春から初夏にかけ、京都の街が写真であふれる国際的なフェスティバル「KYOTOGRAPHIE」が開催中だ。8つの国・地域から参加する14組のアーティストが、キュレーター、セノグラファー(空間デザイナー)、そして地元の職人やスタッフらとコラボレーション。普段非公開の歴史的建造物から現代建築のランドマークまでが、会期中のみ展覧会の場となる。14回目を迎える2026年のテーマは「EDGE」。12会場14プログラム全てにぜひ足を運んでほしいが、特に注目したいのが「サウスアフリカ・イン・フォーカス」のプログラムだ。本記事では同プログラムについてと、「KYOTOGRAPHIE」の姉妹イベントとして開催される音楽フェスティバル「KYOTOPHONIE」のオープニングなどについてリポート。「KYOTOGRAPHIE」や、同時開催されている「KG+」の注目プログラムについては、別記事をお読みいただきたい。
京都の街が写真であふれる1カ月 「KYOTOGRAPHIE」2026リポート テーマは「EDGE」
「サウスアフリカ・イン・フォーカス」開催の背景
「南アフリカ」と聞いて、あなたは何をイメージするだろうか。
アフリカ大陸の最南端に位置し、日本からのフライト時間は、香港やドバイなどを経由して約1日ほど。英語やコサ語、アフリカーンス語など11の公用語を採用し、世界で唯一、プレトリアとケープタウン、ブルームフォンテーンという3つの首都がある共和国だ。そして1994年、わずか30年ほど前まで、有色人種に対する人種隔離・差別政策「アパルトヘイト」が約50年もの長きにわたり、法に基づいて行われてきた。
2025年夏に南アフリカを訪れた「KYOTOGRAPHIE」共同創設者/ディレクターのルシール・ルイボーズ(Lucille Reyboz)と仲西祐介は、現地でさまざまなアーティストやキュレーターらと交流。その写真文化を日本へ紹介するとともに、十分に認識されているとは言えないアパルトヘイトの歴史への理解を深め、対話を生み出す場をひらこうと、本プログラムが企画した。ここでは、特に訪れてほしいアーネスト・コールの展覧会と、フォトブック(写真集)の歴史を紐解く世界初の展覧会プロジェクトに絞って紹介する。
アーネスト・コール
「House of Bondage|囚われの地」Supported by Cheerio In collaboration with Magnum Photos
京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階
1940年に南アフリカ・トランスヴァールに生まれたアーネスト・コール(Ernest Cole)は67年、アパルトヘイトの実態をその内側から捉えた記念碑的な写真集「House of Bondage」を発表した写真家だ。彼が撮影した歴史的記録の数々が本邦初公開された本展のエントランスは「NON-WHITES(有色人種)」と「WHITES(白色人種)」の二つに分かれている。
黒人読者向け雑誌「DRUM」や「ニューヨーク・タイムズ」にも作品が掲載され、マグナム・フォトからサポートを得るなどキャリアを重ねたコールだったが、著書刊行の翌年、祖国からパスポートを剥奪、永久追放されてしまう。またアパルトヘイトの実情が変わらない現実を目の当たりにし、70年代以降は写真家としての活動も停止。ホームレス状態に陥り、90年に49歳の若さで亡くなってしまった。以降、40年以上行方不明だった彼のプリントやネガなどは2017年、ストックホルムで偶然発見され、現在、調査・整理が続けられている。今回の展示のために新たにプリントした作品と彼が綴ったテキストの数々からは、この実情をまず知ってほしいと、世界に向けて声を上げたコールの切実な声が聞こえてくるようだ。
A4 Arts Foundation
「Photo book! Photo-book! Photobook!」
八竹庵(旧川崎家住宅)
南アフリカにおけるフォトブック(写真集)の歴史を紐解く世界初の展覧会プロジェクト「Photo book! Photo-book! Photobook!」の魅力は、ほとんどの本を実際に手に取り、ページをめくって閲覧可能なことだ。「本は飾るためのものではなく、手に取って、その内容と向き合うべきものだ」というキュレーター、ショーン・オトゥール(Sean O'Toole)の意向が反映されている。
1945年から2025年までに出版された多様かつ膨大な写真集のアーカイブが並ぶ空間は圧巻だ。南アフリカにおける現代的な写真集文化の展開を紹介を目的に企画しており、いわゆるベーシックな装丁の書籍だけではなく、アーティストブックや実験的な文学作品、コーヒーテーブルブック(大判の豪華本)、アクティビスムから生まれたパンフレット、さらには国家や企業によるプロパガンダの実例までが幅広く並ぶ。これら全てがオトゥールの蔵書であることにも驚かされるだろう。ちなみに本展は入場無料、「KYOTOGRAPHIE」の会期中は無休で運営されている。
