韓国で2015年に刊行され、ベストセラーとなった小説「韓国が嫌いで」を原作に、現代の韓国社会を舞台に生まれ育った場所で生きづらさを抱える女性が、海外で人生を模索する姿を描いた映画「ケナは韓国が嫌いで」が3月7日から日本でも公開される。
ストーリーは、ソウル郊外の小さな団地で家族と暮らす28歳の会社員ケナは、生まれ育った韓国に嫌気がさし、一念発起して単身ニュージーランドへと移り住む。そこでかけがえのない友人と出会い、新しい生活を手にしたケナは自分の居場所を見つけていく……というもの。
監督は「第2のホン・サンス」や「韓国の是枝裕和」と称され、奈良県を舞台にした映画「ひと夏のファンタジア」(15年/プロデュース:河瀨直美)でも知られるチャン・ゴンジェが務める。主人公ケナを演じるのは、ポン・ジュノ監督「グエムル-漢江の怪物-」(06年)に中学生の娘役で出演し、天才子役として鮮烈な印象を残したコ・アソン。
今回チャン監督に本作を通して描いた韓国社会の生きづらさや日本と韓国の映画業界の違いについて、話を聞いた。
PROFILE: チャン・ゴンジェ(장건재、Jang Kun-jae)/映画監督
「ケナは韓国が嫌いで」で描きたかったこと
——チャン・ガンミョンさんの「韓国が嫌いで」という小説を映画にしようと思ったきっかけについて教えてください。
チャン・ゴンジェ(以下、チャン):2015年くらいだったんですが、私自身が「こんな状態で仕事をしていたら、いつか死んでしまうのではないか」という思いを抱きながら暮らしていたことがあったんです。そんなとき、この小説を読んで、ここにも同じような人がいたんだと思って、それで映画化したいと思いました。
——映画化にあたって、実際に取材をされながら撮られたそうですが、取材で何を感じられましたか?
チャン:韓国というのは、女性が生きていくには疲れる国だなと感じました。そして、変化を望む人は冒険を試みるんですけれども、変化を望まない人は秩序を守ろうとしているんだなと思いました。
——シナリオを何度も書き直したとも聞きました。どのような部分を書き直したんでしょうか?
チャン:胸の痛む話なんですが、投資してもらうのに時間がかかってしまったんです。その結果、独立映画として制作をすることになり、公共機関に制作費の申請をしました。その審査に受かるために、シナリオを書き直すといった試みを行いました。長い時間がかかってしまいましたが、この作品を必ず作りたいという思いはありました。
——そんな中、ここは絶対に変えられないと思ったところはありますか?
チャン:ニュージーランドでの地震のシーン、キョンユンのシーン、幸せの伝道師チェ・ボクヒのシーン、そしてケナとインドネシアから来た男性との会話のシーンは必ず描きたいなと思いました。
——インドネシアの男性との会話は、各国のアジア人の留学の背景にも、格差があるということが見えて興味深かったです。ケナの友人で、大学を卒業してもまだ試験勉強を続けているキュンユン、「お金より幸せを集めろ」という考え方をメディアで広めている幸福の伝道師チェ・ボクヒ、ニュージーランドで出会う韓国からの移民の家族のシーンについては、どのような狙いがあったのでしょうか。
チャン:幸福の伝道師に関しては、韓国では、ここ数年の間にあの伝道師のように、大衆に向かってなんらかの講演をする市場が大きくなっているんです。あのシーンは、人々がオピニオンリーダーの言葉に従うというような心理を反映しているんですけれども、私はそのような構造について、批判的な姿勢を持っていまして、それでぜひ、このような人物を登場させたいなと思いました。
ニュージーランドでケナが出会う家族、特に父親のサンウに関しては、韓国では中年の男性もケナのように韓国を去る方が多いんですね。ほとんどの方は移民として韓国を出ていくんですけど、なかなか適応することができない。取材を通して、そのような人の存在を知ったことで、このキャラクターが出来上がりました。
いつまでも試験勉強をしているキョンユンなんですけれども、私自身、非常に感情移入をしている人物です。キョンユンという人物は、最後までやれば必ずかなうと思っている人なんですね。そして、現実でも、彼の信じているようなストーリーが韓国社会では支配的なんです。でも私はそのようにできなくてもいいと思っているんです。ケナとキョンユンも、そこまで親しい友人というわけではないんですね。でもときどき思い出すくらいの。
——ときどき思い出す彼は、韓国の競争社会の中で諦めきれず、でも実は疲弊してしまっている人を象徴しているわけですね。ある意味、ケナの次に重要な人物のようにも思えました。監督自身は今の韓国社会をどう見ていますか?
チャン:韓国というのは、多様性というものに対しての包容力が小さいと思います。性別、ジェンダー、性的志向、地域、学歴、人種、そういったものに対しての差別、嫌悪、排除がまん延していると思います。以前よりはおおっぴらに嫌悪することは減ってきているかもしれないけれど、隠密に巧みに今も続いていると思います。
——監督は、表現活動をする上で、ケナのように外に出て行こうという気持ちはありますか?
