあったので、そこを改良して、今は(右手で持っている)黒のジャケットに改善しました。こちらはすでに定番ラインに組み込まれているので、これからは私たちのテクノロジーが適応されているアイテムをどんどん増加させていきたいと考えています。
出版の経緯
WWD:そうした研究をしている川崎さんが、今回新著「惑星のためのファッション」を出すことになった経緯は?
川崎:2019年にEUが「欧州グリーンディール(循環型経済を基幹産業にする発端となった政策)」を宣言して以降、ファッション産業にもサステナビリティの考えが広まった一方で、近年はその勢いが停滞してきていると感じています。25年にトランプが再びアメリカ大統領に就任後、翌年すぐに「パリ協定」から脱退したり、多くの国で環境問題への取り組みに対して消極的な人が増えていることは確かです。
加えてサステナビリティ先進国のEUにおいてさえ、「自分たちがこれからだと本当に環境問題対策のトップランナーとして走っていけるのか」「ビジネスを他の国と協調しつつやっていけるのか」ということに悩んでいると人が増えていると感じています。スイスの投資家から資金調達をした後、今年の2月と5月、そして7月と頻繁にEUや英国を訪れ、現地の実践者と対話を繰り返していると、多くの人が「今後はサステナブルファッションの存在意義や戦略を考え直さなければいけない」というようなことを言っています。そうした現状の中、日本でもいま一度、サステナビリティのコンセプトを考え直すべきだ、という問題意識のもと本を書くことにしたのです。
WWD:トランプの件もそうですが、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルとガザ、イランの問題など、社会情勢が大きく変わったり、エネルギー問題も深刻になっている。そうした中、環境問題やサステナビリティよりも、まずは自国の経済第一で、サステナビリティは後回しになっている雰囲気も感じます。
川崎:まさにGX(グリーントランスフォーメーション ※温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルと経済成長の両立を目指す社会変革)は経済安全保障の文脈で語られるべき課題にシフトしていますよね。それを象徴するように、2026年6月に日本政府が発表した「危機管理投資・成長投資」の文脈における戦略17分野・62品目の投資促進策を見てみると、AIや防衛、エネルギー安全保障と並んでGXが位置付けられています。これをファッションビジネスの文脈で解釈すればつまり、サステナブルファッションは、サプライチェーンの脆弱性を改善するデザイン実践として再定位される可能性を模索するべきという意味ではないでしょうか。紛争や戦争などの世界的事案が発生すると途端に、物流が不安定化しバリューチェーンが分断してしまう。大規模で不確実なリスクが発生せざるをえないという事実は私たちが世界情勢で現在目の当たりにしている通りです。そんなものづくりの「脆弱性」を考慮した上で、原料や物資を安定的にかつ持続可能に調達できるように何をデザインするべきでしょうか。地政学的な条件を考えた上で原料や素材の調達のリスクを予測しつつ設計することや、自国の素材やロジスティックスで循環のシステムをデザインしていくような方向性がより重視されていくのではないかと予想しています。
ここで重要になるのが「レジリエンス(再生力や柔軟な回復力を意味する言葉)」という概念だと思います。これは5月に開催されたファッション企業の連合体グローバルファッションアジェンダが主催するサミットでも強く強調されていた新戦略です。例えば、少し前はAIとサステナビリティは別の話として捉えられていましたが、本来は一緒に考えられるべき問題です。先ほど述べたサプライチェーンの強靱化、つまりレジリエンスを向上させるためには、様々なデータや政策を大量にインプットし、ビジネスに応用する必要性があります。ここでAIを活用するチャンスは大いにあるでしょう。書籍でもGXとDX(デジタルトランスフォーメーション)を等価に扱う戦略を「ツインサプライチェーンマネジメント」と名付けて紹介しています。今はAIを活用してサステナビリティをどう推進していくのか、が企業にとって問われていると考えています。徐々にシンフラックスでもこの文脈でのご依頼が増加しています。
ファッション産業の3つの問題点
WWD:本書では、今のファッション産業の問題点を3つ挙げられていましたが、改めて1つずつ説明していただけますか。
川崎:1つ目は「過剰生産」で、その象徴が「ファッション・パラドックス」と呼ばれる問題です。ウルトラファストファッションの台頭により、一着あたり数百円から千円程度のアイテムが、毎日数千点に及ぶ新作として発売されて人気となっています。一方で、買った人の1着の着用回数は下がってきている。つまり衣服自体の生産数は増えているのに、着る回数が減っているのです。一方私自身は「大量」生産と「過剰」生産は異なる概念だと考えています。大量に衣服を作ること自体は、着る人に選択肢を与え、コーディネートを豊かにする意味でもメリットがあると思うんです。しかしそれが過剰ともなると大問題です。それをどのように「最適化」するかが次のチャレンジなのだと思います。
