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「アンリアレイジ」森永デザイナーが振り返る「LVMHプライズ」 土や太陽光を必要とする服を作った理由

 「アンリアレイジ(ANREALAGE)」の森永邦彦デザイナーは、第6回「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE以下、LVMHプライズ)」でファイナリストまで勝ち残った。9月4日にパリのフォンダシオン ルイ・ヴィトン(Fondation Louis Vuitton)で行われた最終審査では、“光合成(PHOTOSYNTHESIS)”と題した“自然と共生することで完成する”新作コレクションを披露。土と水と温度により生分解される“バイオデグラデーションガーメント”、太陽の光で色が変わる“フォトクロミックガーメント”、世界地図が輝く球体型の“リフレクトグローブガーメント”を用意し、審査員や取材に訪れたジャーナリストの度肝を抜いた。

 結果、受賞には至らなかったが、「LVMHプライズ」への参加はブランドにとってプラスになることが多かったようだ。グランプリ発表直後の会場で、森永デザイナーに半年以上をかけた戦いを振り返ってもらった。

-まずはお疲れさまでした。今回は過去最高の1700組以上の応募があったようですが、「LVMHプライズ」に応募するのは何度目だったんですか?

森永邦彦「アンリアレイジ」デザイナー(以下、森永):ありがとうございます。「LVMHプライズ」への応募は、今回が初めてです。面識はなかったのですが、元コレット(COLETTE)のサラ(・アンデルマン、Sarah Andelman)からホームページ経由で「プライズに応募した方がいいと思う」というメールをいただいて。年齢的に応募できる最後の年でもあったので、挑戦してみようという気持ちになりました。

-最初で最後の挑戦だったということですが、どのような思いで臨みましたか?

森永:ファイナルまで残るとは正直思っていなかったのですが、自分たちがパリで発表するようになり5年が経つ中で「LVMHプライズ」に参加することが次のステップにつながると考えていました。

-ファイナリストに選出された感想は?

森永:率直にうれしかったです。パリコレで発表を続けていてもなかなか届かない人や出会えない人はいるのですが、2月から9月までこのプライズに関するやりとりをする中で本当にいろいろな人と出会うことができました。また同時に、LVMHグループで働く人と関わることも増え、巨大なファッション産業への捉え方や自分たちが今まで持っていなかったファッションへの視点などを与えてもらいました。受賞はできませんでしたが、この半年はブランドにとって力になることやプラスになることばかりでした。

-最終審査のために制作されたコレクションは、いつもとはまた異なるアプローチを感じました。今回、サステイナブルを意識した理由は?

森永:「LVMHプライズ」に携わる間に他のファイナリストと話す機会も多かったのですが、その中には根からのサステイナビリティーに対する意識を持っているデザイナーもかなりいて。僕自身は彼らとはまた違う価値観で服を作っていましたが、一緒に取り組む中で影響を受けた部分もたくさんありました。それに今後自分が作るものを考えると、避けては通れない課題になってくると。「LVMHプライズ」のためのコレクションは、それを意識する第一歩であり、今回限りというわけではなく取り組みとして続けて行くつもりです。“自然と共に作る”というのは、例えば飛騨の雪ざらしのように、日本人が昔からやってきたこと。そのコンセプトを現代のテクノロジーを使って「アンリアレイジ」なりに表現していくというのは、欧米のデザイナーと異なる独特の美意識だと思いますし、自分たちにはテクノロジーと自然の両軸が必要で、それが交わるところに描きたいファンタジーがあります。

-実演も交えた展示ブースはひときわ盛り上がっていましたが、審査員のフィードバックはいかがでしたか?

森永:審査員の反応は非常に良かったです。(非公開で行われた)最終プレゼンテーションも本来は10分間と決められていたのですが、質問が止まらずに15分以上やらせてもらいました。新たに取り組んだ“バイオデグラデーションガーメント”や“フォトクロミックガーメント”という洋服自体が自然と共生して完成するコレクションには、どの審査員も驚いていましたし、興味を持ってもらえたと思います。

-実際に参加されてみて、「LVMHプライズ」は若手デザイナーにとってどんなものだと感じましたか?

森永:やはり夢がありますよね。30万ユーロ(約3540万円)という賞金を差し置いても、これだけのスターデザイナーとファッション業界を動かす重要人物に自分のクリエイションを直接プレゼンテーションできる機会は他にない。僕らやそれより下の世代のデザイナーが夢を見られる場所であり、今回の挑戦を通して僕も夢を見せてもらいました。

パリコレに発表の場を移してからの変化

-パリでの発表に切り替えて5年が経ちます。海外での反応は、どのように変わりましたか?

森永:東京で発表していた時は全然海外での展開や広がりは感じられなかったし、パリに出ても最初の1、2年はあまり変わらないという印象で、箸にも棒にも……という感じでした。ただ続けていく中で、「ANDAMファッション・アワード(ANDAM FASHION AWARD)」のファイナリスト選出やパリでの展覧会への参加といった機会がじわじわと増え、3年目くらいから手応えを感じられるようになってきました。「アンリアレイジ」は、パリコレで発表するブランドの中でも独特の道を歩んでいますが、それがすごくポジティブに受け止められるようになっていると感じます。

-森永さん自身の中でも考え方や価値観の変化はありました?

森永:最初はとても力んでいて、パリの中で独行するぞ!という気持ちでした。でも今はパリ自体が自分たちに馴染みのあるものになり、すごく活動しやすいですし、理解が生まれているように感じます。今日ブースに来てくれた方も、「アンリアレイジ」を知っていて応援してくれている人が多かったですし。やはり継続することは重要だと思います。

-パリコレデビュー以降は「光」をテーマにさまざまな可能性を模索してきましたが、先シーズン(2019-20年秋冬シーズン)はまた大きく方向転換しました。そのきっかけは?

森永:東京でも大きなショーをやるということが大きかったです。それにパリに出てきた頃は“非日常的なこと”を力んでやっていたけれど、それをもう一度巻き戻し、日常的にウエアラブルな洋服の中で少し視点の違うことをより追求しようと思いました。その結果、今までジャーナリストだけだった広がり方がしっかりバイイングにもつながり、ビジネス的にもいい影響が出ています。9月24日にパリ・ファッション・ウイークで発表するコレクションも、その方向性をさらに発展させていきます。

-海外での発表に切り替えて良かった点、逆に難しいと感じた点は?

森永:難しいのは、やはり日本で発表するよりも費用がかかること。そして最初は英語が話せなかったので、コミュニケーションにおけるストレスが大きかったです。今も流暢なわけではないですが、次第にコミュニケーションはできるようになるし、費用に関してもそれを前提として進めているので問題はありません。逆に費用をかける分だけの広がりを実感していますし、自分たちが東京でやっていたことを客観的に見られるようにもなりました。具体的に言うと、いろんな人種や体型、価値観の人がいる中で洋服を作るというボーダーレスな感覚が生まれ、考え方がオープンになりましたね。昔は、海外は敵だと思っていたので(笑)。

-今後、どのようにブランドを発展させていきますか?

森永:「アンリアレイジ」を立ち上げてから15年以上が経ちましたが、ブランド名に「AGE」とついているだけに、その時代時代での戦い方があると思っています。そういった約5年ごとの周期で変わることと、“日常と非日常の境界線を探る”という設立当初からずっと変わらないことを続けていくのみです。

JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。