23歳の記者から山本耀司へ37の質問

インタビュー

2016/7/31 (SUN) 03:00
山本耀司: 東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、文化服装学院でファッションを学ぶ。在学中に「装苑賞」「遠藤賞」を受賞。1972年にワイズ設立。77年に「ヨウジ ヤマモト」で東京コレクションデビュー。81年、パリ・コレクションに初参加。84年からメンズライン「ヨウジ ヤマモト プール オム」をパリで発表。2002年に「アディダス」との協業ブランド「Y-3」のクリエイティブ・ディレクターに就任。 PHOTO BY TAKA MAYUMI(SEPT) 山本耀司:
東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、文化服装学院でファッションを学ぶ。在学中に「装苑賞」「遠藤賞」を受賞。1972年にワイズ設立。77年に「ヨウジ ヤマモト」で東京コレクションデビュー。81年、パリ・コレクションに初参加。84年からメンズライン「ヨウジ ヤマモト プール オム」をパリで発表。2002年に「アディダス」との協業ブランド「Y-3」のクリエイティブ・ディレクターに就任。
PHOTO BY TAKA MAYUMI(SEPT)

 「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」が再評価されている。特にメンズ「ヨウジヤマモト プール オム(YOHJI YAMAMOTO POUR HOMME)」は2012年あたりから火が付き、日本のみならず若い世代から支持を集めている。なぜ今、ヨウジなのか?その答えを探るため、デザイナー山本耀司へインタビューを行った。聞き手は23歳の男性記者。慶應から文化への進学理由から、黒を使う意味など“大人”には今さら聞けない素朴な疑問から後継者問題まで、37の質問に山本耀司は即答した。

WWDジャパン(以下、WWD):耀司さんといえば黒。自身も黒の服が多いが、それは10代の頃から?

山本耀司(以下、山本):10代は非常に貧しく、おふくろが作ってくれた物を意味も分からずに着ていた。

WWD:生活の中で日課、ルールみたいなものはあるか?

山本:今の日課は、3年前に「よし、こいつと一緒に死のう」と思った秋田犬と朝一番、1時間かけた青山墓地での犬の散歩。犬にとっては大事な体調管理だから、これは欠かせない。コップ一杯の水を飲んだら散歩に行く。先日NHKの「ガッテン」で血栓の話が出ていたが、防止には朝一番の散歩が一番いいらしい。俺はタバコをやめられない男だから。


山本耀司が「俺の最後のパートナー」と可愛がる秋田犬のリンとともに 山本耀司が「俺の最後のパートナー」と可愛がる秋田犬のリンとともに
WWD:なぜ、慶應義塾大学法学部から文化服装学院へ進んだのか?

山本:大学受験で慶應に入ったが、付属から上がってきた親友たちと比べて自分は非常に勉強ができた。彼らは人柄はいいけど、はっきり言って勉強はできなかった。なのに将来を約束されているわけ。とても不平等だと思った。その不平等感は俺が5、6歳の頃から感じていたものであり、だから大学を卒業後、社会に出るまでに“執行猶予”の時間が欲しかった。社会に出るのを遅らせたいと思っていたから。

WWD:慶應義塾大学と文化服装学院どちらがモテたか?

山本:慶應の法学部は60〜70人の男性の中に女性が4人だけで、男どもは女性たちに非常に優しくしていた。でも文化に行ったら1万人に100人くらいしか男性がいなくて、70人くらいのクラスに男子が4人。これはハーレムでもなんでもなく、徹底的に監視された。一種の地獄かな。学級委員をやっていたある時なんか、挙手して立ち上がった女子生徒に「学級委員が特定の女子生徒と仲よくしないでください」と責められたりして(笑)。

WWD:ある人は耀司さんのことを「人間愛、探究心のある人」と言っていたが、自分のことをどう思っているか?

