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門脇麦が考える「失踪する人の心」 映画「ゴースト・オブ・ウエノ」が問いかけるもの

日本では、年間8万人以上もの人が行方不明になっているという。彼らはなぜ突然いなくなり、なぜ家に帰れなくなったのか。“失踪”をテーマに、都市の再開発と引き換えに社会から排除された路上生活者たちの行方と魂の在り処を追うように撮られた日・中・韓の合作映画「ゴースト・オブ・ウエノ」が8月8日に公開された。

生活困窮者をサポーするソーシャルワーカーのサツキを演じたのは、門脇麦。かつてたくさんの路上生活者がテント村を形成していた上野公園を舞台に、サツキが探し回る路上生活者の痕跡をともに追うトシ(竹中直人)をはじめ、さまざまな路上生活者が登場する。サツキの視点を通して見えてくる彼らの人生は、なんとなくなかったことにしてしまう社会のムードと切り離して、一人ひとりの人生を見つめるような切実さを感じられる。

本作の製作は、ゴールが決まっていなかったという。「どう着地するのか模索するような日々だった」という映画づくりから、作品が持つメッセージまで、主演の門脇麦にさまざまな話を伺った。

「生きていていいんだ」という思える作品

——本作「ゴースト・オブ・ウエノ」は、どのようなところに惹かれてオファーを受けられたのでしょうか?

門脇麦(以下、門脇):今回、共同脚本を務めたウェイン・ワン監督の映画「スモーク」(1995)がすごく好きでしたし、断る理由がありませんでした。今作はウェイン監督とワン・チイ監督が共同で脚本を書かれていて、国籍でくくりたくありませんが、やっぱり日本人では描かない視点で書かれていると思いました。言ってしまえば、なかなか映画に出てこないであろう人たちのお話になっている。これはやらせていただけるならやるしかないと思いました。

——個人的な話なのですが、私は神奈川県の川崎出身で、川崎駅前にいた路上生活者の姿というのが幼少期の鮮明な記憶として残っています。幼い頃、母から「目を合わせちゃダメ」と言われて、足早に改札を通っていました。ですが、彼らに危害を及ぼされたことはなく、むしろ楽しそうに話している姿を覚えていて。あるとき、大規模な再開発によって路上生活者が全員いなくなってしまい衝撃を受けました。

門脇:わかります。きっと同世代ですね、私も同じような景色をよく覚えています。

——映画を拝見して、私自身本当はサツキのように彼らと話してみたかったのだと気づき、胸が締め付けられました。目を合わせて会話しなさいと言われるのに、なぜ彼らを異質な存在として線を引いていたのかと。門脇さんは路上生活者の方々に対して、どのような印象を持っていましたか?

門脇:私も高校生くらいまでは、街中で路上生活者の方をよく見かけていましたけど、いつの間にか人目につかなくなったじゃないですか。でも、彼らはいなくなったわけではないわけで。どこかで今も暮らしていらっしゃるはずですよね。

その“感じ”と今の世の中がとても近いな、と思いました。枠からはみ出ているものの方が世の中には多いはずなのに、そこは日の目を浴びないように脇に追いやって、いい感じに見えるものだけをピックアップする。発信されている情報もそういった部分があるのではないかと思います。この作品に関わるまであまり考えたことがなかったので、いかに自分がなあなあに生きているのかを痛感しました。そういえば、ワン・チイ監督はよく、「路上生活者と自分は同じだ」と言うんです。

——どういうところが同じなのでしょう?

門脇:言葉にするのが難しいんですけど……自分という存在もカテゴリーからはみ出してしまうタイプで、世の中からすれば異物な存在という意味で共感しているんだと思います。そういう方がこんな映画を撮るという事実が、作品を超越しているなと思います。

——そう聞くと、監督はどういう気持ちで撮っていたのか気になります。

門脇:どうだったんでしょうね。別の取材を受けていたときになるほどと思ったのが、ワン監督は「スモーク」を観たときに自分の存在を肯定してくれたように思えたと言っていました。「僕も生きていていいんだ」と。きっとこの作品も、そういう気持ちなのかもしれないです。関連性のない人が次々と出てきて自分の人生を語り、それがツギハギっぽくつながっている。全員が監督の分身だと思います。

