ファッション

クリストフ・ルメールが見つめる「新しいラグジュアリー」の輪郭

パリブランドらしいエレガンスとミニマリズムを湛えたコレクションで、日韓を中心にアジア圏でも確かな支持を得る「ルメール(LEMAIRE)」。

デザイナーのクリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)は「エルメス(HERMES)」「ラコステ(LACOSTE)」のクリエイティブ・ディレクターを歴任した後、自身のブランドを2010年に再始動。以来、ファッション業界の喧騒には迎合せず、創作を続けてきた。

ブランド再始動から15年。パンデミックを経て、ラグジュアリーコングロマリットが動かすファッション業界はめまぐるしさを増している。クリストフはその静かで一貫しているように見えるコレクション制作の裏側で、何を守り、何を拒み、表現し続けてきたのか。

このほどクリストフが来日し、恵比寿の住宅街に昨年オープンしたブランド初の国内直営店を訪れるとともに、 「WWDJAPAN」のインタビューに答えた。

WWD:恵比寿の店ができてから、訪問は初めてと聞いた。

クリストフ・ルメール「ルメール」デザイナー(以下、クリストフ):ある日、(日本のPRとセールスを担う)エドストローム オフィス(EDSTRÖM OFFICE)のヨシコ(代表)が電話してきて、「すごくいい物件があるの」と教えてくれた。それで日本に来たのが、1年半ほど前だったかな。

一目惚れだったね。伝統的な1960年代の建物で、できるだけ手を加えることなく、そのままの佇まいを生かそうと決めた。この物件に出合えて、私たちはとても幸運だと思う。

WWD:来客があると、台所に見立てたスペースでは、茶や和菓子を振る舞うとか。

クリストフ:私たちは、服やスタイルを日常の一部として捉えているし、それを売る場所も“日常的”であるべきだと思っている。だから店が家のような空間であることは、とても理にかなっているんだ。訪れた方々が自分自身と再び向き合い、親密な雰囲気の中で過ごせるような場所にしたいと考えていた。

店舗は哲学と思想を体現する場

WWD:この辺りは、きらびやかなショッピングストリートではない。

クリストフ:私自身、実はここにたどり着くまでに、少し迷ってしまった(笑)。地下鉄の駅からも少し距離がある。でも、すごく美しい場所だったし、何か特別な体験を提供できると直感した。だから最終的には、やってみようと決めた。

WWD:韓国・ハンナムドンでも同じように、喧騒から離れた住宅街に店舗を作った。

クリストフ:自分たちが、やりたい場所で、やりたいことをやる。それで気に入ってもらえたらいいが、そうでなければ、仕方がない。ストア運営も同じ考えでやっている。

ストアは、ブランドとの出会いの場。“ムード”や“空気感”がとても大事だ。私たちの作品を最良の形で見せる場であると同時に、精神や哲学を表現する場所でもある。「ルメール」は“クオリティー・オブ・ライフ”、つまり日常の中にアートや質の高いものを取り入れることを大切にしている。ストアに飾ってあるアートやオブジェも、私たちのチームで選び抜いたものだ。

恵比寿のストアはビジネス的には想定以上の結果が出ている。これは、今の人たちが“買い物”が単なる商品購入ではなく、特別な体験や物語を求めていることの表れかもしれない。

WWD:「ルメール」は日本や韓国などアジアでも人気がある。その理由をどう考える?

クリストフ:正直、わからない。ただ、私や(共同デザイナーの)サラ=リン・トラン(Sarah-Linh Tran)を含め、日本や中国といったアジアの文化に対し、深い敬意を抱いているのは確かだ。

私が初めて日本に来たのは90年代だった。建築、空気、人々の所作やスタイル、洗練された感性。すべてが美しく感じられ、深く心に響いた。日本人は、日常の中に“洗練”や“スタイル”を取り入れる感覚を、本当によく理解している。若い頃の私がとても気に入った一冊が、三宅一生の「三宅一生の発想と展開 Issey Miyake East Meets West」という70年代後半に著された本。川久保玲や山本耀司にも夢中になった。

日本では「何を」するかはなく、「どのように」するかが大切にされている。強く印象に残ったのは、買い物をしたときの包装や手つきといった、細部へのこだわり。一つ一つの所作に込められた気遣いが本当に美しかった。私は若い頃から、こうした感性にとても惹かれていた。

私はこれまで、ファッションの実験性とかコンセプト性、あるいは派手さみたいなものに、あまり興味が持てなかった。実用性のあるものに、どれだけ美意識を込められるかをずっと考えてきた。そうした姿勢や考え方は、日本の文化と自然に共鳴しているのかもしれない。

アジア、日本の美意識が
“自然と”宿っている

WWD:「ルメール」のコレクションには、袴のようなシルエットや“チャイニーズスリッポン”のような、日本や中国を着想源にしたデザインも多く見受けられる。パリを拠点としながら、アジアの美意識を、どのようにクリエイションに織り込んでいるのか。

クリストフ:パリという都市は、多くの文化が混ざり合う場所だ。アフリカ、中東、ロシアだけでなくアジアの要素もたくさん流れ込んでくる。ファッションの文脈において、パリは昔からそういった“交差点”の役割を果たしてきた。

私が好む表現は、あからさまに「身体を見せる」ことではなく、しなやかに「示唆する」ことで滲むエレガンスや官能性。そうした発想や美意識は、アジアの文化や衣服のあり方から深い影響を受けてきた。1920年代の欧州は日本のキモノや日本の美意識に強く影響を受けていて、着るものに対する意識が大きく変化した。それまでのようなボディコンシャスなコルセットから解き放たれ、垂直的なシルエット、ゆるやかさのある装いが生まれた。

