山添藤真 京都府与謝野町長(以下、山添):与謝野町は京都府北部、丹後半島の付け根に位置する、人口2万人弱の町です。大江山連峰や町の中央を流れる野田川、日本三景・天橋立に面する阿蘇海に囲まれ、山・川・海が近接した自然豊かな環境にあります。こうした環境のもとで、織物業と農業という二つの地場産業が長い年月をかけて育まれてきました。

織物産業では「丹後ちりめん」をご存じの方も多いでしょう。与謝野町は長年、着物の生地をつくり続けてきた産地で、最盛期の昭和47年頃には年間1000万反、1反13メートル換算で地球3周半強に相当する 量を織っていました。その後、和装市場の縮小に伴い生産量は減少しましたが、培われてきた技術を生かし、現在は多くの事業者が新しい織物づくりに挑戦しています。
用途もファッションにとどまらず、インテリア分野へと広がっています。三百年続く伝統を基盤に、現代の生活に合う織物を生み出し続けている町だと理解していただければと思います。

盛岡笑奈LVMH メティエ ダール ジャパン ディレクター(以下、盛岡):LVMHは「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」と「モエ・ヘネシー」の頭文字を取った名称で、75のブランドを擁するフランス発祥のコングロマリットです。1987年にベルナール・アルノー(Bernard Arnault)現会長によって設立され、ファッション、化粧品、ワイン・スピリッツ、時計・宝飾、ホスピタリティ、メディアなど幅広い領域で事業を展開しています。最も古いブランドは1365年創業の「クロ・デ・ランブレ」で、グループ全体の売上規模は日本円換算で約14〜15兆円に達します。

LVMHの本質は、二つのフランス語の概念に表れています。一つは「サヴォアフェール 」で、単なるノウハウではなく、職人による唯一無二の技を指します。原料選びから細部に至るまでこだわり抜き、職人技そのものが製品価値の核となる考え方です。もう一つが「アール・ド・ヴィーヴル」で、美しく豊かに、自分らしく日々を楽しむ“暮らしの芸術”を意味します。加えて重要なのが「テロワール」という概念です。これは土壌や風土にとどまらず、土地の自然や文化、人、歴史が重なり合って生まれる総体的な価値を指します。本日のテーマである文化産業は、このテロワールと深く結びついています。
山添:与謝野町は織物の町として知られていますが、農業も重要な産業です。農地の景観の裏側には、農家の方々が一年を通じて行う雑草除去や水路管理といった、日々の営みがあります。そうした積み重ねによって、美しい農村風景が保たれています。
農業政策の中でも重要なのが、町の施設で製造する100%オーガニックの有機質肥料です。魚のアラや米ぬか、おからなどの天然素材のみを原料とし、これを農家に安価に提供することで、土壌の質を継続的に高めています。織物業と農業の両方が長年受け継がれてきた背景には、行政のビジョンと、住民や農家による日々の実践があります。
これらの産業が何百年も継承されてきた理由は、「自立性」と「公共性」の両立にあると考えています。たとえば与謝野町の織物職人が開発した「絽や紗」という織物技法の普及の過程がそうであったように、新しい技術を独占せず、求められた人に教えることが良しとされてきました。この精神が産地全体で共有されることで、技術は地域に広がり、公共の財として根付いてきました。こうした文化こそが、与謝野町の産業を支える土壌になっています。
三百年続く産地の条件、与謝野町が守ってきた産業の哲学
盛岡:まさに今のお話にもあったように、「与謝野町といえば、ちりめん、絽や紗、そして有機肥料」といった具合に、地域の特徴を明確に語れること自体が、すでにブランドづくりの出発点になっています。地域には多くの資源がありますが、その中で何に力を入れ、何を強みとして打ち出すのかを選び取ることこそが、ブランディングの核心です。
ブランドの価値は、歴史や価値観、技術といった揺るがないDNAを根幹に持ちながら、時代に合わせて表現を更新し続けることで生まれます。テロワールという考え方は、これを地域で実践する際の概念だと言えます。その土地に宿るDNAをどう定義し、どのように世界へ向けて表現していくのかが鍵になります。山添さんは、与謝野町のテロワールをどのように捉えていますか。
山添:与謝野町のテロワールは、丹後ちりめんに代表されるシルク産業と、安全・安心な農業が基盤になっていると考えています。これらを支えているのは、美しい自然環境と、そこで暮らす住民の誠実さや素直さです。この二つが重なり合うことで、産業の根幹となるテロワールが形づくられているのではないでしょうか。
また、この考え方をもとに、産業ごとのトレーサビリティを確立する「みえるまち」の政策を進めてきました。地域の産業や取り組みを可視化することで、町の価値をより明確に伝えていきたいと考えています。
