PROFILE: 松岡茉優/俳優
美容整形の表と裏、そして「美醜の呪縛」に翻弄される現代人の葛藤を、華やかに、かつ苛烈に描き出す医療ヒューマンドラマ、Netflixシリーズ「ダウンタイム」が9月17日から配信された。
本作で、ある葛藤を胸に形成外科から美容外科へと身を投じる主人公・沼田文を演じるのは、俳優・松岡茉優だ。30代を迎え、他者の“ものさし”を手放し、自らの「心地よさ」を基準に選ぶようになったと語る松岡。今作における徹底的な役作りから、共演の仲里依紗との間で起きた“真逆の化学反応”、そして表現者として抱く倫理観にいたるまで、その現在地を深く掘り下げた。
短所の洗い出しでキャラクター像を固める
——今作「ダウンタイム」は、美容整形業界の光と闇を極めてリアルに描いた医療ヒューマンドラマでありながら、私たちの日常に潜む生きづらさに深く切り込んでいます。松岡さんは、この作品の出発点についてどのようにお聞きしていましたか。
松岡茉優(以下、松岡):約3年前に、映画「ひとよ」(2019年公開)でご一緒させていただいた(Netflixの)髙橋信一プロデューサーと久しぶりにお会いして、今作のオファーをいただいたんです。その時に髙橋さんが仰っていたのが、ご自身が携わった別の作品において、出演者さんの見た目に対してたくさんの賛否があり、「美しいとか、他者の評価軸ってなんなんだろう?」という思いから、今作を構想し始めたとのお話でした。
「美とは一体何なのか。美は主観的なものであるはずなのに、なぜこれほどまでに他者から評価され、縛られなければならないのか」。その根源的な疑問から、美容整形、ひいては現代のルッキズムをテーマにしたオリジナル企画がスタートしたそうです。その後、女性たちが共闘していく「シスターフッド」の物語として構想が鮮やかになっていった段階で、私もオファーをいただきました。
——松岡さんが演じる主人公の医師・沼田文は、決して分かりやすいヒーローではありません。口が悪く、偏見も持っていて、自分が納得できることでしか動かない。この複雑なキャラクターをどのように捉え、アプローチされたのでしょうか。
松岡:その時のお話ですでに髙橋さんの中で「ヒーローでもダークヒーローでもない人物像」というものが明確にあって。お話し合いを重ねる内に、私の中でも文さんの輪郭がはっきりしていきました。
実際に脚本を読み、現場に入ってみると、文さんは私が思っていた以上に愛のある人であると同時に、愛せない側面もたくさん持っている人でした。私は役をいただいた際、必ずその子の短所を見つけるようにしていて。長所は物語を追っていくとおのずと分かることが多いけれど、短所は演じる私が分かっていてあげないと、聖人君子になってしまうこともあるのかなと。
特に今回は、テーマである“美容整形”を主人公である文さんが否定派という姿勢からスタートするので、もし文さんがめちゃめちゃ格好いい人になってしまうと、整形は悪、みたいな方向に物語が偏ってしまうのかなって。そういう意味でも、もしかしたら最後まで文さんを好きになれなかった、という人がいてもいいかもな、とも思っていました。
仲里依紗との「真逆の化学反応」
——今作において最も惹きつけられるのは、アプローチも価値観も全く異なる文(松岡)と凜(仲)が、激しく対立しながらも、ある種の共闘関係へと至るシスターフッドのプロセスです。仲里依紗さんとの共演はいかがでしたか。
松岡:今回が初共演で、お会いするのも初めてだったんです。お互い人見知りで数カ月はささやかなやりとりが続きましたが、轟役の田中みな実さんが共通のお友達だったこともあって、終盤にはずっとおしゃべりしていたくらい、楽しく撮影させていただきました。今では「里依紗ちゃん」と呼ばせてもらっています。
現場での佇まいも、お芝居のアプローチも、すごくピュアな方です。私が想定していたシーンよりも、何層も深く潜れる感覚がありました。相性がいいというのは、よく聞く言葉ですが、対峙するシーンなどではお腹の底から湧いてくるような感情が何度もあって。凜と文として、この物語に関われたことを心から有難く思います。
——劇中、文は「命を救う医療」を信条とし、整形に対して批判的な立場を取る一方で、凜は「外見を変えることでしか救われない心があり、それこそが美容外科医の使命だ」という異なる論を提示します。2人の対立と対話を通して、ご自身の価値観が揺さぶられた部分はありましたか。
松岡:私自身、昔から「正論タイプ」で、文ちゃんとは手を握り合えていた部分も多かったなと思います。「正論の何が悪いんだ」って未だに思ってしまうところもあるし(笑)。もちろん、大人として生きる中で、日常生活でも現場でも「正論だけでは解決しないこと」があるのは分かっているのですが、かつては「正論しか勝たん」と頑なに信じ込んでいた時期が長かった。
でも正論同士の衝突って、じゃんけんで言うと「チョキとチョキ」で出し合っている状態なのかなって。同じチョキでも見ているものが違うなら、一度手を引っ込めて「あいこでしょ」と出し直さなければいけない 。まっすぐ生きる者同士がぶつかった時こそ、話し合って互いに緩め合うことが生きていく上で必要なんだと、この作品に教えてもらいました 。
30代、自分軸がもたらす解放
——ファッションやビューティの領域において、私たちは常に「他者からの評価」や「外見の批評」という無言の圧力にさらされています。特に人前に立つ俳優という職業において、そのプレッシャーは計り知れないものだと思いますが、松岡さんはどのようにしてご自身の心と折り合いをつけてこられたのでしょうか。
