
「フェラーリ(FERRARI)」は3月24日、“アマルフィ スパイダー”を日本初披露した。ベースモデルの“アマルフィ”は、“カリフォルニア”“ポルトフィーノ”“ローマ”に続く、日常での快適性や多用途性と「フェラーリ」らしい官能的な走りを両立した都市型FRの系譜を受け継ぐモデルだ。本記事では、日本での“アマルフィ スパイダー”のデリバリー開始を前に、同モデルにもその思想を色濃く残す“ローマ スパイダー”に試乗し、「フェラーリ」が日常領域に打ち出したGTカーに込めたデザインと走りの哲学をたどる。
甘く優雅な時代への回帰

同モデルのコンセプトは「ラ・ノーヴァ・ドルチェヴィータ(イタリア語で“新しい甘い生活”)」。これを体現するテーマの一つが、ブランド創業間もない1950〜60年代への回帰だ。当時のイタリアは、第二次世界大戦後の復興を経て、映画や芸術、ファッションなどの文化が花開いた時代であり、人々は自由で豊かな暮らしを謳歌していた。そこに漂っていた「甘く優雅」なムードを、“ローマ”の名の下に現代的な解釈で落とし込んだ。
対面すると、大きな生き物を前にしたような存在感が押し寄せる。驚くべきことに、ボディーにはキャラクターラインらしい線がほとんど見当たらない。グリルやエアダクトなど、機能に裏付けされた造形によって走りを語ってきた“ポルトフィーノ”までの流れとは異なり、それらをあえてそぎ落とし、徹底したミニマリズムのもと、ボディーの大半を連続する曲面の抑揚で形作る。リヤフェンダーからヘッドライトへと続くグラマラスな隆起は、“250カリフォルニア・スパイダー”や“250 GT ベルリネッタ・ルッソ”など、黎明期のモデルを思わせるクラシカルなモチーフだ。
フロントグリルはとりわけ異質で、周囲のパネルに馴染むようにボディー同色とし、開口部も最小限に抑えて独立したパーツとして主張させない。まさにメーカーが言う「1つの金属の塊から削り出した」かのような造形が実現されている。シームレスで有機的だからこそ、「人為的なもの」という印象すら遠のくほどに美しいのだろう。
「フェラーリ」が展開する量産フロントエンジンモデルでソフトトップを採用するのは、69年の“365 GTS4”以来、実に54年ぶり。分割線のないなルーフラインは、閉じた状態でもクーペ同様にエレガントだが、同モデルの真価はオープンスタイルにある。

ルーフは13.5秒でZ字状に折りたたまれる。220mmの薄さに抑えて格納し、リヤ周りのボリュームを最小限に抑えた。トノカバーをフロントウインドーの延長線上へ収め、ファストバックのラインを保ったシルエットも個性的だ。あたかも当初からオープン専用として開発したかのように、自然なプロポーションに仕上げている。

車両の機能やパフォーマンスを造形に反映する手法は、今日の自動車業界では広く浸透している。同モデルは、最高速度320km/h超、0-100km/h加速3.4秒のハイパフォーマンスを備えながら、その性能を声高に誇示する意匠をあえて設けない表現が、発表当時の「フェラーリ」としても革新的であった。
クラシックな装いとは裏腹な先進性

インテリアには、70年代から続く伝統の“デュアルコックピット”レイアウトを採用した。センターコンソールを境に2人分の空間を大きく掘り込み、各要素をシンメトリカルに整理した、色気のあるコックピットを形成する。まず目を惹くのは、各席を囲うように走るパイピングのアクセントだ。それぞれを「独立した操縦席」として明確に区切る一方で、助手席前にもディスプレーが備わり、運転以外の操作系や走行速度、回転数などの情報も共有される。ドライバーのみならず、同乗者も走りの高揚感を最大限に味わえる設計が面白い。
「フェラーリ」が示したコンセプトには、「新しい」という言葉が含まれる。特筆すべきは、クラシックな装いとは裏腹に備わる先進性だろう。3つのディスプレーにはナビゲーションをはじめ、エアコンやシート調整などの機能を集約し、現代的な快適性やデジタル体験を積極的に取り込んだ。静電タッチ式を採用したボタンは、想像していたよりも使い勝手は良かったが、現在では物理式へのレトロフィットにも対応している。
“デュアルコックピット”の発想は、レースシーンにおけるナビゲーター、すなわち「コ・ドライバー」に由来するもの。「アイズ・オン・ザ・ロード、ハンズ・オン・ザ・ホイール」の思想のもと、ステアリング周辺へ凝縮した操作系や、マニュアル車のオープンゲートを想起させるシフトセレクターなど、走りを予感させるディテールを備えながらも、品良くまとめている点が実に巧みだ。
懐の深さと走りの血統