2つ目が「過剰消費」。つまり消費者が買いすぎてしまっているのが問題なのですが、本書では「アテンションエコノミー」を批判しています。日々、SNSのショート動画でインフルエンサーやブランドの情報が過剰に流通するあまり、そこまで欲しくないものまでついつい買ってしまう。買う瞬間に一番テンションが上がって、届いたらすでに飽きているようなケースも多々あると思っていて。そうした「過剰消費」が「過剰生産」につながっているのでは、と危惧しています。
そして、3つ目は「中央集権」です。「過剰生産」「過剰消費」の状況の中で、ファッションデザイナーはどうやってこれから衣服を作っていけばいいのかについて検討しています。デザイナーがクリエイティブディレクターとして、ビジネスやマーケティングまで役割を拡張して久しいですが、産業はファッションデザイナーの「天才性」に過度に依存し過ぎていると考えています。本来ファッションデザイナーは、衣服のアイデアを着想し、手を動かし、あるいはその意匠全体をディレクションする専門職で、その創造性は、「過剰生産」や「過剰消費」の問題解決へも生かせるのではないかと思ったのです。だからこそ、ファッションデザイナーの役割を現状から変えていく必要があるのでは、と提言しています。
WWD:デザイナーのカリスマ性で売れる部分が結構大きかったと思うんですけど、それだけでは成り立たなくなってきていると?
川崎:実際この本でも書いているように、マルタン・マルジェラが精力的に活動していた2000年以前まではデザイナーが自分でブランドを立ち上げ、ファンを増やし、ブランドを大きくしていくケースがたくさんあったと思うんのですが、今は巨大なコングロマリットがデザイナーを雇ってブランドを運営するようになりました。そこでデザイナーのカリスマ性はストリートの草の根から醸成されたものではなく、広告とSNSのハイプによってあえて作り出されたものになってしまったとすればそれはいささか悲しいことです。サステナビリティの問題として考えても、「過剰生産」や「過剰消費」の問題をそのままにして、今までのカリスマ性を発揮した「中央集権」的なシステムを維持するのではなく、デザイナーの役割がもっと多様化すれば、デザイナー自身がファッション産業の問題をよりより良くしていくことがもっとできるだろうと考えています。
WWD:ステラー・マッカートニーとかはそうした存在ですね。
川崎:本書では宮前義之さんを紹介しています。宮前さんは「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE)」のデザイナーとして、産地の職人や製造に関わる人たちなどのファッション産業の専門家はもちろん、多様な分野の専門家との協業を重要視してらっしゃいます。私とシンフラックスが協業させていただいた際は、宮前さんが複数の関係者や知識をオーケストラの指揮者のように調停し、解釈し、デザインに落とし込んでいく様子を実際に拝見することができ大きな学びになりました。衣服のものづくりにおいては、無数の条件が絡まり合い、たくさんの人々が関わります。これからは新しい素材やAIなどもものづくりに参与するようになると考えると、宮前さんの実践されているような「オーケストレーション(無数の要素をまとめ上げることで最適な動きへと調整する一連の動きを指す言葉)」が重要になっていくと考え、本書で取り上げました。
「地球」ではなく「惑星」として考える
WWD:そうした3つの問題に対して、「惑星のためのファッション」という考えが必要だと?
川崎:本書の中核にある「惑星」というコンセプトを説明するために、本では複数人のデザイナーや研究者、思想家を参照しながらその輪郭を描くことを試みました。詳細はぜひ読んでいただきたいのですが、ここでは一人だけ重要人物を紹介させてください。それはインド人の歴史学者であるディペシュ・チャクラバルティ(Dipesh Chakrabarty)という人物です。彼は、人間が人間のために人間による視点で作り上げてきた世界観や歴史を「地球(グローバル)」と呼び、それと対比させる形で「惑星(プラネタリー)」を位置付けています。チャクラバルティの言う惑星においては、人間以外の世界観——例えば微生物や地層なども含めた世界観が包含されます。そうすることで、どうしても人間「だけ」の成長のみを追求してしまう現状を変え、人間以外の存在を含めた豊かな繁栄を思考しようとしているのです。こうした考え方と類似する動きとして、最近ではアメリカの経済学者であるエズラ・クラインらによって「アバンダンス(有り余るほどの豊かさの意味)」と呼ばれ議論が始まっているようです。
WWD:先ほどの問題点にあった「過剰消費」は生産者だけでなく、消費者の意識改革も重要になると思うんですけど、どう変えていけばいいと思いますか?
