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さまざまな職を経て「生涯現役ショップスタッフの道」を行く ヴェルメイユ パー イエナ佐藤美穂

 ショップスタッフは若い人だけの職業なのだろうか?

 服を買いに店へ行き、ショップスタッフと会話していると、自分の要望が伝わらず、ニュアンスの違いを感じることがある。特に同世代にしか分からない“悩み”の様なものが伝わらず、購入の決め手に欠けてしまい一時退散することもしばしば。業界内に限らず、日本では「販売員は若い人たちの仕事」という考え方が根強くあり、それが30~40代のショップスタッフが少ない要因ではないかと思うことがある。そこで他業界やメーカーでの営業職など、幅広い経験を積み、現在はショップスタッフを務め、ヴェルメイユ パー イエナ(VERMEIL PAR IENA)日本橋高島屋S.C.店(12月から新たにオープンする青山店に異動)の佐藤美穂店長に販売職の魅力を聞いた。

―ファッションの原点は何ですか?

佐藤美穂さん(以下、佐藤):私が10代の頃はファッションと音楽が結びついていた時代で、ディスコが“クラブ”に変わるころでした。「スーパーラバーズ(SUPER LOVERS)」や「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」「ヒステリックグラマー(HYSTERIC GLAMOUR)」が全盛期で、おしゃれしてクラブへ遊びに行くことが面白かった時代です。“月一ヴィヴィアン”と称して、毎月、アルバイト代を握りしめてお買い物しにいくことを生きがいにしていました。

その頃から母親世代の服装を見ていて「私もこの歳になったら、こういう服を着るしかないのか?着たい服がなくなる!」という不安のようなものを抱えていました。海外のファッション雑誌を見ると、そこには年齢を重ねてもおしゃれを楽しんでいるマダムの姿があって「何で日本とは違うのだろう?」と疑問を持つようになり、「それなら自分が変えてやる!」と勝手に熱くなっていました(笑)。なので、そのころから人生のモットーは「人は棺桶に入るまでオシャレでいるべき!」。まずは自分が率先してそういう大人になろうと(笑)。

―同世代なので、とても共感します。私も当時“月一ヒステリックグラマー”をやっていました。それに母親や祖母世代の服装へのジレンマも感じていました。

佐藤:時代ですよね。だから今はお客さまも巻き込んでオシャレを楽しもうと励んでいます。そういう気持ちで日々を過ごすと、街中で「その服はどちらで買われました?」と声をかけていただくようになるので、そのまま店にお連れすることもあります。

―どこで誰が見ているか分からないから、販売員はオシャレでないといけませんね。ところでベイクルーズに入社されたのが5年前だそうですが、それまではどんな仕事をされてきたのですか?

佐藤:いろんなことをしてきました。出版社勤務を経て、リフレクソロジーの資格を取得してサロン勤務もし、そこでお客さまだったOEM会社の社長に「服が好きならうちの会社で働いてみないか」とお誘いいただいて、本格的にこの業界へ入りました。その会社が小売りに挑戦するということで、ブランド立ち上げに関わりつつ店頭にも立つようになり、そこで販売職の面白さに気づきました。その後、販売を極めようとSPAメーカーへ転職し、IT業界を経て、40代手前でギャル系ブランドへ移り、5年前にベイクルーズで働いていた友人から相談を受けて、今に至ります。ギャルブランド時代は店長兼マネジャーとして渋谷109の店頭にもいましたので“マルキューの主”と呼ばれていました(笑)。

――多彩な経験ですね。その経験は販売職に生かされていますか?

佐藤さん:正直、経験を気にしたことがありません。洋服が好きだから販売しているだけなので、自分にとってこの仕事は天職だと思っています。でも、自分が「イイ!」と思ったものを伝えたい性分なので、勉強さえすれば鍋でも家でも売る自信はありますよ。

―販売を極めたいと転職されましたが、この仕事の面白さや魅力とは?

佐藤:洋服の販売は特殊です。飲食や化粧品は必要性があり、目的を持って来られる方が多いですが、洋服は目的買いの方もいますが、ほとんどが衝動買いです。中には「私に似合うものない?」といきなり言われる方もいます。いろんなお客さまがいて、一人ひとりの要望を汲み取って似合うコーディネートを組むというのはプロのスタイリストと同じで、ある意味“専門職”だと思うのです。入店した瞬間から「最後には素敵になってもらいたい」という気持ちでお客さまに接し、服を選んでいますが、正解がないから面白い。毎日ライブ感があります。

―元気のないこの業界において、佐藤さんのバイタリティーの源は何でしょうか?

佐藤:新しい服を着るとめちゃくちゃテンション上がりますよね。それだけです。例えば、その日のコーディネートがイマイチだとすぐにでも着替えたい気分にもなるし、ばっちり決まると一日のモチベーションも上がる。お薦めした服を試着したら素敵に似合うだけでお客さまも私もテンション上がるし、うれしくなります。その気持ちを私たちが失っていてはいけないのです。ギャルブランド時代のことですが、いつも来られる客層より少し大人な印象のお客さまがいらして、いつも通りのテンションで接客をしたのです。もう、これで決まりかと思っていたらお客さまに「お姉さんのテンションが低いから買うのやめます」と言われたのです。これはもう本当に雷に打たれたような衝撃でした。

―それは衝撃的!背中を押す何かを求めていたのですね。

佐藤:はい。自分が“月一ヴィヴィアン”と言いながら、靴下くらいしか買えなくてもワクワクして買い物に行った気持ちを忘れてはいけないことを痛感しました。今は仕事として毎日店頭に立っていると新鮮味が薄れて、売り上げが心配になることもありますが、お客さま側にすれば数カ月に1度しかショップには行けないから、全てが新鮮に見えるのです。この店に来るお客さまも「また、変わっている!」と喜んでくれます。その気持ちに私たちが寄り添って洋服を紹介できないといけません。とはいえ、全てのお客さまがそういう接客を求めているわけではないので、どんなテンションがいいかを見極める力も必要です。いろんな接客パターンを自分の中に用意しておくことも大事ですね。

―まさに販売は専門職ということですね。

佐藤:でも、この仕事をしていると親から「いつまで(販売員)やっているの?」と言われて、実際に退職する子もいます。私の両親もそんな時期がありましたが、今ではリスペクトしてくれています。だからこの仕事に誇りを持ってほしいし、販売が社会の末端のようになっている意識を変えたいです。洋服が販売できたら、どんなものでも売れると思うのです。スタッフにも「手に職だよ」と伝えています。

―私も販売は年齢無制限でいくつになってもできる仕事だと思います。

佐藤:私もそう思います。誰が若い子の仕事だって決めたんですか?(笑)。最近、社内でもキャリアのある販売員が店頭に立ち続けられるような取り組みができてきているので、その先頭に立ちたいと思っています。良いモデルケースとなり「定年まで現役販売員でいられる」ということを伝えていきたいです。

苫米地香織(とまべち・かおり):服が作れて、グラフィックデザインができて、写真が撮れるファッションビジネスライター。高校でインテリア、専門学校で服飾を学び、販売員として働き始める。その後、アパレル企画会社へ転職し、商品企画、デザイン、マーケティング、業界誌への執筆などに携わる。自他ともに認める“日本で一番アパレル販売員を取材しているライター”