
ミンテルは、日用消費財に特化した市場調査会社だ。ロンドンに本社を置き、韓国やインド、シンガポールなどアジアを中心に、アメリカやブラジルなどにも拠点を構える。世界86の国・地域で毎月発売される4万点以上の日用消費財(食品・飲料、美容・化粧品、家庭用品、ヘルスケア、ペットケアなど)の新製品を検索できるデータベース(Mintel GNPD)と、各国で実施している消費者調査を組み合わせてトレンドを分析したリポートを発行し、世界中のメーカーに提供している。長谷川怜子ミンテルジャパン 美容・化粧品部門 プリンシパルアナリストに、2025年の化粧品市場の動向と26年のトレンド予測を聞いた。
25年の化粧品市場を特徴づけるキーワードは「競争の激化」
WWD:25年の化粧品市場を象徴するキーワードは?
長谷川怜子ミンテルジャパン 美容・化粧品部門 プリンシパルアナリスト(以下、長谷川):去年から継続して、各国で共通して見られた重要なテーマの一つが「競争の激化」だった。日本市場でも韓国コスメやD2Cブランドの参入が相次ぐ中、持続的なイノベーションを含め、いかに差別化を図っていくかが課題として挙げられた。
「サステナビリティ」も、毎年欠かさず議論されるテーマとなっている。一方で、各国のデータを見ると、「サステナブルな製品であっても、現状より高い価格は払いたくない」との声が多数を占める。サステナビリティと価格の両立が今後の課題といえる。
WWD:今年の消費者行動で、特徴的だった動きは?
長谷川:アメリカや中国を含む主要国で経済の先行き不透明感が強まる中、消費者は価格に対して一層慎重になっている。類似製品では、価格の安い方を選ぶトレードダウンの傾向が顕著に見られた。同様の理由から、アメリカでは“デュープ(模倣品)”文化も拡大。デパコスに類似する安価な代替品を検索・比較できるウェブサイトが、今年は特に存在感を高めた。
WWD:日本の消費者はどうか?
長谷川:日本の消費者は他国と比べて、もともと価格に対する感度が高い傾向にある。事前に製品をリサーチし、店頭で実際に試してから購入する行動が一般的だ。今年は、生活必需品では節約を徹底する一方、趣味や娯楽など自身の充実感につながる分野では積極的な消費を行う“メリハリ消費”が目立った。この動きは今後も継続すると予測している。
WWD:どのような製品が投資の対象となったのか?
長谷川:化粧品カテゴリーで特に注目されたのは、高機能・高付加価値のスキンケア製品だ。韓国ブランドも、従来はカラーコスメが中心だったが、24年11月のデータではスキンケアへの関心がそれを上回った。成分理解が進む中で、その価値を分かりやすく打ち出した製品が支持を集めている。
こうした動きを裏付けるように、コロナ禍前の23年に日本で行った調査では認知度が非常に低かった「シカ」成分も、年々理解が進んでいることが分かっている。より肌の奥まで届く成分や、有効成分そのものへの関心が高まっている点も特徴だ。
全カテゴリーに広がる「スキンケア化」
WWD:今年注目を集めたイノベーションは?
長谷川:日焼け止め(サンケア)分野の進化が際立った。例えば、韓国最大手のビューティ企業アモーレパシフィックが展開する「アイオペ(IOPE)」の日焼け止め美容液“UVシールド サン アンプール”[SPF50+・PA+++](40mL、28.95ドル=約4500円)は、紫外線防御にとどまらず、美白やシワ予防、肌のバリア機能へのアプローチといったスキンケア発想を取り入れている。日本市場でも、紫外線対策とスキンケア効果を両立させた製品が相次いで登場している。
WWD:カテゴリーを横断して共通していたキーワードは?
長谷川:頻出したのは「スキニフィケーション(スキンケア化)」だ。サンケアに加え、メイクアップからヘアケア、ボディーケアまで、スキンケア発想の広がりが見られた。足元では保湿や美白といった分かりやすい訴求が中心だが、今後はより科学的エビデンスを強化した製品が増えていくだろう。
WWD:カテゴリー別で特に変化を感じた領域は?
