PROFILE: モナ・イェンセン / トムウッド創設者兼クリエイティブ・ディレクター

PROFILE: 松﨑陸 / 京藍染師

ノルウェー発のジュエリーブランド「トムウッド(TOM WOOD)」は6月13日、心斎橋パルコの特設会場でトークイベントを開催した。同イベントは心斎橋パルコで開催中の「TIME」——時間とともに育つ価値を問い直すキャンペーン——の関連企画として実施された。「トムウッド」創業者でクリエイティブ・ディレクターのモナ・イェンセン(Mona Jensen)と京藍染師の松﨑陸が登壇し、「WWDJAPAN」サステナビリティ・ディレクターの向千鶴がモデレーターを務めた。テーマは「物の寿命を、デザインする」で、「ものをつくる人は、そのものの“終わり“まで設計しているのか」という問いを起点に、素材も文化も異なる2人がモノ作りの背景を示しながらトークはスタートした。
「ものを長く生かす」ための実践
最初に、それぞれの「長く生かす」実践が語られた。イェンセンは素材の循環性から「シルバーは溶かして再び形にできる。石は欠けることもあるが、それでも長く寄り添えるものを作りたい」と語り、藍染とジュエリーの共通点については「もとをたどれば、どちらも同じ大地から得られたもの。土から育つ藍と、地中から採れる銀や石。起源を同じくしながらまったく異なる表現へと結実する。その違いこそが、『長く使う』という行為に異なる意味と深みをもたらしている」と説明した。
松﨑が口にしたのは「1000年残る藍染」という視点だ。「奈良・正倉院には1300年前の藍染が今も残っている。昔の染色技術がいかに高いレベルにあったか、実物を見ればわかる。新しければいいという考え方自体に、疑問を持つようになった」という。現在、再現しているのは700年前の技法だが、目指すのはさらに遡った1300年前の技法の現代での表現で「循環と耐久が両立する設計思想だ」と語った。
次の持ち主への引き継ぎ
トークの話題は、「ものが作り手の手を離れた後」へと移った。松﨑は藍染のプロセスを例に挙げる。「染める過程で木灰を使うため、最初はアクが残っている。洗えば洗うほど黄みが抜け、色が澄んでいく。『垢抜ける』という言葉はアクが抜けることから来ている。そのプロセスを、持ってくれた人に体験してほしい。天然の繊維と色素だから、いつか土に還る。そこに至るまでの時間をどう過ごすかがすべてだ」。さらに「ケアの仕方次第で、価値はどんどん上がっていく。渡した後も一緒につくっている感覚がある」と続けた。
イェンセンも同様の認識から、ブランドの責任について「商品がお客様の手に渡った瞬間が、コミュニケーションの終わりではない。むしろそこからが本当の始まり。原産地、誰が作ったのか、フェアな環境から生まれたものかどうか。そうした情報を透明性を持って届けることが、ブランドの使命」と言い切った。さらに「知ることで興味が生まれ、大切にしようという気持ちもついてくる。その連鎖が生活者1人ひとりに広がり、やがて他のブランドにも伝わっていってほしい」という願いも語った。
経年変化の真意を問う
続くブロックでは「経年変化は劣化か、価値か」をテーマに議論が展開。イェンセンはシルバーを例に「使い込まれた状態を考えて設計している。エイジングはネガティブなことではなく、ケアしながら使い続けることで生まれる価値」と語り、13年間穿き続けているパンツを当日も着用してきたことを明かした。
松﨑は同意しつつも留保を加える。「劣化するものもあれば、美しくなるものもある。藍染は着込まれることで色が育ち、染めた直後よりも豊かな表情になる。しかしそれは、素材と作り手の本気度があってこそ」。さらに「1300年前の藍染に惹かれたのも、そこだと思う。時間を超えて伝わってくる精神性のようなもの。経年美化とは偶然の産物ではなく、モノ作りにかけた覚悟が時間をかけて表れてくる」と力を込めた。
さらに、イベントで初めて顔を合わせた2人は、互いへの率直な言葉も交わした。イェンセンは「最初に見たとき、あの青の美しさに純粋に驚いた。若い世代にもぜひ知ってほしい」と語り、次は松﨑の京都のスタジオを訪れたいと続けた。松﨑は「スタジオには300年前の文献も残っており、藍染の歴史をそのまま体感できる」とし、「お互い、自然にあるものを使っているのが2人の接点だと思う」と語った。
“シンプル”の本質とラグジュアリーの再定義
最後のブロックでは、シンプルなデザインの本質と、ラグジュアリーの定義にまで議論は深まった。自然の豊かさやシンプルさへの志向のルーツについて、イェンセンは「長く続くデザインが好き」と答えた。性別を問わないジェンダーレスな設計も、その思想の延長にある。「パートナーと交換して着けられるし、ネックレスなら重ねることで新しい表情も生まれる」とした。一方でシンプルなデザインに振り切ることへの葛藤については「複雑なデザインよりも、シンプルな方がクオリティが問われる。コピーできない。シンプルであることの方が、ずっと難しい」と答え、松﨑も「シンプルは簡単ではない。洗練されて、角が取れていった先にシンプルがある。歴史を遡れば遡るほど、様式はシンプルになっていく。それは歴史が証明していること」と呼応した。
ラグジュアリーの定義について、イェンセンは少し考え「昔は高価であることがラグジュアリーだった。でも今は変えるべきだと思っている。時間や経験の方が、価格よりも価値を持つ時代。原産地への関心もその一部で『トムウッド』でも透明性とストーリーを伝えることが核心にある」と結んだ。
松﨑はアーティストの視点から「日本の伝統工芸はすべてラグジュアリーだと思う。以前『ヴァレクストラ』がイタリアからわざわざ工房まで来てくれた時に、下請けとしてではなく、ダブルネームとして一緒にやりたいと答えた。日本の職人仕事は世界と比べても突出している。それでも長らく、職人自身が胸を張って世界に出ていこうとしなかったので、その流れを自分は変えたい」と言い切った。

「物の寿命を、デザインする」
「物の寿命をデザインする」とは、作り手が製品の“終わり“まで責任を持つことを意味する。この対話を通じて浮かび上がったのは、それがいかに困難で、かつ本質的な問いであるかだ。シルバーも藍も、素材そのものには寿命があるが、2人が示したのは、モノ作りの覚悟や透明性によって、その寿命を延ばせるという確信。「長く使う」は生活者への呼びかけではなく、作る側が先に引き受けるべき考え方で、ラグジュアリーの定義が価格から時間、経験へと移行しつつある今、その思想を体現できるブランドと職人たちが、次代の価値を生み出すのかもしれない。