「他人に自分を見る」

——枠からはみ出ていたとしても、そこに存在している理由というのは個人の中にあるんだとサツキと路上生活者のみなさんの会話から思いました。

門脇:今回は、サツキの目線を通して彼らを見るわけですけど「他人に自分を見る」という言葉がぴったりの作品だなと思いました。いろいろな人の話を聞くうちに、不思議と人の話が自分に返ってくるんですよね。サツキというキャラクターが人と会えば会うほどくっきりしてくる感じが、演じていておもしろかったです。

——サツキというキャラクターを、はじめはどんな風に捉えていらっしゃいましたか?

門脇:なるべく何も考えずにいよう、ということだけは決めていました。ただ、映画を観てくださる方と路上生活者の方々との橋渡し的な存在なので、サツキもカテゴリーからはみ出た人ではあるべきだと思っていました。生活困窮者をサポートするソーシャルワーカーという仕事を、わざわざ選択している人なので。

——心身がすり減るような、とても大変な仕事なのだなと思いました。

門脇:私も撮影の間は、ものすごく喰らいました。生活が大変な人たちと毎日対峙するのは本当に大変なことでしょうし、言葉に出来ないくらいすごい仕事だと思います。ただ、彼女も彼女で芯があり、個性もある人なので、それを表現するためのアクセントが欲しいと監督と話して、「イヤーカフとリングを常につけている人」と衣装合わせのときに決めました。

——そこ、すごく気になっていました。福祉のお仕事に携わられている方は自分を着飾らない印象が勝手ながらあったので、毎日身につけているものにサツキの意志を感じました。

門脇:ノーマルな人ではない、というのを見た目から一発でわかるようにしたかったんです。監督ともそこは衣装合わせで合致したので、抱いている人物像が一緒で嬉しくなりました。あとは、ジーパンに、ポケットに手を突っ込めるような黒の服装で柄物やワンピースは着ない。サツキは、自分の個性を隠すことはせず、仕事にも誇りを持っているような人間にしたかったんです。

曖昧なものに溢れている世界

——はじめは、サツキがソーシャルワーカーという仕事とどんな気持ちで向き合っているのか見えないところがありました。ケアの精神というより、いい意味でフラットであり尽くそうとしない。仕事とどう向き合っていたのか、門脇さんは役柄を通じてどんなことを考えて演じられましたか?

門脇:正直、ずっとわからないまま撮影をしていました。でも、監督自身が「確かではないもの」をあえて形にせずそのままにして置いておくような方だったので、それでいいのかなと思っていました。実際に、生きていたら「確かなもの」の方が脆い時もあると思いますし。先ほど、サツキはこの仕事に誇りを持っていると言いましたけど、もしかしたらそれほどでもないのかもしれない。もちろん投げやりなわけではないですし、お父さんを探そうという目的のためでもない。色々なことに可能性をもたせてシーンを積み上げていった先に、サツキという役が浮かび上がれば良いなと思いながら撮影していました。

——作品づくりでもインタビューでも、確かなものを見つけ出そうとしてしまいますが、もっと曖昧なことだらけですよね。

門脇:そうですね。曖昧なものに溢れている世界の中で、曖昧なものをピックアップしていく作業の連続でした。それが結果的に良かったと思いますし、台本を読んだ時点でも混沌とした日々を送りそうだなとわかっていたので。それが楽しみでもありました。撮影に入ると結末に向かってみんなで作っていくことが大半ですけど、この作品は物語の最後がどうなるのか決まっていないまま撮影が始まったんです。

——主演でも、結末を知らなかったんですか?

