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瞑想から見出した境地 ニューエイジ/アンビエントの巨匠ララージが語るインプロヴィゼーション論「驚きへの扉、未知への扉、新たなものへの扉」

ジャズ・トランペッター、ドナルド・バードが1973年にブルーノートから発表した名盤「Black Byrd」の制作背景に、自由な即興に打ち込むララージ(Laraaji)の姿があった、という歴史的事実は、もっと知られてもいいのかもしれない——。

テン年代のニューエイジ/アンビエントのリバイバル現象を経て、あらためて評価の目が向けられるようになったララージこと本名エドワード・ラリー・ゴードン。過去作の再発や新作のリリースはもとより、とりわけ近年はコラボレーションの数も多く、カルロス・ニーニョからバッドバッドノットグッドやシャバカ、さらにはクロノス・カルテットのサン・ラー・トリビュートまで共同作業を行い、精力的な活動を展開している。代名詞と言える弦楽器ツィターの演奏で参加することもあれば、ヴォイスのみを吹き込むこともあり、コラボレーションの仕方も一様ではない。ニーゼロ年代に入りますます存在感が増しているミュージシャンと言っていいだろう。

そんなララージは1943年フィラデルフィア生まれ。もともと黒人系大学の名門ハワード大学で作曲とピアノを学び、卒業後はニューヨークで俳優活動をしつつジャズロックのバンドでエレクトリックピアノを演奏していた。だが1972年に瞑想を始めてから唯一無二の音楽キャリアを築き始めていく。鍵となるのは即興への傾倒だ。実際、その後も彼のキャリアにおいて即興は重要な要素であり続け、半世紀近く経過した2018年のインタビューでも彼の音楽を自ら形容するとしたら「美しい即興音楽」と呼ぶと語ったことがあった*。近作である初のピアノ・ソロ・アルバム「Sun Piano」(2020年)も即興演奏によって奏でられていた。

ララージはなぜことほどさように即興に打ち込んでいるのか。彼にとって即興とはいかなる概念なのか。あるいは即興と録音の関係性を彼はどのように捉えているのだろうか**。コロナ禍を経て6年ぶりに来日を果たしたララージに、その活動の中核を成す即興演奏をテーマに真正面から話を訊いた。

自由な即興が生んだドナルド・バードの名盤の収録曲

——あなたの活動において非常に重要なことの一つは即興(improvisation)ではないかと思うんです。

ララージ:まさに。即興は入り口だ。驚きへの扉、未知への扉、新たなものへの扉。即興は私にとって非常に重要な要素で、拠り所でもある。普段、楽譜に書き起こすことはしない。その瞬間に身を委ね、即興が生まれるままに任せることに頼っている。それが私の音楽の基盤だ。ただし、私の音楽はすべて即興だが、その根底には意図があり、私たちが存在するこの世界を理解した上で即興を行っている。

——楽譜に書き起こさないとのことですが、ドナルド・バードのジャズファンク名盤「Black Byrd」(1972年録音)に収録されている「Where Are We Going?」は、作曲クレジットにラリー・マイゼルと連名でラリー・ゴードンと記されています。ラリー・ゴードンはあなたのことですよね?

ララージ:そうだ、私のことだ。私はドナルド・バードと会ったことはなかった。だが、私とラリー・マイゼルは、楽器を持って一つ屋根の下に座り、ただ自由な即興演奏に没頭した。そこでは数多くの曲が生まれ、この曲もその一つだった。その後、マイゼルが曲を携えてカリフォルニアへ移り、ドナルド・バードと共に「Where Are We Going?」を制作した。そして後に、同じ曲を使ってマーヴィン・ゲイとも共同制作をしたんだ。

瞑想をきっかけに見出した即興演奏の境地

——そうだったんですね。あなたは若い頃に大学でクラシックピアノを学ばれていましたが、もともとは作曲家になりたいという志望があったのでしょうか?

ララージ:ああ、コンポーザーになりたかった。それで私はハワード大学に通っていた。そこではピアノと音楽理論、そして作曲を学んだ。大学では純粋な作曲を学び、即興演奏は独学で習得した。なぜなら、瞑想から即興演奏の境地を見出したからだ。瞑想は私に、即興演奏の中に新たな音楽を生み出すことができることを示してくれたのだ。瞑想によって、私は内なる自発性を信じることができるようになり、可能性の広がりを感じさせてくれた。

——つまり、瞑想を始めたことをきっかけとして、コンポーザー志望から即興が中心となるような活動へ切り替わっていったと。

ララージ:そういうことになる。たとえばレコーディングや演奏の前に瞑想的な状態になって座ること、それが私に「新たなもの」を信じさせてくれる。ただしそこで重要なのは、準備された状態のメディウムで即興演奏をするということだ。つまりスタジオでチューニングを準備し、使用する楽器を整える。言い換えれば、自分が即興演奏する「要素」を事前に把握している。

——そのスタンスは、即興演奏を始めた1970年代から現在まで変わらないのでしょうか? それとも変化がありますか?

ララージ:スタイルは変わらない。今も常にある種の意図を設定している。私は普段、プラクティスもするし、ヨガや呼吸、そして「笑い」も取り入れている。これらすべてが、即興を信頼できる扉を開いてくれる。だが昔に比べて、瞑想は深みを増し、即興はより冒険的になってきた。その意味では変化があるとは言える。

ジャズにおける即興とララージの即興

——先ほどドナルド・バードの名前を出しましたが、ジャズも即興を重要な要素とする音楽です。ジャズにおける即興と、あなたにとっての即興には、共通するところがあるでしょうか? それとも異なるものですか?

