
2027年春夏メンズ・ファッション・ウイークを襲った欧州熱波は、ミラノからパリへ持ち越されただけでなく、フランスの観測史上最高気温を更新するなど、もはや災害レベルに達していました。照りつける日差しを避けるためのショー会場の変更や開始時刻の繰り上げ、会場では冷たいドリンクと扇子を振る舞い、巨大扇風機を設置するなど、各ブランドも暑さ対策に追われていました。
われわれ「WWDJAPAN」の取材班も現地のえげつない暑さにぐったりしながらの取材でしたが、パリメンズはビッグメゾンのデザイナー交代が落ち着き、新体制の本格始動を感じさせる見ごたえあるコレクションが満載でした。現地取材を担当した藪野淳「WWDJAPAN」欧州通信員と本橋涼介ヘッドリポーターによるパリメンズのダイジェスト、最終回のVol.4をお届けします。
構造で見せる「キコ コスタディノフ」
ターコイズの床に、ひし形の反復
本橋:「キコ コスタディノフ(KIKO KOSTADINOV)」の2027年春夏に、明確なシーズンテーマはありません。プレスリリースの冒頭に置かれたのは、イタリアの美術作家アゴスティーノ・ボナルミ(Agostino Bonalumi)が1973年に残した一文です。「それは素材にイメージを押し付けることではなく、素材そのものからイメージを引き出すことなのだ」。ボナルミはキャンバスの裏側から構造を加え、内側から押し出される見えない力と絵画との緊張関係を“エクストロフレクション”と名付けました。単色のまま、膨らみ、波打ち、光と影のリズムだけで内部の構造を浮かび上がらせる。そのロジックを服づくりにも組み込みました。
会場は、白いクッションを敷き詰めたような壁とターコイズブルーの床。壁面を照らすのは、ボナルミと同時代の日本人デザイナー高濱和秀による「サオリ(SAORI)」ランプです。全33体は、やはり「キコ」らしく視覚的要素はミニマル。見てくれの装飾ではなく、内部の構造に視覚を導きます。ステッチとトリムは最小限、ファスナーは表に出ず、プリントは一切なし。留め具はフラケットの裏に隠すか、生地と一体化させています。
ジャケットやトラウザーの内側に仕込んだ構造材が、表面に曲線的なうねりを生む。裁ち切りのパッチワークTシャツも同様で、柔らかさと構築性の間に張りつめたものを残します。日本製のスーツはシルクウールに密なステッチを施し、縫い目のような深い凹凸が。ポリウレタン加工のデニムジャケットとショーツは、ボナルミが用いたビニール加工のキャンバスへのオマージュです。
シルエットは前季より細く、身体に沿うように。その緊張感を緩めるのが、ドレープジャージーやシルクヌバックのロングチュニック、ファネルネックのオーバーサイズのパジャマシャツ、タイ留めの軽量ニットです。ひし形(ロンバス)のモチーフはコレクション全体で反復し、コートのネックガード、高く設定したノッチドラペル、放射状に広がるトラウザーの裾の留め具へと形を変えていきます。アイウェアは「オークリー(OAKLEY)」との新たな協業で、“テラフォーマ”をベースにした角張ったバイザー状のコンセプトピース。「クロックス(CROCS)」とのコラボも復活し、夏仕様の新モデルが登場しました。
デザインチームによる「エルメス」
揺るがぬ美学を示す軽やかなエレガンス
藪野:37年間メンズ・コレクションを率いてきたヴェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)が退任した「エルメス(HERMES)」。そのバトンを受け取ったグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)のデビューは来年1月のため、今季はヴェロニクと共に長年仕事をしてきたデザインチームによるコレクションをショールームで披露しました。
提案したのは、彼女が築いたメンズウエアの美学を受け継ぎながら、くすみがかったパステルカラーやホワイト、コーヒーやキャラメルなどのブラウンといった落ち着いたカラーで彩ったリラックス感とエレガンスを併せ持つワードローブ。テーラードジャケットは軽やかさを追求し、裏地を省いたり、柔らかなカーディガンのような着心地に仕上げたり。パンツはハイウエストとアンクル丈が特徴のワイドシルエットを採用し、首元にはネクタイに代わる細長いシルクスカーフのアクセサリーをゆるく結ぶことで、涼しげな夏の着こなしを提案しています。
また「エルメス」ならではの上質なレザーアウターも、リップストップのテクニカル素材と切り替えたり、バケットバッグの“マンジョワール”からヒントを得た穴をあけたりして、軽やかな印象に。スカーフの柄を描くパーフォレーションや編み地からはクラフツマンシップを、バスケットボールから着想を得たラインやカウボーイモチーフのプリントからは遊び心を感じますが、そのどちらもが「エルメス」らしさを物語っています。
