ファッション

FIT発の注目バイオベンチャー 染色&加工いらずの人工タンパク質繊維を開発

 アメリカのウェアウール(WEREWOOL)は、ニューヨーク州立ファッション工科大学(Fashion Institute of Technology、以下FIT)発のバイオベンチャーだ。タンパク質のDNAから色や伸縮性、はっ水性を備えた生分解性の繊維を製造する技術で、スタートアップ企業の登竜門的アワード、H&Mファウンデーション(H&M FOUNDATION)が主催するイノベーションコンペ「グローバルチェンジアワード(GLOBAL CHANGE AWARD以下、GCA)」をこの4月に受賞した。

 GCAはファッション産業をよりサステナブルにシフトするための革新的かつ初期段階のアイデアを選考して、そのスケールの拡大を目的としている。過去に受賞した企業の技術はすでに実用化されたものも多く、投資家や有力企業が注目するコンペだ。なぜファッション大学の学生が人工構造タンパク質繊維の開発に至ったのか――ウェアウールの創業者の一人であるチュウイ・リアン・リー(Chui-Lian Lee)にメールインタビュー行った。

教授を巻き込み、コロンビア大学と共同研究へ

WWD:人工構造タンパク質に注目したのはなぜ?

チュウイ・リアン・リー創業者(以下、リー):2018年、共同設立者でFITの教授でもあるテアニン・シャイロ(Theanne Schiros)が運営する「バイオデザイン・チャレンジ」に参加して、動物愛護団体のPETA、ステラ・マッカートニー(Stella McCartney)、ステイ・ドッグ・キャピタル(Stray Dog Capital)が主催する「アニマルフリー・ウール・プライズ(Animal-Free Wool Prize)」に挑戦したことがきっかけです。この挑戦でバイオ技術に触れ、プロジェクトの指導者であるセバスチャン・コシオバ(Sebastian Cocioba)が、自然に存在すタンパク質(サンゴ、植物、皮膚など)が色、耐水性、伸縮性などの特性をもたらすことを教えてくれました。テキスタイルの開発者として、これらの特性を生かし、ファッション産業が抱える課題に応えるテキスタイルを作ろうと思いました。

WWD:開発するときに大変だったことは?

リー:2年間取り組んできたなかでの最大の課題は「バイオデザイン・チャレンジ」のコンペ後、資金を確保することでした。私たちはテキスタイル開発者といっても、アイデアを持っているファッション学校の学生2人と卒業直後の若者。テアニンが私たちのビジョンを信じ、支援とパートナーシップの輪を拡げてくれました。そしてこの研究を継続するため、コロンビア大学とのコラボレーションを開始したのです。
それ以来、研究を継続するための資金調達が大きな課題となっています。このアワードによって初めての助成金を得ることができ、GCAの受賞は私たちの状況を大きく変えてくれました。研究を加速するための資金に加え、業界内での認知や貴重なコネクションももたらしてくれました。また、KTH(スウェーデン王立工科大学)とアクセンチュアとのパートナーシップにより、H&Mファウンデーションが主導するイノベーション促進プログラムをこの先1年間受けることができることにも、とてもわくわくしています。私たちは多くを学び、より成長できるでしょう。

「私たちの技術はテキスタイル・サプライチェーンの最も有毒な工程を削減できる」

WWD:具体的にどのようなプロセスで布地にするのですか?

リー:現状、プロトタイプまでできています。まず、タンパク質のアミノ酸配列に特性を持たせるために手を加えます。その後、微生物を利用して繊維の原料を作り出します。環境にやさしい化学物質と押し出し工程により、「たんぱく質ドープ(protein dope、糸になる前の液状たんぱく質)」を極細繊維にします。これを使用可能な布地にするには、その繊維の繊度(デニール)をより細くする必要があり、これが達成できれば繊維を糸にして、織ったり編んだりできるようになります。

WWD:これらのプロセスによって環境への負荷は通常のテキスタイル生産と比べてどのくらい削減できるのでしょうか?

リー:まだ開発の初期段階にあり、この繊維のコンセプトを証明できたばかりなので、それらを表す数字を持ち合わせていません。サステナブルな素材を提供することで、ファッション産業が環境に与える負荷を最小化するのが私たちの目標です。私たちの手法では、固有の色などの特性をあらかじめこの繊維に持たせることができるので、大量の水や化学物質を使用する染色・仕上げ工程を削減することができるでしょう。ファッション産業における水質汚染は世界全体の20%を占めますから。この繊維技術を確立して最終的に産業レベルの製品とすることができた際には、業界で広く知られる環境負荷の計測ツール「ヒグ・インデックス(Higg Index)」や「ライフサイクル・アセスメント(Life Cycle Assessment)」などを用いて数値化し、生産のすべての段階で継続的に環境や社会への影響を減らしていくことができるでしょう。

WWD:色やはっ水性、通気性などの特性は、タンパク質の設計段階からどのように持たせるのですか?