主催するA4 Arts Foundationは、2017年にケープタウンで創設された“アートのための実験室”だ。「アーティストやアートワーカーこそが、社会的にも環境的にも公正な新しい未来を想像し、実験し、創り出すための独自の力を持っている」という信念のもと、彼らへの支援と同時に、創作やキュレーションの過程を開かれたかたちで観客と共有する場を提供。作品展示や共有のための可変式のスペース、図書館、レジデンスプログラム、ブックショップやオフィスがあるという。
ネルソン・マンデラの曾孫が登壇
展示作家らを交えたシンポジウムを開催
開幕して最初の週末、「サウスアフリカ・イン・フォーカス」シンポジウム「自由の音色:アートと音楽はどのようにアパルトヘイトに抗ったのか」が、東本願寺視聴覚ホール(新参拝接待所)で開催された。
ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)の曾孫であるシヤブレラ・マンデラ(Siyabulela Mandela)によるオープニングスピーチの後、「サウスアフリカ・イン・フォーカス」展示作家のレボハン・ハンイェ(Lebohang Kganye)、ピーター・ヒューゴ(Pieter Hugo)、キュレーターのショーン・オトゥールに加え、アーティストのムサキ(Msaki. ムサキ × トゥバツィ)が、南アフリカで実施されたアパルトヘイト後の複雑な社会状況や芸術の役割について、現代の世界情勢と照らし合わせながら議論を交わした。
シンポジウムの後には、音楽フェスティバル「KYOTOPHONIE」のオープニングを飾るプログラムとして、南アフリカのユニット、ムサキ × トゥバツィのコンサートが開催された。
フランス人チェリストのクレモン・プティ(Clement Petit)と、坂本龍一トリビュートプロジェクト「Asynchrone」を手がけたキーボーディストのフレデリック・スラード(Frederic Soulard)を迎えた4人編成・世界初演のパフォーマンスは、アフリカン・フォークを軸に、ジャズやソウルの要素を織り込んだ繊細なサウンドと、奇跡的な2人のハーモニーが会場のすみずみまで広がり、フェスティバルの開幕に相応しい、多幸感に満ちた時間だった。
全ての女性をエンパワーメントするポップでカラフルな
タンディウェ・ムリウの新作シリーズ
タンディウェ・ムリウ
「Camo」Presented by LONGCHAMP
誉田屋源兵衛 竹院の間
「一如」
出町桝形商店街、DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space
毎年1人のアーティストを京都に招き、滞在制作した新作を発表する「アフリカン・レジデンシー・プログラム」は今年、ケニア出身でナイロビを拠点に活動するアーティストのタンディウェ・ムリウ(Thandiwe Muriu)が代表作「Camo」シリーズと、その新たな展開となる「More Than Half」を発表した。自身の女性性の再定義と、不可視化された存在としての感覚を視覚的に表現したいという思いから、日本文化を象徴する着物をまとった被写体と、「アフリカらしさ」の象徴として広く知られるワックス・プリント(ろうけつ染め)を重ねた。
「Camo」は、「姿を隠すこと」を意味する「camouflage(カモフラージュ)」に由来したタイトルがついているが、ムリウの関心は「共生」へとシフトしていったという。一方「More Than Half」を展示した「一如」では、2つの文化にまたがるアイデンティティを持つブレイジアン(アフリカンやアフリカン・アメリカンらの「黒人」と、アジア人のミックス)の女性たちが置かれた状況に光を当てようと試み、「すべてのものは根源においては一体である」という思想を指す仏教用語「一如」の精神も引用した。
今後も、ブラジル音楽の伝統を継承するシンガー・ソングライター、ドラ・モレレンバウム(Dora Morelenbaum)の初来日ツアーなど、「KYOTOGRAPHIE」と並行して楽しみたいプログラムが予定されている。すでにチケットがソールドアウトしている公演もあるため、詳細は公式アプリ・SNSなどでチェックしてほしい。また、「KYOTOGRAPHIE」の鑑賞チケットは、パスポートチケットや各会場・プログラムごとに鑑賞できるチケットが現地またはオンラインで購入できる。