これからグレースは、そんな「エルメス」のDNAやメンズスタイルをどのように更新していくのでしょう。彼女の就任時にピエール・アレクシィ・デュマ(Pierre-Alexis Dumas)=アーティスティック・ディレクターが「私たちは今、互いに語り合う豊かな対話のスタート地点に立っている」と語っていたように、グレースとメゾンの「豊かな対話」によって生まれる新章が楽しみです。
「カラー」にとっての隣人は“エイリアン”
他者との超えられぬ溝をだまし絵に
本橋:「カラー(KOLOR)」の2027年春夏のテーマは“エイリアンズ(Aliens)”。堀内太郎クリエイティブディレクターにとっては、就任後2シーズン目のコレクションです。コレクションノートは、こう始まります。「私たちは異なる人々と共存している。互いを理解したいと思いながら、同時に理解できない存在として見続けている」。そして「エイリアンとは宇宙の彼方の存在ではない。それは隣人であり、家族であり、恋人であり、そして自分自身でもある」と続けます。
その言葉どおり、ショーそのものが国境をまたいだ協働で組まれていました。音楽は台湾のサイケデリック・ミュージック・プロジェクト「モントン(MONG TONG)」、柄の制作はギリシャ・アテネを拠点とするクラウス・ユルゲン・シュミット(Klaus Jurgen Schmidt)、グラフィックは中国・湖北省生まれで東京を拠点とする画家、楊博(Yang Bo)。日本で生まれ、ベルギーで服づくりを学んだ堀内は、「理解しきれない他者と向き合い、共に何かを生み出そうとする。私たちは皆、きっと誰かにとってのエイリアンなのだろう」と結んでいます。
会場は、赤い扉が等間隔で並ぶ無機質な空間。全50体は、黒のスーツにタイという端正な1体目から、黒のバリエーションが続き、キャメルとブラウンへ。トレンチ、スーツ、毛皮を思わせるプリントのブルゾンが並び、そこからグレー、レッド、デニムのブルー、蛍光に近いイエローグリーンが立ち現れます。手法として目を引いたのは、裏地や縫い代を表に返すインサイドアウトの処理と、ポケットなどの意匠を平面のグラフィックに置き換えるだまし絵的な表現。ピクセル風の新しいモノグラムはトーン・オン・トーンで落とし込まれ、遠目には無地にも見えます。ワークウエア、ドレス、ウエスタンの要素が1体の中に混ざり合い、フリルのスカートやシアーなレイヤードでウィメンズとメンズの境目も溶かしていました。
「ターク」はアーヴィング・ペンと共鳴
朽ちる直前の花を服に投影
本橋:「ターク(TAAKK)」のデザイナー、森川拓野が今季の軸に置いたのは、建築家アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の「独創性とは、起源に戻ることである」という言葉です。起源としてたぐり寄せたのは、自身が服づくりを覚えた「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」時代と、同ブランドが敬愛した写真家アーヴィング・ペン(Irving Penn)。
会場は前季と同じ、シテ建築遺産博物館でした。全体を貫くのは花のモチーフです。秋田県出身の森川が見てきたのは、花が咲く瞬間よりも、朽ちていく瞬間の美しさ。「もう、僕自身に染み付いてるものなんです。季節になったら花が咲いて、それをずっと見てきた。昔はなんとも思っていなかったけれど、今はいいなと思うし、それが僕の根っこだなと思う」とバックステージで語った森川。その原体験をデジタルのグラフィックに起こし、ジャケットやシャツの上に大きく展開しました。ペンの代表作「FLOWERS」との共鳴も感じさせます。
得意のテープ刺しゅうはさらに進化し、白い花のモチーフが黒のジャケットの上で立体的に浮かび上がってきます。ラベンダー、イエロー、テラコッタ、セージグリーンといった色は、いずれもこれまでより、一段くすませたトーンです。一方でレザーアイテムはシンプルに、素材そのものの艶とカッティングで見せる。「4℃オム+(4℃ HOMME+)」との鉱石モチーフのジュエリーの協業は継続し、随所でアクセントとして光っていました。
「シュタイン」が4度目のパリで見せた
朝ぼらけのラグジュアリーな手触り
本橋:「シュタイン(SSSTEIN)」はパリでのランウエイショーが4回目、公式スケジュール入りしてからは2回目となるショー。今季のコレクションの出発点は、ある夜明けの記憶でした。ファウンダー兼クリエイティブ・ディレクターの浅川喜一朗は、深い静けさに包まれた湖畔に立っていました。「薄く霧が立ち込めた空気がゆっくりと、うっすらと明るくなり、まるで時間が止まったように感じられたんです。真っ白なキャンバスに見立てた自分に、陽が上るにつれて淡い黄金色の光から次第に優しい色あいが重なっていくシーンを想像しました」。数日後、たまたま手にしたのが美術作家ロニ・ホーン(Roni Horn)の画集《Remembered Words》。「彼女の水彩画で様々な色のドットが一つ、また一つと増えていくのを見た時、まさにあの朝の感覚が蘇りました」。
