SDGsの活動が各業界で活発化している。ジュエリー業界では、10月にコンパニーフィナンシエール・リシュモン(COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT 以下、リシュモン)傘下の「カルティエ(CARTIER)」と、「ブシュロン(BOUCHERON)」などを傘下に持つケリング・グループ(KERING GROUP以下、ケリング)が「ウオッチ&ジュエリー イニシアティブ2030(WATCH & JEWELRY INITIATIVE 2030以下、イニシアティブ2030)」を始動。これは、グループやブランドだけでなく、ジュエリー業界全ての企業に参加を呼びかける大きなイニシアティブだ。ここでは、今までのジュエリー業界のSDGsの流れや「イニシアティブ2030」、そこに込めた思いなどを紹介する。
ジュエリー業界でSDGsの取り組みが本格化したのは約20年前。ダイヤモンド大手のデビアス・グループ(DE BEERS GROUP以下、デビアス)などの生産者やダイヤモンド生産国政府、国際連合などが2000年、紛争ダイヤモンドの取引を阻止する目的で「ワールド・ダイヤモンド・カウンシル(WDC)」を設立したところまでさかのぼる。03年には、ダイヤモンドの原石を取り引きする際に原産地証明書の添付を義務付ける「キンバリー・プロセス」制度が登場。“ブラッド・ダイヤモンド”と呼ばれる紛争ダイヤモンドに関する動きを中心に活動が広がった。05年には、カルティエやデビアス内の販売・流通部門、世界最大のダイヤモンド小売企業のシグネット・グループ(SIGNET GROUP)などが、社会・環境責任に対する規範と規格を開発する国際的な非営利組織「責任あるジュエリー協議会(RJC)」を設立。メンバーになるためには規範への適合認証を2年以内に取得する必要がある。12年には、任意で取得できるサプライチェーンのトレーサビリティーに関するCoC認証システムもスタートした。世界の多くのトップジュエラーは「RJC」のメンバーとして認証を得ている。
各社の取り組みから業界全体のムーブメントに
「RJC」に参画しつつも、ジュエリー業界におけるSDGsの取り組みは企業各社が独自で行ってきた。デビアスは、08年に鉱山から消費者の手元に渡るまでエシカルでトレーサブルな独自のダイヤモンドブランド「フォーエバーマーク(FOREVERMARK)」をスタート。「ティファニー(TIFFANY)」は19年、新規調達した0.18カラット以上のダイヤモンドに産出地証明を付けて販売を始めた。スイス発ジュエラー「ショパール(CHOPARD)」は13年に、“責任ある調達”“環境マネジメント”“社員への投資”“意識向上とエンゲージメント”の項目を掲げたSDGsの活動を始めた。
「イニシアティブ2030」は、グループやブランドの垣根を超えるだけでなく、生産者から製造業、ディストリビューター、小売りと業界全体のサプライチェーンに参加を働きかけるという点が画期的だ。SDGsの取り組みには、投資が必要。小規模の企業には大きな負担になりかねない。だが、「RJC」のイリス・ファン・デル・ヴェーケン(Iris Van der Veken)=エグゼクティブ・ディレクターは、「『イニシアティブ2030』 は誰一人置き去りにしないことが目的。既存のビジネスという選択肢はない。ビジネスが変化の原動力になることを支援していくと同時に、メンバーたちのサポートも行う」と述べている。
「イニシアティブ2030」へ込められた想い
「最大の挑戦課題は、ジュエリー業界の全てのサプライヤーを動員すること。そして、サプライチェーン全体の透明性を高めることだ」とシリル・ヴィニュロン(Cyrille Vigneron)=カルティエインターナショナル プレジデント兼最高経営責任者(CEO)は語る。同CEOが「イニシアティブ 2030」を考え始めたのは19年。5〜15年先を目標として企業が設定する温室効果ガス排出削減目標である「科学的根拠に基づく目標(SBTI)」への参加がきっかけだった。「スコープ1.2.3全てで取り組むには、フランス、イタリア、スイスのサプライヤーを巻き込まない限り実現不可能だ。そこで、連合のアイデアが生まれた」とヴィニュロンCEO。「リシュモンから、ケリングと『イニシアテイブ 2030』 を立ち上げることを委ねられた。グループ全てのメゾンからのサポートもある」と話す。
