「エモーショナル」な時計作りを語ったステファン・ランダー=グッチ タイム ピーシズ プレジデント(左)
WWDジャパン5月25日号の付録とした時計別冊(定期購読者のみ)は、「WWDジャパン」にとって初めての試みだった。このために1月の「国際高級時計展(通称S.I.H.H.)」と3月の「バーゼルワールド(以下、バーゼル)」を取材して、導いた別冊のテーマは、「時計はファッションだ!」。「ディオール」の時計を源泉であるオートクチュール・コレクションとともに紹介したり、ウエアとの共通点が多い新作時計を発表したブランドをピックアップしたり、時計専業ブランドの新作でさえ、ファッション界のトレンドに基づき編集した。ファッション紙として、機構のみならずスタイルの側面から時計に迫りたかったのはもちろんだが、「別冊を、このテーマで作っていいんだ。作るべきなんだ」と確信させてくれたのは、昨秋以降時計の取材を始めてから、最近ファッションの世界でたびたび耳にする言葉を時計業界でも頻繁に聞くからだ。「エモーショナル」という言葉だ。
WWDジャパン5月25日号時計別冊から抜粋。「ディオール」は1948年のオートクチュール・コレクションのドレスにインスピレーションを受けた時計を発表した
例えば今回の「バーゼル」では、タグ・ホイヤーの最高経営責任者(CEO)からグッチタイムピーシズのプレジデントになった業界の大ベテラン、ステファン・ランダーが「時計はクリエイティブで、エモーショナル、トレンディ、そしてアバンギャルドであってほしい。エモーションは『グッチ(GUCCI)』にとって、時計でも欠かせないもの」とコメント。エモーショナルな時計を目指し、アーティストのウィル・アイ・アムとともにスマートウオッチの開発に着手したことを表明した。
複雑機構を搭載した「ジャケ・ドロー」の時計。右は親子の鳥が動き、ヒナにエサを与える
また、同じく「バーゼル」で創業者のジャケ・ドロー親子が得意とした、空気の力で小鳥がさえずり動くオートマタ「シンギングバド機構」を搭載した腕時計を発表した「ジャケ・ドロー(JAQUET DROZ)」のクリスチャン・ラトマン上級副社長も、「才能の塊であり、アートにも造詣の深かった親子を源流とする時計を作りたいと考えた。数年前、そのアイデアを職人たちに打ち明けたら、皆が賛成してくれた。あれから数年、ようやく完成した時計には、職人たち、そしてブランドに携わる大勢のエモーションが詰まっている」と話す。一見すると無機的な時計の世界で、これほどまでに「エモーション」「エモーショナル」という言葉が出てくるとは正直驚きだった。
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「エモーション」が求められるファッション業界とメディア
冒頭で話した通り、この言葉(=エモーショナル)は、最近ファッションの世界でもしばし登場するキーワードだ。ファッションの世界では近年、皆がクオリティーのアップを模索しているため、素材や縫製で差別化することが難しくなっている。さらに消費者は「長く着たい」と願うようになっているから、デザインは総じてシンプルな方向にシフト。その傾向は、最近耳にする「ノームコア」「ユニフォーム性」「スタンダード」などの言葉が表現しているだろう。結果、洋服はデザインにおいても独自性が発揮しづらい状況だ。クオリティーやデザインでの差別化が難しくなれば、アイデンティティー確立への道は価格か、「エモーション」しか残されていない。だからこそ特にデザイナーズブランドの世界では、クリエイションのトップに立つ人間が幼いころから現在に至るまでに見て、聞いて、感じてきたことを洋服に反映し、彼ら・彼女たちの「エモーション」が垣間見える洋服を生み出している。
最近飲食や音楽、アートなどに進出し、ライフスタイル化を図るブランドが増えているのは、さまざまな切り口からデザイナー、もしくはブランドの「エモーション」を表現し、消費者に体感してもらうための一手だ。ファッション業界は今、その世界を広げることで「エモーショナル」になろうと画策している。
2015年S.I.H.H.で発表された「ヴァシュロン・コンスタンタン」の時計
だからこそ手首に巻く、直径わずか4cm程度の、小さな小さな時計の世界に携わる人たちから「エモーション」という言葉が出てくるのは驚きだった。しかしあらためて考えてみれば、そんな商品に莫大な時間と金を費やし、創業260周年の「ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)」を筆頭にあらゆるブランドが自らの歴史を重んじ、その中には、伝統的なファミリービジネスという形態にさえ今なおこだわっているメゾンが残っている時計業界は、アツい想いがなければとても続かない。特に機械式は、時計に求められる精度の面においては、どんなに頑張ってもクオーツやスマートウオッチにはかなわない。なのに敢えて機械式時計を作り続けるなんて、そこには表しきれないほどの「エモーション」があるハズだ。それに気付いた時、これまでも、これからも「エモーショナル」な人と、彼ら・彼女たちが生み出すクリエイションとビジネスに迫る「WWDジャパン」は、機構を書き連ねるよりむしろ、その機構の実現に際しての「エモーション」を、「エモーショナル」に伝えていきたいと思った。
余談ではあるが、「エモーション」が求められるのは、メディアも同様だ。新聞である「WWDジャパン」でさえ、記事には記者の「エモーション」があってしかるべきと考えている。今はメディアが多すぎる。そして週刊紙「WWDジャパン」は即時性という点においては、ウェブメディアには到底かなわない。だからこそ、読者に選ばれるためには、取材でつかんだ事実を羅列するだけでなく、「エモーショナル」な要素を盛り込みたい。ただ、「エモーション」を抱くには、普段から取材を続け、考え続けることが必要だ。「エモーション」が伝わる記事が書けるよう、自分自身はもちろん、後輩を育てていきたいと思う。
※文中の肩書き・事実関係・為替レートなどは2015年6月1日時点のものです