フォーカス

「ウブロ」の女性トップに聞く「女性が生きる職場づくり」

 スイスの高級時計ブランド「ウブロ(HUBLOT)」で現地就職し、アジアパシフィック リージョナルディレクターまで上りつめ、現在はLVMHウォッチズ ジャパンCEOも兼務するのが坂井実和氏だ。男性が多い時計業界でキャリアを築いただけではなく、女性支援プロジェクトを仕掛ける坂井ディレクターにこれまでの経歴と「女性の活用」について話を聞いた。

WWDジャパン(以下WWD):これまでのキャリアパスは?

坂井実和「ウブロ」アジアパシフィック リージョナルディレクター 兼 LVMHウォッチズ ジャパンCEO(以下、坂井):実家はかなり伝統的な法律一家でした。私も何となく法律の道に進もうと考えて、東京の法律事務所に勤めたのですが4年くらいで「自分には合わないな」と思って辞めました。アート関係でマーケティングの仕事を並行しており、マーケティングに強く惹かれて、フランスでMBAの取得を目指しました。

WWD:MBA取得後のキャリアは?

坂井:帰国後は「タグ・ホイヤー(TAG HEUER)」を担当しました。マーケティングをやりたい気持ちは強かったのですが、当時は女性にとってPRの方が就職しやすかったんです。その後は「ウエラ(WELLA)」の高級香水部門で、日本と韓国のマーケティングを4年ほど担当しました。

WWD:そもそも時計業界には興味があった?

坂井:マーケティングの職務経験がなかったので、MBAを取得してもそもそも面接にたどり着きませんでした。応募して返事があったのが3社くらいで、その一つが「タグ・ホイヤー」です。当時、「イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT)」にいた知人が「タグ・ホイヤー」に転職することもあって、PRとして入社しました。時計業界に入りたかったというよりは、とにかく足がかりが欲しかったんです。

WWD:当時の時計業界は、やはり男性社会だった?

坂井:PRは女性が多いので、男社会という印象はありませんでした。けれど営業に異動すると、周りはみな男性でした。最初入った時は、周りから秘書としか思われていなかった。ミーティングをするときも全員、男性です。

WWD:「ウブロ」本社があるスイスに行った経緯は?

坂井:ビジネススクールで出会ったインド人の夫と結婚することになったのがきっかけです。私は「インドに住みたくない」、彼は「日本に住みたくない」と主張し合い(笑)、しばらく遠距離が続きました。彼がある日、「やっと中立の国が見つかった」と話したのがスイスでした。彼は普段からビジネスのアドバイスをしてくれて、プライベートでも最大限のサポートをしてくれました。

WWD:スイスに行ってからは?

坂井:スイスでも、就職活動に大苦戦しました。活動し始めて5カ月が経過した時に、地元紙で「ウブロ」の名前を見かけました。「ウブロ」は日本市場を拡大するための通訳を募集していましたが、面接の際に「通訳には興味ないです」と言いました(笑)。日本を伸ばすなら、セールスマーケティングをやりたいとオーナーに直訴したら、「まずは日本に1週間行って、好きなことをやってこい」と言われました。

WWD:日本での1週間は何を?

坂井:日本ではミステリーショッパーとして、店舗を全て回りました。代理店とPR会社にも会って、日本市場における「ウブロ」のさまざまな問題点を洗い出しました。

WWD:スイスに戻ってからは?

坂井:オーナーに日本市場での問題点をプレゼンしました。そうしたら、「来週から出社してください」と言われました。2002年12月の出来事です。最初はセールスマネージャーとして入社しましたが、日本人もいなく、女性もいない。会社は30人くらいの小さな組織でした。入社して1年後くらいに、ジャン・クロード・ビバー(Jean-Claude Biver)=現LVMHグループ ウォッチディヴィジョン プレジデント 兼 「ウブロ」会長 兼 「タグ・ホイヤー」CEOが入社しました。

WWD:ビバー会長は女性を積極採用していた?

