
韓国にはアフターコロナ以降、日本の若者たちの間でデスティネーションストアとなっている定番ショップが存在する。オンラインで気軽に韓国ブランドが手に入るようになった今、若者たちはなぜわざわざ店舗に足を運ぶのか。ソウル中心部にある人気4店の取材から、吸引力のある空間の作り方、リアル店舗の価値を探った。(この記事は「WWDJAPAN」2024年4月29日&5月6日合併号からの抜粋です)
「スタンドオイル」
「物販しない」コンセプト空間が想像力を刺激
韓国ファッションラバーな日本人の“イット・バッグ”の1つが、2018年にスタートした「スタンドオイル(STAND OIL)」だ。ブランドはベンチャーアパレルのKozha(キム・ジョンヒョン代表)が運営。昨年8月、「ムシンサ(MUSINSA)」の支援で日本公式ECを開設すると、値ごろな価格とモダンなデザインで瞬く間に認知度を拡大。今年に入って以降、聖水洞(ソンスドン)のフラッグシップストアは、日本人の観光客が6倍に増えた。
人気商品の“チャビーバッグ”(日本価格1万6400円)は、レトロなボウリングバッグのルックスが昨今のY2Kブームにマッチする。LE SSERAFIMのメンバーであるユンジン(Yun-Jin)がインスタグラムにアップしたことで人気に火がついた。彼女のように、お気に入りのチャームやキーホルダーなどで自由に“デコる”女の子も多いという。
「各々の好みやライフスタイルに合わせて、自由な楽しみ方ができるのが『スタンドオイル』のバッグの魅力だ」とデザインチームのハ・ジヨンチーム長。その思想は聖水洞の店舗空間にも色濃く反映する。1階と2階、屋外で合計約330㎡の店舗のうち、1階は商品を販売しないコンセプトショーイング空間で、来店客はころころ移り変わる多様なコンセプトを体験することができる。例えば“美容室でバッグが盗まれたならどうする?”“バッグが空から落ちてきたらどうする?”といったもの。インスタグラムのフォロワーを巻き込んでバッグを盗んだ「犯人探し」を呼びかけることもあれば、店舗に巨大なバッグのモニュメントを置いて驚かせることもあった。
テーマはキャンペーンごとに入れ替え、企画や空間デザインは全て自社で実施する。「店舗はただ商品を見て、試用するだけの場ではない。お客さまのイマジネーションを刺激し、『スタンドオイル』のバッグがある日常を豊かなものに感じてもらうことこそ、リアル店舗の存在意義だ」。
「ハウスバイ」
日本人が4割 「マーティンキム」人気の震源地
聖水洞の中心部から歩いて約15分。ランダムペインティングが施された建物の扉を開けると、美しい什器やインテリア、アートブックが並ぶ空間が広がる。「マーティンキム(MATIN KIM)」の旗艦店である「ハウスバイ(HOUSE BY)」は、若い日本人観光客が、訪問先にマストでリストアップする定番スポットだ。
古くからの工場地帯である聖水洞は近年、廃工場を活用した新興ブランドによるポップアップストアが繰り広げられるエリアになった。「ハウスバイ」はそういった喧騒から少し離れたエリアで、聖水洞に集まり始めた高感度層に向け、ブランドの魅力をじっくり伝えるための“ショールーム”として2022年に運営を開始した。
昨年、コロナが5類になって以降は日本人の来店が爆増。1日500人前後の来店客のうち、3〜4割を日本人が占め、週末の店内はごった返す。売れ筋の“ハーフシャーリングリボンラウンドバッグ”(日本価格1万9600円)はなかなか店頭ではお目にかかれないほどの人気だ。
約500㎡の空間には美意識が行き届いている。倉庫を居抜きで使った空間には、コンクリート打ちっぱなしの内装と調和するアンティーク什器や家具などを設える。常に変化し続けるレイアウトや配置は、全てインハウスの空間デザイナーとスタッフの総がかりによるものだ。「派手なプロモーションはしなくとも、お客さまが店内の様子をSNSにアップして、次のお客さまの呼び水になるというサイクルが生まれている」(キム・チョルホ統括マネジャー)。
この2月にはハイエンドライン「キムマーティン(KIM MARTIN)」がスタートし、ブランドのエッジーなテイストにテーラードの要素が加わった。同じタイミングで、近隣に雑貨やアクセサリーのみを集積したショップを新設。雑貨目的のエントリー層を送客する一方、「ハウスバイ」はブランドの世界観に浸るための“ショールーム”に原点回帰。「さらに広がり続けるブランドの可能性を見せるための空間にしていく」。
