PROFILE: (左)川崎和也/シンフラックス共同創業者 代表取締役CEO (右)佐野虎太郎/シンフラックス共同創業者 取締役COO

「率直に言えば、かなり大変だった」。川崎CEOはそう振り返る。SFDR Article 9に準拠する投資家からの出資を受けるためには、事業内容だけでなく、経営、リスク管理、将来の影響まで含めた膨大な情報開示が求められた。詳細な質問票に対し、社内での再調査や数値整理を重ねるプロセスは、2019年創業のスタートアップにとって決して軽いものではない。「ただ、その分、非常に多くのことを学んだ。欧州市場に本気で向き合うとはどういうことなのか、その前提を理解できたことは大きかった」。評価されたこと以上に、評価に至るまでの過程そのものが、重要な経験だったという。
規制を縛りではなく、判断のための参照点として読む
SFDRをはじめとする欧州規制は、日本のファッション業界では「厳格」「対応が大変」といった印象で語られることが多い。しかし川崎は、そこに別の読み方があると指摘する。「規制は、単に守るためのルールではない。経営やものづくりをどのように改善できるかを考えるための参照点でもある」。読み解くことで、すでに実装できている点、逆に十分に整理できていない点が可視化される。「重要なのは、どう解釈するかだ。恐れるか、設計に組み込むかで、意味は大きく変わる」という。
川崎CEOはEU規制の前提にある「ダブルマテリアリティ」の重要性を強調する。この「ダブルマテリアリティ」はここにきて扱われることが増えているキーワードだ。もともとは会計や非財務情報開示の文脈から生まれた概念で、企業活動が環境や社会に与える影響だけでなく、環境や社会の変化が企業の財務や事業に与える影響を、同時に捉えることを意味する。この考え方が本格的に前面に出てきたのは、EUがサステナビリティを倫理や理念ではなく、経済の前提として位置づけ始めた2020年前後以降のこと。気候変動や生物多様性の喪失が、企業の事業継続や収益に直接影響を及ぼすリスクとして認識されるようになったことが背景にある。だからSFDRや企業サステナビリティ報告指令(CSRD)など、近年のEU規制は、このダブルマテリアリティを前提に設計されている。
今回の投資を通じて、川崎が特に印象的だったのも、この前提だった。「企業が環境に与える影響だけでなく、環境の変化が企業経営にどのような影響を与えるかまで評価される。その前提が明確だった」からだ。
海面上昇が起きた場合、ビジネスにどのような影響が及ぶのか
佐野COOが強く印象に残ったのは、企業の価値やリスクを精査するデューデリジェンスの進め方だった。一般にデューデリジェンスというと、事実関係や数値の確認といったチェック作業を想起しがちだ。しかし、今回求められたのは、それだけではなかった。「質問票は、単なる事実確認ではなかった。一定の前提条件を置き、その場合に何が起きるかを想定する、シナリオ設計に近い作業だった」。洪水や海面上昇が起きた場合、シンフラックスのビジネスにどのような影響が及ぶのか。クラウドサーバーや計算リソースをどこに依存しているのか。それらが環境変化の影響を受けた場合、どのような代替手段が考えられるのか。「データセンターの立地や廃熱が地域環境に与える影響など、直接的ではない要素まで含めて整理する必要があった。因果関係を一つずつ確認していく作業で、環境と経営を一方向ではなく、相互に影響し合う関係として整理することが求められる」と佐野COO。つまり半分は実績、半分は想定。「環境は固定された条件ではなく、変化するもの。その変化を前提に経営や設計を考える、という姿勢が徹底されていた」と振り返る。
サステナビリティを経営言語に変換する
シンフラックスの取り組みが特徴的なのは、こうした議論を抽象論で終わらせない点にある。同社の特徴である「アルゴリズミックデザイン」は、設計段階で素材使用量を最適化し、廃棄を削減する。その効果は環境価値だけでなく、経営指標にも直結する。「最大で、使う布の量を15〜20%削減できるケースがあり、これは、粗利に直接影響する」からだ。
川崎CEOは意図的に「利益率」という言葉を使う。「環境に良いからやる、という説明だけでは納得されない。経営にどう効くのかを明確に示すことが重要だ」。この価値は、ブランドだけでなく、OEMやODM、縫製工場といった生産側にとっても同様だ。量産工程ほど、設計の最適化はコスト構造に影響を与える。
欧州とアジアを結ぶ動きを本格化させたい
今回の資金調達を経て、シンフラックスは欧州とアジアを結ぶ動きを本格化させたいとする。「私たちはデジタル技術を軸に、国境や産業構造の制約を越えて、ファッションのつくり方を変革することをミッションとしてきた。今回欧州の投資家が株主に加わったことで、この言葉が理念にとどまらず、海外のビジネスや投資の文脈でも、現実的に語れる段階に入ってきたと感じている。今後はグローバルブランドや生産拠点との連携をさらに深めながら、ミッションの実装に向けて事業を加速させていきたい。資金はそこを担える人材に投資をする」。
ロンドンでの展示や、アジアのサプライチェーンとの連携もその一環だ。「蓄積してきた知見を、自社だけのものにするつもりはない」と川崎CEO。欧州規制は大企業だけの課題ではなく、中小企業や工場にとっても、いずれ向き合う必要のある条件だ。「僕ら自身も大企業ではない。それでも、対応できた。その経験は共有できると思う」。