サステナビリティ

繊維産地に胎動 “世界が評価する技と人を活かして循環型を目指せ” 宮浦晋哉×福田稔

PROFILE: 左:宮浦晋哉 糸編 代表取締役/キュレーター、右:福田稔A.T. カーニー シニアパートナー

PROFILE: 宮浦晋哉(みやうら・しんや) 糸編 代表取締役/キュレーター 1987年千葉県生まれ。大学卒業後にキュレーターとして全国の繊維産地を回り始める。2013年東京・月島でコミュニティスペース「セコリ荘」を開設。2016年名古屋芸術大学特別客員教授。創業から年間200以上の工場を訪れながら、学校や媒体や空間を通じて繊維産地の魅力の発信し、繋げている。2017年に株式会社糸編を設立。主な著書は『Secori Book』(2013年) 『FASHION∞TEXTILE』(2017年) 福田稔(ふくだ・みのる) A.T. カーニー シニアパートナー 1978年東京生まれ。慶應義塾大学卒、IESEビジネススクール経営学修士(MBA)、ノースウェスタン大学ケロッグビジネススクールMBA exchange program修了。電通総研(旧電通国際情報サービス)、ローランド・ベルガーを経てA.T.カーニー入社。消費財・小売プラクティスのコアメンバー。主にアパレル・繊維、ラグジュアリー、化粧品、小売、飲料、ネットサービスなどのライフスタイル領域を中心に、戦略策定、ブランドマネジメント、GX、DXなどのコンサルティングに従事。プライベートエイティやスタートアップへの支援経験も豊富。経済産業省 産業構造審議会 繊維産業小委員会委員、これからのファッションを考える研究会~ファッション未来研究会~副座長など、アパレル・繊維、ライフスタイル産業に関わる多くの政策支援にも従事する。著書に『2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日』『2040年アパレルの未来 「成長なき世界」で創る、循環型・再生型ビジネス』(いずれも東洋経済新報社)など。

最近、日本の繊維産地から新たな何かが始まる胎動が伝わってくる。衣料品の国内生産の規模は年々縮小を続け、高い技術を持つ工場では後継者不足といった課題は深刻だ。一方で、外資ラグジュアリーからの日本の技術の評価は依然高く、投資対象ともなっている。明暗が交差する産地で何が起きているのか?繊維産地の訪問を重ねながら、マッチングや素材製品開発、ものづくりの学校の運営などを行っている宮浦晋哉 糸編代表取締役と、『2040年アパレルの未来 「成長なき世界」で創る、循環型・再生型ビジネス』の著者でもある、福田稔A.T. カーニー シニア パートナーの対談を通じて、その課題と可能性を考える。

コロナ後の繊維産地でリーダーシップを発揮する後継者たち

WWD:最近、日本の繊維産地から胎動のようなものを受け取る。何が起きているのか?

宮浦晋哉 糸編代表取締役(以下、宮浦):産地は“似たようなもの”を作る競合の集合体だから“隣の会社とは実は仲が良くない”が実情だった。しかしそれでは生き残れず、時代が“産地全体でどう協力するか”のフェーズに入ってきている。

WWD:その意味でリーダーシップがある産地や人物の一例は?

宮浦:デニムであれば、広島県福山市の篠原テキスタイルの5代目、篠原由起代表取締役社長の顔が浮かぶ。篠原テキスタイルは、1907年に備後絣から始まった老舗で篠原社長は2022年に就任した。今の産地には、産地全体で“面”を作り認知度を上げて、働く人を獲得するためのリーダーシップが必要で、篠原さんがそれを率先している。行政との混沌とした話し合いを毎週毎晩、根気よく続けて一歩一歩事業化していく牽引力だ。他には名古屋・一宮の尾州産地にある三星グループの5代目である岩田真吾代表、静岡・遠州産地の古橋織物の4代目、古橋佳織理代表取締役などの顔が浮かぶ。

WWD:その動きは最近始まったこと?

宮浦:コロナ後、ビジネスが再び動き始めた頃から顕著になった。勉強会を開いたり、組合や市役所と一般向けのバスツアーを組んだり、産地フェスやオープンファクトリーを企画したり、大学で講義を行ったりといった“誰かがやらねばならないこと”を率先し、結果、それらの産地の知名度が明らかに変わってきている。

WWD:福田さんはコンサルタントとして、今の話をどう解釈する?