門脇:主演も監督も全員知らなかったです(笑)。現場で「着地をどうしようか」と話していましたから。竹中直人さんが演じるトシとサツキがどこまで心が通じ合うのか、やってみないとわからないことも多かったので、やりながら探っていました。

それが、映画撮影の正解だとは言わないですけど、そんな経験はなかなかできることではないと思います。みんなで物語の行方を探りながら撮っていく作業というのは貴重な時間でしたし、私は楽しかったです。竹中さんも、そういった今作の現場を楽しんでらっしゃったのではないかと思います。

——今のお話を聞いて納得したのが、映画の中でほんとかどうかわからない冗談を言うシーンがありますが、曖昧な物事がそのまま存在できる空気感というのは、そういう作り方だから実現できたのかもしれないですね。

門脇:映画の中が異物だらけすぎて、あんまり浮いてないですよね。あと、結構な場面がカットされています。全部繋げたら何のお話か分からないくらいにもっと混沌とした内容だったと思います。最終的には観やすい形になっていますが、見えないものが本当はもっと散らばっている作品なのではないかと。カットされたシーンはお客さんには届かないものですが、現場では全員がそれを共有しているわけで。その空気感はきっと、観てくださる方に、伝わるのではないかと思ってます。そう思うと、素敵ですよね?

——とても素敵です。演じる上では何が拠り所だったのでしょうか?

門脇:普段の現場では、求められることに応じて監督はじめ現場の方とみんなで矢印を合わせて、お芝居をしている感じのイメージなのですが、今回の現場は無限大に可能性があったので、全てを手放して方向性も決めずにシーンを撮り続ける日々を送っていました。なので、この物語をどこにゴールさせるのかを探し続ける、ということが拠り所だったと思います。

劇中の竹中さんとの関係も、想像以上に愛情が芽生えたと思いました。物語としてはそうなる方が美しいけれど、あえてそうする必要もないと思っていたので、この撮影期間で私たちはどこに導かれるのかなという探究心だけでやっていました。

——できあがった作品を観て、いかがでしたか?

門脇:あまりにも可能性が無限大だったので、よくここまで観やすく編集されたなと思いました。でも、混沌としたものも空気感としてちゃんと残っていて、そのバランスがよく安心しました。

どうして人は失踪してしまうのか?

——監督との現場で印象的だったことは?

門脇:舞台が上野だったので、監督を含めスタッフさんと7、8人で上野でロケハンがてら散歩をして、中華料理を食べたんです。そこで、なんでもない話をしたり、映画のシーンに出てくるベンチに座って喋ったりしました。監督自身、出自は中国だけれど幼少期は日本で過ごして、大学はイギリスに進学して、経験が広いから頭の中が人の宇宙よりちょっと広い感じがあるんです。なので、一つのことを喋ろうとすると1行で喋られそうなことも100ワードくらい使う(笑)。そういう人の映画なんだな、というのは散歩したときに感じましたし、具体的な話から逸れるような話が現場でも大事だった気がします。

——本作のプレス資料に「ある日突然いなくなった人々はなぜ家に帰れなくなったのか」とありました。本作の中で、日本では年間8万人以上もの人が行方不明になっていることを恥ずかしながら、はじめて知りました。

門脇:私も知らなかったです。いろいろ調べながら、どうして知らないんだろうとも思いました。

——どうして失踪してしまうのか、そのことについてどんなことを考えられましたか?

門脇:きっと、どこにも存在できない人っているのかなって。家族が居たとしても、その中で自分の居場所がわからなくなってしまってあえて手放す人もいるでしょうし、社会的な立場に存在意義を見いだせない人もいるでしょうし。「失踪者」とくくってしまうと姿形が消えてしまった人ですが、自分の中で存在そのものが失踪している人はたくさんいるんじゃないかと思います。体はここにあるのに、魂はどこに行ったらいいのかわからないような。お金持ちの方や一見幸せそうな方が突然失踪するケースも聞くと、もしかしたら彼らは正直者なのかもしれないです。

——きっと、失ってしまうものや恐怖の方が大きいはずですよね。

門脇:それでも、ここが違うと思って手放せるわけですから。もちろん、失踪を選択せざるを得ない人もいますが、そうじゃない人も多いと監督から聞きました。どちらかといえば、この映画は姿形の失踪というよりも心が失踪してしまった人たちにフォーカスを当てているかもしれないですね。

——本作の場合は路上生活者というキャラクターが一つ乗っかっていますが、自分の周りにも心が失踪しかけている人はいるなとお話を聞きながら思いました。

門脇:明日から、自分もそうなるかもしれないですしね。

——ほんとにそうですね。

門脇:この映画をきっかけに路上生活者の方々についてリサーチをして彼らの気持ちを想像したのですがあまり腑に落ちてこなくて、ようやく掴めたのがたくさんの人がいる中でベンチの椅子に座ったときでした。ずっと座っていると、人からの視線がたくさん来るんですよね。

——聞きすぎるのも野暮な気がするのですが、そこからどんな景色が見えたり、心の移り変わりがあったりしましたか?