リー:ここでは合成生物学によって開発されたものと同様のツールを使用していて、タンパク質のDNA配列をいじるのは新しい技術ではありません。食品、農業、そして医薬品業界でもすでに広く使われている技術です。DNAに手を加えることで、微生物がタンパク質となる特定のアミノ酸配列を作るように指示します。この構造が、細胞組織に耐水性や伸縮性、そして色を持たせるのです。私たちの繊維にも使用されているGFP(緑色蛍光たんぱく質)は、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士が1962年にオワンクラゲのたんぱく質から発見したものです。この発見以来、人々はさまざまな色を出すためにさまざまな方法でアミノ酸配列に手を加えてきたのです。

WWD:実用化のメドとそのための課題は?

リー:今後5年のうちには市場に出したい。課題は産業レベルに拡大するにあたり、市場の需要量に応えながら、フットプリント(環境への影響)を最小化し、生産コストを効率化することです。

WWD:人工構造タンパク質では日本のスパイバーがあります。スパイバーは、タンパク質を合成して、微生物の発酵プロセスで培養した粉をもとにさまざまな素材を作っていますが、その技術とは異なるのですか?

リー:スパイバーは本当に素晴らしいですよね!人工構造タンパク繊維の革命者であり、その技術が可能であることを証明しただけでなく、商業的生産も可能にしつつある。スパイバーの繊維をまだ触ることはできていませんが、“ムーン・パーカ”はぜひ着てみたい!Mサイズがあればぜひ(笑)。私たちもスパイバーのような人工構造タンパク質を生み出す微生物発酵プロセスを利用しています。彼らの繊維はクモの糸の原理をベースにして、光沢と強度を持つ繊維に耐水性を持たせるよう手を加えています。一方、私たちはまだ初期段階ではありますが、現時点でもすぐに見える私たちの技術とスパイバーの技術の違いは、たんぱく質繊維に固有の色という特性を持たせるところで、テキスタイル・サプライチェーンの最も有毒な工程を削減できるというところです。

WWD:これまでの資金調達額は?

リー:25万ユーロ(約2920万円)でGCAが初めての助成金です!

「農業でも多くのイノベーションが生まれている」

WWD:ほかに注目しているサステナブル技術は?

リー:ファッション分野では、オレンジの皮からシルクのようなセルロース繊維を生み出すオレンジ・ファイバー(編集部注:イタリアのスタートアップ企業が開発しGCAを授賞)や、布地の染色・仕上げ工程から汚泥を取り除き、産業排水を処理する技術を開発することで減少する飲料水資源へのソリューションを提供するシーチェンジ・テクノロジーズ(SeaChange Technologies、編集部注:ウェアウールとともに今年のGCAを授賞)に興味があります。さらにもう一つの素晴らしいテクノロジーは、合成生物学を利用したカラリフィックス社(Colorifix)。ここは化学処理をせずに天然繊維および合成繊維の染色技術を開発しています。ファッション以外の分野では、農業において多くのイノベーションが生まれており、多くの企業が代替のシステム、すなわち精密農業を研究しており、ファッション産業と同様に、バイオ技術の分野で代替となる持続可能なタンパク源の研究に乗り出しています。多くの産業が急速に気付き始めているのはサステナブル技術に将来性があるということ、そしてこのマーケットには経済的にも非常に大きな可能性があるということです。

WWD:注目しているファッションブランドは?

リー:「ステラ・マッカートニー(STELLA McCARTNEY)」「アイリーン・フィッシャー(EILEEN FISHER)」「パタゴニア(PATAGONIA)」などがサステナブル・ファッションのパイオニアであり、自分たちが及ぼす影響に配慮しながらも、利益を生み出せることを証明してきました。私たちの興味を引くのは、小さな新興ブランドが循環型の産業のためにサプライチェーンに配慮し、透明性を保ちつつ技術革新的なソリューションを取り入れているところです。「リフォーメーション(REFORMATION)」や「ガールフレンド コレクティブ(GIRLFRIEND COLLECTIVE)」などはリサイクル素材によるコレクションやリサイクルプラスチックをアクティブウエアに活用することで埋め立てられる廃棄物を削減しているし、「マギー マリリン(MAGGIE MARYLIN)」や「マラ ホフマン(MARA HOFFMAN)」などはオーガニックやエシカルに調達された高品質の素材で知られています。「H&M」「ターゲット(TARGET)」「ギャップ(GAP)」などでもサステナブル・ファッションがより身近になっていること、またSDGs(持続可能な開発目標)を目指して積極的に天然資源の代替素材を探求しているのもよいことだと思います。

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

原宿・新時代 ファッション&カルチャーをつなぐ人たち【WWDJAPAN BEAUTY付録:中価格帯コスメ攻略法】

「WWDJAPAN」4月22日号の特集は「原宿・新時代」です。ファッションの街・原宿が転換期を迎えています。訪日客が急回復し、裏通りまで人であふれるようになりました。新しい店舗も次々にオープンし、4月17日には神宮前交差点に大型商業施設「ハラカド」が開業しました。目まぐるしく更新され、世界への発信力を高める原宿。この街の担い手たちは、時代の変化をどう読み取り、何をしようとしているのか。この特集では…

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

@icloud.com/@me.com/@mac.com 以外のアドレスでご登録ください。 ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。

メルマガ会員の登録が完了しました。