福田稔A.T. カーニー シニア パートナー(以下、福田):2つの観点から重要だ。ひとつ目は個別企業で成長し、生き残ることが難しくなっており、経済活動の観点からも産地が“面”となって自らを押し出すことが重要になっている。インバウンドを絡めて地域に潤いをもたらすには横の連携が大切。企業同士、産地同士をつなげる動きはポジティブな要素だ。ふたつ目は産地に限らず日本の社会が、循環型、再生型への移行を目指す中、各企業が単独で動いても実現は難しく、行政と民間、生活者も含めた地域全体が一体化すること、アパレルだけでなく衣食住を含めた横連携が重要になる。

WWD:老舗の「代替わり」はポイントだ。

宮浦:残っていくためには必要なこと。ただし子どもたちが継ぎたくても、親が継がせたくないケースもある。自分たちの時代が良かったからこそ「無理しなくていい」となる。その逆もあり、あちらこちらで家族会議が白熱している。

WWD:事業継承がうまくいっている企業の特徴は?

宮浦:会社の将来の描き方にもよるが、組織をある程度大きくするなら外部から人を効果的に入れたほうがいいだろう。「ファミリーではない社員が大事」という認識がある会社は、先代や現役の会長・社長が、過去10~20年スパンで、若い人材を積極的に入れてきた。すると後継世代も「若い人が活躍している自社は可能性があるのだな」と客観的に判断ができる。

WWD:簡単ではない話。ところで宮浦さんはなぜ産地の仕事に一生懸命なのか。

宮浦:日本の各産地に面白いものがたくさんあるのに、知られていなくてもったいない、という一点だ。今も新しい発見が毎週のようにある。日本の素材の技術には可能性があるからどんどん変わるべきだ。次世代には悩んでいるなら継いでみた方がいいと思う、と伝えている。また、尾州の小塚毛織がカナーレのテキスタイル作りをサポートしているように、属人的な技術を継承するためのM&Aも出てきている。

福田:繊維産地に限らず、中小企業の事業継承の枠組みや基盤作りは日本全体の社会課題であり、メガバンクやコンサルティングファームが事業承継をスムーズにするための仕組みを作り始めている。国からのバックアップがあるタイミングだから外から人材を入れて事業を大きくする動きが加速してほしい。

“終わった”産業がデザインで蘇る

WWD:宮浦さんが産地で日々出会う新しい発見とは?

宮浦:“終わった”と言われる産業が、デザインや見せ方を変えると新しくなることは多い。福岡・久留米絣は「うなぎの寝床」が登場し、絣をモダンに見せたことで売り上げを伸ばした。そういう例が全国にたくさんある。

福田:名古屋で400年以上の歴史がある有松絞りのスズサンもまさにそう。売り上げの8割が海外と聞く。自社が持つ伝統技法やアセットの扱い方を、時代に合わせてアップデートすることで大きく変わる。

WWD:アップデートするとは?

福田:いろいろなアングルがあるが、スズサンの場合は1982年生まれの村瀬弘行代表取締役CEO兼クリエイティブ・ディレクターがリードし、当初から海外市場を意識し、オリジナルブランド「スズサン」では欧米のサイズ感ありきでモダンな服を作りそこに有松絞りを生かしている。京都で1688年に創業した西陣織の細尾は、80センチ幅だった織り幅を150センチとしたことで壁紙などさまざまなテキスタイルのニーズを掘り起こし、伝統技法を進化させ、世界へ一気に広まった。京都の民谷螺鈿京都もしかりだ。

WWD:グローバル市場の視点を最初から入れることが重要になる。

福田:高付加価値で手のかかる製品は当然安くはないので国内市場は限られる。他方、“海外にどう売るか”の視点でマーケティングができた企業は、未来が見えている。グローバルニッチ戦略により事業拡大が可能となるからだ。

宮浦:先ほど紹介した次世代リーダーたちは、次のステージを考えている。デニムは“ジャパンデニム”としてすでに世界に知られているが、そこにとどまらず、たとえば篠原テキスタイルは、クラボウと組んで反毛糸を使ったデニムを作ったり、スパイバーの糸を使ったりしている。

福田:クラボウの裁断片の再生技術「ループラス」は、デニム以外にも今治や奈良の産地から綿の端材を集めて商品化している。大企業がリードしての産地の垣根を超えた連携の良い例だ。

海外から高い評価を得ている日本の職人技

WWD:最近、LVMH メティエ ダールが細尾やクロキと提携するなど、欧州のラグジュアリーから日本の技術が注目されている。宮浦さんは、海外ラグジュアリーとの接点も多いが、日本のクラフツマンシップは海外からどう見られているのか?

