ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。今回のテーマは気候変化。温暖化が叫ばれるようになって久しい。コートやジャケットなど単価の高い秋冬物で利益を稼ぐのが日本のアパレルビジネスの常識だったが、その前提も崩れたと言われている。具体的にはどんなインパクトを与えているか。どこよりも詳しくデータを分析してみた。
近年の温暖化で夏が暑く長くなって秋が短くなり暖冬が定着し、アパレル販売の秋冬と春夏の比重も変わったとされるが、実際のところはどうなのか。百貨店衣料品とチェーンストア衣料品、ユニクロとしまむらの季節売上構成比の変化を検証し、シーズンMDの再構築を探ってみた。
2年連続で日本の夏は亜熱帯化した
24年の夏は昨年に続いて猛烈に暑い夏となり、7月は平年(1991〜2020年平均)比+2.16度と歴代(1898年来)1位、8月も同+1.84度と23年(同+2.16度)に次ぐ高気温を記録した。9月に入っても東京では3日を除き22日まで最高気温が30度以上の真夏日が続き、名古屋では連日の真夏日で35度以上の猛暑日も8日に達したから、感覚的には温暖化というより「亜熱帯化」に近い。
気象庁は日本の年間平均気温は長期的に100年あたり1.27度のペースで温暖化しているとするが、100年で2度の温暖化で海面が1m強上昇するというIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の警告、数年で4度〜3000年で7度と推計される1万1600年前の温暖化(最終氷河期の終わりで120m超の海面上昇)と比べれば緩やかなペースだ。とは言っても23年、24年の夏だけ取ればIPCCの警告するペースをはるかに超えるハイペースだから、尋常ではない。100年先の心配が目の前で現実化する温暖化ペースに、衣料品の季節MDどころかライフスタイルや住環境、沿岸部の水没まで対策しなければならなくなる。
急速な温暖化は1980年代以降であって40〜70年代は逆に寒冷化していたし、17〜19世紀は「小氷期」で温帯でも飢饉や河川の凍結(テムズ川や隅田川も)が頻発したから、いつまた寒冷化に転ずるとも限らず(2030年「小氷期」到来説もある)、線形発想(現在と同じ傾向が続くと思い込む)は禁物だが、とりあえず2020年代中盤は温暖化トレンドと見ても良いだろう。ならば、アパレルの季節MDは亜熱帯化に備えるしかあるまい。
衣料売り上げの季節バランスはどう変わったか
亜熱帯化した2024年(23年9月〜24年8月)の季節売上指数がどう変わったか、前年(22年9月〜23年8月)、10年前(13年9月〜14年8月)と比較してみた。百貨店衣料品とチェーンストア衣料品は月指数(年間売上高に占める各月売上高の比率)まで取れるが、国内ユニクロやしまむらは月度売上実数の開示がないため、四半期決算で開示される季節売上高(24年夏期は四半期全店前年比から推計)を比較した。近年の季節進行とは多少ズレるにしても10年前との変化を捉えるべく、秋期は9〜11月、冬期は12〜2月、春期は3〜5月、夏月は6〜8月という社会通念に従った。
全国百貨店衣料品は10年前から23年で春夏期が47.82%から48.92%と1.10ポイント拡大し、24年では48.97%とさらに0.05ポイント上昇。その分、秋冬期が縮小した。
四季で見れば、10年前は冬が27.04%と最も高く春が26.19%、秋が25.14%と続き、夏は21.63%と一番低かったが、23年は冬が25.94%と1.10ポイントも低下して、0.17ポイントの低下にとどまった春(26.02%)に抜かれ、秋は25.14%と変わらず、夏は1.27ポイント上昇しても22.90ポイントと最下位は変わらなかった。24年では冬が0.10ポイント戻して26.04%と、0.01ポイントの上昇にとどまった春(26.03%)を僅差で抜き返し、0.15ポイント低下した秋(24.99%)が続き、夏はさらに0.04ポイント上昇しても22.94%と最下位は変わらなかった。
