ニューヨークを拠点に活動する現代美術家の松山智一による最新映像作品「モーニング アゲイン(Morning Again)」が現在、タイムズスクエアで公開されている。本作は、世界最大級のパブリックアートプログラム「タイムズスクエア アート ミッドナイト モーメント」の一環で、約100面におよぶ巨大LEDスクリーンをジャック。4月1〜30日の期間中、毎晩23時57分から24時までのわずか3分間だが、都市の景観そのものを作品へと変貌させる。
在米25年、多様な人種と価値観がせめぎ合うアメリカのアートシーンに日本人アーティストとして挑み続けてきた松山。その歩みの延長線上にある今回のプロジェクトは、キャリアを象徴する到達点のひとつと言っていいだろう。資本主義の象徴とも言えるタイムズスクエアという空間で提示した本作に込めた思い、そして世界を相手に走り続ける、尽きることのないバイタリティの源泉に迫る。
WWD:今回のプロジェクト「タイムズスクエア アート ミッドナイト モーメント」への思いは?
松山智一(以下、松山):このプロジェクト自体は以前からよく知っていて、ニューヨークで作品を発表するようになってから、いつかやりたいプロジェクトだった。タイムズスクエアではこれまで、巨大な立体など視覚的インパクトの強い作品が多く発表されてきた。資本主義の象徴でもあり、ニューヨークのコマーシャリズムやコンシューマーカルチャーが極まった場所でもある。そうした空間で美術作品を発表すること自体が、とても挑戦しがいのあることだ。だからこそいわゆる清らかな美術を持ち込むのではなく、この場所だからこそ成立する作品、ニューヨークというローカル感をしっかり意識した作品にしたいと思った。
WWD:オファーの経緯は?
松山:はっきり覚えてはいないが、話自体はそんなに前ではなく、1年も経っていないくらい。僕自身、これまで世界各地でパブリックアートを手がけてきたこともあって、主催団体が作品を知ってくれていた。実は以前も、一度声をかけてもらったことがあった。ただその時は、話が流れてしまって。今回はかなりのスピード感で進んだ。時期については「さすがに1月や2月は寒すぎるので、春がいい」と伝えたところ、4月に決まった。
プロジェクト自体は10年以上前から知っていて、ブラジルの双子のアーティスト、オスジェメオス(OSGEMEOS)が参加したとき「こんなことができるんだ」と強く印象に残り、以来ずっとやってみたいと思っていた。その後もデイヴィッド・ホックニー(David Hockney)やオラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)ら、さまざまなアーティストがそれぞれ異なるアプローチで関わっていて、その積み重ねを見てきたことも大きかった。
WWD:このプロジェクトはキャリアの中でどう位置づけられる?
松山:パブリックアート自体は数多く手がけているから、このプロジェクトでキャリアが大きく変わるという感覚はあまりない。ただ美術の世界はヒエラルキーがはっきりしていて、限られた文脈の中で評価が積み上がっていく構造でもある。その中でタイムズスクエアのように人の流れが圧倒的な場所で作品を発表するのは、普段アートに触れない人にも届く場でもあるので、やはり特別な意味があり責任も感じている。
僕自身はもともとコンシューマーカルチャーやポピュラーカルチャーの影響を受けてアートを制作していて、それらを美術の文脈に翻訳することを貫いてきた。今回はそのアプローチをより開かれた形で伝えることを意識している。
多様性とインディペンデントな精神が
交差するアメリカのエネルギー
WWD:最新映像作品「モーニング アゲイン」で、“見えない力を可視化する”というテーマに至った背景は?
