
慶應大学発の学生服飾団体Keio Fashion Creator(ケイオウファッションクリエイター)は、常にファッションを通じて疑問を投げかけ、新たな社会の形を模索してきた。毎年9月に発行するルックブックでは、所属学生がグループに分かれ、衣装作りからビジュアル制作までを一貫して行う。

今年のルックブックのテーマは、「アンチ-ロマンス(ANTI-ROMANCE)」。純白のウエディングドレスや満面の笑顔といった、美徳や幸福の象徴として伝統を確立してきた今までの花嫁を伝統から解き放ち、新しく再構築する。全3回にわたる本連載では、各グループに所属するデザイナーに取材を行い、それぞれが描く新たな花嫁像について聞く。今回はグループ5、6のデザイナーに話を聞いた。
グループ1
「家蜘蛛」
自らの住処として巣を張る蜘蛛をイメージ
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Keio Fashion Creator取材担当(以下、KFC):メーンテーマとなった「花嫁像の解体と再構築」に関して意識した点を教えてください。
藤まいか(以下、藤):ルック制作にあたって従来の花嫁のイメージを挙げていった際、一般的に想像されるような華々しい姿とは反対の「家庭に閉じ込められる女性像」が浮かびました。
家事労働、育児、介護など、家庭におけるケア労働の多くは女性が担わなくてはならない場合が多い印象を受けます。私個人は自分のキャリアを追求したいという気持ちもあるため、家庭に縛り付けられることで自分の選択肢が狭まってしまうような未来は避けたいと思った所からアイデアを広げていきました。自らの住処として巣を張る蜘蛛をモチーフに、家という枠組みの中で己を貫こうと足掻く花嫁像を仕上げました。
たまき ゆーご(以下たまき):テーマが「花嫁像の解体」であるため逆に伝統的な花嫁像を意識しました。全く新しい花嫁像ではなく、対照的な表現として提示することを目指しました。
八ツ田ジュディ(以下八ツ田):私は今回、「女性として自立した花嫁」という新たな花嫁像を提示しました。「花嫁」という言葉をよく見ると「花」は女性らしさを連想させ、「嫁」は家にいる女という意味を表していると思います。「花嫁」という言葉自体から従来の女性らしさや男性権威主義的なニュアンスが感じられます。今回のルックは、そのような社会的圧力から女性を解放したいという思いで制作しました。
KFC:今回、解釈した新しい花嫁像とは?
藤:簡単に表すと「家父長制からの解放を求めて足掻く花嫁」です。大きくある「家」としての家庭の中で、母でも嫁でもない、1人の自分として生きたいという姿も既存の花嫁にあると解釈し、作品に昇華させました。
KFC:制作において苦労した点、こだわった点は?
藤:こだわったのはデザインにおける不気味さとかわいらしさのバランスです。チームでの制作にあたって意見の相違が生じたため、私はそれらをまとめてデザイン画に落とし込むところを担当しました。「蜘蛛」というモチーフの不気味さ、繊細さと、花嫁のドレスのような華やかさが共に活きるよう、脚の造形に重きをおいたルックにしました。その過程で全員の意見を反映することやグループでの作業分担に苦戦しましたが、デザイン画通りのかわいいルックになったと思います。
たまき:工夫した点は、石膏で実寸大模型を作り、それをもとにパターンをひき、蜘蛛の足の構造を保つために針金を配筋した点ですね。合皮の扱いも大変でした。
八ツ田:私は主に、ブーツカバーの制作を担当していたのですが、フェイクレザーをミシンで縫い合わせたり、黒のレースを手縫いで付けたりする作業に少し苦労しました。撮影の際は、なるべく蜘蛛の足を広げてセッティングすることでシルエットがより蜘蛛に近づくように心掛けました。
KFC:ルックを作り終えて感じたことを教えてください。
藤:脚部分の構造のインパクトやモデルの表情が、私たちのグループの思想をよく反映したものに仕上がったので、見ていただけると嬉しいです。家や花嫁、理想の女性像とはどういうものなのか考えるきっかけになるように願っています。
八ツ田:結婚して家庭に入ったまま一生を終えるのではなく、仕事も家庭も両立できるような自立した強い女性になりたいとあらためて感じました!
グループ6
「人工的な純白」
期待と不安が交錯する葛藤の象徴
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KFC:メーンテーマが「花嫁像の解体と再構築」と伺いましたが、意識した点を教えてください
宮本彩華(以下、宮本):一般的に「花嫁」という単語はめでたい、美しい、幸せなどといった語句を連想させるポジティブな言葉として捉えられます。一方、別の視点に立って考えると、不倫から花嫁になった人、自分の意思ではなく花嫁になった人や、花嫁になった後の苦労などというネガティブな面もあります。そこで私は、既存の花嫁の解釈自体を解体し、新たな視点から再構築しました。
荒木愛香(以下、荒木):今回私たちが提示した「新しい花嫁像」は、純白で幸福に満ち溢れた存在ではなく、矛盾や葛藤を抱えるリアルな人間としての花嫁です。社会がつくりあげた理想像をまといながらも、胸の奥には個々の選択やそれに伴う不安が潜んでいる。そこに美しさがあると思いました。純白のドレスを記号ではなく空白として扱い、誰もが自身の感情や生き方を投影できるような余白を残しました。
青木瑠璃(以下青木):私は花嫁を、「期待と不安が交錯する葛藤の象徴」として解釈しました。コンセプトから頭に浮かんだのは、「花嫁って本当に幸せなのだろうか?」という素朴な疑問でした。私自身にも結婚願望がありますが、結婚したい理由を問われると明確な理由を言葉にすることが難しく感じられました。
その背景には、自分が年齢を重ねるにつれて見えてきた現実の問題──金銭的な不安、愛の形の変化など──があるのだと思います。そうした現実的な問題が頭に浮かび、理想のイメージに影を落としているのです。
とはいえ、未だ結婚とは縁のない自分の中で、幼い頃に描いた花嫁像は、今も心の奥に息づいています。そのような憧れ自体を否定したくはない、という気持ちも確かにあります。
だからこそ私は、理想や憧憬とそれ自体が内包する不安、その両方を抱えながら揺れる「矛盾した存在」としての花嫁こそが、最も人間らしく美しいのではないかと考えました。
KFC:今回、解釈した新しい花嫁像とは?
宮本:私たちが子どもの頃に想像していた花嫁は、美しく幸せで汚れひとつない白のドレスを着ていたと思います。ですが、大人になるにつれてさまざまな物事を経験すると、汚れひとつない純白など本当に存在するのだろうか、という疑問が生まれます。今回、本当の意味での“純白”などあるのだろうか、という問いをルックで表現しました。
荒木:子どもの頃に描き夢見たプリンセスのような花嫁像も大切にしたいと思いました。理想的で無垢な花嫁姿を、子供部屋の片隅に眠るように残すことで、不安や暗さを抱えながらもどこかで憧れを手放せない、そんな様子を表現しました。理想と現実、その間にある揺らぎこそが、今回表現した「新しい花嫁像」です。
KFC:ルックの制作にあたって苦労した点、こだわった点について教えてください。
宮本:ボックスプリーツを入れ、立った時にプリーツの中の色を見せないようにした点です。全体的にデザインはシンプルなので、どう構成したら見る側にインパクトを与えられるのかについてよく考えました。
荒木:理想と現実それぞれの花嫁像を、1つのルックの中でどう共存させるか悩みました。美しいのにどこか不安げで、不安そうなのにどこかで憧れを手放せない。その狭間にある違和感を表現するために、試行錯誤を重ねました。
青木:かわらしいシルエットに隠れる葛藤、不安といったネガティブな感情ををどう表現するか悩みました。ボックスプリーツの中にチュールやレースを不規則に配置し、無造作にギャザーを寄せたり、裂いたり、ビーズをつけたりして、陽と陰の感情が入り混じる様相をどのように表現するか模索しながら制作しました。