月指数では10年前から24年へ、9月から10月への後倒しはわずかだったものの、11月(-0.42)から12月(+0.45)への後倒しと1月の大幅な落ち込み(−2.22ポイント)、3月(−1.96)から4月(+1.21ポイント)への大幅な後倒し、5月(+0.59ポイント)、6月(+1.08ポイント)の上昇と7月(-0.12ポイント)から8月(+0.34ポイント)へのシフトが目立った。
温暖化によるシーズンバランスの変化は23年が顕著で、天候と同様に24年はその延長にとどまった。暖冬で冬期が低下したのは他とも共通するが、百貨店衣料品では夏期の上昇が顕著で、他ではさほど目立たなかった晩夏企画が貢献したと推察される。それでも夏期の季節指数が最下位を脱せないのは他シーズンと比べての単価の低さに起因しているが、後述するウエアリングの変化で他シーズンの単価が下がっていけば、多少なりとも平準化に向かっていくのではないか。
チェーンストア衣料品では、10年前から23年で春夏期が49.05%から51.43%と2.38ポイントも拡大し、その分、秋冬期が縮小したが、24年は百貨店とは逆行して4月(23年比-1.34ポイント)、5月(同-0.58ポイント)、6月(同-0.70ポイント)、7月(同-0.63ポイント)の月指数が落ち込んで春夏期が48.85%と前期から2.58ポイントも低下し、10年前からも0.20ポイント後退した。
四季で見れば、10年前は冬が26.09%と最も高く春が25.34%、秋が24.86%と続き、夏は23.71%と一番低かったが、23年は冬が25.24%と0.85ポイント低下して、1.55ポイントも上昇した春(26.89%)に抜かれ、夏が24.55ポイントと0.84ポイント上昇し、1.53ポイント低下して23.33%に落ちた秋を抜いて3位に浮上した。24年では前期から1.00ポイント戻した冬が26.24%と、同1.46ポイント低下した春(25.43%)抜き返して首位に返り咲き、同1.58ポイント上昇した秋(24.91%)が続き、同1.13ポイント低下した夏は23.42%と再び最下位に落ちている。
月指数では10年前から24年へ、9月(-0.30ポイント)から10月(+0.76ポイント)、11月(-0.40ポイント)から12月(+0.59ポイント)への後倒しと1月の落ち込み(−0.67ポイント、23年は-1.11ポイント)は百貨店衣料品と共通するものの、23年は3月(−0.44ポイント)から4月(+1.51ポイント)へ後倒ししても24年はほぼ元に戻り、23年は5月(+0.49ポイント)、6月(+0.49ポイント)が上昇しても24年は低下してほぼ元に後戻り、23年、24年とも8月から7月にシフトと百貨店衣料品とは逆行している。
チェーンストア衣料品は百貨店衣料品に比べて日用の軽衣料比率が高く、23年は温暖化とコロナ明けで春夏期が拡大したが、24年は百貨店のようなインバウンドや晩夏の端境企画に恵まれず、前年の反動が出たと思われる。総じて天候や市況に流される受け身に終始し、政策的なMD修正による変化は見出せない。
国内ユニクロでは、10年前から23年で春夏期が43.32%から44.39%と1.07ポイント拡大し、その分、秋冬期が縮小。24年では春夏期が48.00%とさらに3.61ポイント(10年前からは4.68ポイント!)も拡大し、秋冬期は52.00%に低下した。コロナ明け効果の23年より24年の変化が大きく、消費の好転やインバウンドの押し上げに加え、夏向けMDの拡充が推察される。
四季で見れば、10年前は秋が29.13%と最も高く冬が27.54%と続いて秋冬比率が高く、春が22.90%と続き、夏は20.42%と極端に低かったが、23年は秋が27.06%と2.09ポイントも低下して、1.01ポイント上昇した冬(28.55%)に抜かれ、24.10%と1.20ポイント上昇した春が続き、0.13ポイント低下した夏は20.29ポイントと最下位は変わらなかった。秋と冬の逆転は残暑や11月下旬に開催する創業祭の売り上げによるところが大きく、シーズンMDの変化を反映したものとは言えない。
24年では秋が前期からさらに0.85ポイント、10年前からは2.92ポイントも低下して(残暑の影響と推察される)26.21%に落ちても最も高く、前期から2.76ポイントも急落し10年前からも1.75ポイント低下して(暖冬の影響と推察される)25.79%に落ちた冬が続き、前期から1.30ポイント、10年前からは2.50ポイントも上昇した春が25.40%で続き、夏は前期から2.31ポイント、10年前から2.18ポイント上昇しても22.60%と最下位は変わらなかった。