ケリングは、19年に「ファッション協定」を設立。同協定はファッション・テキスタイル業界及びサプライヤーとディストリビューターを含む多国籍企業連合で、地球温暖化防止、生物多様性の回復、海洋保護にフォーカスし、全ての企業が環境目標にコミットするというものだ。現在では56社、約250のブランドが参加している。「イニシアティブ2030」は、「ファッション協定」のジュエリー業界バージョンと言っても過言ではない。ジャン・フランソワ・パルー(Jean Francois Palus)=ケリング・グループ・マネージングディレクターは、「『ファッション協定』と同じ流れを『イニシアティブ 2030』 でも生み出したい。現代のラグジュアリーはオープンで協力的であるべきだ」と言う。カルティエをパートナーとして選んだ理由については、「世界ナンバーワンのラグジュアリーブランドで、これ以上のパートナーはない。ケリングが持つサステナビリティと連携についての専門知識と、カルティエが持つジュエリーと時計ビジネスの専門知識、市場の知見を融合できれば」と話す。
「環境の保全は全ての人々の関心ごとであるべきだ。持続可能性は喫緊の課題。ジュエリー・時計業界の全ての地域、セグメントからの参加により、影響の加速化を図ることができる。ブランドのCEOがコミットすることが大きな助けになるはずだ」とヴィニュロンCEO。パルーディレクターは、「このイニシアティブは全ての人を歓迎するもの。取り組み始めたばかりの企業のサポートを行い、より効率的に、迅速にインパクトを出すために協力し合う」と述べている。「気温上昇を1.5度に抑え、生物多様性の損失を防ぐため、残された時間は10年もない。行動を起こし、規模を拡大することが需要だ」と強調する。
以前は紛争ダイヤモンドにフォーカスした活動だったのがが、企業及びサプライチェーンの活動全体というより幅広いSDGsに広がりつつある。
国内ジュエラーの「イニシアティブ2030」への反応
「ミキモト(MIKIMOTO)」は、このイニシアティブについて、「取り組まなくてはならない課題だが、参加は未定」とコメント。同ブランドは8月に「RJC」に加盟し、認証取得に向けて準備を進めている。同ブランドでは、“ゼロエミッション型真珠養殖”を実践。真珠の養殖過程で排出される貝殻や貝肉などを化粧品に有効活用したり、養殖の堆肥の原料として利用したりしている。「タサキ(TASAKI)」も、このイニシアティブに共感しており、参加を検討中だという。同ブランドは、「デビアスによるダイヤモンドにフォーカスした『ベスト・プラクティス・プリンシプル』に参加し監査を受けているが、サステナビリティに関してジュエリー業界が一丸となって対応する必要があると思い、『RJC』への加盟も検討中」と述べている。また同ブランドは今年、”高品質な商品やサービスの提供”をはじめ、“多様な人材が成長できる職場”“環境にやさしい企業活動”“透明性のある経営”を掲げ、サステナビリティリポートを作成している。
各企業によるSDGsの取り組みやコミュニケーションの仕方はさまざま。その取り組みを大々的にアピールする企業は少なかった。ところが、時流により、SDGsの取り組みが消費者から選ばれる基準の一つになりつつある。「イニシアティブ 2030」がジュエリー及び時計業界にどのような影響を与えるか注目が集まる。
「ウオッチ&ジュエリー イニシアティブ2030」
【1】気候変動レジリエンスの構築
世界的な平均気温上昇を1.5度に抑える「1.5度目標」を掲げて二酸化炭素排出量 を削減し、30年までに「ネットゼロ」を達成する。参加には、「科学的根拠に基づく目 標(SBTI)」へ申込書を提出し排出削減目標を設定することが必要。
※スコープ1、2、3全体を通した脱炭素化。25年までに事業全体で100% 再生可能エネルギーを導入し、30年までにバリューチェーン全体に拡大する。
【2】資源の保護
参加企業は22年までに科学的根拠に基づく信頼性の高い枠組みを使用して、現在料の調達全てにおける生物多様性と水への影響の評価をし、優先順位を決めなければならない。25年までに、水と生物多様性の影響を削減する行動計画の策定が必要。
※自然生態系のバランスを尊重した採掘や現地のコミュニティーの発展に貢献し、業界内の革新・循環性に対する新しい考え方を生み出す。
【3】バリューチェーン全体のインクルージョンの促進
参加企業は「RJC」に参加し、2年以内にCOP(倫理規範)の認証を取得しなければならない。25年までにティア1(1次下請け)サプライヤーの100%, 30年までにティア2サプライヤーの60〜80%の認証取得を支援する。従業員や自然が化 学物質にさらされるリスクを取り去る。ダイバーシティー、エクイティー、インクルージョンを受け入れる。業界のノウハウを継承し、労働力の社会的地位向上を支援する。