宮浦:大学の研究で日本の繊維輸出を調べている。ラグジュアリーブランドへもインタビューするが、多くの人が「コツコツと丁寧な仕事をする繊維産地はもう日本にしかない」という。海外では敬遠されがちな細かい作業や、スピードの遅い織機を使った織物、特殊な加工などが評価されている。

WWD:それをファッションが必要としている?

宮浦:している。手作業に近い機械仕事がクラフツマンシップとして認識され、語られている。蒸し暑い工場で黙々と検反できるなんて、普通のことではない。

WWD:徹底したルーティンも職人技ということだ。

福田:世界のラグジュアリーの今後の重要なテーマが希少性。ラグジュアリー自体がコモディティ化するなかで、従来の豪華絢爛で西洋的なラグジュアリーから脱しつつ、今の価格を維持しながら差別化するには、希少なものをミックスすることが重要。日本の産地や技術はまだまだ知られてない、極めてユニークなものがたくさんあるから、彼らは取り込みやすい技術をどんどん取り入れる姿勢だ。デニムがその典型だろう。

WWD:消費者がブランドに求めるものも変わってきているということ?

福田:本当に価値があるものが求められている。また、ラグジュアリーにとって“伝統の保護”は投資の意義が見出しやすい。

日本の技術の多くが“未発見”である理由

WWD:それだけ商業的価値があるものが、なぜまだ世界から“未発見”なのか?

福田:日本人すら知らない技術、場所がたくさんある。それだけ日本は地域ごとにユニークな伝統技法がある。それは衣食住全てそうで、まだまだ世界に発信されていない。

宮浦:国内のデザイナーも産地を開拓しきれてない。知られてないけど面白いものがたくさんある。海外からは日本の商流は間に商社や問屋が入りすぎて情報がつかみずらいと聞く。「だから自分の目で見るのだ」と来日が盛んで、この夏もあるラグジュアリーブランドの担当者を1週間アテンドした。情報が入ってこないから自分の足で歩き、目で見る。そして「得るものが多かった」と帰ってゆく。結果、シンプルな天竺が何十万メートル決まったなんて話も聞く。

WWD:その流れに乗れない企業や産地の共通課題は?

宮浦:強烈なリーダーがいない産地。逆に、問屋や産元商社が強すぎると現場が前に出づらくオープンファクトリーの開催などが難しそうだ。最大の共通課題は、人手不足。安定した生産基盤がないと、大量注文を受けても乗り切れず、産地自体が持続可能でなくなる。冒頭で伝えたように、強いリーダーシップで産地の方向性を考え、自治体がそれを形にし、求人の動機を作ってゆく必要がある。

WWD:産地と循環や再生を接続するには、誰かがより大きなビジョンを描く必要がある。

福田:川下のアパレルが人に投資をすべきだ。イタリアの「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」はウンブリア州ソロメオ村で職人養成学校を運営し、産地に人を集めている。「シャネル(CHANEL)」や「エルメス(HERMES)」も職人に投資をしている。日本でも大手企業やブランドが産地に投資をして人を集めて育成するような取り組みが起きてほしい。

WWD:イタリアも長らくフランスの生産地だったが、80、90年代以降ファクトリーブランドとして旗上げしブランディングに成功した例が多い。

福田:イタリアの場合、「マックスマーラ (MAX MARA)」や「ヘルノ(HERNO)」のように地方で創業し、ブランドを生み出し、シャワー効果で産地に利益をもたらしている例が多い。日本の場合は、商流が細分化されていることと、アパレルの多くが価格重視で中国など海外生産を行っており成功例がなかなか出てこない。

宮浦:一つでも成功事例があれば、と思うが。実際のところは初期投資の覚悟には至らないケースが多い。

WWD:「ブルネロ クチネリ」は創業者が地域復興の思想を持っていた。そこもまた人。誰に期待する?

