服の本質的な価値が改めて問われる昨今、時間と手間を惜しまず、モノ作りの完成度を追求するブランドへの評価が高まっている。パリを拠点とする「ケイシー・ケイシー(CASEY CASEY)」もその一つだが、これまでブランド名を耳にしたことがなくても不思議はない。2008年の設立以来、プレスやマーケティング活動を行わず、設立者ギャレス・ケイシー(Gareth Casey)も表舞台に出ることはほとんどなかった。それでも彼の服の魅力は人から人へと伝わり、現在ではパリに旗艦店を構え、世界の有力ショップへと販路を広げている。日本ではドーバー ストリート マーケット ギンザやユナイテッドアローズをはじめ、卸先は約30アカウントに上る。
その魅力は、細部まで妥協のない服作りだ。糸の選定から織りの密度まで指定して独自の生地を開発し、洗いや染色、手仕事を重ねて独特の風合いを生み出す。一見シンプルだが、裏地やポケットまで細部を設計し、着心地と耐久性を追求する。着るほどに身体になじみ、時間とともに表情を深めていくのも「ケイシー・ケイシー」の服の魅力だ。
90年代に前身となるブランドを立ち上げて以来、約30年にわたってモノ作りを続けてきたケイシー。これまで多くを語ってこなかった彼がなぜ今、ブランドを外へ開こうとしているのか。創作の原点とモノづくりの哲学、そしてこれからについて聞いた。
PROFILE: ギャレス・ケイシー=「ケイシー・ケイシー」設立者

WWD:前身のブランドから約30年、プレスやマーケティング活動を行ってこなかった理由は?
ギャレス・ケイシー=「ケイシー・ケイシー」設立者(以下、ケイシー):一番の理由は、時間がなかったから。私はとにかく手を動かして何かを作ることが好きで、いつも創作に夢中なんだ。
2017年には、フランス中部ベリー地方にある12世紀の旧修道院ル・プリウレ・ドルサン(Le Prieuré d’Orsan)を購入し、7年をかけて改修した。現在はパリとの2拠点で、陶芸や絵画、庭造り、料理など、暮らしの中でさまざまな創作を続けている。それらの経験や感覚が服づくりにも自然とつながっている。
ブランドについて、特に語りたいこともなかった。まぁ少し怠けていたというのも否定できないが(笑)。人がそれぞれに解釈してくれれば十分で、それでもビジネスは成長し、取扱店も増えていった。こちらから展示会に招待しなくても、どこかで服を見たバイヤーが連絡をくれることも多かった。
WWD:服自体がブランドの認知度を広げていった?
ケイシー: そうだと思う。私はチームが作ったものをかなり信じていて、例えば、ある服が一着も売れなかったとしても、すぐには失敗と断定しない。後のシーズンに違うアイテムと組み合わせて見せてみると20着売れ、さらにもう一度出したら200着売れたこともある。服が変わったわけではなくて、人がそれを見るための文脈や、こちらの見せ方が変わっただけだ。何かがすぐに理解されなかったり評価されなかったりしても、それ自体を否定するのではなく、どこに置き、何と組み合わせ、どう見せればその良さが伝わるのかを考える。その繰り返しで、私達なりの方法で服を伝えてきた。
今なら少し言いたいこともある。
プレス活動も、私には「新しい遊び場」
WWD:約2年前からプレス活動を始めたのは、どんな心境の変化から?
ケイシー: 今なら少し言いたいこともあるし、ビジュアルでの表現にも興味がわいたから。まずはグラフィックを手掛ける人達とイメージを作り始めた。すると、「言葉もあった方がいい」と言われて私が文章を書くようになった。ビジュアルと言葉を少しずつ蓄積していくうちに、ブランドについて、外へ伝えていくのも面白いと思うようになった。プレス活動も、ある意味では新しい遊び場と捉えている。
WWD:服で支持を広げてきたあなたの、コレクション制作の出発点は?
ケイシー:私の創作に対する姿勢は共通している。例えば、料理をする時は冷蔵庫を開けて、中にある食材を見て、何を作るか考える。レシピには従わないし、料理を専門的に学んだこともない。そして仲間と食卓について、「最悪にも最高にもなり得る」と思いながら食べてみる。すごくおいしくできても、僕はレシピを書いていないから、同じものは二度と作れない。でも、それが好きなんだ。服も同じで、素材や色、形を触りながら、実験を繰り返す。僕にとって一番楽しいのは、完成形を手に入れることではなく、実際にやってみるという行為なんだ。
WWD:チームの中でのあなたの役割は?
