
左から、ジュリウス・ジュール/「エリオット エミル」クリエイティブ・ディレクター、ヴィクター・ジュール/「エリオット エミル」ビジネス・ディレクター
PROFILE: (ジュリウス)デンマーク・コペンハーゲン出身。ニューヨークで広告業界でのキャリアを経て、ファッションデザイナーに転身。カニエ・ウェスト(Kanye West)の「イージー(YEEZY)」や「アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)」、「ナイキ(NIKE)」「アディダス(ADIDAS)」などのプロジェクトに携わった後、弟のヴィクターと共に「エリオット エミル」を立ち上げる。
PROFILE: (ヴィクター)デンマーク・コペンハーゲン出身。12歳で輸入ビジネスを開始し、コペンハーゲン商科大学でビジネス・イノベーションと起業学を専攻。学生時代に立ち上げたレストラン向けパッケージング会社を成功させた後、兄ジュリウスとともにブランドを設立。ブランドの戦略、経営、流通を担当し、ビジネスの成長をけん引している。PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
デンマーク・コペンハーゲン発の「エリオット エミル(HELIOT EMIL)」は、“工業的エレガンス(Industrial Elegance)”をコンセプトに、ファッションとテクノロジーを融合する次世代ブランドだ。
ブランドを率いるのは、異なる業界で経験を積んだ兄弟。兄のジュリウス・ジュール(Julius Juul)はニューヨークの広告業界を経て、「イージー(YEEZY)」や「アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)」「ナイキ(NIKE)」「アディダス(ADIDAS)」のプロジェクトに携わった後、ファッションデザイナーに転身。弟のヴィクター・ジュール(Victor Juul)は、12歳で輸入ビジネスを始め、学生時代にレストラン向けパッケージング事業を成功させたという起業家だ。
2人が2017年に立ち上げた「エリオット エミル」は、初期からAIや3Dプリンター、耐火素材など、異業種の技術を積極的に取り入れ、実験的なクリエイションでSNSを中心に注目を集めてきた。現在はアトリエ内に研究開発部門(R&D)を設け、素材開発や新技術の検証を行っている。今年は「プーマ(PUMA)」との協業により、機能素材を用いたミニマルなコレクションを発表した。またSNSやYouTubeのライブ配信を通じてブランドコミュニティーの形成にも注力。26年春夏からはコレクション発表を“シーナウ・バイナウ(See Now, Buy Now)”形式へと移行し、よりダイレクトに顧客へ届けるブランドへと進化している。
このほどヌビアン(NUBIAN)原宿店でのインスタレーション開催のため、ジュリウスとヴィクターの2人が来日。ブランドの原点から日本文化との共鳴、今後の展望までを語ってもらった。
※インスタレーションの会期は11月5日まで
──「エリオット エミル」は兄弟で運営しているのが特徴ですね。いつから2人でブランドを立ち上げようと思っていたのですか?
ジュリウス・ジュール「エリオット エミル」クリエイティブ・ディレクター(以下、ジュリウス):僕らは幼いころからとても仲が良かったんです。必ずしもファッションとは決めていませんでしたが、いつかは一緒に仕事をすると思っていました。実際にブランドのスタートを決めた時は、私はニューヨークで広告の仕事をしていて、ヴィクターはコペンハーゲンでビジネスを学んでいました。
ヴィクター・ジュール「エリオット エミル」ビジネス・ディレクター(以下、ヴィクター):最初は趣味の延長のようなプロジェクトで、明確なビジネスプランはありませんでした。でも、作ったものを発表すると好評で、「次はどうなるの?」と多くの人が興味を持ってくれて、本格的にビジネスをスタートすることにしました。
ジュリウス:数年後に規模が大きくなり、コペンハーゲンに戻りました。小さなオフィススペースを借り、昼も夜も働き、小さなチームを作り、成長していきました。現在は全部で24人のチームで運営しています。
──日本の印象を教えてください。
ジュリウス:今回、日本に来るのは4回目です。システム、規律、職人技、そして細部へのこだわりは、「エリオット エミル」の哲学と通ずるものを感じます。日本食も大好きで、シェフによる“おまかせ”のコースの作り込みには感銘を受けました。また、なんでもそろっているコンビニも素晴らしいですね。
ヴィクター:僕は2回目の来日です。前回、日本に引っ越した友人が「ここにいると、より良い人間になりたくなる」と話していたのが印象的でした。確かに、電車の中で声を抑える、道にゴミを捨てない、路上で食べないということが当たり前に守られる国は、他ではあまり見られません。デンマークではここ10年間くらいで、食への関心が高まっていますが、日本で食べるピザは、今まで食べた中で一番美味しいピザだったりする(笑)。日本人には一つものを完璧にする才能がありますよね。
“いい素材を追い求める”
デンマークの新世代のクリエイター
──デンマーク出身というルーツは、ブランドにどのような影響を与えていますか?