門脇:人の目が気にならなくなりました。やっぱり多くの人が、自分の立ち位置や身なりを気にしているじゃないですか。好きでやっている人もいますけど、他者の視線の中で生きている人が大半の世の中で、そういう社会からの視線をシャットアウトした人たちが路上生活者なんだと思います。

人間には羞恥心があるじゃないですか。そういうものをかなぐり捨てたとしても、何かを得たかった人が多いのだと思います。みんながみんなそうじゃないけれど、私はそんなことを漠然と考えました。

——社会と自分を切り離すと、自分が自分である場所を探すことになるんですかね。

門脇:そういう人もいるでしょうし、そんなきれい事じゃない人もいると思います。なので、私も「こうだから」という一つの正解を用意するのではなくて、こんな人もあんな人もいるだろうな、と想像しながら決して選ばずにずっと現場に居ました。サツキがどう仕事と向き合っていたのか、トシにどんな感情を抱いていたのか、なにも決めずにその場の気持ちを頼りに探っていく。もしかしたら、ドキュメンタリーの撮り方と近いのかもしれません。

——自分の人生に置き換えても、「こうだ」と決められることはいかに少ないかと思います。だからこそ本作で、なんとなくなかったことにする世の中に自分が巻き込まれていることに気付かされましたし、いろんな感情が引っ張り出されました。

門脇:みんなが何も決めずに撮ったからこそ、(観客の)いろんな記憶が引っ張り出されるのかもしれないですね。ある意味、サツキを通した私のドキュメンタリーに近いと思います。芝居をしてなくて、竹中さんの言っていることを聞いていないときもありました(笑)。それくらい、自然でした。

——路上生活者役のみなさんも、役とは思えないほど自然体でした。

門脇:そうですよね。私も現場に行って、あまりにも馴染みすぎてどの方が役者なのかわからないこともありました(笑)。芝居でどうのこうの、という域ではみなさんなかったです。

——門脇さんにとっても、とても貴重な経験になったのですね。

門脇:こんな映画はこの先、5年10年関わることができないのではないかと思います。効率がどうしても優先されがちな時代に、これだけ効率的じゃない創作現場に携われたことは本当に贅沢で幸せな時間でした。

PHOTOS:MIKAKO KOZAI(L MANEGEMENT)
STYLING:KEIKO WATANABE(KIND)
HAIR & MAKEUP:YOKO FUSEYA(ESPER)

シャツ、パンツ/共にノワール ケイ ニノミヤ、ローファー 1万9800円/ジャンヴィト ロッシ(ジャンヴィト ロッシ ジャパン カスタマーサービス 03-3403-5564)、イヤリング/スタイリスト私物

作品概要

◾️映画「ゴースト・オブ・ウエノ」
8月8日から渋谷ユーロスペースほかロードショー
出演:門脇麦
村松和輝 一本気伸吾 比佐仁 前原実 平野貴大 佐々木史帆 輝有子
愛い姫 フェルナンデス直行 楊心彦 池﨑凛歩 原田文明
竹中直人
監督:ワン・チイ
主題歌:スターダスト☆レビュー「路傍の歌」(日本コロムビア)
脚本:リ・ヤン ワン・チイ ウェイン・ワン 
撮影監督:肖秋雨 
編集:瞿尤嘉 単思琪 
配給:NAKACHIKA 
制作プロダクション:SS工房
©︎2026「ゴースト・オブ・ウエノ」製作委員会
2026年/日本・中国・韓国/92分
公式サイト

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