ファッション

慶應大学発ファッションサークルが提案する、新たな花嫁像 Part.2

慶應大学発の学生服飾団体Keio Fashion Creator(ケイオウファッションクリエイター)は、常にファッションを通じて疑問を投げかけ、新たな社会の形を模索してきた。毎年9月に発行するルックブックでは、所属学生がグループに分かれ、衣装作りからビジュアル制作までを一貫して行う。

今年のルックブックのテーマは、「アンチ-ロマンス(ANTI-ROMANCE)」。純白のウエディングドレスや満面の笑顔といった、美徳や幸福の象徴として伝統を確立してきた今までの花嫁を伝統から解き放ち、新しく再構築する。全3回にわたる本連載では、各グループに所属するデザイナーに取材を行い、それぞれが描く新たな花嫁像について聞く。2回目の今回は、グループ3、4のデザイナーに話を聞いた。

グループ3
「失われた信仰を蘇らせる花嫁像」
資本主義によって形骸化した花嫁の少女性を表現

Keio Fashion Creator取材担当(以下、KFC):メーンテーマ「花嫁像の解体と再構築」で意識した点を教えてください

久松花(以下、久松):現在ブライダルは産業化しており、花嫁が「祝祭の演出」の一部のように扱われていると思います。信仰的な意味合いや、本来の神聖さはどんどん薄れ、「仰ぎ見る対象」の形骸化が起きていると感じました。

ルックには、その“消費される花嫁像”を一度解体し、もう一度純粋な信仰や内面的な神聖さへ立ち返らせたい、という思いを込めています。解体のプロセスでは、犠牲や信仰の意味を持つ「山羊」と少女性を象徴する「ロリータ」のシルエットを重ね、資本主義の中で作られた虚像を露わにしました。

金泉凛(以下、金泉):普段のルック制作では個人で完結することが多いのですが、今回はあえてペアワークを採用し、その利点を最大限に活かしました。今まで花嫁像について特別考えたことがなく、最初は“解体”と聞いてもイメージが湧きませんでしたが、私と久松に共通する興味について話し合い、私たち自身の視点を起点に花嫁像の解体と再構築へとつなげて構想していきました。

ペアワークだからこそ、お互いが抱く違和感を率直に持ち寄り、言葉にしていくことができました。その過程で、「ある種の神聖さが失われつつあることへの嘆き」という感覚が共通していると気づき、それを今回のテーマへと昇華しました。相手との対話を通じて、お互いが納得できる着地点へと必ず辿り着くことを大切にし、2人だからこそ提示できる花嫁像を導き出すことができたと感じています。

KFC:今回、解釈した新しい花嫁像とは?

久松:私が提示したいと考えたのは、祝福の場において、消費の対象となる花嫁ではありません。そうではなく、より個人の内面に深く結びつき、信仰や純真さといった人間が本来持っていたはずの精神性を内に宿す、「救済の花嫁」という新たな像です。「「祈り」をもう一度呼び戻すような存在を描きたいと思いました。

それは、大人たちが抱えてしまった虚無や信仰喪失を静かに受け止め、悲しみつつも、無垢なまなざしを持ちながら未来を祈り直す、そんな花嫁像です。

金泉:私たちが解釈した花嫁の姿は、現代社会の中で信仰を喪失してしまった大人たちやビジネス化したブライダルを嘆く少女です。それを“カワイイ”少女の姿に投影しました。学生だからこそ、夢のようなことを馬鹿みたいに語ってしまうと感じるかもしれませんが、その感じ方ごと大切にしたいと思っています。

KFC:ルックで使用されている白い薔薇や背中についている天使の羽はなんのモチーフとして用いていますか?

金泉:薔薇は撮影の小道具としてカメラマンとディレクターに用意してもらったものです。羽については、よりやわらかいイメージを足したくて最後に作りました。

グループ4
「花嫁/花よめの間で揺らぐ花嫁像」
批判と憧憬を往還する現代女性を表現

KFC: メーンのテーマ「花嫁像の解体と再構築」で意識した点を教えてください

廣藤匠海(以下、廣藤):本企画は、伝統的な花嫁像から個人の意思に基づく自由な選択へと変遷する視点を前提に、新たな花嫁像を描こうとするものです。一方で、「自立した女性像」を理想視するあまり、「従順さ」「純潔」「家庭を守る役割」といった女性像を一面的に古いものとして批判する風潮も見られます。他方で、伝統的な花嫁姿に距離をとりつつもなお、白無垢やウエディングドレスに憧れを抱く人が多くいるのも事実です。

僕は、この両立された矛盾する思想の中に、現代社会に生きる繊細な女性像が表れていると考えました。そこで本ルックでは、伝統的花嫁像を否定も肯定もせず、その曖昧さや矛盾そのものに光を当てることを重視しました。

鈴木裕未(以下、鈴木):「花嫁像の解体と再構築」というテーマの導入としてヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin)の評論「複製技術時代の芸術」を参考にしました。花嫁像において“アウラ(=オーラ。ベンヤミンが評論で示した芸術論上の概念で、作品のオリジナリティーに根ざした唯一無二の存在感や権威のこと)”がいかに存在するか、そして現代においてその“アウラ”がいかに保持され、あるいは失われているのかを探りながら作品制作を進めました。さらに、現代のSNS等での拡散や複製の中で、その“アウラ”が将来的に存続しうるのかについても考察を行いました。花嫁像が複製されていく過程において生じる、花嫁が持つ匿名性と個性のゆらぎに着目して制作しました。

KFC:今回解釈した新しい花嫁像とは?