山本:笑っちゃう。俺自身はもしファッションデザイナーという職業に就けなかったら、たぶん犯罪者になっていたと思う。ガキのころから社会が不公平なことに対して腹を立てていたから、服にそれを込めるチャンスが与えられなかったら、他に怒りのはけ口を求めていたかもしれないという意味で。

WWD:男性のデザイナーには女性経験は必要か?

山本:もちろん。

WWD:今まで付き合った女性によってデザインが変わったことはあるか?

山本:あります。名前を挙げると失礼だから言わないけれど俺の人生観に強烈な影響を与えた女性がいた。その人はフランス語の「ファム・ファタール」。「運命の人」と、もう1つ「悪女」という意味がある。簡単に言うと、男は女に育てられるんだ。

READ MORE 1 / 6 「簡単に言うと、男は女に育てられるんだ」


「一日に何回も、ファストファッションで買い物するなんて、少しは疑問持てよ、と言いたい」と山本耀司 「一日に何回も、ファストファッションで買い物するなんて、少しは疑問持てよ、と言いたい」と山本耀司
WWD:耀司さんは女性たちからどのように育てられた?

山本:叱られて、裏切られて、一時は女性不信になるくらい痛めつけられて。それがパワーになり、少なくとも俺独特の女性観ができた。

WWD:誰のためのデザインをしているのか?

山本:最初の頃は俺の中に理想の、実在しない女性がいた。その女性はどこかの丘の上に立っていて、遠くを眺めている。髪が風でなびき、タバコではなくシガーを吸っていて、かっこいいわけ。で、最後に「私、女辞めたの」と言う。最初は、その実在しない人のためにデザインしていた。でも最近はもう少しかみ砕いて作っている。最近の女性たちは世界中、非常にダサくなっていると思う。一日に何回も、ファストファッションで買い物するなんて、少しは疑問持てよ、と言いたい。「一着の服を選ぶってことは1つの生活を選ぶってことだぞ」って。だから俺は、そういったことに疑問を持つ女性のために作っている。

WWD:シーズンが変わっても常に自分のデザインのインスピレーション源になっているものは

山本:俺が幼かった頃から感じていた“世の中は不公平だ”という一種の怒りかな。

WWD:耀司さんにとって「黒」の持つ意味とは?

山本:文化服装学院時代、創立者の名前のついた「遠藤賞」を受賞し、パリへの往復航空券と10万円をもらって1年間近くパリに行きました。俺が学校で勉強したのはオートクチュール。ピエール・カルダンやイヴ・サンローランがオートクチュールで活躍していた時代。ところがその頃、サンローランは「ディオール」のクチュリエでは飽き足らず「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」という既製服ブランドを立ち上げた。時代は、プレタポルテ創世記だったわけ。俺が勉強したオートクチュールはなんの役にも立たず、強烈な絶望を味わった。俺は何者でもない、という挫折感と絶望感。

WWD:絶望感が「黒い」デザインにつながったと?

山本:おふくろの洋裁店を手伝っていたころから、女性の服は男から見てかわいいとか、セクシーだとか、そんなのばかりだったので、“それは違いませんか?”という思いがあった。肩書なしで女1匹でいる人に対して、“Can I help you?”“May I help you?”という思い。そうなるとやはり甘っちょろい色は使えない。どうしてもモノトーンの男性っぽい色になる。

WWD:「黒」が意味するのは女性の意思の強さなのか?

山本:意思の強さは最低限ないと。あとは意思の強さに同居する自由。その自由の裏側にある責任。その時にやっぱり花柄でチャラチャラとは歩けないでしょ。

WWD:男性の服装について、こうあるべき、という考えはあるか?

山本:分かりやすく言うとジプシーがかっこいいと思う。彼らは全財産を着て歩いており、オシャレのために着ているわけじゃない。生活のために着ているものほどかっこいいものはないから、ジプシーの重ね着には到底かなわない。だからこそノマドの迫力に挑戦し続けているところもある。


インスピレーション源については「“世の中は不公平だ”という一種の怒り」と話す インスピレーション源については「“世の中は不公平だ”という一種の怒り」と話す
WWD:最も思い入れのあるコレクションは?