福田:産地との連携という観点では、「CFCL」の高橋悠介さんや「ビズビム(VISVIM)」の中村ヒロキさんに期待している。お二人ともアプローチは違えど、グローバルな視点を持ち、日本が持つアセットや独自性を、うまく服作りに活かしていることは共通している。かつサステナビリティを念頭にビジネスを作り込んでいるから強い。

宮浦:生産者初の発信も日本から出てほしい。課題はディレクターがいないこと。糸も編みも織りも染めも技術はあるが人がいない。海外でファッションを学び帰国した人がアパレルブランドではなく、産地に入りその魅力を最大化する、そんな流れを作りたい。

サステナビリティ関連の欧州法規制をインストール

WWD:最近はグローバルビジネスを進めるためには、欧州のサステナビリティ関連法規制を最初から視野に入れる必要がある。循環を実現するには、法規制もインストールしないといけない。

宮浦:日本は中小企業が多くたとえばGOTSなどの認証取得が難しい。

福田:厳しいが、欧州の規制には頑張って対応してゆくしかないのが現実。経済産業省がガイドラインを出していることからわかるように日本の行政も「産業を持続可能とするために守ってください」という考えだ。

WWD:特に染色や撥水加工など化学薬品を扱う工程が関連してくるリーチ規制への対応は急務だが、産地に情報が伝わっていない。法規制はある意味覇権争いだからすべてに誠実に対応することだけが正解じゃないが、言語の壁も大きく微細をキャッチアップするのが難しい。

宮浦:産地には情報が十分に入っておらず混乱している。トップダウンで徹底してほしいと思う。

福田:ここはやはり、商社中心に変革をうながしてほしい。基本体力があるうえ川上と川下をつなげるのも商社だからだ。

ファッション産業で閉じない循環を目指せ

福田:ここまでの話は、産地の現状のビジネス的観点が多かった。いわゆる循環型・再生型との産地の接続については、角度を変えて話したい。

WWD:循環型とは、作って売るだけではない、長く着る、リペア・リセールといった“売らないビジネス”を含めた産業への転換のこと?

福田:ファッションの視点ではそうだが、本当に循環型社会を作ろうとするなら、衣食住全体で考える必要がある。一例だが、服がたい肥になる、逆に他産業から出た素材で服を作るなど循環型社会の中でファッションがどうはまっていくか、という視点だ。アパレル関係者は産業内で考えがちだが、ファッション産業だけで循環型は無理があると思う。循環型社会の先進国である北欧は街全体をいかに循環型にしてゆくか、その一部としてアパレル産業を位置付けるかという考え方で、日本にはまだその発想がない。
 
WWD:循環は日本全体よりも地域、地域といった単位の方が実現しやすいだろう。

福田:循環の点からも日本の産地は、ちょうどいいぐらいのサイズ。「もったいない」に代表されるように、日本の文化はさまざまな物を再生して使い回してきた。産地内の衣食住で循環型のロールモデルの作り海外にアピールしてインバウンドを招いたりといった可能性があると思う。

宮浦:繊維産業の原料はほぼ輸入。一方で、役所の方と話していると、過去に植えすぎた木が環境を破壊し林業が苦しんでいると聞く。林業を原料に国産セルロースを作ってリサイクルしてゆくなどできたら面白い。

福田:フィンランドのスピノバ(SPINNOVA)はまさにそれ、農業の廃棄物からセルロースを精製する技術を持ち、昨年1000トンクラスの工場を立ち上げた。

WWD:夢がある話。地域に点在している課題の解決や、つなぎ役としてファッション産業が力になれることはありそうだ。つなぐためにファッション産業がハブになれる。

福田:スウェーデンには、中古品だけを扱う面白いショッピングモール、リトゥナ(RETUNE)があり、不要品を持ち込むとアップサイクルとしも販売される。

WWD:そういうアイデアを聞くと前出の産地の新しいリーダーたちはピンと来てすぐ動き出しそうだ。

宮浦:間違いない。

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