ララージ:ジャズの即興と私の即興は同じものだと思う。ジャズの即興演奏は、音階の範囲内で行われる。まずテーマ(もしくは主旋律、主題)で始まり、そこから自由に展開し、再びテーマに戻ってくる。私もテーマを基に演奏を進める。まずテーマを捉え、そこから即興を始める。そして再びテーマへと戻る。テーマとは音楽の中で認識可能な要素だ。メロディーである場合もあれば、繰り返される音である場合もあり、それによって聴き手が「ああ、あの聴いたことがあるテーマだ」と感じられるようなもののことだ。そこに、さらに新たな即興を加えていく。いわば探求だ。そう、即興とはまさに探求なんだ。

——あなたが瞑想から即興に開眼した1970年代は、たとえばフリージャズやフリーインプロヴィゼーションなど、即興という観点で新しいことを試みるミュージシャンが各地から出現した時代でもありました。当時あなたが即興という観点で特に興味を持ったミュージシャンはいましたか?

ララージ:あまり広範には聴かなかったが、アルバート・アイラー、ジョン・コルトレーン、ピアノのボビー・ティモンズはよく聴いていた。それからチック・コリアとハービー・ハンコック。彼らの音楽には構造がある。

——それらのミュージシャンはライブで聴いていたのでしょうか? それともレコードで?

ララージ:1970年代当時、ジャズクラブへ足を運ぶことはなかったが、今挙げたミュージシャンたちのレコードについては知っていた。ジョー・ザヴィヌルも聴いていたね。時折、誰かの家を訪ねた際に彼らの音楽を耳にすることはあったが、実際にコンサートで聴く機会はなく、ラジオや録音で聴く程度だった。ああ、それからもちろん、マイルス・デイヴィスも。

ララージが考える即興と録音の関係性

——レコード、つまり録音物で即興音楽に親しんでいたというお話は興味深いです。即興演奏の録音はドキュメントに過ぎないという考え方がある一方、即興演奏を録音することで新しい価値を生み出すという考え方もあります。あなたにとって、即興と録音の関係性はどのようなものと捉えていますか?

ララージ:レコーディングをする際、そこには音以上のものがある。たとえば身体的な動き。アーティストの感情的なボディ・ランゲージなどがそうだ。音源ではそれらを捉えることはできない。一つの音は聴こえても、そのアーティストがまさにその一音を目指して動いている様子は見えない。だがその代わりに、自発性や探求心、つまり自然と湧き出るような探求の瞬間を捉えている。それらは、後になってその音源を聴く人にインスピレーションを与えることができる。

——インスピレーションを与えるような探求の瞬間が捉えられていることに、即興演奏を録音することの意義を感じると?

ララージ:そうだ。特に熱を込めて録音している時はなおさら、その熱は音源を通じて伝わり、その先にある誰かの心に届くことがある。たとえば「Om Namah Shivaya」(1984年)という私の作品がある。あれは40分間の自然と湧き出るような録音で、声には情熱と自発性が溢れていた。聴く人々がその録音を楽しむのは、そうした情熱と自発性を感じ取れるからだ。あの音楽には書き記された構造は存在していなかった。付け加えると、私が即興演奏をする時は、水、火、空気、大地、宇宙といった五大元素のような内なる視覚的イメージを頻繁に用いている。あるいは天使たちが踊る姿を想像したり、海の波を想像したりする。

「天上の音楽」を求めて

——あなたは即興演奏をする際にさまざまな楽器を使用しますが、やはり一番象徴的なのはツィターだと思います。あなたにとってツィターとはどのような楽器でしょうか?

ララージ:私は概してツィターを「天上の音楽」と呼んでいる。天上の音楽とは、新しい音楽や即興音楽のための器であり、多くの余地を与えてくれるものだ。星々、他の銀河、星座——想像力は身体から、もしくは地球から飛び立つことができる。そして想像力は音楽を通じて他の惑星に触れることができる。別の観点から話そう。ツィターには36本の弦があり、3と6を合わせると9となる。9は完成や完全を意味する数だ。つまりツィターは宇宙の縮図、完全なる宇宙そのものなのだ。だから、私がツィターを演奏する際には、実は宇宙と調和しているとも言える。

 

——世代や国籍を超えてさまざまなミュージシャンとコラボレートしていることもあなたの特徴です。即興という観点で共感できる、またはおもしろいと感じる同時代のミュージシャンを教えてください。

ララージ:たとえば、メアリー・ラティモアというハープ奏者。あとはカルロス・ニーニョもいる。それからミア・ドイ・トッドというシンガーソングライターも。シャバカもそうだ。彼らには即興的な雰囲気と美しさがある。美しい音楽を可能にしてくれるようなアーティストなんだ。あとはフォークロックのジャンルで言えば、ビッグ・シーフともコラボレーションしている。彼らとは即興ボーカルやツィターで共演をした。実際に会ったことのないアーティストとインターネットを通じて仕事をする機会も数多くある。アルバム制作中のさまざまなアーティストと音楽を創り上げるのを楽しんでいるよ。

*小林拓音「ニューエイジの伝説かく語りき──ララージ、インタヴュー」(ele-king ウェブ版、2018年12月30日公開)
https://www.ele-king.net/interviews/006675/

**少なくないジャズ・ミュージシャンやインプロヴァイザーがしばしば即興演奏の録音をあくまでも記録に過ぎないと見做す一方、たとえばブライアン・イーノ——ララージを世に送り出した人物でもある——は録音によって即興演奏が作曲上重要なものとなったことを指摘している。後者に関して詳しくは原雅明「アンビエント/ジャズ——マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜」(Pヴァイン、2025年)を参照。

PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA
TRANSLATION:MIHO HARAGUCHI

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