坂井:ビバーが入社した時、「ウブロ」はまだまだ小さいブランドで、優秀な人材を確保するのが難しかったんです。そこで、引退した65歳以上の時計師を雇用していました。また当時は、スイスでも女性の地位が認められるのは難しい状況でした。そこでビバーは「女性を雇ったら、男以上に頑張るはずだ」と思ったのか、女性を積極的に雇用し始めました。

WWD:ビバー会長との仕事経験があるからこそ、組織としての多様性を大事にしている?

坂井:男性が多い時計業界において、女性は周囲の意識を変えるきっかけになると思います。同僚の意識が変わったし、当時「女だから」と言っていた人たちの意識も変わった。女性でも活躍できる環境を目の当たりにして、それを見ている部下の意識も変わりました。女性の部下も「頑張ればGMになれるんだ」と勇気付けられたと思います。

WWD:坂井さん自身は?

坂井:ビバーには「とにかく失敗をしろ。1回は認めてやる、2回やるとクレーム、3回やるとクビだよ」と言われてきました。この言葉のおかげで、さまざまなことにチャレンジできたし、臆せず意見を言うこともできました。

WWD:本社では多様な雇用の具体的に取り組んでいる?

坂井:スイスはもともと保守的な国ですが、今の環境に変えてくれたのはビバーだと思います。08年くらいに本社を移転したのですが、その際に託児所を社内に設置したんです。業界で初めてのことだと思います。とにかく女性が働きやすい場所を作ろうとしていたのは、ビバーでした。今でも出社すると子どもたちが元気に遊んでいます(笑)。

WWD:女性が実際に活躍していることが、女性を支援する「HUBLOT LOVES WOMEN PROJECT」※に繋がった?

坂井:4年くらい前「日本経済新聞」の一面に、“女性活用”という言葉が登場しました。これを見たときは「やっとこんな時代が来たんだな」と思いました。この言葉を見て以来、「私も、何かやりたい」という気持ちがずっとありました。「ウブロ」の女性マーケットが20%程度と開拓の余地が大きいのも理由です。女性のチームを組んで、ようやく開催にこぎつけたのが2016年の秋です。

※「HUBLOT LOVES WOMEN PROJECT」
「ウブロ」は女性の起業支援などを行う「HUBLOT LOVES WOMEN PROJECT」を昨年スタート。16年10月には“今、最も輝いている女性””“今、最もパワフルな女性”“今、最も美しい女性”を表彰する「HUBLOT LOVES WOMEN AWARD」を開催し、女優の米倉涼子が受賞した。同アワードに続くプロジェクトとして、「HUBLOT LOVES WOMEN AWARD for Entrepreneurship」を開催。起業を検討している、または起業をしていて事業拡大を計画する女性を対象に、200万円の資金をサポートするもの。世界中の一流シェフが月替わりで、日本の食材を使って料理を振る舞うレストラン「Chef Stage Tokyo」の開業を目指す平井幸奈さんが受賞した。

WWD:仕事ではビバー会長が、プライベートでは旦那さんが後押ししてくれた。

坂井:そうですね。あとは、このプロジェクト自体が後押ししてくれました。LVMHグループは3月、各国で行った女性に関するプロジェクトを表彰したんですが、日本からは3ブランドのプロジェクトが選ばれ、そして私たち「ウブロ」のプロジェクトは、日本の取り組みの中で唯一、トップ10に選ばれたんです。高い評価をいただいたことで、自分への後押しになりました。

WWD:プロジェクトの手応えはいかがでしたか?

坂井:20〜50代の幅広い女性の方々に応募いただきました。最優秀賞を獲得したのは、20代の女性です。本当に直前まで決められないくらい、素晴らしいプロジェクトが多く集まりました。優勝した方にはレストランをオープンしたいと言う目標があり、将来的には「ウブロ」と協業できればと思っています。プロジェクトについても、今後も続けて行きたいです。

WWD:ここまで頑張れる原動力は?

坂井:私自身は、こんなに仕事するつもりはなかったんです(笑)。高校生の時に留学したことが印象に残っていたのかもしれません。旦那のサポートがあるおかげで、仕事に専念することができます。上司であるビバーをはじめ、周囲の環境に恵まれていたからこそ、今の私があると思います。