チャン:そういったものを主張するために作った映画ではないんですが、私もケナのように冒険したい、外に出て行きたいという憧れはあります。僕自身は、行動に移せない人間なので、今回ケナを通して表現したいと思いました。
日本と韓国の映画業界について
——監督は、日本映画や日本人監督がお好きということで、特に濱口竜介監督の映画がお好きだそうですね。
チャン:今、北東アジアにおいて一番重要な方だと思っています。私は彼の「寝ても覚めても」(韓国のタイトルは「아사코、アサコ」」が韓国で公開されてから見始めました。初期の作品も好きで、他の監督とは何かが違うなとずっと感じていました。監督の映画には、異物感や違和感のようなものがあって、あるときに予想もしなかったことが起こるんですけど、そういう要素が好きだなと感じています。最近は、山中瑶子監督のような日本の90年代生まれの監督にも関心を持っています。
――監督が日本映画に感じる特徴とはどんなところでしょうか?
チャン:独立映画については、制作費の調達に違いがあると感じます。韓国では独立映画は公共機関の支援によって作られますが、日本はもっと自主的につくられているなと思います。公共機関の支援なく、資金調達の多様化が存在しているように感じます。
——日本の側からすると、韓国で公共機関が資金を出すということは良い仕組みであるとも感じていたのですが、そうとも言えないところが、それ以外にもあるのでしょうか。
チャン:日本には、黒沢清監督、三宅唱監督、濱口竜介監督などが、同時代に存在していて、その上、新しい監督も次々と出てきているように感じています。韓国では、パク・チャヌク監督やポン・ジュノ監督の後続の世代が力を持っていない、そういう違いがあると思います。また、韓国の投資家が韓国の映画市場に魅力を感じていないと言うこともあると思います。というのも、韓国の観客が今、あまり映画館に足を運んでいなくて、コロナ禍以降の市場がまだ回復していないんです。
――日本からすると、「パラサイト 半地下の家族」が世界を席巻したり、近年も「ソウルの春」のような映画が1000万人を超えてヒットしたりと、韓国映画の発展をまぶしく見ているところはあるんですが、そこだけ見ていたのでは見えない部分があるということなのでしょうか。
チャン:そうなんです。大きくヒットした映画以外の収益はマイナスのものが多いんです。
——そんな中、監督はこれからの韓国映画界で、どのように活動していこうとお考えでしょうか。
チャン:私としては、映画の規模は重要ではなく、どのような映画を作りたいかが重要であると思っていて、今後も規模の大小に関わらず、自分の作りたい映画を作っていければと思います。
——現在、関心のあるテーマというのはありますか?
チャン:先ほども少し申し上げたんですけど、やっぱり多様化に対する包容力不足を感じるし、これが正しいあり方であり、これは正しくないあり方であるとすぐに分けるような社会について考える映画を作ってみたいと思っています。そういった話を、深刻に扱うのではなく、大衆性のある親しみの持てる雰囲気の中に描きたいという思いがあります。
——それは「ケナは韓国が嫌いで」でも感じました。監督は去年、映画祭で、菊地成孔さんとトークイベントをされていました。菊地さんは、監督のことをホン・サンス監督になぞらえらえて語られていましたが、それはどのように受け止められていますか?
チャン:偉大な監督なので、引き合いに出してもらうなんてとんでもないことだと思います。でも、そう言ってもらって、とてもうれしく思いました。先輩の映画を尊敬していますし、継承していかなくてはいけないと思っています。でも、同時に打ち壊してもいかないといけないとも思っています。先輩の映画を超えるものを作ると言うよりも、先輩が作っていないものを作ったり、別の道を模索したり、新しいものを作っていくべきだなと考えています。
——韓国や日本のようなアジアだけでなく、アメリカを見ても、多様性への許容力は弱まっているような気がしています。そんな今、この映画をどのような人に見てほしいと思われますか?
チャン:そういった特定の観客層のことを考えながら作った映画ではないんです。でも、大人世代に何かを感じてほしいとは思いました。私自身もそうなんですけど、大人の世代、中年の世代は、ケナのような若い世代と比べて、そこまで韓国社会に生きづらさを感じていないんじゃないかと思うんです。だから、大人の世代に対して、問いかけていかないといけないと思っています。若い人たちがなぜ韓国を去ろうとしているのかということについて、大人の世代の人たちにもう一度考えてほしいなと思っています。
映画「ケナは韓国が嫌いで」
■「ケナは韓国が嫌いで」
3月7日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
監督・脚本 :チャン・ゴンジェ
原作:チャン・ガンミョン著「韓国が嫌いで」
出演:コ・アソン、チュ・ジョンヒョク、キム・ウギョム、イ・サンヒ、オ・ミンエ、パク・スンヒョン他
韓国劇場公開日:2024年8月28日
配給:アニモプロデュース
2024年/韓国/韓国語・英語/107 分/カラー/DCP/
https://animoproduce.co.jp/bihk/
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