盛岡:LVMHはフランスを起点としながらも、75のブランドがそれぞれ異なる土地のテロワールの上に成り立っています。「グループ全体としてのテロワール」があるのではなく、ブランドごとに固有の文化や土地性を尊重している点が特徴です。「ディオール(DIOR)」と「ルイ・ヴィトン」を例にとっても、同じグループでありながら互いに競合し、模倣せずに独立して存在しています。
もっともわかりやすい例がシャンパーニュ地方です。シャンパンという名称は製法ではなく土地に結びついており、その土地性が世界的な評価につながっています。地域のテロワールを世界基準にまで昇華させた象徴的な例だと言えるでしょう。
北海道の余市の事例も興味深いと思います。もともと余市はウイスキーの産地として知られていましたが、気候変動の影響により、将来的にはブルゴーニュに近い気候になると予測されています。そこで齊藤啓輔町長は、50年、100年先を見据え、「ワイン造りに特化する」という意思決定をされました。
さらに、フランスのジュヴレ・シャンベルタン村と親善都市協定を結び、テロワールとしての評価を高めてきました。広げて、フランスのワイナリー「ドメーヌ・ド・モンティーユ」も北海道へ進出し、余市の葡萄も活用したワイン造りをはじめたりするなど、官民連携による産業形成が現実のものとなりつつあります。こうした例からも、官と民が連携することで、地域産業が世界と接続していく道が開かれると考えています。
地域を語ることは、ブランドをつくること
盛岡:ここからは、官民連携によって何が可能になるのかという点をさらに掘り下げます。LVMHは、製品が店頭に並ぶ以前の段階、いわゆる川上のモノづくりを重視しています。高品質で夢のある製品をつくり続けるためには、素材調達から加工、仕上げまでの工程が安定して維持されている必要があるからです。ヨーロッパでは、かつて高度な技術を担ってきた工房がすでに失われ、再現できないものも少なくありません。その意味で、日本のものづくりの重要性は国際的に高まっています。
こうした背景から、2015年に創設されたメティエ ダール(LVMH Métiers d’Art)は、日本の優れたものづくりの継承と発展を目的として、2022年12月に世界で唯一の支部となるLVMH メティエ ダール ジャパンを日本に立ち上げました。 最初のパートナーとなったのが、岡山のデニム生地メーカー クロキ(下写真)で、その後、京都・西陣織ブランド「HOSOO」を手掛けるHOSOO COLLECTIVEが加わりました。
岡山のクロキについては、19世紀末のデニム黎明期のような(or アメリカ西部開拓期のジーンズのような)生地 から最先端の高速織機まで扱う技術力を評価しました。また西陣織のHOSOOについては、150cm幅の織機を自社開発し、洋服地やインテリア分野への展開を可能にするなど、新たな価値を切り開くものづくりを評価しています。 こうした伝統と革新の組み合わせが、グローバル展開において重要になります。また、2025年11月29日には、与謝野町で“養蚕×テクノロジー×文化×地域創生”を統合した未来のシルク産業エコシステム「KYOTO SILK HUB」のプロジェクトを発表しましたね。
山添:与謝野町は「織る工程」には強みがありますが、シルク産業の上流に当たる桑園づくり、養蚕、製糸という工程は、国内ではほとんど失われています。現在、町内で使われている生糸の99.5%は輸入品で、国内では桐生や富岡などにわずかに残る程度です。
そこで2016年頃から桑園や養蚕の調査・試験を始めましたが、製糸や販売の体制を整えることができず、一度は中止せざるを得ませんでした。そんな中で、10年来の交流がある西陣織のHOSOO・現会長の細尾真生氏、現社長の細尾真孝氏から、「日本のシルクをもう一度国産化したい」という構想を伺うようになりました。
約2年半前、細尾社長から「桑園、養蚕、製糸工場をすべて国内に整備したい。与謝野町を候補地にできないか」と相談を受けたことをきっかけに準備を進め、正式にプロジェクトを発表することができました。
国産シルク復活へ。官民連携で産業構造に踏み込む
山添:プロジェクトは、今後10年をかけて与謝野町に桑園、スマート養蚕施設、最新型の製糸工場を整備するという内容です。特に注目しているのが「スマート養蚕」で、AIやセンシング技術など、最新の農業技術を活用します。すでにソニーコンピュータサイエンス研究所をはじめとする国内企業が技術提供を始めています。
2027年に養蚕施設の着工を予定しており、完成すれば、与謝野町で原料から糸までを一気通貫で手がけるシルクづくりが可能になります。今後は町内の織物事業者との連動に加え、国内外からの見学者受け入れや子ども向けの教育プログラムなども進め、地域振興の核となる取り組みとして育てていきたいと考えています。官と民、それぞれの役割を掛け合わせることで初めて成立するプロジェクトだと実感しています。
