PROFILE: オーレリアン・ギシャール / 「マティエール プルミエール」調香師・共同創設者

フランス発フレグランス「マティエール プルミエール(MATIERE PREMIERE)」(以下、マティエール)の調香師・共同創設者であるオーレリアン・ギシャールが来日した。ブランド名はフランス語で“原料”。ギシャールは長年、「ゲラン(GUERLAIN)」や「グッチ(GUCCI)」などさまざまなブランドの香水の調香を手掛けてきたマスターパフューマーだ。「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」や「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」など日本のブランドとも協業してきた。自身のブランド「マティエール」の立ち上げには、ミニマルでモダン、機能性を大切にする日本からの影響も大きかったという。日本では、ブルーベル・ジャパンが輸入販売を手掛けている。来日した彼に、「マティエール」を立ち上げたきっかけやブランドの哲学について聞いた。
香りを通して原料そのものの姿を浮かび上がらせる
ギシャールは、「三宅一生さんから大きな影響を受けた。自然に敬意を払いながら、伝統と現代のコントラストを描くことが、私が目指すクリエイションだ」と話す。そこで、自然そのものの美しさや原料の持ち味をクリエイションで生かしたいと2019年に立ち上げたのが「マティエール」だ。長年、フレグランス業界で活躍してきた彼は、複雑な調香により原料そのものの香りが隠されているのを残念に感じていた。彼は、「マーケティング中心ではなく、原料そのものから始まるオーセンティックなブランドを作りたかった」と言う。
自身のブランドを立ち上げる第一歩として始めたのが農業だ。フランスでは農業を始めるにも免許が必要。それを取得して本格的に原料の有機栽培を始めた。自社の農場ではセントフォリアローズと流通している香料のほとんどがインドで生産されるチュベローズを栽培。「調香師にとって一番大切なのが原料だ。豊かな味わいのワイン同様、テロワール(土壌)に敬意を払い、これら原料を栽培して香料の抽出、調香、マセレーション(熟成)まで全て自社で行う。このように香水作りの手工業としての工程も守っていきたい」。自社で栽培する原料以外も世界中から自然由来のものを選りすぐり採用している。
「マティエール」の香りは、ローズやネロリ、バニラなど素材そのものの香りを最大限に生かしたシンプルなものばかりだ。それ以外の香料は、中心の素材を引き立てる脇役として使用されている。「メーンの原料をふんだんに使う。香りは、シンプルであればあるほどクオリティーをごまかせない。世界各地で取れる原料の美しさとクオリティーを直接感じられるはずだ」と話す。彼が目指すのは、香りを通して原料そのものの姿を浮かび上がらすことだ。
香りの持続性の高さと広がりは贅沢に使用する原料から
世界的なフレグランスブームにより、多くのニッチブランドが登場している。「マティエール」の一番の特徴は、高濃度で香料を配合している点。通常の香水に使用される原料は15%程度、残りはアルコールと水だが、「マティエール」では主要となる原料を全体の約70%以上使用している。だから、賦香率が高く持続性がある。ギシャールは、「贅沢に素材を使っているので、重くならずフワッとかすみのように香りが広がる」と話す。すれ違った人が「それ何の香水?」と聞いてくる香りの良さと広がり方が「マティエール」の一番の特徴だという。「調香師はある意味、建築家のようなもの。香料が建築物の柱だとしたら、アルコールは建築物の中の光や流動性、それらどう組み合わせるかがポイントになる」。香りをどのように拡散させて長時間持続させるかが調香師の腕の見せ所だ。生命力に溢れる香りは、長年業界で活躍してきたギシャールの原料と調香のこだわりから生まれる。
シンプルでエフォートレス、ユニバーサルなブランドを目指して
多くのブランドでは、さまざまな調香師が香りを手掛けるのがトレンドだが、「マティエール」ではギシャールが全てを監督している。「トレンドやムードで変化するのではなく、ブランドとして一貫したスタイルのフレグランスを提供する」。「マティエール」の強みは、香りの品質の高さとモダンなアプローチだ。伝統的な香水は、トップ、ミドル、ラストとピラミッド的にさまざまな香料を組み合わせた複雑なものが多い。ギシャールは、「(それが)贅沢かもしれないが、私からすると、ちょっと古い。『マティエール』では、クオリティーは高く自分が着けたいと思うシンプルな香りを提案する」と話す。ファッションも今はエフォートレスなものが中心。香水もノージャンルでジェンダーレス、オケージョンレスに楽しめるものこそモダンだという考えだ。
ニッチなブランドが続々と登場する中で、より一層クオリティーやクリエイションが重要になってくる。「マティエール」が目指すのはグローバルブランドになることではない。「バラやチュベローズといった原料そのものの魅力は普遍的で誰もが感じ取れるもの。それを価値のあるものとして届けるユニバーサルなブランドを目指す」。