松山:まずタイムズスクエアが何を象徴しているのかを考えた。あそこは資本主義の象徴でもあり、今のアメリカを体現している場所でもある。実際に歩いてみると、星条旗があったり、路上でパフォーマンスをしている人やキャラクターの着ぐるみがいたり、非常に混沌としていて面白い空間だ。ニューヨークに住んでいると日常的に行く場所ではないが、それでもニューヨークらしさが凝縮されている場所だと思う。
そこで「見えない力」とは何かを考えたときに、アメリカの魅力は個人のインディペンデンスに対する寛容さにあるのではないかと思った。発言の自由があって、多様な意見が共存し、それを議論することが許されている。その状態そのものを作品として表現したいと考えた。何か一つの価値を提示するのではなく、さまざまな価値観が同時に存在している状態、そのプロセス自体を可視化すること。それが今回のテーマだ。
一方、3分間という限られた時間の中で、あれだけ情報量の多い空間で人の注意を引きつけ続けることは簡単ではなく、作品としてどう成立させるかについては試行錯誤を重ねた。
参加したアーティストの多くは映像やCGを専門としていて、画家は3人しかいなかった。僕は絵画をベースに映像を構築していくので、制作のスケールは、ほとんど映画や音楽作品に近いものになる。これまでも映像と協働してきたが、今回は規模も複雑さも増していた。特に難しかったのは、タイムズスクエアという特殊な環境。約100面近いスクリーンを、どうすればひとつの作品として成立させられるのか?設計については、エンジニアと約2カ月かけて検証した。
友人のファンタジスタ歌麿呂君には、アニメーションの部分に入ってもらった。AIも取り入れたかったので、サイバーエージェントと協業しながら映像を制作した。ただ、いわゆるCG的な表現や既存のアニメーションには寄せず、その中間にある新しいビジュアルを目指した。そのため複数のチームと協働し、結果的にかなり膨大な作業量になった。
制作は、自分の絵やテキストをもとにストーリーを構築するところから始まり、そこに既存の作品と新たに描き下ろした要素を重ねながら展開する。アメリカンキルトや荒野を走る馬といったモチーフを通して、この国の歴史や文化を多層的に組み込んだ。バスケットボールやホットドッグスタンドも出てくる。そうして完成した作品を振り返ると、今回も自分が納得できるところまで追い込めたと思っている。3分という短い時間だが、最後まで目が離せない作品になった。
WWD:「モーニング アゲイン」は、タイムズスクエアという特殊な空間の中で、どのように構成したのか?
松山:まず前提として、タイムズスクエアのスクリーンは世界でもトップレベルの解像度で、しかも低い位置から街全体を覆うように配置されている。歩いた瞬間に視覚的に圧倒される、他の都市にはない空間だ。ただ、あれだけのスクリーンがありながら、実は一元管理されているわけではなく、それぞれのオーナーが個別に運用している。そのため映像を完全に同期させることはできず、どうしてもズレが生じてしまう。まずはその制約の中で、作品としてどう成立させるかを考える必要があった。
最初に着想したのは「ホワイトアウト(吹雪などで視界が真っ白になり、方向や地形の識別が不可能になること)」だった。情報があふれている場所だからこそ、いったんすべてを白で覆ってからスタートすることが、最も強い表現になるのではないかと考えた。そこから人の肌の色を想起させるストライプが現れ、さらに植物のモチーフが重なっていく。植物は文化ごとに異なる意味を持つため、そこにアイデンティティを託している。
作中に登場する人物は、すべて実在する知人たち。これまで同様、サンプリングの手法を用いながら、今回はより現実に根ざした存在として構成している。中心となる4人は、それぞれ変容性やジェンダー、身体性、都市性といった要素を象徴する「4つの柱」として機能している。最終的には、多様な人種や価値観を持つ人々で画面を満たし、肌の違いやジェンダー、世代といった境界は曖昧になっていく。その状態を通して、ニューヨークという都市そのものを表現しようと試みた。
WWD:タイトルの「モーニング アゲイン」に込めた意味は?
松山:移民問題をはじめ多くの課題があるが、アメリカはもともと移民の国であり、本来は自由を掲げてきた場所だと思っている。そこでこうした状況の中でも、未来にはなお希望があるという思いから「朝」という言葉を選んだ。もう一度、新しいスタートを切ることはできる。そうした意味を込めて、「モーニング アゲイン」にしている。
宗教と現代をつなぐ
“翻訳”という手法
WWD:これまでの作品では宗教的なモチーフも印象的だが、そうした要素はどのように取り入れている?