このような文化の交換は、19世紀後半からずっと続いている。私自身もその流れの中で育った。だから、西洋とアジアを意識的に折衷させているというより、私の創作の中には、自然とそうした要素が宿っているんだ。

WWD:2010年 に自身のブランドを再始動し、15年以上。その間に、社会とファッション業界は大きく変わった。だが「ルメール」はその間も、一定のスタイルを保ち続けているように思える。

クリストフ:そう見えているのならうれしい。もう20年以上も前のことだが、私は親しい仲間と共に“ノーマリティ(普通さ)”というテーマについてよく語り合った。たとえば朝、急いで家を出るとき。食事をとって、着替えて、もう時間がない。そんなとき、複雑すぎる服は着たくない。そんな日常の中で、役に立ち、寄り添ってくれる“よき友”のような服。それが私にとっての、理想のデザインの出発点だった。

私が服作りを始めた頃のヨーロッパでは、こうした考え方はあまり理解されなかった。もっと突飛なデザインや目を引く服を求める空気があった。80年代後半から90年代にかけて、“イメージ”と“スペクタクル”の時代が始まった。雑誌文化の隆盛と共に、ビジュアルで見せることへの偏重が進んだ。

そういったイメージ消費が加速する中で、西洋人の日常の服装が、どんどん貧しくなっているとも感じていた。スタイルが陳腐化する中で、日常的なアイテムの中にクオリティーと創造性を注ぎ込むことの意義をより強く感じるようになったし、それ以来変わっていない。

WWD:近年のファッション業界は巨大コングロマリット企業が支配し、クリエイティブディレクターの交代劇が繰り広げられている。そうした状況をどう見ているか。

クリストフ:個人的な考えではあるが、私はブランドにとって大事なのは誠実さだと思っている。消費者ももう、ばかばかしいほど高い価格や、品質の伴わない商品には、少しずつ疲れてきている。ブランディングだけでは、もう通用しない。そもそも“ブランド”という概念そのものが空っぽになりつつある。

私の目には、多くのラグジュアリーブランドは、その名前が本来持っていた意味やDNAへの配慮がまるでないように映る。ブランドとデザイナーの「ちぐはぐで」「奇妙な」組み合わせがまかり通っている。単に話題性を作るためにデザイナーを入れ替えて、バズを狙う。でもそれは、あまりにも表面的で短期的な発想だ。

今、多くの人が品質の良し悪しを敏感に感じ取るようになっている。そして、「馬鹿にされたくない」とも思っている。それは当たり前の感覚で、自然なことだ。私たちはニッチなブランドなので、彼ら(巨大なラグジュアリーブランド)と比較するつもりはない。だが少なくとも、誠実な品質を届けようとしている。

WWD:パンデミックを経て消費者が本質思考に傾く中、「ルメール」はそのムードと共鳴した部分もあったのでは。

クリストフ:“クワイエット・ラグジュアリー”という言葉に私たちが紐づけられることもあるが、正直あまりしっくりきていない。日常性、良識、静けさ。それは確かに私たちの中心にある哲学だ。けれども、その傍らで遊び心や驚き、進化があっていい。私たちは、毎シーズンのコレクションにおいて、スタイリングであれアクセサリーであれ、何か新しいものを試している。

私たちが大切にする日常は、絶えず形を変えていて、私たちはそれを楽しみたい。だからブランドもまた絶えず探求し、前に進んでいくべきだと思っている。

実用性と通ずるエレガンス

WWD:2025年春夏コレクションで新たに取り入れた、あるいは継続したエッセンスは?

クリストフ:ここ数シーズン、私たちが探求しているのはソフト・テーラリングのアイデア。レザーのアイテムをより多く取り入れている。やわらかさがありながらも、どこか構築的であること。ユーザーからはとても好評で、私たちもそのバランスの追求に夢中になっている。

それから、私たちが好んで使っているのが、“イン&アウト”というコンセプト。つまり、家の中でも外でも着られる服。イージーウェアだからといって、だらしなく見える必要はない。心地よさを持ちながら、洗練されたスタイル。そう、まるで高級なルームウエアのような服だ。これはブランドの核として、ずっと大事にしてきた。さらに今回は、テクニカルな要素も取り入れた。プロテクション(防護性)を持たせたディテールや、撥水・防水性も取り入れた。

WWD:実用性も重要であると。

クリストフ:やはり誰しもが、最終的には「動きやすい服」を求めている。エレガンスとは、 dignité(品位)であり、動作の美しさと通じている。私たちデザイナーは、スタイルの“半分”しか作れない。あとの半分は、それを着る人が完成させる。その人の所作、歩き方、話し方が、その人をスタイリッシュにする。だからこそ私たちは、着る人が自信を持てる服を作ろうとしている。

パリのスタジオの女性スタッフたちともよく話す。「どんな服を着たら、自分が力強く感じられるか?」と。“力強さ”と“威圧感”はまるで違う。そのはざまにある“抑制”とは何なのだろう。そんな問いを繰り返すことも、デザインの面白さだ。

WWD:ブランドの今後については。

クリストフ:私たちは“新しいラグジュアリー”の形を提案していきたい。今、世の中ではラグジュアリーという言葉があまりにも軽く使われている。本当のラグジュアリーとは何か。それは、あるモノと出会い、触れた瞬間に感じる高揚感そのもの。心がふっと持ち上がるような、あの一瞬の感覚。そして日本の文化には、その高揚感を理解する素地がある。

金ぴかの装飾や大理石ではない。人を圧倒するのではなく、日常の中でふと感じる静かな美しさ。喧騒から少し離れて、ゆっくりと自分自身に向き合い、再接続できるような場所。この(恵比寿の)店もまた、そんな静かな贅沢を体験できる場所でありたい。そういう質のいい時間が過ごせたとき、人はほんの少しだけ心が変わるだろうから。

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