文筆家・つやちゃんがポップスターからファッション&ビューティのトレンドを紐解いていく本連載。第8回は「テクスチャー=質感」に注目し、ビジュアル表現の今を探っていく。
近年、あらゆる文化圏の表現において、「テクスチャー=質感」がかつてないほど重要視されるようになっている。音楽では、サウンドを包み込む音色設計が作品の世界観を決定づけるようになった。ファッションでは、素材の触感や色温度が重視されている。ビューティの領域でも、肌やパーツの質感そのものが価値を持ちはじめている。音楽、ファッション、ビジュアル、ビューティ、さらにインターネットトレンドを高速で横断しながら統合しているK-POPは、それらの変化が最も先鋭的に現れている領域だろう。本記事では、K-POPのビジュアル表現を中心に、韓国を拠点に活動する日本人グループcosmosy(コスモシー)の事例も補助線として参照しながら、最前線の動向を観察していきたい。
2020年代に突入して以降、美学(aesthetic)による表現が拡大していったのは周知の通りだが、現在のK-POPビジュアルで起きている変化は、その先へと歩みを進めている。昨今は、「異なる美学をどう同居させるか」というテーマが前景化しているのだ。例えば、お姫様っぽさとストリート感、ローファイとAIっぽさのような、本来なら噛み合わない感覚をどう成立させるか、という問いである。
かつてのK-POPは、「このグループは何者なのか」「この曲はどういうコンセプトなのか」という設定を軸に、ビジュアル全体を統一する傾向が強かった。例えば、学園、ヒップホップ、サイバー、ヴァンパイア、王国といった明快な世界観を先に提示し、その設定に合わせて衣装やメイクなどが揃えられていた。つまり「同じ世界の住人に見えること」が重要視されており、ストーリーや衣装による意味の一貫性が、作品全体を支える大きな軸になっていた。もちろん、当時から空気感や質感の作り込みが存在しなかったわけではない。Red Velvet(レッドベルベット)の「Peek-A-Boo」(2017年)では、不穏な少女神話的ムードが全体を覆っている。しかしその空気感も、「危険な少女たち」という物語設定を補強する方向で機能していたと言えよう。
コンセプトからテクスチャーへ
ILLITとKiiiKiii
コンセプト/世界観重視の傾向は現在にも受け継がれているものの、NewJeans(ニュージーンズ)の出現以降、その表現においては美学が前景化し、さらに最近は美学同士が混線してきている状況だ。コケットコア(Coquette core、フリル、リボン、パフスリーブなどを取り入れた、少女のようなあどけなさと色っぽさをミックスしたガーリースタイル)とストリート、フェアリーグランジとY2Kのように、本来なら別々に存在していた感覚が同時に混在するようになった。「今日はバレエコアで、明日はスポーティー」といったSNS投稿も珍しくない。その結果、いま重要になっているのは「何系か」という分類以上に、「異なる要素がどんな空気の中で共存しているか」という点。ゆえに最近のK-POPは、明快な世界観設定だけで全体を統一するのではなく、色温度や光、粒子感、湿度といった“テクスチャー”によって、複数の美学をひとつの感覚へとまとめ上げるようになっている。
ILLIT
ILLIT(アイリット)は、その代表例だろう。先日公開され、その高い表現力で話題を呼んだビジュアルについて分析してみよう。
このビジュアルには、コケットコア、フェアリーグランジ、Y2Kストリート、European girl的ムードなど、方向性の異なる美学が高精度で折衷されている。さらに、レース、チュール、デニム、レザー、スニーカー、石畳、鉄柵など、素材レベルでも多くの情報が混在しており、本来なら散漫に見えてしまいそうな組み合わせだ。しかしこの世界観においては、それらが“青みがかった冷気”によって統合されている。色温度はかなり低く、暖色はほぼ排除され、ブルーグレー〜ラベンダー寄りで全体が統一されているのだ。その結果、生々しい現実感やヘルシーさ、商業的なツヤ感は抑制され、代わりに湿度や冷気、夢と現実の中間感覚、消えそうな存在感といったムードが前面に出ている。特に面白いのは、「ウェディング」と「ストリート」の衝突だろう。ベールや純白のドレスは、本来なら神聖さを想起させる。しかしそこに、デニム、ごついブーツ、スニーカーを混ぜることで、「理想化された少女像」を意図的に崩す。この不完全さが、実に2026年的だ。