山本:2つある。1つはウエディングドレスで服を作ったとき(1999年春夏)。通常、ショーの最後に出てくるウエディングドレスだけで服を作ったらどうなるのか、という発想だった。もう1つはソルボンヌ大学の大講堂で行ったショー(94-95年秋冬、95年春夏)。哲学者や科学者、文学者の肖像画が並び、西洋文化が「どうだ!」と言わんばかりに息づいている場所だった。初めて「負けるかもしれない」という感覚を覚えた。だから、着物を歩かせた。伝統と 伝統が鉢合わせをしたら面白いだろうと思ったから。要はけんか。手応えがあって面白かったね。

WWD:自分のブランドをカテゴライズするとしたら何系か?

山本:簡単に言うと“アバンギャルド”。ただ、今は “アバンギャルド”っていうジャンルのカテゴリーができてしまった。でも俺はそんなのじゃない。“アバンギャルド”なんて一口にカテゴライズされたくない。極端に言うと自分自身も否定してやってきたから。

WWD:笹田靖人や朝倉優佳など、アーティストとのコラボレーションが続いたが、今後協業してみたいアーティストは?

山本:もういないかな。成功したことを続けるのは恥ずかしいこと。褒められたらやばい、と思わないと。一緒に仕事をしてみたかったのは、ダンサーのピナ・バウシュです。

WWD:娘の山本里美さんについてどう思っているか?デザインは似ていると思うか?

山本:僕を女にしたら里美。でも、彼女の服は女にしかできないセクシーな服。女だから何を着たい、着たらどう感じるかを分かっているのが強みだろう。俺のことを乗り越えるのは無理だと思うけど(笑)。

WWD:里美さんがタトゥーを入れた時は親心的にどう思った?

山本:タトゥーぐらいで済ましてくれるならありがたいよね。

WWD:ショーの翌日に服が買えるなどファッションシステムの在り方を問い直す動きが出ているが、どう思うか?

山本:まあ好きにしろ、といった感じ。

WWD:ヨウジヤマモト出身のデザイナーが活躍していることについてどう思うか?

山本:“Welcome to the hell”って感じだよね。


青山店を作ったときのコンセプトは「できるだけ入りにくい店」 青山店を作ったときのコンセプトは「できるだけ入りにくい店」
WWD:昨今の日本の若手デザイナーについてアドバイスはあるか?

山本:勝手にすればいい。それより、日本のデザイナーはなぜ日本で認められないのか、という思いはずっとある。商業施設が新しくできると、1階には必ず海外の有名ブランドが入る。日本が日本を盛り上げない。だから日本の若いデザイナーは海外に出ざるを得ない。若手デザイナーに向けては、だから“まあ頑張れよ”“ただ服を作って輸出すると集金が大変だぞ”、と伝えたい。

WWD:ファッション業界に長く身を置いていて自分の限界を感じたことはあるか?

山本:あります。40代後半の頃。ヨーロッパのジャーナリストたちが俺のことを「マスター」とか「マエストロ」とか言い出した。俺は反抗してヨーロッパに来たのに受け入れられちゃった。特にフランスはすごい。才能ある人間をうまく丸め込んで牙を折っちゃう。やばいと思った。「マエストロ」と言われてフラフラしちゃって、次のコレクションのイメージがわかなくなっちゃった。毒を抜かれて、不平等に対する怒りが薄れた。5年間くらいかな。だからそのときはバンド活動をしていた。全国ツアーを組んでその合間に仮縫いする、みたいな。

WWD:バンド活動はデザインからの逃避だったのか?それともまた戻ってくるためのインターバルとしてか?

山本:そんなかっこいいものじゃない、やけくそ(笑)。デザイナーとして見えなくなってる自分はただのおっさんだよ、もう知らねえ、みたいな。まあ楽しかったけど。

WWD:コラボレーションのデザインも多いが、自身のブランドとデザインの違いはある?