「甘い生活」を掲げながら、目覚めの咆哮は驚くほど荒々しい。サイレンサーレスのエギゾーストシステムを採用し、毎朝付き合うには少々頭を悩ませそうなほどの音量だったが、「フェラーリ」としてはこれ以上ない痛快なオープニングだ。
“コンフォート”モードでは、GTカーらしいキャラクターへ最適化される。ステアフィールは素直で、わずかな入力に対しても正確に反応するが、過敏さはない仕立て。中立付近は穏やかでも、舵角を深めるにつれてノーズがグイッと入り込む。アクセルの反応は意外なほどゆったりとして扱いやすく、暖機運転を終えて心地よい音へと落ち着いた排気音と、5層構造のソフトトップがもたらす高い遮音性と相まって、長距離をゆったり流せる懐の深さが際立った。
「フェラーリ」のラインアップにしては最低地上高が高く、停止時のフロントタイヤ付近で少なくとも100mm以上は確保されていた。試乗車には360度カメラやブラインドスポット検知機能も備わり、街中での段差の処理や駐車も想像以上に気を遣わない。日常使いにおいてこれほど心強い装備はなく、ドライブをしばらく続けていると、肩の力は抜けていた。
“レース”モードへ切り替えると表情は一変、ハンドリングやアクセルレスポンス、シフトチェンジは一段とダイレクトに。それまで感じなかった緊張感が急に顔を出し、じわりと手に汗が滲む。サスペンションの伸び側のロールをわずかに感じさせていた姿勢制御もよりフラットな方向へ変化する。高速道路でも、気づけば容易に制限速度へ達してしまうほどの性能に不足はない。
印象的だったのは、オープンドライブにおける“風の演出”だ。オープンカーにとって“オープンエア”の感覚は最大の魅力である一方、風の巻き込みによる不快感とも隣り合わせにある。同モデルに備わるウインドーディフレクターは一般的なメッシュ状で垂直に後付けするタイプとは異なり、ボタン1つで後席背面から水平に跳ね上がる。美しい外観や後方視界を損なわずに、首元や手元への風の巻き込みを抑え、頭上をかすめる風だけを巧みに残す。遮るものなく耳に届く乾いた快音は言うまでもなく、その絶妙な塩梅が、オープンドライブの爽快感をより一層際立たせていた。
足回りは総じて硬めで、揺れの収束も実に素早い。とはいえ、ピュアスポーツのように路面状況を余すことなく伝えてくる類いのセッティングではなく、大きな入力や突き上げはしなやかに受け流す仕立てで、不快感はほとんどない。カーボンセラミックブレーキは頼もしい反面、慣れない筆者は停止直前の力加減に少し苦労した。優雅なエクステリアだけで言えば、フワリとした乗り味を想像したかもしれないが、その内側に一貫しているのはやはり、「フェラーリ」らしい走りの血統だった。
湧き上がる万能感
「フェラーリ」を象徴する“ロッソ コルサ”とは対照的に、同モデルに特別に設定した“チェレステ トレヴィ”の色使いは、空や海などの自然を思わせる。ブランドの名に恥じない圧倒的な性能を持ちながら、試乗を終えてなお脳裏に残るのは、吸い寄せられるように赴いた海岸沿いでのオープンドライブだった。その穏やかな記憶が刻まれた事実こそ、このクルマがスペックだけでは測れない“世界観”をまとっていることの何よりの証だ。
同モデルで掲げた「ドルチェヴィータ」、つまり「甘い生活」が意味するのは、身を委ねられるような快適性ではない。もっと能動的で、本能に従った自由だ。流麗なエクステリアでドレスアップしながら性格は一様でなく、見た目通り優雅に歩かせるのも、反対に鞭を入れて軽快に駆け出させるのも、全ては手綱を握るドライバーに委ねられる。静かで刺激的、理性的であり感情的なGT。“ローマ スパイダー”に満ちていたのは、相反する2つの愉悦を掌握した万能感だった。
◼️車両情報
“ローマ スパイダー”
車両本体価格: 3436万円
駆動方式: FR
パワートレイン:3.9L V型8気筒ツインターボエンジン
トランスミッション:8速DCT
エンジン最高出力:620PS/5750〜7500rpm
エンジン最大トルク:760Nm/3000〜5750rpm
全長×全幅×全高:4656×1974×1306mm
車両重量:1556kg(乾燥)
PHOTOS:KAZUSHI TOYOTA