ロケーションも重要で、石畳や鉄柵が並ぶヨーロッパ的な街並みは、いわゆる観光地的な豪華さを退けている。少し曇っていて、わずかな日常感が漂うからこそ、“SNSで偶然見つけた異国の少女たち”のような中途半端なリアリティが生まれている。ファッションエディトリアルとスナップの中間のような空気感、と言ってもよいだろう。ここで重要なのは、ILLITがそれらを“青みがかった空気の質感”というテクスチャーで一貫してまとめあげている点だ。
KiiiKiii
一方、「404 (New Era)」がヒットし話題になったKiiiKiii(キキ)は、別方向から同じ変化を示している。「404 (New Era)」のMVから公開されたビハインドショットのうち、メンバーのハウムを捉えたビジュアルは、アメリカの「Teen Vogue」で言及されるなど注目を集めた。
ブリーチした超ロングヘアの人工的シルキー感、ストレッチ素材の“第二の皮膚”感、フラッシュ撮影の硬質な光、ヘッドホンのプラスチック感、サテン寄りの肌処理——。ここでは、徹底して「表面を触覚的に感じさせる」ことが重視されている。
しかもその表面の触覚を作り上げるための人工っぽさは、2000年代のTumblr、「アメリカンアパレル」、パリス・ヒルトン時代のような、少し古い未来感を参照している。全体は白やベージュ、ブロンドで統一されているが、足元だけ急にチープ寄りの赤ヒールが差し込まれるのも重要で、そこにドール感や玩具っぽい印象を生んでいる。この“少し安っぽい人工物感”をあえて高級に処理しないところが、2026年的だ。
ILLITとKiiiKiiiに共通しているのは、説明可能なコンセプトではなく、触覚的ムードで記憶に残ること。「意味を理解する」より先に、「冷たい」「湿ってる」「ザラつく」「柔らかい」「シルキー」「プラスチックっぽい」といった触覚変換を起こすのが、最近のK-POPビジュアルなのだ。その際、極めて重要なのが、粒子感の調整だろう。
現在のK-POPでは、単純に高精細へ振り切るのではなく、異なる素材の質感をどう馴染ませるかが重要になっている。シャープネスやコントラストを過度に強調すると、素材ごとの情報が分離し、広告的な硬さが前に出てしまうからだ。だからこそ近年は、フィルムグレインや光の滲み、白っぽい空気感、グレーディングなどを用いながら、異なる素材を“同じ空気”の中に存在させる方向へ向かっている。例えばILLITのビジュアルも、単に青くしただけでは成立しない。肌だけ極端にシャープで、背景だけザラつき、服だけ質感が浮いていたとしたら、あの独特の冷気は壊れてしまう。重要なのは、すべての素材が同じ空気密度の中に存在していることだ。つまり今のK-POPにおける粒子感とは、「異物同士を同じ空気に馴染ませる技術」なのである。
cosmosyのMVでは
矛盾する感覚が共存
この感覚は、韓国を拠点に活動する日本人グループ・cosmosyになるとさらに先鋭化する。
cosmosyの「Princess=Kiss」のMVでは、奥行きが曖昧で、光源位置も不自然。従来のローファイ表現はアナログ感や人間味と結びついていたが、cosmosyは、ノイズやドリームコア的な曖昧さを残す一方で、肌処理は均一で光にはCG的な滑らかさがある。つまりそこでは、懐かしさとAI的人工感が同時に存在している。だからこそ、完成された未来都市ではなく、「生成途中の夢」のような感覚が生まれている。輪郭が未確定で、光が溶け、情報が崩れ、被写体が背景化していく。それは完成された画像というよりも、生成中の画像に近い。
かつてのK-POPサイバー感が、高精細でメタリックな完成された未来都市だったとすれば、cosmosyの感覚はむしろ逆。グリッチやレンダリングエラーといった、不安定なデジタル感の方が魅力化されている。ここでは、「生成途中の夢」のような質感によって、懐かしさと人工性、ローファイとデジタル感といった、矛盾する感覚が同じ空気の中に共存しているのだ。
コンセプト競争から、質感競争へ――。K-POPを中心とした近年のガールズグループ・ビジュアルの最前線で起きているのは、異なる美学をどのような質感で同じ空気の中に存在させるか、という試行錯誤の勝負なのだ。