ケイシー: 私は、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの「同じ川に二度入ることはできない」という言葉が好きだ。川は常に流れ、同じ状態にはとどまらない。「ケイシー・ケイシー」もそれに近い。色々な人のアイデアや感覚が流れ込み、常に形を変えていく。アーティスティック・ディレクターとしての私の仕事は、その川岸が崩れないようにすること。さまざまなところから生まれるエネルギーを見ながら、「これはこっちへ流そう」と方向を与える。でも、流れを完全にコントロールしようとは思わない。たとえ私自身が「少し違うかも」と思っても、チームの誰かが「好き」と言えば、その感覚を信じる。実際、自分では着ないと思ったジャケットをコレクションに入れたこともある。他のブランドのアーティスティック・ディレクターにその話をしたら、「そんなことをするなんてクレイジーだ」と言われた(笑)。コレクションはチームで作っているのだから、彼らの視点や美意識は信頼に値すると私は思っている。
WWD:コレクションは対話によって生まれているということ?
ケイシー:その通りだ。私のモノづくりには常に二つの対話があって、一つは自分自身との内なる対話、もう一つは自分と他者との対話だ。私自身「これも好きだし、あれも好き」という矛盾をたくさん抱えているし、一つの固定された自分に当てはめる必要はない。「君は何がしたい?じゃあ、もう一人の君は?」と自分の中で問いかけながら、その両方を否定せず、バランスを取りながら作っていく。そうした二重性は、名前を重ねた「ケイシー・ケイシー」というブランド名にも表れている。
興味があるのは、
人と人との間にある“ベール”
WWD:あなたの服づくりの原体験は?
ケイシー: イギリスのブライトン大学で絵画やファッション・テキスタイルを学び、陶芸も勉強したが、当時から創作の中心にあったのは身体だった。特に興味を持っていたのは、人と人との間にある“ベール”。それは社会的・文化的な隔たりでもあれば、布のように身体を覆う物理的なものでもある。人はどこまで他人に近づけるのか、服を通して何を見せ、何を隠し、何を表現するのか?例えば、シャワーから出た時には何も身につけていないが、誰もが服を選ぶ。布で身体の周りに形を作り、色や素材によってその日の自分を表現する。人が何を着ているかだけでなく、どう着ているかを見るのも好きだ。長く着込まれて身体になじんだ服には、その人が過ごしてきた時間も見える。服は作った時点で完成するのではなく、着る人によって人生の一部になっていくという過程にも関心があって、服づくりに惹かれたんだ。
WWD:「ケイシー・ケイシー」の服もそういう存在であってほしい?
ケイシー:そうだね。意図を持って作られた服は、着る人の時間が重なることで、さらに魅力的になっていくのだと思う。私は最近、昔の服を箱から出して、「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」や「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」の服を見返した。20年以上着続けている服もあり、それらを通して当時の自分を思い出すこともある。「ケイシー・ケイシー」の服も、誰かにとってそういう存在になればうれしい。見た瞬間に「ずっと探していた服に出合えた」と感じてもらえれば幸せだ。服は必ずしもスペクタクルである必要はないが、着る人の心のどこかに触れるものであってほしいと思っている。
WWD:ブランドの今後の展望は?
ケイシー:もっと遊び、もっと作り、もっと見せていくこと。具体的には、ビジュアルの表現を広げて、私達が何をしているのかを少しずつ外へ伝えていきたい。これまで何年もの間、質問されてもほとんど答えてこなかったが、発信することで「ケイシー・ケイシー」を知らない人達とも繋がれるかもしれない。
ビジネスも成長し、デザインスタジオも大きくなったことで、クリエイティブなエネルギーも増している。それをもっと外へ放出していきたいし、「こんなこともするんだ」と少し驚くようなプロジェクトにも取り組みたい。例えば、私が暮らす旧修道院を改修した自宅での日常や、そこでの創作、着る服から着想した新ライン「ケイシー・ケイシー オルサン(CASEY CASEY ORSAN)」もその一つだ。
明確なゴールを決めて、そこへ向かっているわけではない。先ほど話した川と同じで、流れながら形を変え、「これをやったらどうなる?」「じゃあ次は?」と試し続けていく。次の一歩、その次の一歩へと進み続ける。これまでもこれからも、それが「ケイシー・ケイシー」のあり方なのだと思う。