KFC:ルックを作り終えて感じたことを教えてください
宮本:母は、親であることよりも1人の女性として花嫁に憧れていたんだと実感しました。毒を持っているものこそ外見が美しく見えるんだなと、花嫁に対して思ってしまいます。花嫁になる前に自分や自分の子ども、大切な人と共に幸せになれる方をきちんと選んで欲しいし、自分以外の人をも傷つけうることも分かってほしいです。
青木:憧れと不安、理想と現実の間にある気持ちをまっすぐに見つめて、作品として昇華できたので、幼い頃の世界観や、凛とした姿の裏に隠れる不安な表情、かわらしいシルエットに隠されたディティールからそれらを感じとってもらえるとうれしいです。将来、自分が花嫁になり、たくさんの壁を乗り越えなきゃいけないとき、この作品が自分の背中をそっと押してくれる気がしています。
荒木:私は純白の中にある花嫁の不安や揺らぎを見つめながらも、どうしても子どもの頃の花嫁への憧れを手放したくありませんでした。完璧ではない、矛盾を抱えながらも美しくあろうとする姿。一人の人間としての花嫁を、この作品で感じて欲しいです。見る人それぞれが、自分の中の“純白”を重ねてもらえたら嬉しいです。

Keio Fashion Creatorについて
2002年発足、服飾専門学校 ESMOD JAPONと提携し、2010年からファッションショーを毎年開催している学生団体。ルックのデザインから縫製、ファッションショーの演出までを毎年自分たちで行い、社会に対する問いかけや主張を「服」や「ファッションショー」を通じて表現する。
Instagram:@Keio_fashioncreator
X:@keio_fc
■Keio Fashion Creator 2025 Collection
日程:12月21日
時間:1stショー/17:00会場、17:30開始、2ndショー/19:00開場、19:30開始
開場:テレコムセンター アトリウム
住所:東京都江東区青海2-5-10
観覧料:無料