松山:両親の仕事の関係で幼少期はアメリカに住んでいて、ずっとアイデンティティの問題と向き合ってきた。アメリカにいたときも、日本に帰ってからも、自分はどこにも属していないような感覚が続いていた。ただ近年、多様性やジェンダーといったテーマが社会の中で広く認識されるようになり、自分の思いが少しずつ共有されてきた。
キリスト教の教育を受けて育ったから、宗教的な背景の影響も大きい。キリスト教を信仰の拠り所にしているわけではない。あくまでひとつの文脈として捉え、宗教が伝えてきたメッセージを現代的に翻訳している感覚に近い。キリスト教が現代の価値観とズレていると感じる部分もあるが、そのズレ自体が、今の社会を考える上では重要。例えば受胎告知をテーマにした作品でも、現代の視点から見るとどう映るのかを考える。当時は神聖とされていた出来事も、今の価値観で捉え直すと違った意味を持ちうる。そのギャップを可視化することで、宗教的な物語を現在に引き寄せている。
こうした構造は、ポップカルチャーにも通じている。作品にはたびたびバスケットボールが出てくるが、アスレティック・カルチャーでも特定の人物が神話的に持ち上げられていく。マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)を“ブラック・ジーザス”と呼ぶよう、宗教的な構造と現代のカルチャーは重なり合っている。
タイムズスクエアのような場所では、そうした現代の欲望や価値観がすべて可視化される。自分はその背後にある構造を、宗教的な文脈と組み替えながら提示している。すると言語や背景が異なる人とも、作品を通して共通の理解が生まれる瞬間がある。それは、自分がアメリカで制作を続けていてよかったと感じる大きな理由の一つだ。
WWD:アメリカの多様性や社会のあり方をどう捉えている?
松山:「アメリカの多様性が分断されている」と言われることがあるが、僕はそうは思っていない。少なくともニューヨークは、世界のどの都市よりも多様性を与えてくれた場所だと感じている。僕がアメリカで活動しているのも、日本では十分に得られなかった機会を、この国が与えてくれたから。ここに来たことで、作家としてグローバルな視点に引き上げられた実感がある。
もちろん、「アメリカに行けば何とかなる」という考えにも限界はある。ただ一方で、この国は人々が積極的に声を上げ、行動する社会。プロテスト文化が根付いていて、その動きが社会を少しずつ変えていく。そこにチャンスがあり、それがアメリカの強さだと思う。
社会批判や政治批判を目的に作品を作ろうとは思っていない。批評は言葉が担うものであって、アートは別の方法で世界と関わるものだと考えている。最近はネイティブ・アメリカンについても学び始めた。この国がどのように成り立ってきたのかを理解するためだ。今に至るまでには「神の意志」を掲げて領土拡大を正当化してきた歴史があり、その過程では美術がプロパガンダとして機能してきた側面もある。そうした歴史を踏まえると、現在も多くの人がそれぞれの立場から声を上げ続けている理由が見えてくる。アメリカは、声を上げることで社会が変わり得る国。だからこそ、僕は政治的な批判そのものよりも、異なる価値観がぶつかる中で立ち上がる「リアリティ」に興味がある。それを知ることが、自分自身のルーツを理解することにもつながっている。
時代を切り取ったアーティストによる
“ここに在る”という3分間
WWD:本プロジェクトを経て、今後取り組んでみたい表現やアプローチに変化はあった?
松山:新しく何かを始めるというよりは、これまでの流れが、そのままつながっている感覚に近い。美術作家が何をしなければいけないのか、その本質をとても大切にしている。僕は、やはり画家。美術館という場で、自分が描いた絵を発表していく。そうしたクラシックな文脈の中で、一歩ずつ積み重ねながら進んでいく。その中で残っていくことに意味がある。100年後に振り返ったとき、「2025、26年という時代を切り取っていたアーティストだった」と言われることが大きな軸だ。
WWD:「モーニング アゲイン」をご覧になった方に、どのような感覚や余韻を持ち帰ってほしい?
松山:まずは3分間、しっかり見てほしい。今は生きている実感を持ちにくい時代でもあると思うので、それをもう一度感じてもらえたらと思う。3分という短い時間だが、2時間の映画を観たときと同じくらいの体験に近づけたいと考えた。あれだけのスケールで作品に包まれる感覚は、なかなか得られない。「作品に包まれるって、こういうことなんだ」と感じてもらえたら嬉しいし、その中で「自分がここにいる」「在る」という実感を持ち帰ってもらえたらと思う。