2023-24年秋冬ミラノ・コレクションの取材を終え、見えたのはミラノブランドの「新しさ」の生み出し方、その巧みな戦略だ。多くのブランドが確固たるルーツと、継承してきた職人技を重んじ、その上にフレッシュなデザイナーの才能を加えることで新しい価値を生み出そうとしている。「WWDJAPAN」はコレクション取材歴20年のベテランと今季初参加のZ世代記者が取材を担当。2人の目に映ったミラノの魅力と今季のポイントとは?世代間ギャップを受け入れながら、イタリアのレガシーである、クラフツマンシップと官能性を再考する。(この記事はWWDジャパン2023年3月13日号からの抜粋です)
向千鶴WWDJAPAN編集統括サステナビリティ・ディレクター(以下、向):私が初めてミラノコレクションを取材したのはトム・フォード(Tom Ford)が「グッチ(GUCCI)」を去った2004年で、これが通算20回目。木村さんは今回が初参加。初めてのコレクション取材の感想を聞かせてください。
木村和花WWDJAPAN編集部記者(以下、木村):1つ1つのショーを見終わるごとに、さまざまなメッセージが伝わってきてたくさん考えさせられました。ファッションは総合芸術で文化なのだと改めて強く感じました。会場には奇抜なファッションのゲストやセレブ、K-POPの熱烈なファン、有名ジャーナリストたちなどいろんな人が集まっていてすごい熱気。アドレナリンが出っ放しの1週間でした。
向:私はミラノは5年ぶり。パンデミックを経て自分がリアルなショーをどう思うか、冷静に判断しようという目線で入って、体感するとやはりリアルで得られる情報量はデジタルより断然多く収穫が多かった。
木村:一番よかったショーはどこでしたか?
向:「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」「プラダ(PRADA)」「ジル サンダー(JIL SANDER)」。そして「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」の支援を受けた「トモ コイズミ(TOMO KOIZUMI)」が特別賞です。「プラダ」が見せた反戦のメッセージはロシアによるウクライナ侵攻で不安感が広がる今の世相を象徴していたと思う。木村さんは?
クラフツマンシップを根底にアップデート
木村:トップ3は同じくです。加えて、「エトロ(ETRO)」や「トッズ(TOD’S)」もイタリアのクラフツマンシップを生かした現代的なアプローチがすてきでした。今回はサステナビリティを担当する記者としても「長く愛されるブランドの秘訣は何か?」が取材テーマの1つでした。長く愛されるということは、常に新しい世代に目を向けたクリエイションを届けているからだと予想しますが、そういう姿勢が伝わってきたのがこの2ブランドでした。「ボッテガ・ヴェネタ」はその最高潮で、これがモードかと感動しました。
向:「エトロ」のクリエイティブ・ディレクター、マルコ・デ・ヴィンチェンツォ(MARCO DE VINCENZO)と「トッズ」のヴァルター・キアッポーニ(Walter Chiapponi)は、いずれもイタリア人で44歳。イタリアを代表するブランドの新時代を切り開こうとしているデザイナーたちです。自国のファッション産業やクラフトのことを知り尽くし、自分や自社のブランドのことだけではなく産業全体の発展に目配せしようとしている、そんな気概を見て取りました。直前に「エトロ」のマルコに東京でインタビューできたことは、ミラノを理解するのに役立ちましたね。
木村:イタリアの各産地の強みが頭に入っていると言っていましたね。向さんが「イタリアらしさとはなんですか?」と質問した時に、「それはブランドが作るものではない、作り手が作るものだ」と言っていたのが印象に残っています。
向:今の話は主に織物やニット、レザーなど生地とその加工の話。その技術をベースにしつつ、「新しい世代に目を向けたクリエイション」に着地させることができているポイントはどこだろう?例えば「エトロ」の場合は?