山本:ない。全部真剣勝負。

WWD:「ヨウジヤマモト」の服を着ている芸能人で、特にこの人は似合っているな、と思う人は?

山本:大体似合うんじゃないかな、芸能人をやるくらいだから、みんな何かしらパワーを持っている。逆に、“こういう似合い 方もあるんだ”って発見することもある。

WWD:「ヨウジヤマモト」の販売員に期待する接客はあるか?

山本:あったし、今でもあるけど、実現していない。青山店を作ったときのコンセプトは「できるだけ入りにくい店」。販売員はタバコを吸っていたりして、いらっしゃいませ、も言わずに感じが悪いのが理想。だって、客はもてなしてくれない方が楽じゃない?入りにくい店だから、ドアを開けて入ったときに勝負が決まっている、という感じにしたい。


「極論言うと“I have no tomorrow”であり、明日には死んでいるかもしれない」 「極論言うと“I have no tomorrow”であり、明日には死んでいるかもしれない」
WWD:最近“I’m for rent”などのメッセージがプリントされたアイテムが多いが、何か心境の変化があったのか?

山本:ワイズという会社を作ってから、44年。ヨウジヤマモト社は、ここ2、3年、最高益を連続して出している。もうこの歳になったから言っちゃっていいと思うけど、今俺、絶頂期です。ビジネスも最高に調子がいい。そうなると、ちょっとふざけたくなるんだよね。だから“I’m for rent”とか。もしこの絶頂期が50代に来て世界中の強い反応を感じてたらダメになっていたね。

WWD:「ワイズ」はデザイナーの名前を出したラインを増やしているが、会社の方針か?耀司さん自身の方針か?

山本:両方。現在、「ワイズ」では監修の立場にいる。あと、何年現役続けられるか分からない。極論言うと“I have no tomorrow”であり、明日には死んでいるかもしれないから、後継者を育てていかないと。俺が死んだ後は、若手が継ぐと思うけど、俺のやっている仕事は一人では無理だと思う。複数の人が俺の役割を担うんだと思う。会社の立場で言えば、日本発の世界的なブランドになることを狙っている。俺は個人名では世界でも有名だけど、ビジネスとしての「ヨウジヤマモト」はまだ大きくない。でもね、極論言うと自分が死んだ後に会社がどうなろうと知ったこっちゃない。俺の名前で服を作ってほしくない。だから社名を変えてほしいな(笑)。

WWD:新ライン「ラグネ キカス」のニットはカラフルで異彩を放っているが、なぜ彼女の起用を決めたのか?

山本:ラグネとの出会いは、審査員を務めた「イエール国際モード&写真フェスティバル」 で、その時は、全身黒の手編みのニットを作っていた。あまりにウチにフィットする作風だからあえて2位に入れた。で、別れ際 に“You got a job”と伝えたらキョトンとしていたけど通じたみたいで、後日ラグネの方から連絡がきて、ウチで働きたいというから、じゃあおいで、と。彼女は、エストニアの貧しい地域の出身で、隣の町に行くのにも半日もかかるらしい。代々ニットで生計を立てている家庭で育ち、編み物のスペシャリスト。知識があり、うまい。“編むために生きている”人だ。去年のファムのニットは彼女が担当したが、ウィメンズコレクションのニットは女っぽすぎるから、独立させた。あまりにもうますぎて、ヘッドハンティングされないか不安だから(笑)。黒ばかりだと売れないので色物を入れているが、彼女の本領は黒です。

WWD:「ディスコード」について。バッグはデザインしないと聞いていたため意外だったが?

