2016年、当時21歳だった林陸也デザイナーが立ち上げたブランド「シュガーヒル(SUGARHILL)」の洋服には、単なるスタイルを超えた文脈が息づいている。その背景には、古着やモーターカルチャーといった無骨なアメリカ由来の価値観と、インディペンデントな音楽シーンをはじめとした日本的な感性や美意識が潜む。さらに素材の質感や色味の探求、シルエットや再構築した独自の構造が重なり、唯一無二のビジュアル言語を生み出してきた。
26年、10周年という節目を迎えた同ブランドは、アニバーサリーランウエイショーを6月17日に東京で開催する。イベント前に「シュガーヒル」の現在地をおさらいすべく、筆者はブランドと林デザイナーの成長を間近で見守ってきた5人にインタビューを敢行した。林デザイナーが文化学園大学、ここのがっこう、ニューヨーク・ファッション工科大学(FIT)を経て入学した武蔵野美術大学で出会った恩師・津村耕佑。公私で支え合うバンド、「踊ってばかりの国」のフロントマン・下津光史。海外セールスを担うパリのエージェンシー、アンタイトルド(Untitled)のトーマス・ティストゥネ(Thomas Tistounet)。ミックスメディア「カーサービス(CarService)」でディレクターを務めるなどマルチに活躍し、同世代で切磋琢磨し続ける関係の Kei Hashimoto。「シュガーヒル」ファンの1人であり、ビームス(BEAMS)の長塚淳。それぞれの視点から語られる言葉を通して、「シュガーヒル」を立体的に探る。
津村耕佑
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーとの出会いを教えてください。
津村耕佑(以下、津村):彼が私のゼミに参加したのがきっかけで、ファッションの専門学校を経ていたから基本的な洋服を作ることができる学生という印象でした。というのも、空間演出デザイン学科なので他のゼミ生の多くは洋服を作ることを目指していたのではなく、演出や写真、グラフィック、ウェブデザインがメーンでしたから。当時、すでに「シュガーヒル」を立ち上げていて、学校の課題とブランドの仕事を完全に別物として分け、課題は完成度が求められず自由に取り組めるのでアート寄りのブリコラージュ作品が多かったイメージです。
ーー学生時代の林デザイナーの印象的な思い出やエピソードはありますか?
津村:卒業コレクションのファッションショーは印象的でしたね。武蔵美のファッションショーは、過剰な演出やコスチューム要素が強い世界観勝負になりがちなのですが、彼はいわゆるモデルが歩いて出てきてそのまま帰る、オーソドックスな王道ショーを披露したんです。余計な演出をせずとも歩くだけで洋服が魅力的に見え、ウォーキングもスピード感があり、音楽は他の美大生が使わないようなロックテイストで、違う風を感じましたね。
ーー「シュガーヒル」はどんなブランドと認識していましたか?
津村:正直なところ、美大生のブランドの多くは全てが手仕事で労力と値段が見合わず作るほどに赤字だったり、ビジネス以前のアーティスティックでトライアルな内容ばかりなので、在学中は本気でやっているとは認識していませんでした。ですが、卒業後に展示会の案内が来たので伺うと、すでに量産化が整いビジネスに乗せる体制もできていましたし、奇抜ではなくリアリティのある洋服が並んでいたので驚きましたね。また、その頃の美大では「デニムはダサい」といった感覚をまだ引きずっていたのですが、日本にはデニム産業があるうえに廃れない素材で、労働着というハイソサエティに対するカウンター的な位置付けや工芸的な要素もあり、人と共に育つ素材として愛れるデニムを選んだのは、クレバーなチョイスだなと。
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーの魅力とは?
津村:私の世代は、アバンギャルドだったり、無理して派手なことをしたり、地に足が付かないスターデザイナーになることを優先し、ビジネスを考えずに2~3シーズンでダメになるブランドが多い時代でした。デザイナーが前に出すぎると熱狂が生まれやすい分冷めやすく、デザインは本質的にはアノニマスで、モノがあれば良いので裏側の作っている人間は重要ではない。その点、「シュガーヒル」は不定期にランウエイショーを行うのでメディアなどに取り扱われる回数が少なく、日本のブランドだと認識していない人も多いはず。この世間との適度な距離感の取り方が、狙っているのかどうか分かりませんが器用ですよね。それに、ライフスタイルに根差す形もすごく良い。例えば、街のパン屋は毎日同じパンを売っているけど、それを目当てに毎日人が通う。要するに、一定の固定ファンが生まれているということです。
下津光史
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーとの出会いを教えてください。
下津光史(以下、下津):6年ほど前に東京某所へ引っ越したタイミングで、「近所に住んでます」みたいなインスタグラムのDMをもらったのが始まりですね。もともと共通の知り合いは多く、風の噂で存在は知っていたのですが「シュガーヒル」のことは全く知らず。だから最初は、“音楽やバイクのセンスが良い若い男の子”みたいな認識で、しばらく遊ぶようになってから徐々にデザイナーであることが分かっていきました。第一印象は、「僕が知らなくて、あなたが知ってることを教えてください!」みたいな感じで、あの人懐っこさは才能だと思いますし、いつも何言ってるか分からない関西人と付き合ってくれて感謝しています(笑)。
ーーその後、2022-23年秋冬コレクションのショーでランウエイBGMを担当するなど深い関係になっています。どういった部分で2人は共感していったのでしょうか?