木村:シルエットとバランス感覚だと思いました。会場に来ていた若いアジア系インフルエンサーの子たちもすごく似合っていて私も着てみたくなりました。
向:「エトロ」が得意とするふんわりとしたシルエットのドレスを継続することで従来の顧客に安心感を残しつつ、ミニ丈のスカートやボディーフィットしたアイテムで若い世代にもアプローチする、巧みです。
多様なセンシュアルの解釈
木村:初日に百貨店「リナシェンテ」に視察に行った際に、ビジューでデコレーションされたピンヒールのブースに圧倒されました。正直、ピンヒールが持つ女性像に苦手意識がある、と向さんに相談しましたが、今季は特にセンシュアリティーが大きなテーマでしたね。
向:われわれ、ショーの間の移動中はずっとこのテーマを話していたといっても過言ではない。長らくスニーカーブームが続きましたが、パンデミック後の“さあ、楽しもう!”というムードと連動していることも売り場や展示会にヒールシューズが目立っている理由ですね。木村さんにとってのセンシュアリティー=官能的とは?例えば、ここ数シーズン続いているY2Kトレンドではおなか見せなど肌の露出は多くて木村さんも時々、おなかを見せているじゃない?それとピンヒールが持つセンシュアリティーは何が違うのだろうか?男性に媚びている印象?
木村:確かに男性の視点が入っているかどうかは大きい。2004年の米国映画「ステップフォード・ワイフ」に出てくるような女性は“女性らしく”、常に美しく着飾って夫のために尽くすみたいな典型的なジェンダー感が苦手で窮屈な感じがするんです。
向:コルセットは実生活ではもう使われていないのに、同じように体のラインを“矯正”して見せるハイヒールは今も顕在。特にここイタリアでハイヒールが支持される理由について、私は「ドルチェ&ガッバーナ」のショーで腑に落ちました。ミューズでもあるキム・カーダシアンが来場していましたが、彼女が体現しているボンキュッボン&ハイヒールのスタイルは、愛する男のため、もあるだろうけど、それ以上に自分を愛し、女性である自分の体を讃えるツールなのだと思う。キムというミューズを得たからか、「ドルチェ&ガッバーナ」も本来のスーパーセクシースタイルへと振り切っており、それがよかった。
木村:靴をルーツに持つブランドと言えば「フェラガモ(FERRAGAMO)」。センシュアリティーを前面に打ち出してはいませんでしたが、その背後には27歳のデザイナー、マクシミリアン・デイヴィス(Maximilian Davis)が考えるフェミニニティーがあり、その解釈がおもしろかった。
向:私はショーを見終わった後、深く悩みました。上質であることに変わりはないけれど、そこにはリボン“ヴァラ”に象徴されるクラシックなかわいらしさは薄く、シャープで、もっと言えば何か物足りない。その違和感を持ったまま展示会に行き、マクシミリアンのセンシュアルの解釈を聞いて首がもげるほどうなずいて納得しました。インスピレーションは1950年代に創業者のサルヴァトーレ・フェラガモが交流をもったマリリン・モンローをはじめとする銀幕スターたち。マクシミリアンにとって、モンローのグラマラスなスタイルは「異星人」であり、それを表現したそう。私世代とのセンシュアルに対する感覚の隔たりが実に大きい。
木村:まさに、私が初日から言い続けてきた典型的な女性像への違和感を彼も感じているのだと驚きました。ただ新時代の官能性を定義するような正解はまだ見えていない気がしました。
向:フェラガモのマルコ・ゴベッティ(Marco Gobbetti)CEOは、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)を「セリーヌ(CELINE)」に抜てきするなど、クリエイターの目利き。2人のタッグがどんな新しい価値を生み出すのか注目しましょう。
木村:センシュアリティーと一言に言っても、それぞれのブランドの解釈は違い、自分の中で受け入れられるものと受け入れられないものがあるのだなと気づきました。例えば、「グッチ」はセンシュアルの要素が強かったトム・フォード期にフォーカスしていましたが、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)のポップさも入っていてかわいかった。「マックスマーラ(MAX MARA)」は知性を感じるエンパワリングな雰囲気で感動しました。
向:そうですね。「グッチ」は過去約20年間を総括するようなコレクションでした。ペンシルスカートの形は、明らかに1990年代後半から2000年代にメゾンをけん引したトム・フォードの仕事から引用しているけれど、ポップな色使いや軽い素材使い故、当時の“官能性”はない。ミケーレの仕事と融合しています。
木村:クラフツマンシップと官能性はイタリアのウィメンズファッションの2大キーワードですが、いずれもどのようにアップデートしていくかが見どころの今シーズンでした。ブランドのアプローチは時代によって変わりますが、クラフツマンシップがある限りイタリアらしさは変わらないのだと思います。