「ディオール(DIOR)」は4月15日、京都の東寺で2025年プレ・フォール・コレクションのランウエイショーを開催した。「ディオール」が京都でショーを開くのは、1953年以来で72年ぶり。53年には、メゾンを創設したクリスチャン・ディオール(Christian Dior)が西洋のファッションをいち早く持ち込み、以来「ディオール」と日本、パリと京都の友好関係は長い。アーティスティック・ディレクターのマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は、そんな日本、特に京都の職人たちとクラフツマンシップに関する「対話」と称するコラボレーションを楽しんだ。
京都にあるさまざまな工房の中でも、今回は龍村美術織物と田畑染飾美術研究所、そして福田工芸染繍研究所と共にコレクションを手がけた。龍村美術織物は、クリスチャン・ディオール本人による「羅生門」や「東京」「歌麿」と呼ばれる作品の素材を提供。今回マリアは、その中から2種類の素材を現代的に蘇らせ、小紋柄や花柄の着物風コートやパンツ、ラップブルゾンやタイトスカートなどに仕上げた。龍村美術織物の5代目となる龍村平蔵は、「ムッシューは浮世絵や文化に興味があり、初代の平蔵はフランス・リヨンからジャカード織機を導入するなど、両者は互いの文化をリスペクトしてきた。ファッションの最先端を走るマリアさんを通して、培ってきた技術が世の中の人たちにどう受け止められるのか?が楽しみ」と話した。
田畑染飾美術研究所は、19世紀から続く京友禅の老舗。今回は、桜などをモチーフにした新しい京友禅を製作した。田畑喜八会長は、「友禅は着物に限らず、いろんなものを染められる。発表する今の時期を考え、日本の春を代表する桜を中心としたデザインを考えた」と話す。そしてマリアは、すでにソメイヨシノは散り際だったものの、東寺の歴史を見つめ続ける桜のように、田畑染飾美術研究所の京友禅をコレクションの随所に散りばめた。ムッシューが着物の上から羽織ることを前提に生み出したと言われるラグランスリーブでオーバーサイズのフロックコートを筆頭に、シフォンのようにエアリーな素材で作ったブラウスとパンツのセットアップやラップコートなど、ホワイトからヌードのドレスやコートは、淡い桜で彩られ、詩的で幻想的なムードを掻き立てた。
福田工芸染繍研究所は、祖業の刺しゅうから発展した染色を担当。福田喜代表は、「境界線が存在しない、自然なグラデーションの引き染めにこだわった」と話す。引き染めによる藍や紫のグラデーションは、桜や菊、牡丹などの花々と共に、トレンチコートやローブコート、コンパクトなMA-1、ラップスカートなどの普遍的なアイテムを彩った。花と同系色だったり藍色だったりのグラデーションは、花々が咲き乱れる幻想的なムードを強調する。着物のような前合わせに色を加えることで、オリエンタルなディテールを強調するアイテムもあった。
コレクションは全編、着物のようにシンプルかつエフォートレスなシルエット。そこにベアトップやワンショルダーのニット、カスケードチュールのスカートなど、マリアの「ディオール」らしいアイテムを加えていく。パンツやスカートの多くもラップディテールで、着物のような前合わせのパターンだ。そして京都の職人との対話の影響は、全編に及んでいる。ダメージデニムのセットアップは、マリアが龍村美術織物を見学した時に見たという「古代ギレ」の現代的な再解釈なのだろう。時代を感じる布のようにダメージを加えて、和洋折衷なコレクションのスパイスとした。
これだけ日本の文化や歴史にオマージュを捧げると、コレクションは(特に日本人には)袖を通し難い“ジャポニスム”のムードを帯びがちだが、今回の「ディオール」はリアリティも担保した。その理由もおそらく、マリアと京都の職人たちとの「対話」のおかげだろう。「対話を通して、伝統を次の世代に継承したい」と話すマリアに賛同するかのように、3人の職人は、「美しいものを作って、身につけた人がより幸せな姿になるのを見るのが無常の喜び」(5代目龍村平蔵)や「お召しになる方が主人公で、着物が主人公ではない。お召しになる人を考え、あまり色を使わずに仕上げている」(田畑喜八会長)、「女性を美しく引き立てるため、技術を発展させてきた」(福田喜代表)と話し、あくまで「女性が主役」との考えで共通している。「女性が主役」という、マリアが長年「ディオール」で訴え続けるフェミニズムの姿勢は、伝統を現代風に昇華し、未来に継承するにおいても有効な考え方なのだ。改めて「ディオール」というブランドの歴史を9年にわたって紡ぎ直し、現代、そして未来に継承し続けてきたマリアに思いを馳せた。