松岡:かつては、いわゆる「みんなが良しとする、総合評価の高いルックス」に自分を持っていかなければいけない、という意識が常にありました。特に20代の中頃までは、みなさんに不快に思われないような服装やメイクを心がけて、スタイリストさんやヘアメイクさんにお願いしていたんです。
でも、30代を迎え、何より本作に出会ったことで、「もう、いっか」と、ふっと肩の力を抜くことができるようになりました。人生100年時代、この先まだ70年近くあるかもしれない中で、今日の自分が一番若い。他人の目を気にするよりも、自分が本当に楽しい、心地いい、好きだと思える選択をした方が、対峙する相手にとっても絶対に気持ちがいいはずだって、心から思えるようになったんです。
誰かを傷つけるエンタメへの自覚
——ルッキズムや美容整形といったセンシティブなテーマを扱うにあたり、表現の倫理や作品の向き合い方として、松岡さんがプロデューサー陣に求めたことや大切にされた姿勢はありますか。
松岡:今回、このお仕事をお引き受けする際、プロデューサーの髙橋さんから「何か不安なことはありますか」と聞かれた時にお願いしたのが、「整形前後の登場人物を、別の俳優さんに変えないでほしい」ということでした。髙橋さんは「それは当然です。最初からそのつもりでした」と真っ直ぐ目をみて、当たり前のこととして伝えてくれて。きっとこの作品において、不安はないな、と思えました。
今作ではAmazing JIRO さん率いる特殊メイクチームが、素晴らしい技術と取材で同じキャストが演じることを可能にしてくれました。お仕事のクオリティーは作品も見ていただけたら感じてもらえるかと思うのですが、お支度もすごく速かったんです。俳優部の負担をできる限り抑えて現場入りさせてくださることは、見つめる身として有難かったです。また、三宅はるえプロデューサーの発案で現場には心理士の先生もついてくれていました。キャスト、スタッフが、美容整形というかなりセンシティブな題材に挑む事で生じる心のケアをしてくださるプロフェッショナルが近くにいることがとても有難かったです。インティマシーコーディネーターの浅田智穂さんとも密にやりとりをさせていただける環境だったので、例えば手術のシーンでも、クローズドセットとして最小限のスタッフで撮影したり。当事者ではなくとも、関わる側の私も深く安心して撮影に挑めることが分かり、とても勉強になりました。
——社会問題を扱う作品に出演される際、松岡さんは観客や視聴者が「どう傷つき、どう救われるか」という安全配慮や倫理観をとても大切にされている印象があります。ルッキズムやジェンダー、美容整形という、触れるだけで誰かの傷口を開きかねない極めてデリケートなテーマを扱う本作で、俳優として作品に関わる「可能性」と「責任」をどのように捉えていますか?
松岡:そうですね。例えば、どんなにみんなが好きでワクワクするような作品であっても、中にはその作品にトラウマを抱えている人もゼロではないと思います。エンターテインメントに携わっている以上、「誰一人傷つけずに仕事をすること」は不可能だと受け止めています。
作品を届ける以上、意図せず誰かを傷つけてしまう可能性があるからこそ、私たちは表現がもたらす暴力に対して自覚的でなければいけないと思います。例えば、このセリフを読み上げた時に傷つく人があきらかに、多数いるなと感じた場合などは表現の変更をご相談することもあります。物語上必要な言葉もあるし、難しいけれど。
自分自身の心身の「黄色信号」を見つける
——メイクや衣装というすべての鎧を脱ぎ去ったあとに残る、人間本来の美しさとは、何だと思いますか。
松岡:難しいですね、今作がまさに描いている部分だなと思います。個人的なことを言うと、整合性が取れている人が美しいなと感じます。いつも、自分軸があって、ブレない人。そう言う意味では今作で文さんを演じる上で、気にしていたことかもしれません。
——タイトルでもある「ダウンタイム(美容整形の術後から回復までの期間)」にかけて、精神的にすり減ったり、疲れてしまったりした時、松岡さんご自身はどのようにして心身を回復させているのでしょうか。
松岡:私のオススメは自分の黄色信号を見つけること。私なら、衣食住のチョイスがどうでも良くなったら黄色信号。お腹空いたけど何も食べたくないな、とか、今日着る服をどうでもいいなと思ったりとか。人それぞれ黄色信号ってあると思うんです。
私は黄色信号の対策として、何もしないお休みを月に一度はなるべく作るようにしていて。スケジュールに余裕があると予定を詰め込んでしまうタイプなので、何も入れない日をつくる。お友達とはしゃぐ日も大切だけど、ただただオフにする日、があることで、黄色信号を回避できているかな、と思います。
PHOTOS:SEITA MARUI
STYLING:SATSUKI ASAI
HAIR & MAKEUP:CHIKA UENO
ジャケット 25万4650円、パンツ 15万6200円、シューズ 参考商品/ステラ マッカートニー(ステラ マッカートニー ジャパン 03-6427-7013)、リング(左手人差し指)4万9500円、リング(左手中指) 6万500円/イー・エム(イー・エム アオヤマ 03-6712-6797)
Netflixシリーズ「ダウンタイム」
◾️Netflixシリーズ「ダウンタイム」
全8話 Netflixで世界独占配信中
出演:松岡茉優 仲里依紗
間宮祥太朗 田中みな実 萩原利久 長井短 渡辺大知 中川家礼二 シシド・カフカ
永作博美 渡部篤郎
監督:Yuki Saito
エグゼクティブプロデューサー:髙橋信一(Netflix)
プロデューサー:三宅はるえ 茂木克仁
脚本:池上純哉
企画プロデューサー:工藤伸一
制作プロダクション:K2 Pictures
企画・製作:Netflix
「ダウンタイム」公式サイト