下津:彼は服で、僕は詩ですけど、「マス受けのやり方ってどうなの?」みたいな基本原理が共鳴していて、もはやデザイナーではなくアーティストとして捉えていますね。僕含めてバンドは感覚が鋭すぎる分、他分野の方々と関わりを持った際にビジネス的な側面が強いと離れてしまうこともあるんですが、陸也とは友達スタートだから変にビジネスな空気感もなくて、缶コーヒーとタバコで済んでしまうんですよ。22-23年秋冬コレクションの際には、彼からブランドを運営するうちに気付いたことやしんどい経験をいろいろと聞いていたので、その話をもとにショー用の尺に合わせて作った「知る由もない」という楽曲を演奏しました。「シュガーヒル」の洋服自体も、よくステージ衣装で着させてもらっていますね。
ーー下津さんから見て、「シュガーヒル」の5年、10年を振り返るとどう変化したと感じますか?
下津:悩んでは固くなって次の課題に取り組んで、また悩んでは固くなっての繰り返しだと思います。シーズンごとに流行り廃りはあって、シルエットやディテールが変わったとしても、1つひとつのデザインに潜む“陸也節”が一貫してブレていない。この10年、意思を貫く強さの信頼が世界から強固となり、本人も自信が付いたと思います。間違っていなかったことを自覚するのが表現者としての飛躍の第一歩で、これは誰しもが成し遂げられることではありませんから。
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーの魅力とは?
下津:今、ちゃんと着られる洋服を貫き続けているブランドは本当に少ないし、良い意味でアパレル業界へのビートニクからのアンサーというか、洋服自体がロックハートを忘れていないんです。
トーマス・ティストゥネ
ーー「シュガーヒル」の印象を教えてください。
トーマス・ティストゥネ(以下、トーマス):日本的な感性とアメリカ文化への理解、そこに音楽的影響をユニークに融合したことで、力強く他に類を見ないビジュアル・アイデンティティーを形成し、さらに優れたクラフツマンシップとコレクション構成へのこだわりが、一線を画す存在にしていると思います。また、的確なクリエイティブアプローチとディテールへの気配り、メード・イン・ジャパンのクオリティーといった日本らしいファッション美学を持ち合わせているため、国外での成功の可能性を存分に秘めていると感じますね。
ーー「シュガーヒル」との契約の決め手は?
トーマス:以前から「シュガーヒル」の歩みに注目しており、もっと深く知りたいという強い関心と好奇心がありました。そんな中、リクヤさんと直接話す機会があり、そこでブランドの本質とビジョンの明確さを実感して深く心を動かさ、パートナーシップの必要性を確信させる重要な転機となりましたね。リクヤさんは、感性と芸術的な思考にあふれたビジョナリーで、常に自身の決断と在り方を問い続け、最も洗練された成果を追求する完璧主義者。彼のようなクリエイティブに突き動かされている人と働けることは、私自身にとっても刺激的です。
ーー今後、「シュガーヒル」に期待することは?
トーマス:今まさに、「シュガーヒル」を取り巻く勢いと高揚感は高まっていて、パリを中心とした海外のバイヤーたちが強い関心と投資を示しています。今回の設立10周年を記念したランウエイショーは、国際的なプレゼンスをさらに高める絶好の機会であり、極めて重要な節目となるに違いありません。また、これから先、パリ・ファッション・ウイークでのプレゼンテーションやランウエイショーの開催も視野に入れながら、われわれはリクヤさんのをサポートし、共に成長していければと思います。
Kei Hashimoto
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーとの出会いを教えてください。
Kei Hashimoto(以下、Hashimoto):コロナ前にPR会社の4Kへ入社した際、ちょうどクライアントが「シュガーヒル」で、それがちゃんとした初めましてでした。会社として30~40ブランドを取り扱っている中で、同世代のデザイナーは基本的にいなかったから新鮮でしたね。ただしばらくして、2~3年ほど前に実は出会ってることにお互い気付いて(笑)。そんな巡り合わせもあって話すようになったら、土臭いものが共通の好みとしてあり、僕が「カーサービス」の展示会を開く際には相談に乗って洋服も見てくれて、グッと距離が近づきました。とはいえ、ヒップホップだったりブラックカルチャー好きが多い俺の界隈と全然違うので、リクちゃんの周りに俺みたいな人間はいないだろうし、俺の周りにリクちゃんみたいな子はいない。でも、俺自身はアメカジや古着、乗り物とか西海岸のカルチャーも好きだから超B-boyってわけでもなく、そこが良い感じにマッチングしたんだと思います。
ーー「シュガーヒル」のお気に入りのアイテムや印象的な思い出はありますか?