元よりフリースやウルトラライトダウン、ヒートテックなど防寒アイテムが強く、23年、24年と春夏シフトが急進しても、他社と比べれば依然、夏の売上比重は低い。24年の急激な春夏シフトも温暖化だけでなく、上期(9〜2月)の低迷(直営店+Eコマースで売上前年比98.2%、客数前年比96.4%)と下期(3〜8月)の好転(同売上前年比113.3%、客数前年比105.4%)という、インバウンド拡大や消費好転など市場環境の変化が大きく、「亜熱帯」対応アイテムや晩夏の端境アイテムがさほど拡充されたわけではないから、来シーズンに向けて課題が残る。
しまむらでは、10年前から23年で春夏期が50.27%から0.11ポイント低下の50.16%とほとんど変わらず、24年も春夏期が50.97%と前期から0.81ポイント、10年前から0.70ポイント上昇しただけで、変化は軽微にとどまる。
四季で見れば、10年前は夏が25.30%と最も高く春が24.97%、冬が24.92%と続き、秋も24.81%とほとんど平準化していたが、23年は秋が0.93ポイント上昇して25.74%と夏を抜いて最も高くなり、夏が25.29%(-0.01ポイント)とほとんど変わらずに続き、0.10ポイント低下した春が24.87%で続き、0.82ポイント低下して24.10%に落ちた冬が最下位となった。
24年は前年から0.35ポイント、10年前から0.34ポイント上昇した夏が25.64%と再び最も高くなり、前年から0.47ポイント、10年前から0.37ポイント上昇した春が25.34%、前年からは0.66ポイント低下したが10年前からは0.27ポイント上昇した秋が25.08%で続き、前年から0.16ポイント、10年前から0.98ポイント低下した冬が23.94%と最下位を継続した。
元より生活圏の日用衣料の性格が強く四季が平準化していたが、24年は残暑による9〜10月の不調、暖冬による防寒アイテムの不振が影響した。夏場も「亜熱帯」対応アイテムや晩夏の端境アイテムが拡充されたようには見えないから、夏期の上昇は消費の好転と猛暑、冬期の落ち込みによる相対的な結果と見るべきで、受身のチェーンストア衣料品ほどではないにしても、政策的なMD修正の成果とは言い難い。
軽量イージーケア・イージーフィット化の奔流
こうして見ると、23年夏の猛暑と残暑に懲りても、24年は百貨店衣料品を除けば晩夏の端境企画がさほど拡充されたわけではなく、残暑による秋口の低迷と暖冬による防寒アイテムの落ち込み、春夏期の消費回復と猛暑で結果的に春期や夏期の比率が高まったという相対的変化にとどまったのではないか。
接触冷感やUVカット、吸汗速乾やファン付き空調など夏向け機能は広がったものの、リゾート感覚の「亜熱帯」アイテムは販売期間が短いせいかセレクトショップの一部に見られたのみで、夏期(6〜8月)のMD展開シナリオが大きく変わったわけではなかった。機能アイテムや機能加工を除けば、各社それぞれに確立されたMD展開をベースに、夏から秋にかけて展開時期や数量に多少の修正を加えただけで、「亜熱帯化」する夏場のライフスタイルを見据えてMDを大きく再構築したわけではない。むしろ、夏場に限らず通年で進行するウエアリングの軽量イージーケア・イージーフィット化の方が大きく数字を動かしたのではないか。
温暖化の影響もあるが、アスレジャーの影響がカジュアルのみならずビジカジやタウンウエアまで波及して合繊の機能素材や機能加工が広がり、夏期に限らず通年で軽量イージーケア・イージーフィットが浸透して防寒アイテムやアウターが軽量化・低価格化したことも、売上シーズンバランスの春夏シフトを招いた一因と思われる。
今や防寒アウターと言っても重くてかさばるウールコートや大きくふくらんだダウンなどお呼びでなく、軽量イージーケア・イージーフィットでお値段も手頃な合繊使いの新開発アイテムが支持を広げている。それは秋口や春夏のアウターやボトムとて同様だ。ならば、暖冬や夏場の亜熱帯化に加え、軽量イージーケア・イージーフィットがシーズンウエアリングをどう変えていくのかを見据え、通年でMD展開を再構築する必要があるのではなかろうか。