ジュリウス:デンマークの精神性は建築的で、細部に気を配り、素材への高い評価があります。先ほどヴィクターが話した通り、デンマークでは食に対する興味が高まっていて、良い食材を使うことが大切だと考えられています。これは「エリオット エミル」の服作りにも当てはまります。
また昨今、デンマークから出てくる新世代のクリエイターや起業家にも注目が高まっています。建築家のビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)は、テクノロジーを駆使した革新的な建築を手掛けていて、料理ではレネ・レゼピ(René Redzepi)が人気レストラン「ノーマ(NOMA)」を開き、フードラボ(食の実験室)を設けて、新しい食の価値を開拓しました。アーティストのオラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)も革新性で評価を得ています。適切な素材や職人技を尊重しながらも、枠にとらわれず新しい方法で考える新しい世代。私たちもその属性にいると思います。
ヴィクター:コペンハーゲン・ファッション・ウィークは近年急成長しています。ただ、ウィメンズブランドの成功が目立ち、メンズブランドはそう多くありません。それこそが「エリオット エミル」が際立つ理由の一つ。私たちのビジネスは北米がメインですが、デンマークのコミュニティーをサポートするため、パリでの発表を継続しながらも、コペンハーゲン・ファッション・ウィークへの参加を続けます。
顧客との距離を重視し
“シーナウ・バイナウ”へ転換
──今年10月、普段はパリ・ファッション・ウィーク中に披露している26年春夏コレクションの発表をスキップしましたが、 “シーナウ・バイナウ”形式に切り替える理由は?
ジュリウス:来春にパリで顧客を招待したショーを開きます。従来のファッション業界では「最初に業界人に見せて、評価を受ければ一般のお客さまが見られる」というシステムが当たり前でした。でも、僕たちはブランドのコミュニティーとより近い距離で直接対話したい。そうすることで、生のフィードバックも得られます。
──「エリオット エミル」は服に火をつけたり、AIを使ったり、サステナブルな生地を用いたりと、ユニークな素材使いで知られていますね。
ジュリウス:僕らは、他の業界からアイデアやコンセプトを取り入れることを続けてきました。3Dプリンターを使った服、靴、バッグ、ジュエリーを作ってきましたし、AIはまだ今ほど話題に上がる前の2020年から取り入れ、ウェブサイトでも早くから暗号通貨を導入しました。
生地では、防弾チョッキや耐火服に使われるケブラーを用いたり、古い車のバッテリーからテキスタイルを作ったりと、実験的な試みをしています。サステナビリティも大きな部分を占めています。海洋プラスチック廃棄物から服を制作し、他にもいろんな種類のリサイクルプラスチックを服作りに生かせるように検討しています。デッドストックの素材も積極的に採用しており、大きなファッションブランドが大量に購入して残った生地が工場に残されていることがあるので、それを買い取って、使うこともあります。
「ノーマ」に学んだ研究体制
R&D部門で長期プロジェクトを実現
──新しい技術や新素材を用いることが難しい場合もあるのでしょうか?
ジュリウス:確かに課題は多いですが、新しいことに挑戦することが好きですね。それが私たちが、R&D(Research and Development)という新しい研究開発部門を作った理由でもあります。R&Dは、シーズンに制限されず探求をする方法。研究して、調整して、準備ができたら、コレクションに取り入れます。1〜3年かけて取り組むプロジェクトもあります。
これは実際、レストランの「ノーマ」にヒントを得ました。彼らは早くからフードラボを作り、新しい味の開発に取り組んでいました。専門のチームが研究をして、うまくいったものをメニューに生かしています。私たちもファッションで同じことをしたいんです。
またコミュニケーションにも力を入れています。YouTubeチャネルやライブ配信も取り入れながら、僕らが考えたことをお客さまに伝える最良の方法も模索しています。さらにスマートフォンで読み込むと、アイテムについての情報、アイデア、コンセプト、素材などの情報を得ることができるシステムも構築しました。
──今後の目標は?
ジュリウス:R&Dで長く取り組んできた研究開発のリリースを予定しています。また発表を楽しみにしているコラボレーションも進行中です。
ヴィクター:ビジネス面では、自分たちのショップや小売スペースをオープンするフェーズにあると感じています。今、世界中でポップアップやイベントを仕掛けていて、最終的にはブランドの世界観を表現できる空間を作りたいと考えています。まずはパリでの出店が自然な流れになるかもしれません。ファッションが高く評価される場所であり、多くの観光客が買い物に訪れる場所なので理にかなっています。過去に地元のコペンハーゲンに1年間だけの期間限定店舗を開きましたが、また店舗を持ちたいと思っています。そして将来、東京の出店もあるかもしれません。