サステナビリティ

国内縫製工場の労務問題は改善している? 人権団体ASSCに聞く人権問題に取り組む重要性

 昨今、持続可能な事業活動に向けてサステナビリティ戦略を打ち出す国内アパレル企業が増えてきた。リサイクル素材の活用など製品の環境負荷の軽減に向けて取り組む例が多いが、見落とされがちなのがサプライチェーンにおける労働人権問題だ。

 2017年に放送された「ガイアの夜明け」で、国内の縫製工場における外国人技能実習生の労務問題が大きく報道されたことなどをきっかけに、国内にも労働搾取の現状があることが広く認知された。

 特に日本のアパレルビジネスはサプライチェーンが細かく分断されており、商社が介在するケースも多いために現場の実態を把握することが難しいとされる。しかし、「商社に任せているから何も知らないというのではブランドホルダーとして失格だ」と話すのは、国内企業の労働人権問題に関する取り組みをサポートする一般社団法人ザ・グローバル・アライアンス・フォー・ サステイナブル・サプライチェーン(The Global Alliance for Sustainable Supply Chain、以下ASSC)の杉本泰樹シニア・オフィサーだ。現在アパレル業界ではファーストリテイリングやアシックス、帝人、アダストリア、三井物産アイファッション、三起商行などがASSCの会員となっている。自身も国内アパレル関連企業に20年以上務め、CSR調達(企業が調達先の選定や調達条件を設定する際に、社会的責任の観点から基準を設定すること。また、調達先に社会的責任を果たすよう要求すること)に従事してきた経歴を持つ杉本氏に日本のアパレルビジネスの労働人権問題について聞いた。

WWD:外国人技能実習生(以下、実習生)が国内縫製工場で最低賃金以下で長時間働かされていたり、狭い部屋で何人も暮らすような環境を強いられていたりといった問題がここ数年で広く知られるようになった。こうした労務問題はいつ頃からあったのか?

杉本泰樹シニア・オフィサー(以下、杉本):外国人技能実習生制度は1993年に制度化されました。2000年代以降、労働人権問題は発生していたと推測します。本来同制度は技術の海外移転を目的とし、実習生は技術を習得してお金を稼ぐことができ、人手不足の日本は労働力を確保できるというウィンウィンの関係が成り立つべきものでした。しかし、10年に法改正が行われ、それまでは3年間の実習期間のうち1年目は研修代として最低賃金を払う必要がなかった部分が1年目から最低賃金を払わなければいけなくなりました。それをうまく導入できなかったところから労務問題が起き始め、地方紙などでは当時からよく取り上げられていました。

WWD:具体的にどんな問題がある?

杉本:特に深刻なのが、実習生に入国の際に膨大な手数料を支払わせることによって起きる債務労働です。国を出る時の手数料や航空運賃が監理団体を経由することでどんどん大きくなっていき、実習生は来た時から借金を抱えた状態になるわけです。もともとは実習実施機関である日本の縫製工場だった企業が、監理団体を運営した方が手数料等でもうかるということで、縫製工場をやめて監理団体になったといった事例も聞きました。ただ、(縫製工場だけが悪いというのではなく)実習生の側が工場に最低賃金を払わなくても良いから土日も働きたいと申し出るケースもある。そのほか実習生が宿泊する寮の設備が整っていないなどの労働環境の問題もあります。

WWD:コロナ禍で実習生にはどんな影響があった?

杉本:出身国への帰国ができないなか、特別措置で延長して働くことは可能ですが、仕事がなくて寮で待機していたという可能性も考えられます。本来であればその際の日本での生活費は監理団体や受け入れ先工場が保証するべきですが、そうなっていたかどうかは分かりません。

WWD:実習生は農業や漁業、工業など他産業も受け入れているのに、特にアパレル分野で法令違反が多数報告されているのはなぜ?