「ナイトフルーティ」
韓国のバイヤーもとりこ キム・ソラの頭の中
舞台芸術の街で知られる大学路(テハンノ)エリアに若者に人気のインテリアショップがあると聞き、聖水洞から電車に揺られること30分。メイン通りから外れた小道の奥のビル2階に上がると、そこは別世界。パステルカラーの店内、大きさや形状はさまざまなマグカップや花器がところ狭しと並び、おとぎ話の世界に迷い込んだようだ。
「ナイトフルーティ(NIGHTFRUITI)」を運営するセラミックアーティストのキム・ソラさん(32)は、普段はほとんど店頭に立たずアトリエで作陶にふけっているというが、この日は特別に出迎えてくれた。彼女いわく、1つ1つの作品に名前や用途はない。くねくねと歪んだ花器や、ドラゴンの手につかまれたようなマグカップ。手に取る人に「どうやって使おうか?」と想像力をかきたてるファンシーなデザインばかりだ。価格は5000〜1万円前後と手が届きやすい。
陶芸科を卒業したソラさんは、2020年に「ナイトフルーティ」をオープン。大好きな自然や生き物、童話「不思議の国のアリス」を思い浮かべながら作った陶器を並べる、「ごく私的な空間」として運営していくつもりだったという。
だがその思いとは裏腹に、店の存在はSNSで自然に広がっていく。ユニークな作品と世界観はバイヤーたちの目にも留まり、サムスングループ運営の「ビーカー(BEAKER)」や「39etc」といった大手セレクトショップでも取り扱われるようになった。
これからも大学路の店舗は、あくまでプライベートな空間として運営を続けたいという思いがある。店舗に併設した小さな工房で、数人を集めて陶芸教室をするのが彼女の何よりの楽しみだ。
日本では原宿の「シープ(SHEEP)」など、まだ一部のニッチなセレクト店が取り扱うのみ。だが口コミで店舗を訪れる日本の客は日に日に増えている。彼女の唯一無二の世界観が海を越えて広がっていくのも、遠い話ではないだろう。
「シャローム」
SNSマーケティングの海でピュアな“好き”が響く
鍾路(チョンノ)の閑静なエリアにひっそりと佇む「シャローム(SHALOM)」は、ガーリーテイストを好む女性なら迷わず訪ねてほしいファッションブティックだ。
2022年のオープンから瞬く間に話題店となり、現在は来店客の6割が日本人で、リピーターも多い。約30㎡の店内には、オリジナルのアパレルや雑貨、ビンテージのインテリアがぎゅっと詰まっている。オーナーのチョ・ウニさん(28)が作る、ラブリーでちょっぴりアグリーな空間は、何度も訪れたくなる魅力がある。
もともとアパレルショップを開くつもりはなかったというウニさん。空間全体を彩るセンスは、これまでの異色な経験と学びによって培われた。「学生時代にグラフィックアートを学びました。写真を撮るシチュエーションを考えるのも好きで、アートディレクションの仕事をしていた時期もあります。ファインアートのように、自分で手を動かしてモノを作りたいという思いもずっとありました」。
店をやろう、と決めていたわけではなかったが、直感で今の物件を借りた。人生は常に「ビビッときたもの」が道しるべになってきたが、それは店のオーナーになっても変わらない。学生時代の恩師のカカオトークのアカウント名の音の響きが気に入り、そのまま店名にした。内装や什器はすべて自らのこだわりを反映させ、一部のインテリアはウニさんのお手製だ。
オリジナルブランドの「シャローム」は、ミニTシャツやチュールをあしらったスカート、花柄バッグにトラックジャケットなどをそろえ、自由に組み合わせる甘辛テイストが気分。ただし、1カ月後、半年後に店の中身がどうなるかは本人すら分からない。「これも面白みかな」とウニさんはチャーミングに笑う。
6月には韓国最大規模のモール「ザ・ヒュンダイ・ソウル(THE HYUNDAI SEOUL)」でポップアップストアを実施することが決まり、コンセプト設計や限定商品などの準備に追われている。店やブランドの認知を大きく広げるチャンスだが、「私はマーケティングや商業的な成功にはあまり興味がない」と困り顔だ。
SNSマーケティングとECが発達した韓国だからこそ、純粋な“好き”だけを凝縮したシャロームのリアル空間の魅力は一層引き立つ。「私は自分の好きを共有できる、このリアルな場所を大切にし続けたい。そのためには常に同じテンションで、『無理をしないこと』が大切だと思っています」。