盛岡:素晴らしい取り組みだと思います。糸がなければ織物産業は成立しません。つまり「ゼロから十までをトレーサブルに把握する」という、エコシステムそのものの再構築が必要であり、これは日本全体が抱えている課題です。日本のシルクや漆、金属加工など、多くの伝統素材は海外依存が高く、原材料の自給率が低いのが現状です。出口となる製品だけでなく、上流の原料生産から守り直す必要があります。その意味でも、与謝野町のこのプロジェクトは、日本にとって一つのモデルケースになり得ると感じています。
山添:おっしゃる通りです。官民連携は表面的な協力にとどまらず、産業構造そのものに踏み込む深い連携が求められています。このプロジェクトは、その一つの形であり、地域の未来を左右する重要な取り組みだと考えています。
盛岡:全国には世界的に評価される技術を持つ産地が多くありますが、それが十分に広がらないという課題があります。しかし、中にはこの課題を乗り越え、継続的な関係を築いている好例も存在します。そのひとつの例として、2025年4月に京都・東寺で発表した「ディオール」のショーを挙げたいと思います。ディオールは、日本の美にインスピレーションを得た「ジャルダン ジャポネ(日本庭園)」 ドレスを1953年に発表。その後、西陣織の技術を用いた作品を制作し、そのアーカイブを2025年のショーで甦らせました。こうした取り組みは他にもありますが、大抵単発的なコラボレーションに留まり、継続的なパイプにはなることは少ないです。
日本の技術が最も価値を発揮するのはラグジュアリー領域です。ファストファッションでは価格競争に勝てません。日本企業はこの10年、海外展示会で一定の成果を上げてきましたが、展示会型のビジネスモデルは今の時代には適していません。必要なのは、人と人が深く関係を築き、長期的に共同開発を行うことです。
LVMHでは2024年10月、日本の職人技術の神髄を直に現地の方々に知っていただきたい思惑から、パリでその卓越したノウハウを紹介する展示会を開催しそこから産業、地域の垣根を超えた新しい素材開発やコラボレーションも生まれています。こうした職人同士の交流から、新しい価値が生まれています。
文化産業とグローバル基準、その越え方
盛岡:ここからは、国際認証、いわばグローバルスタンダードについて触れたいと思います。世界のブランドは、環境負荷や労働環境、トレーサビリティに関して、すべてを自社だけで確認することはできません。そのため、国際的に認められた認証に依拠しています。しかし日本の事業者は、情報が届きにくい、取得や更新の費用が高いといった理由から、認証取得が進んでいないのが現状です。これは、海外市場に立つ前の段階ですでに不利な立場に置かれていることを意味します。
民間としては認証機関やEUへのロビー活動で対応することもできますが、行政には助成金や取得支援、情報提供といった役割が求められます。認証は文化産業を世界へつなぐ最低限のパスポートであり、これを超えなければテーブルにすら乗れません。
山添:「グローバルスタンダード」という言葉自体が、地域事業者にとってはまだ遠い存在です。補助金を用意しても活用が進まないのは、「世界市場とどう接続するのか」というビジョンを共有できていないからだと感じています。
盛岡:一方で、グローバルスタンダードを強化しすぎると、地域固有の特徴が薄まるという課題もあります。最低限の基準を満たしながら、地域らしさをどう守るか。そのバランスを取ることが重要です。文化産業への世界的関心が高まっている今こそ、日本は文化戦略を国家戦略として打ち出すべきタイミングにあると考えています。
イタリアやフランスは、文化産業を外交のカードとして位置づけ、自国のパトリモニー(文化遺産)として世界へ発信しています。大阪万博でも、イタリア館やフランス館は歴史、技術、テクノロジーを一体化したストーリーで強い存在感を示していました。日本も、その方向へ本気で向かう時期に来ていると感じます。
山添:文化産業を国家戦略として考えるとき、まず問うべきは「文化とは何か」という点です。詩人・批評家のT.S.エリオットは、文化を「人々の生き様・営み」と述べています。与謝野町の倭文神社の例祭では、織物の神様へ捧げるため、町内の織物職人が特別に織った布を飾ります。この祭りは、織物産業、地域の信仰、人々の生活が一体となった“生きた文化”です。文化という営みを支える産業が、住民一人ひとりにとって“自分ごと”として存在しているかどうか。これが、世界への発信力を左右すると感じています。
盛岡:地域の文化を世界へ接続するには、行政と企業だけでなく、住民が主体性を持って関わる第三の要素が不可欠です。官、民、住民。この三者が一体となったときに、初めて世界へ届けられる文化産業が形成されると考えています。
山添:まさにその通りです。小さな町が持続可能な未来をつくるためには、官と民と住民が同じ方向を向くことが重要です。全国の伝統産業を持つ産地においても、この三者が一体となった取り組みこそが未来へつながります。
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