杉本:アパレルは労働集約型産業であるということと、できるだけコストを抑えるコスト至上主義の体制が起因しているでしょう。工場は慢性的な人手不足や高齢化を抱えているのが実態で、苦しい胸の内を聞くこともよくあります。

WWD:問題が広く知られるようになって以降、状況は改善しているのか?

杉本:改善は見られます。企業によっては実習生が日本に来るために払う手数料を負担するところも出てきました。しかし、まだ一部の企業です。もちろん、当初からしっかりとした受け入れ体制をとっていた工場も存在します。実習生を受け入れるにあたり、寮の建て直しをしたり、1人部屋を設けたりしたといった工場の話も聞きました。ある工場では実習生の能力を適正に評価し、工場内で一番高い給料がその実習生に支払われていました。監理団体側も適正な運営を行うところが増えている印象です。

WWD:国際社会からは日本はどんな評価をされている?

杉本:日本でも実際に工場を視察して、労務問題の有無や実態を調査している企業があるにも関わらず、調査した内容をきちんと世の中に公表しているところが少ない。今年6月に米国務省が世界の人身売買防止への取り組みを評価した報告書を発表しましたが、日本は昨年から評価が1段階下がっています。その時も外国人の技能実習制度については「強制労働の告発が続いているにもかかわらず、人身取引事案を1件も認知しなかった」と指摘されています。調査した結果を公に出すことで信頼を得られるということの理解がまだまだ進んでいないようです。

WWD:アパレル産業は細かく分断されているという構造上、サプライチェーン全体の把握が難しいが企業はどんな対策を取るべきか?

杉本:問題が発覚した時に「あそこの工場のことは商社に任せています」という回答はブランドホルダーとして失格です。自分たちが消費者に対して商品を提供している以上、自社で工場を持っている企業はもちろん、下請け工場の現場にまで足を運ぶ必要があります。アパレルに限らず日本はESG(環境・社会・ガバナンス)のうち、環境に対する取り組みはできていても人権の部分が弱いと言われています。島国の日本では、欧米と比較して人権に関する意識が醸成されてこなかった。だからこそ、現場に行って労働者の声を聞く努力を怠ってはいけないと思います。

WWD:日本の縫製企業は日々工場を稼働させることに精一杯で、CSR調達まで手が回らないところも多い。

杉本:中小、もしくは零細企業こそCSR調達の重要性を理解することが大切です。例えば認定団体の監査に費用をかけるくらいなら、オーダーは取らなくて良いという工場もありますが、実際にはそういう監査を受けて正しい運用をすることが将来性につながります。CSR調達とは環境や社会問題を解決するだけでなく、生産計画、品質やコストの改善につながるものです。

WWD:経済的にもCSR調達に取り組むメリットは大きい?

杉本:はい。例えば中国であれば旧正月前にオーダーが集中し、現場では残業が出てきて残業代を払わなければいけない。繁忙期に重ならないように生産計画を組めば、実際には残業の割増賃金を払う必要がなくコストが落ち着く。きちんと管理された労働時間で適正な賃金をもらえれば、働く側も生活が安定し、良いものを作ろうというやる気が出て品質も上がる、という理論です。そこまで見据えて取り組めている企業はまだ少ない印象です。

WWD:ASSCではどんな取り組みを行っている?

杉本:アパレルのみならず幅広い業界の企業活動をサポートしています。サプライチェーンの労務問題についてASSC主催のウェビナーや会員企業用のセミナーなどを実施したり、会員企業が取り引きしている工場の実態調査も手伝います。また企業の意見交換を目的とした「外国人労働者ラウンドテーブル」はASSCの正会員に限らず参加が可能です。さらに11月16日に、ラウンドテーブルから発展して国際協力機構(JICA)とASSCが事務局となり「責任ある外国人労働者の受け入れプラットフォーム」を立ち上げます。そこでは行政や企業を巻き込んできちんとした情報提供をしていきます。改善には個別の企業だけでは難しいこともありますのでASSCの専門性を活かしながらNGOや市民団体とも連携して適正なサプライチェーンの構築のために活用してほしいです。

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