PROFILE: ジョナサン・ズリエン/クラランス グループ 社長兼最高経営責任者

昨年ブランド設立70周年を迎えた「クラランス(CLARINS)」は、昨年7月にメイクフィックスミスト“フィックス メイクアップ N”(50mL、4950円)を6年ぶりに、8月にはアイコン美容液“ダブル セーラム ADC”(30mL、1万2100円/50mL、1万7380円/75mL、2万3650円)もリニューアルするなど、長い歴史を経てもなお大胆な進化を続けている。ジョナサン・ズリエン(Jonathan Zrihen)=クラランス グループ 社長兼最高経営責任者(CEO)に、同社でのキャリアやクラランスが追求するイノベーションについて聞いた。
WWD:今年で現職に就任して丸10年だ。
ジョナサン・ズリエン(Jonathan Zrihen)=クラランス グループ 社長兼CEO(以下、ズリエン):31年前に研修生としてマーケティング部に配属され、グローバル展開の強化に携わった。特にアジアの拡大を推進し、中国へは2005年に進出。我々の市場は、私が正式に採用された1996年の100カ国から現在は140カ国まで増えた。
WWD:プレステージビューティの世界では転職を繰り返してキャリアアップする人が多い中、「クラランス」一筋の人生を歩んでいる。長年勤め続ける「クラランス」の魅力とは?
ズリエン:70年間ブレない会社のフィロソフィー「女性の声に耳を傾け、そのニーズを理解し、厳選された植物成分を配合した肌に響く製品を開発すること」に共感する社員が集まっているため、勤続年数の長い社員が多い。同族会社で、クラランス一家が全社員への思いやりや尊敬を大事にしているのも特徴だ。また2つのチームが全く異なる2種のイノベーションを追求しており、社員がお客さまに提供する製品の質や効果を信じている。そうすると、仕事は運命になる。私も、毎朝出社するのが幸せだ。意義を見いだせた会社を、大抵の人は辞めようとは思わない。子会社のトップにも、販売員として当社でのキャリアをスタートした人材が多い。
「たゆまざる革新」と「断絶のイノベーション」
WWD:昨年は、“フィックス メイクアップ N”や“ダブル セーラム ADC”など基幹製品を刷新した。大胆に繰り返すイノベーションで追求することは?
ズリエン:「クラランス」は「たゆまざる革新」と「断絶のイノベーション」、2つのタイプのイノベーションを追求している。前者のチームは、新製品をローンチするたびに次の世代の構想を始める。毎月、全世界の30万人のお客さまの声を聞く。植物研究の新たな知見や、お客さまからのフィードバックを生かし、常にアップデートを試みている。
後者のチームはイノベーションのトレンドにアンテナを張り、白紙の状態から研究を始める。皮膚医学や植物学を研究する中で、「クラランス」専属の民族植物学者は世界中を旅して回り、その植物がそれぞれの文化で薬学的にどう用いられているかをひもとく。アマゾンやマダガスカルへ直接足を運んだり、日本の薬の歴史を研究したりする。そこで得た植物の新たな知見を、「クラランス」が目的とする皮膚状態の改善にどう活用できるかを考える。「断絶」とは、通念や通例、既存品からの進化を意味する。
WWD:“ダブル セーラム ADC”のリニューアルについて教えてほしい。
ズリエン:9代目となる“ダブル セーラム ADC”は、エピジェネティクス(後天遺伝学)に着目した。創設者の息子の一人であり、整形外科医のオリヴィエ・クルタン・クラランス(Olivier Courtin Clarins)博士が、規則正しい健康的な生活を送っている人の方が手術後の皮膚の回復が速く、傷跡も残らないと気付いたことが発端だ。そこで「クラランス」は同じ遺伝子を持つ30組60人の一卵性双生児の女性を集め、後天的要因が肌の老化と兆候にどのような影響を与えるのかを研究した。皮膚への影響は35%が遺伝子由来、65%がエピジェネティクスによるものだった。つまり環境や睡眠不足、食生活、タバコなどの生活習慣が皮膚に大きな影響を与えている。
加齢による肌の劣化が顕著だった双子の片方にだけ“ダブル セーラム ADC”を与えたところ、肌の状態がもう一方に近付いてきた。8代目までが対象としていたのは35%に当たる遺伝子の部分だったが、今回のリニューアルによって残りの65%にもアプローチできるようになった。「断絶のイノベーション」チームによりエピジェネティクスに着目できた。
「美しく歳を重ねるためのパートナーでありたい」
WWD:「クラランス」が大切にしていることは?
ズリエン:「クラランス」は3つの大きな誇りを持っている。1つ目は、独立した同族会社の立場を守り続けていること。1980年代には一度上場したが、自由を取り戻すため2008年に上場を廃止した。これにより長期的な視野に立ち運営できるようになり、即座に決断しアクションを起こせるようになった。2つ目は成長率だ。直近の7年間で売上高は倍増し、20億ユーロ(約3120億円)になった。イノベーションを追求した製品の質の高さや、ブランドの存在意義が全世界で高く評価されている。3つ目はジャック・クルタン・クラランス(Jacques Courtin Clarins)=創設者による、社会貢献の理念を継承していること。人生、そして世界をより美しくすることを企業のミッションとしている。
WWD:今後の展望は?
ズリエン:フランス製にこだわる当社は昨年10月に2軒目の工場を建設し、製造力を倍増させた。また4月には、南仏ニーム近郊の農地を新たに取得した。全ての植物を有機栽培し、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)としての認定も受けている。新しい工場と農地により、最上質の植物原料の採取とトレーサビリティー(追跡可能性)の担保を実現する。30 年までに、製品に必要な植物原料の3分の1を同農地や、同じく16年に取得したオート・サヴォワの区域から調達する目標だ。トレーサビリティーに関しては、7年かけて開発した「トラスト(T.R.U.S.T.)」というシステムを23年8月に導入した。お客さまは製品の原料がいつどこで採取され、いつ工場で配合され、いつ日本に発送され店頭に並んだのかを確認することができる。カーボンフットプリントも開示できるようシステム開発を進めており、お客さまとの信頼関係をさらに深めていく。
WWD:最終的に、人々にはどうなってほしいのか?
ズリエン:私たちは、自分が美しいと感じるためには至福感が必要だと考えている。毎日肌の手入れをして、肌がきれいになっていく実感は至福感につながる。それは結果として、加齢に対する予防効果もある。自分を愛し、美しいと感じられ、「クラランス」の製品を使うことに喜びを見いだしていただきたい。「クラランス」は奇跡は約束しないが、美しく歳を重ねるためのパートナーでありたい。そして私には、当社に20年、30年勤続している女性たちをいつか広告に出したいという夢がある。皆驚くほど肌がきれいだから。
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