そこから生まれたのが、イエロー、グリーン、ピンク、ブルーの淡い色調です。さらにトープ、グレージュ、赤みを帯びたブラウンといった落ち着いたハーフトーンが加わり、奥行きのあるパレットになりました。この色合いにたどり着いたのは、浅川デザイナーらしい、執拗なほどのこだわりの末。別注のライトイエローのナイロンは、イタリアのオルメテックス社に写真とビンテージの生地を送り、数度の微調整を経てようやく完成したものだといいます。ディアスキンは顔料染めではなくドラム染色を選び、均一な発色としなやかなタッチに仕上げています。
浅川デザイナーがショーを通じて漂わせたのは、朝ぼらけの感覚でした。「みんなが本格的に動き出すちょっと前の時間帯って、すごい贅沢で。本を読んだり、コーヒーを飲んだり、散歩に行ったり、自分の時間をゆったり過ごせる」。そんなラグジュアリーの感覚を象徴するのは、ポントリオのコーデュロイを使ったハーフ丈のコート。洗いとタンブラー乾燥で畝を際立たせ、袖上方の中継ぎダーツでボクシーなシルエットに立体感を与えています。柔らかな色のウォッシャブルシルクはシャツジャケットに、とろけるようなリネンはスキッパーシャツに。小物では、カノニコやデルフィノのスーパーライトウールを手まつりした七つ折りのネクタイが目を引きました。
「ダブレット」は朝昼晩を着替えるショーで
未来素材が当たり前の日常を表現
本橋:「ダブレット(DOUBLET)」の2027年春夏のテーマは、1人の人間の朝昼晩です。パリの地下空間に響いたのはニワトリの鳴き声。それが1日の始まりと終わりの合図になり、食パンをかじりながら歩く女子高生まで登場する。雑多な群像劇の中に、未来素材を巧みに組み込みました。
大気中のCO2から生成する繊維“ゼフィル(ZEPHYR)”、廃棄される服を燃やした炭を練り込んだ糸のボーダー、バナナと木100%のセルロースからつくった糸と炭の糸を合わせたツイード。それからデニムからインディゴを抽出して染め直したリサイクルインディゴ、粉砕したデニムをフロッキー加工したデニムも登場しました。
井野将之デザイナーは、ショーに込めた意図を次のように語ります。「今までは新しい素材を1つ見つけて、そこにフォーカスするコレクションだった。でもそれだと、その素材が『珍しいもの』として見られてしまう。例えで言うと車を売るんじゃなくて、車がある生活を売るような。“これが新素材です”じゃなくて、“新素材を使ってるのはもう普通だよね”という、ほんの少し先の未来の当たり前を、1日という形で表現したんです」。
今回のショーは1人のモデルが早着替えで3回登場するという目まぐるしい展開でした。ある男性モデルは最初しわくちゃのタートルネックにリサイクルインディゴのパンツを穿いていたのに、2回目はシンフラックス(SYNFLUX)との協業による、リンゴの皮むきのようなパターンの遊び心たっぷりのスタイルで登場。きっと、これがお気に入りの一着なのでしょう。そして最後はシルク100%のタキシードをまとい、夜の街に繰り出します。まさに新素材がその人の日常に寄り添い、より豊かなものにすることが表現されていました。それから「プーマ(PUMA)」との協業ピースを着用した女性モデルは、ドイツ本社の食堂で働くスタッフだそう。最初に登場したモデルはピューマらしきものを抱いていたのに、次に登場したときには“LOST PUMA”のポスターを手にしていて、最後には戻ってきたピューマを嬉しそうに抱えている。笑わせたいのか、ホロッとさせたいのかは分かりませんでしたが、とにかく名演でした!(笑)
「ベッドフォード」は一本のレモンの木から
愛嬌という新しいエレガンスへ
本橋:「ベッドフォード(BED J.W. FORD)」の2027年春夏のタイトルは、“レモン(LEMON)”。山岸慎平デザイナーの回想は、昨年10月のイタリア・チンクエ・テッレの光景から始まります。夕暮れの坂道に、椅子を運ぶふたりの婦人がいた。別々の家から持ち出された椅子は、申し合わせたように道端へ並ぶ。ワインは一杯だけ。何が起きるわけでもない。やがてグラスが空き、ふたりが各々の家へ戻っていったあとも、その場から動けない旅人。そばには一本のレモンの木が立っていました。
山岸デザイナーの頭に残ったのは、「豊かさとは何だったのか」という問い。その答えとしてたどり着いたのが、“愛嬌”でした。
会場は屋外、生バンドの演奏の中ショーが始まります。木漏れ日の下をモデルが歩き、袖は無造作に捲られ、足どりは漂うようなそぞろ歩き。キュプラの着古したようなシャツ、ウエストをリブで編み立てたスラックス、ビーチの似合うショーツ、サマーニットが登場しました。「ベッドフォード」らしくピンストライプのテーラードジャケットだけは端正に保たれ、小指には「プリーク(PREEK)」と制作したピンキーリングがアクセント。「スイコック(SUICOKE)」と組んだサンダル調のシューズは、くしゃりと潰れたスパンコールが日差しを受けて鈍く光っています。
「愛嬌という言葉、チャーミングという言葉は、もしかしたらクールよりも尊いかもしれないと最近思っていて」。山岸デザイナーの言葉通り、ショーで見られたのは、ブランドがこれまで律してきた厳格さからの揺り戻し。絶妙に力の抜けたエレガンスが、なんともメロいコレクションでした。