鈴木:私たちが解釈した新たな花嫁像は、「花嫁」と「花よめ」に分類できます。「花嫁」は結婚産業やメディアなどの社会規範の中で繰り返し複製され、広く流通することで、無意識のうちに消費の対象となる公共的記号。それに対して、「花よめ」は、子ども時代の憧れに根ざす個人的な原像だと考えました。そしてそこには依然として、代替不能の崇高さ=“アウラ”が宿っていると考えます。大量生産されたイメージが支配する現代においても、結婚への本質的な願望は複製されることなく、本人だけの輝きを放ち続けるのです。

廣藤:本企画のように、結婚経験のない学生ですら花嫁に意見を言える時代が到来したのは、フェミニズムや女性の社会進出に加え、SNSの影響が大きいと考えました。

SNSでは、実体験がなくても自己投影や想像が働き、受け手は自ら体験したかのように感情を昂らせます。その結果、結婚を実体験していないわれわれでも、制度的弊害を語りうるのです。元来、結婚の儀礼性から一回性の重みを持たせていたはずの花嫁像は、こうしたSNSなどの影響で、何度でも結婚可能なものへと変容しました。しかし花嫁への憧憬は依然として残存しています。

デジタルメディアで共有された経験は、受け手の感覚や記憶と切り離すことができません。花嫁体験の共有もまた、制度に対する批判的な言論にとどまらず、情動的反応を繰り返し呼び起こす働きを持っているのだと思います。

幼い頃に抱いた「およめさんになりたい」という憧れや、親戚の結婚式で花嫁姿を見て胸を打たれた記憶は、社会的な記号として批判の対象となる「花嫁」とは別の「花よめ」として、いまも個々人の中に残っています。そのため、花嫁に関する語りは「批判」と「憧れ」のあいだを行き来し、女性の中に思想と感情のずれを生みだします。

今回私たちが解釈した新しい花嫁像は、こうした批判と憧れが同時に存在する姿そのものであり、特定の誰かではなく、誰にでも重ねられる、矛盾を抱えた普遍的な女性像に近いといえます。

KFC:モデルがいない特徴的なルックですが、その理由を教えてください

廣藤:本ルックの狙いには、「没個性・匿名性の追求」と「儀式性の表現」という2つの 狙いがあります。「誰でもあり、誰でもない普遍的な女性像」をつくることを目標にし、SNSで記憶が複製され、憧れが呼び起こされていくプロセスそのものをデザインに取り込みました。

まず、匿名性を成立させるためには「顔」を排除する必要があります。しかし、モデルが顔を持つ限り、どれだけ個性を消そうとしても、その人自身の存在がどうしても立ち上がってしまいます。そこで、顔を持たず、統計的に測定された平均的な日本人女性の身体を備えるマネキンを使用しました。これにより、没個性で匿名的な女性像が明確になります。

さらに本ルックではマネキンを、単なる「人型」ではなく造形作品として扱うことで、儀式性を強調しています。本ルックは、マネキンを除くと「大剣」「スカート/チェアカバー」「円形の集合」で構成されています。

「大剣」は、子どもが結婚式に触れたときに感じる荘厳さや、ドレスの圧倒的なスケール感を、大人にも体感してもらうためのものです。3.2mのサイズで制作し、石化したような質感に仕上げました。

「スカート/チェアカバー」は、結婚式でよく見る椅子のチェアカバーをそのまま転用し、スカートとして組み直したものです。衣服と儀式的な装置を共存させる意図があります。

「円形の集合」は儀式とは直接関係しませんが、SNSにおける記憶の複製を象徴しており、こちらも「モノ」を介して儀式性の文脈へと接続されています。

儀式というのは本来、人間が行う行為ですが、その象徴性を際立たせたい場面では、むしろ「モノ」が主役になり、人間の存在感は薄れます。そのため、本ルックでも同じように、マネキンを彫刻的に扱い、生身の人間を排して構成しました。結果、サイズはコンパクトながら、儀式性の表現をある程度実現できたと考えています。

Keio Fashion Creatorについて

2002年発足、服飾専門学校 ESMOD JAPONと提携し、2010年からファッションショーを毎年開催している学生団体。ルックのデザインから縫製、ファッションショーの演出までを毎年自分たちで行い、社会に対する問いかけや主張を「服」や「ファッションショー」を通じて表現する。
Instagram:@Keio_fashioncreator
X:@keio_fc

■Keio Fashion Creator 2025 Collection

日程:12月21日
時間:1stショー/17:00会場、17:30開始、2ndショー/19:00開場、19:30開始
開場:テレコムセンター アトリウム
住所:東京都江東区青海2-5-10
観覧料:無料

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