川崎:実は私は消費者の意識改革はそこまで重要ではないと思っています。デザイナーや企業は自分たちの視点で「消費者」を想像しそれに適応しようとするのではなく、徹底してデータやニーズに向き合い「システムやプロダクトの変革」に向き合うべきなのではないかと感じています。最近話題になったパランティアというアメリカの企業の創業者が記した「テクノロジカル・リパブリック」という本においても、現在の米国のスタートアップ業界を批判的に見た上で「企業はテクノロジーを消費者に奉仕するために使うのではなく、より大いなる問題解決に活用するべきだ」との趣旨のことが書かれており、その点は私も同意です。しかしパランティアは技術活用を軍事活用に使っているため、批判も含めて物議を醸しています。
であれば、そうした「システムやプロダクトの変革」へのエネルギーをより倫理的な野心に向け直したらどうでしょうか。「過剰消費」を解決するのであれば、極端に言えば明日から服を買わないでくださいと啓蒙するのが一番良いと思われる方もいるかもしれません。しかしそれより、服を回収したり、修理したり、再生するために、もっと便利で、合理的なシステムは何かという問いに向き合う余地はもっとあるのだと思います。消費者にとって負担やコストになってしまうサステナビリティや循環に関わるアクションを「普段の生活を変えてでもやってください」と解き続けるより、もっと製品やシステム側の改善でやることはたくさんあるはずです。
WWD:本書には実例も多く紹介されていますね。
川崎:ものづくりやサステナビリティに携わる担当者がすぐに活かせる内容を書きたいと思ったので後半に多数実例を紹介しています。
本書の5章では次なるサステナビリティ戦略を4つにまとめています。1つ目は先ほどお話しした「ツインサプライチェーンマネジメント」です。他にも、利益を得ながらリセールやレンタル、リペア、リメイクなどを成立させる「ファッションリモデル」。サザビーリーグやパタゴニアが発電所の設立に挑戦しているように、生態系にポジティブな影響を与える投資戦略「マルチスピーシーズサステナビリティ」。「グローバルファッションアジェンダ」や「テキスタイルエクスチェンジ」のような企業や国境を超えた政策やビジネスを統治する試みを加速させることで、経営をより良い形に再設計する「マルチステークホルダーイニシアティブ」について事例を紹介しています。
WWD:「惑星のためのファッション」は実現しそうですか?
川崎:実現のために「世界観の移行」を成し遂げたく本を書きました。まずは地球(グローバル)から惑星(プラネタリー)へのアップデートを目指すことが重要です。格差や分断など、グローバル経済の矛盾や課題が顕在化する今、地方や国家といった閉鎖的な共同体への回帰こそが、重要であるという世界観が広がっていると感じています。もちろんそうしたビジョンも重要ですが、そんな中で決して排他的にならず、これからの世代が豊かになることを「脱成長」として諦めることもなく、自然環境と社会の更なる繁栄を目指す未来をいかにして描けるでしょうか。ローカルでもありグローバルでもあり、人間も非人間も含み込んだ、豊穣な世界観として、「惑星」を位置付けたいです。前途多難ではありますが、多様な関係者とものづくりを通して手を取り合うことで、少しずつでも前に進めていきたいです。
WWD:最後に本書について改めて伝えたいことは?
川崎:発売からしばらく経ち、繊維ファッション企業のマネジメントやものづくり、リサーチに携わる方々に読んでいただいている実感があります。サイエンスやテクノロジーに関心がある方にも手に取っていただいているようです。AIにしろ、環境問題にしろ、世界に複雑さ増してきており、考えれば考えるほど解決が難しかったり、大変だと思うことも多いと思います。現状では、サステナビリティの問題を解決に向かわせるってことは難しい一方で、でも、デザインやファッションにおいて、どのように環境問題を解決するか、テクノロジーを創造的に応用するのかは最も創造的なジャンルであると私は思うので、本書を読んでくれた皆さんと一緒に頑張っていきたいと思っています。
PHOTOS:KAZUKI SHIGERU
書籍概要
◾️「惑星のためのファッション 持続可能な社会を実現する、衣服と技術のデザイン戦略」
著者:川崎和也
発売日:2月19日
価格:2860円
発行:ビー・エヌ・エヌ
仕様:四六判/384ページ
https://bnn.co.jp/products/9784802513517