山本:バッグを肩から下げる女性の気持ちは正直分からない。男は、できれば小さいリュック一つで済ませたい。今着ているこの服は、パスポートや財布など全財産が入っている。リュックに入っているのは着替えの下着だけだ。「ディスコード」は女性が持つバッグだから、分からなくて困っているけど、少し面白くなってきているところ。今後は、小規模でいいから「エルメス」みたいに、尖っていてもセンスがよく、長持ちする、メッセージ力のあるバッグを作りたい。世界的なビッグブランドはほとんどバッグなどの小物で勝負しているからね。服で勝負を続けているのは、ジョルジオ・アルマーニくらいじゃない?友人でもある彼の、何十年もスタイルを変えないでクリエイションを続けるパワーを尊敬している。

WWD:廃止したラインで後悔しているものはあるか?

山本:西麻布に本社があったときに作っていた「ワークショップ」という作業着ラインがそう。作業着は在庫を積まなくてはいけないから、当時の社長が嫌がって俺の真意をくみ取らずに廃止した。ビンテージのデニムや革ジャン、軍服など、ある目的のために作られたワークウエアにデザイナーものも組み合わせて着こなす人が本当におしゃれだと思う。ジーンズはフランスのドゥニーム地方、ギャバジンはスペインのギャバジン地方から生まれた。ジーパンをはいて働くのはただの作業だからファッションじゃない。農村から出てきたような服を都会で着るのがファッションだと思う。仕事着はその人を洗練させる重要な要素だと思う。

WWD:ヨウジヤマモト社の今後のビジョンは?

山本:俺が生きているうちに「ヨウジヤマモト」が世界的なブランドになることかな。

WWD:世界的なブランドとは?

山本:日本や中国を含め世界の百貨店やファッションビルが1階に置きたくなるブランド。ウチはもちろん世界的なブランドだけど、まだ規模が小さ過ぎる。でも俺が規模を求めているかというとそうでもなくて、例えば「ルイ・ヴィトン」みたいなでかい店舗はいらない。世界から大事にされるブランドになりたい、ということ。


山本耀司のスケッチ。受験時には東京藝術大にも合格している 山本耀司のスケッチ。受験時には東京藝術大にも合格している
WWD:「ヨウジヤマモト」の何が今世間的にウケていると思うか?

山本:今の流行に疑問を持つ人が出てきたのではないだろうか?しかもそれが若い男性を中心に始まっていて、男性がウチの女性ものを買いに来ることが多い。意識的に日本の袴みたいな、スカートみたいなデザインを出したら爆発的に売れて、今も伸びている。女性ものについては今、“キチンとしなきゃ”となるとリクルートスーツになり、いつも着ている服との差が極端で中間がない人が多い。だからキチンと着る服、としてウチが認知されているようだ。流行ものが嫌だ、と思う女性が少しずつ出てきている。「ヨウジヤマモト」は高いから、まずは「ワイズ」や「リミ フゥ」から入ってくる。

WWD:12月10日から開催する画家としての展覧会「画と機」について。展覧会名の由来などは?

山本:俺はガキの頃絵がうまかった。だから藝大も受かったが、絵ではおふくろを食わせられないと思って結局は慶應に進んだ。でもこの歳になり、あと何年もないから、やりたいことをやろうと決めた。背中を押してくれたのは、自分のファーストコレクションのポスター写真を撮ってくれた写真家の操上和美さんの奥さん。ある日俺が、「展覧会やることにしたんだけど、自信がないんだよね」 と言ったら、彼女が「自信があって作ったものなんてロクなものじゃないよ」と。そこでハッとして「じゃあ自信ないからやろう」と思った。ガキの頃からの夢だったことを実現するからタイトルはガキからとり、松岡正剛さんに絵画の「画」に機織り機の「機」、で「画と機」と命名してもらった。

WWD:「画と機」はどんな展示になるか?

山本:まだ全然描いてないから分からない(笑)。画家の朝倉優佳くんとのコラボレーション展になる。今回は平面と向き合う。空間のイメージは湧いてくるけど、実際に俺が平面に向かったときの情けなさ、これを痛感している最中だ。

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