ビューティ

世界的調香師ジャン=クロード・エレナが語る、香水市場(前編)「コピーはすぐに消えてしまう」【香水ジャーナリスト連載 Vol.4】

 「エルメス (HERMES)」の初代専属調香師として知られるジャン=クロード・エレナ(Jean-Claude Ellena)は現在、ビーガンフレグランスブランド「ル クヴォン メゾン ド パルファム(LE COUVENT MAISON DE PARFUMERIE 以下、ル クヴォン)」でオルファクティブディレクターを務める。若手調香師を監修する傍ら、2021年には自らが調香を手掛ける“シグネチャーコレクション”を発表し、売れ行きは好調だという。長年第一線で活躍し数々のブランドから名香を世に送り出してきたエレナ氏に、若手調香師たちとの仕事と、新作フレグランス “シグネチャー ベチバー”(100mL、税込2万3760円)に込めた思いについて聞いた。

――「ル クヴォン」では若手調香師を監修する立場でフレグランスの創作に携わっている。その思いは?

ジャン=クロード・エレナ調香師(以下、エレナ):若い調香師には開かれた未来があるにも関わらず、ブランドからのリクエストを厳守し、ビジネス的な条件を多く課され、マーケティングに基づいた香水を作る癖がついている。彼らと関わってそのことを強く感じ非常に悔しく思った。もっと自由にクリエーションしてほしい。大きな香水メーカーが発表するような類似性のある香水にはクリエーションを感じない。彼らには「僕と一緒に仕事をするときは自由だ。自由に創作して驚かせてほしい。僕の仕事は、君たちが自由に創作できるよう解放してあげることなんだから」と伝えている。

――メゾンやニッチブランドが増えて、自由なクリエーションがしやすくなったのでは?

エレナ:先日、フィレンツェで行われたニッチフレグランスの展示会に参加したが、創造的な香りはとても少なかった。約50%はどこかのブランドを想起するものだった。オリジナリティーが少ない香りを販売すれば、自分で自分の首を絞めることになる。そうしたブランドは大抵、2~3年で消えてしまう。そしてまた、同じような安易な考えで新たなブランドが作られているのが現状だ。

――これまで「ル クヴォン」では若手調香師を監修していたが、“シグネチャー コレクション”は自ら調香を手掛けた。どのような経緯と思いがあるか?

エレナ:「ル クヴォン」というメゾンは、香水に対して非常に情熱があり、香りに恋している人たちだ。彼らに「さらにクオリティーの高いものを作りなさい。そうすればファンはついてくる」と言ったら、「好きなようにやっていいからクオリティーの高いものをあなたが作ってくれませんか?」と言ってもらえたので、自分で作ることにした。「ル クヴォン」はすでにラグジュアリーなメゾンといえるが、香りにこだわることでもう1段階良いブランドにブラッシュアップできると思った。

「単一の香りの香水を初めてつくった」

――“シグネチャー コレクション”では昨年、“シグネチャー チュベローザ”、”シグネチャー ミモザ”、”シグネチャー アンブラ”を発売し、今年は“シグネチャー ベチバー”が加わった。テーマはどのように選んだ?

エレナ:現在の香水市場で「ル クヴォン」は、初めて単一の香りの香水“チュベローザ”や“ミモザ”をつくったブランドだ。香水の本来の姿、原点に戻ることで新しい出発をしようと考えて創作した。“ミモザ”は、私の住む家の前にある丘から、開花の頃のミモザが風に乗って香りを届けてくれた美しい光景を香りにした。“チュベローザ”は、私が自宅の庭に植えたのだが、8月の開花のときの午後8時から午前1時までの芳香の変化を表現している。“アンブラ”は、樹木の香りと不死の花といわれるイモーテルの香りを組み合わせた香水をつくりたいという思いから生まれた。私は常に香りの詩的な世界を表現している。自然の香りを再現しようとしたら、使う香料も自然のものがいいに決まっている。

――以前のインタビューで、若手調香師たちに「その香りで伝えたいことは何か」を質問すると言っていたが、“シグネチャー ベチバー”で伝えたいことは?

エレナ:私が香水をつくるときにいつも考えているのは、この香りがどんなストーリーを伝えているのか、香った人がすぐ分かるように明確に、シンプルであること。ストーリーが分かりにくい、ごちゃごちゃしているものはダメだ。“ベチバー”は、ブルターニュで三ツ星レストランのシェフをしている友人が、木の船に乗せてくれたときに、海の香りと木や縄の香りが女性向けベチバーに感じられたのがきっかけで生まれた。ベチバーという香料は男性向けのイメージがあるが、私は香水に関してジェンダーの差はないと思っている。マリ共和国の女性たちは、愛を交わす前にベチバーの根を煎じて飲む。すると汗からベチバーの香りが放たれるため、媚薬とされているという話もあるくらいだ。

――香料としてのベチバーはジャワ産やマダガスカル産などもあるが、ハイチ産にこだわりが?

エレナ:ジャワ産ベチバーは、レンズ豆のスープのような香りがするから使えない。マダガスカル産は、濡れた土の匂いがする。インド洋のレユニオン島でもベチバーが少し採れ、バラの香りがして良いものだが、少量しか採れず香料としては使いにくい。それに比べ、ハイチ産ベチバーはとてもウッディーで、自分の子供の頃を思い出す。マッチ棒の軸の匂いがするからだ。私はマッチをすったときの硫黄の香りが好きだった。特別にオーダーして作ってもらったバージョンの香料でハイチ産のベチバーを起用した。ベチバーから最初に香るトップノートは土の香りがするのでそれを10%削り、ウッディーな香りが残る香料にしてもらった。試作で5%、10%、15%と削ったものを作成してもらい、最も過不足ない数値を起用することにした。もしも男性向けの香水ならばこのように取り除くべきところはなかっただろう。


YUKIRIN
美容・香水ジャーナリスト
香水・香り関連商品と、ナチュラル&オーガニック美容分野に特化した記事を執筆。女性誌などのメディアで発信する。化粧品や香り製品のコンサルティングやイベントプロデュースなど幅広く活躍。「日本フレグランス大賞」エキスパート審査員、「イセタン フレグランス アワード2019」審査員などを務める

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