長谷川:スキンケア分野での変化が特に大きかった。これまで主流だったエイジングサインへの対処から一歩進み、肌の健康寿命を延ばす「ロンジェビティ」という概念が、各国で活発に議論された。現段階では大手メーカーの動きが中心だが、今後はヘアケアなど周辺カテゴリーにも波及する可能性が高い。
また韓国最大級のヘルス&ビューティ専門店オリーブヤング(OLIVE YOUNG)は、「健康的な美しさ」というビジョンを体現するウェルネス特化型プラットフォーム「オリーブベター(OLIVE BETTER)」を来年第1四半期に立ち上げると発表した。実店舗2店とオンラインを組み合わせ、インナーケアやアロマセラピー、睡眠・メンタルケア、ダーマコスメなど、“体の内側から整える”ライフスタイル全般を取り扱う構想だ。ウェルネスをどのように消費者に浸透させていくのか、その戦略が問われる。
WWD:成分面で進化を感じたポイントは?
長谷川:PDRNのグローバルな広がりだ。韓国では美容医療の現場で使われる成分として早くから浸透していたが、日本では「サーモン由来DNA」というインパクトのある訴求が認知拡大を後押しした。現在は植物由来成分も登場し、スキンケア以外のカテゴリーにも応用が進んでいる。今後は、他の成分やデリバリー技術と組み合わせた処方開発が加速すると予想している。
ミニコスメやChatGPTが切り開く新たな購買導線
WWD:今年広がりを見せた販売チャネルや売り方の変化は?
長谷川:コンビニエンスストアで展開されるミニコスメの存在感が高まった。韓国ブランドの参入が相次ぐ中、12月12日には中国コスメ「ジュディードール(JUDYDOLL)」もファミリーマートでの販売を開始した。手に取りやすい価格とサイズ感、かわいらしいパッケージが特徴で、まずは試し、気に入れば通常サイズを購入するという導線ができている。ブランドにとっても、全国規模で展開でき、消費者の反応を測るテストマーケティングの場として機能している。
さらに11月には、ChatGPTにショッピングアシスタント機能が導入され、新たな購買導線として注目されている。これまで消費者は、Google検索やブランドのSNSアカウントを起点にECサイトへ遷移するケースが一般的だったが、今後はChatGPT上で製品を比較・検討し、そのまま購入行動につながる可能性も広がる。メーカーにとっても、こうした新たな接点を意識した取り組みが求められそうだ。
WWD:市場の競争が激化し、韓国コスメの勢いも強まる中、日本企業の課題は?
長谷川:日本と韓国の化粧品メーカーの大きな違いは、開発スピードだ。韓国のメーカーは短期間で製品化し、新製品を次々と市場に投入しながらトライアンドエラーを重ね、消費者行動の変化に柔軟に対応している。一方、日本のメーカーは開発に時間をかける分、技術力や研究水準は高いが、その強みを消費者に十分に伝えきれていない。世界に向けた発信力の強化が求められている。
26年を読み解く三つのキーワード
WWD:26年のトレンド予測は?
長谷川:26年のトレンドを読み解く上で、まず挙げたいキーワードが「代謝から見る美容」だ。「ウェルネス」や「予防」という考え方がさらに進化し、細胞レベルの健康に焦点を当て、最先端のテクノロジーを取り入れる動きが広がっている。バイオマーカー(体の状態を示す生体指標)の検査や代謝のモニタリング、バイオインテリジェンス技術の発展により、家庭でも自分の体の状態を把握し、エネルギー補給や水分バランス、細胞修復を最適化する個別ケアが可能になりつつある。
次に注目したいのが、「五感の相乗効果」だ。美容はもともと、香りや質感、色といった五感に訴える体験と密接に結びついてきたが、これまでは副次的な要素として扱われることが多かった。しかし、「どのような体験を得られるか」が価値の中心となる中で、感覚を刺激すること自体が、購買動機となりつつある。メンタルヘルスへの関心の高まりを背景に、香りで気分を整える機能性フレグランスや、神経科学の応用、VRなどの没入型テクノロジーといった新しい発想が、日々の美容習慣をより豊かで五感に響く体験へと変えていくだろう。
そして三つ目が、「アルゴリズムを超えて:人間らしさの革命」だ。消費者はアルゴリズムが生み出す“完璧さ”に疲れを感じ始め、人間らしさや感情、不完全さを含んだ「リアルな美しさ」に価値を見いだしている。製品開発においても、全てをAIに委ねることで個性が失われるリスクがあり、人の感性との協業が重要になる。過度に計算されたマーケティングから、テクノロジーと人間らしさのバランスを取り戻す動きが加速していくと予想される。
本文中の円換算レート:1ドル=156円、1リンギット=38円