Hashimoto:東京オペラシティで開催された24年春夏コレクションのランウエイショーですね。PRとして人生で初めてランウエイショーに携わらせてもらったので苦戦したことも多かったですけど、ゼロから洋服を作っているデザイナーを側で見ながらショーのセッティングができたのは、本当に良い経験でしたし自分も成長できた気がします。何より、リクちゃんの「シュガーヒル」に対する気持ちが一層強く感じ取れて、一生忘れられない思い出ですね。
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーの魅力とは?
Hashimoto:誰でもウェルカム体制だけど本気で洋服が好きな人に向けて作っている感じというか、全員が全員に洋服を着てほしくてブランドをやっているわけではないのが伝わってくる。この反骨精神がキレイでカッコ良くて、それがリクちゃんのスタイルにも、「シュガーヒル」の洋服にも、全てに反映されている気がします。それに、他ブランドはシーズンごとにランウエイを開いたり、モデルに著名人を起用したりする横で、焦らず自分のペースとスタンスを守ってきたからこそ、わずか10年でブランドのイメージをバッチリと固められたのが本当にすごい。僕も周りにいろいろと言われながら、本当にやりたいことや方向性をブラさずに「カーサービス」を10年続けてきました。そういったスタンスをお互いにリスペクトし合えるから友達になれたし、一緒に仕事もできているんじゃないですかね。
ーーこの先、「シュガーヒル」はどうなると思いますか?
Hashimoto:これまでの10年と全く変わらないと思います。リクちゃんのペースで、リクちゃんがやりたいことを、ちょっとずつ具現化していくことで、「シュガーヒル」はデカくなるというよりも渋みを増す。デニムの色落ちと一緒で、良い味が出てくる。これは俺たちの周りの同世代にも言えることで、有名になるよりもカッコ良さを突き詰めていきたい人が多い気がするんですよ。ひとまず、「シュガーヒル」もカーサービスも10周年を迎えるので、初コラボができたら嬉しいですね。
長塚淳
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーとの出会いを教えてください。
長塚淳(以下、長塚):2019年頃にブランドを知り、ルックを見てレザーの感じが素敵だと思って気になっていたら、僕の知り合いがそのライダースに関わっていたんです。さらに、当時は原宿店のショップマネージャーを務めていたのですが、ちょうど取り扱うことにもなったので展示会に伺い、そこで陸也くんと出会いましたね。
ーー当時の印象はいかがでしたか?
長塚:僕は陸也くんよりも少し上の世代なのですが、実直かつベージックなデザインや繊細さ、こだわりの強い加工の雰囲気と生地選びなどから、直接挨拶するまでは古着等に精通している同年代ぐらいの洋服好きが手掛けていると思っていました。それが、いざデザイナーに会ってみたら24歳。センスも才能も感覚も衝撃的で、その時点でもう「シュガーヒル」は同世代のブランドの中では絶対に生き残ると確信していましたね。売れる売れないのレベルではなく、同世代のブランドとやろうとしていることが違い過ぎて、敵がいない感じです。
ーー特に印象に残っているアイテムやコレクションはありますか?
長塚:初めて展示会に伺った時から毎シーズン欠かさず洋服を買っているのですが、特に気に入っているのはフレアデニムですね。それだけでも5~6本は持っていて、仕事中の店頭でも、休みに街中でも、日常的に着ています。
ーー「シュガーヒル」および林デザイナーの魅力とは?
長塚:普遍的な洋服を若い感性を持った陸也くんが作るからこそ、普遍的だけど焼き直しではなく新しく見えて、コレクションブランドの意思が宿っていると感じます。それが洋服に表れているのか、「シュガーヒル」のことを全く知らずに手に取り購入される方も多く、具現化も言語化できないけど感じ取れる何かがあるんだと思います。
ーーどういった方々に「シュガーヒル」を着て欲しいですか?
長塚:ファッションに精通していない方にも、トレンド好きの若い子にも、洋服好きの同年代にも、海外からのお客様にも、「これがカッコいい洋服です」と心から勧められますね。ビームスで取り扱っていることが僕の中では誇らしく、自分の店舗には絶対に置きたい日本を代表するブランドで、とても日本らしいブランドだと思います。