ファッション

「バレンシアガ」「ルイ・ヴィトン」で経験を積んだ実力派が語る新生「クレージュ」

 2020年9月、「クレージュ(COURREGES)」にニコラス・デ・フェリーチェ(Nicolas Di Felice)新アーティスティック・ディレクターが就任した。「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「ディオール(DIOR)」「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」で10年以上キャリアを磨いてきた彼は、一体どんな人物なのか?そして、20年5月に就任したエイドリアン・ダ・マイア(Adrien Da Maia)社長兼最高経営責任者とタッグを組み、どのように歴史あるブランドの再生に取り組んでいくのか?まだ謎の多いその人物像とビジョンを探る。

学生時代は音楽に没頭

 ニコラスが生まれ育ったのは、ベルギー南西部にある石炭工業で発展してきたシャルルロワ近くの田舎町。「“黒い国”とも呼ばれている地域で、重々しくダークな雰囲気が漂う場所だった。よく山で真っ黒になるまで遊んだよ」と当時を振り返る彼は、何事にも積極的な少年だったという。中でも強い関心を抱いたのは音楽で、「放課後にクラリネットやフルート、ピアノを学び、12歳から学生時代はずっとエレクトロニック・ミュージックの制作に没頭していた」と明かす。

 そんなニコラスがファッションデザイナーを志したきっかけもまた、音楽だった。「正直言うと、進路を選ぶときの直感のようなものだった。カトリックの一般的な学校に通っていて、全く芸術的ではなかったし、『ヴォーグ(VOGUE)』などの雑誌をかかさず読むようなタイプでもなかったからね。でも、ミュージックビデオを通して、ファッションへの興味が湧き、もっと知りたいと思った。それまでの自分は井の中の蛙で、服をまとうことによってさまざまなアイデンティティーを表現したり、誰かになれたりすると気付いたんだ」。そして、首都ブリュッセルにある有名校ラ・カンブル(La Cambre)に進学。5年をかけてファッションを専門的に学んでいたが、卒業前の08年に「バレンシアガ(BALENCIAGA)」で働くチャンスを得て、パリに移りキャリアをスタートさせた。

 そこでのニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)との出会いが、デザイナーとしての考え方に大きな影響を与えることになった。「バレンシアガ」と「ルイ・ヴィトン」で計10年以上ニコラの下で働いてきた彼は「多くの時間を一緒に過ごしてきたニコラから学んだのは、細かいところにまで気を配ること。そして、好奇心を持つことだ。ニコラはこれまでの長いキャリアの中で、同じことをやったことがない。オープンな姿勢で探求し続けることの大切さを教えてもらったよ。それからメゾンの中で働く中では、我慢強くあることも重要だと学んだ」と話す。
 

新たな「クレージュ」の方向性は?

 十分な経験を積み、満を持してのアーティスティック・ディレクター就任となったが、ニコラスは「クレージュ」に対する思いを次のように語る。「手掛けてみたいメゾンは数あるけれど、『クレージュ』はある意味、唯一無二の存在だ。僕はあまり装飾や複雑なものが好みではなくて、『クレージュ』はまさにシンプルで幾何学的なシェイプと色に尽きる。そういったミニマルな考え方は自分が表現したいこととマッチしているから、とても心地よく感じているよ。そして、『クレージュ』は“スペースエイジ”と共に語られることが多いけれど、ファッションの歴史を振り返ると、それは1960年代のトレンド。ブランドの本質を掘り下げると、夢を形にしたいという情熱によって生み出されたのだと思う。だから“情熱”はブランドにとっての核となる価値だ。これからは、インテリアやフレングランスなどを含め全方位的にその世界観を表現していく。DNAやヘリテージを大切にしつつ、そこにベルギー出身の自分らしさ、例えばロマンチックな要素や若い頃に通っていたナイトクラブを感じさせるようなラディカルなムードを加えていきたい」。

 そんな新生「クレージュ」の第一歩として、20年末にはブランドのアイコンを現代に合わせて再解釈したコレクション“リエディション(REEDITION)”を発売した(日本ではミラベラやレボリューションで3月から順次取り扱い予定)。「原点に立ち戻り、アーカイブの中から好きなシルエットを選びシンプルにアレンジした」という同コレクションは、71年に発表されたビニールジャケットや72年に発表されたトレンチコート、リブニットなどを豊富なカラーバリエーション(ビニールジャケットは15色展開)と環境に配慮した素材で仕上げたもの。エッセンシャルアイテムとして、シーズンを越えてショップで扱う。またローンチに合わせ、アトリエの下にあるフランソワ・プルミエ通りの旗艦店も、オープンした67年当時の内装や修復した家具を生かしてリニューアルした。

 すでにあるデザインやヘリテージを大切にするという考え方は、これからのコレクションへのアプローチにも通じるものだ。「今のファッションには脱構築というアプローチが多すぎると感じる。しかし、今でも通用する美しいデザインを崩す必要はない。例えば、美術館にも所蔵されているトラペーズ(台形)スカートのようにね。より軽くしたり、時代に合った素材を変えたりすることでアップデートして、今後のコレクションにも織り交ぜていく」。
 

未来に向けたクリエイションへの取り組み方

 これからのクリエイションを考える上で重要なサステナビリティやインクルージョンについて尋ねると、「今はもう2021年。サステナビリティやインクルージョンについて考えたり取り組んだりするのは、もはや当たり前のことだ」とニコラス。「アイテムはできる限りエコ・コンシャスな素材や生産背景で仕上げる努力をしている一方で、売り上げのためにそれを前面に押し出すようなことはしたくない。ここ数年、コレクションのテーマ自体が“エコ・コンシャス”になっているものをたくさん目にするけど、それは取り組むべきプロセスであって、テーマにするのは意味がないと思う。そして、何よりも捨てられずに世代を超えて受け継いでもらえるような服を生み出すことがベスト。だから、コレクションでファッション世界に革命を起こすつもりはないし、ステップ・バイ・ステップで1シーズンで廃れることのないものを作りたい」と説明する。

 また、インクルージョンに対するアプローチは男女が同じアイテムを着て登場した“リエディションズ”のビジュアルやビデオからも垣間見えるが、彼はジェンダーの流動性についてとても柔軟だという。「現在制作しているファーストコレクションは、正確に言うと二つに分かれているけど、それはフィットによりタイトなものとゆったりボクシーなものがあるという感覚。異なる体形やアイデンティティーを持つそれぞれの人が好きなものを選んでくれたらいいと考えている。自由であることは、『クレージュ』の大事な価値でもあるからね」。

 本格的なデビューを飾る2021-22年秋冬コレクションは、3月のパリ・ファッション・ウイークで披露予定だ。フランスの新型コロナウイルスの感染状況を考えると、現時点で先のことを決めるのは難しいが、「自分にとって大きな夢だったから、可能ならばショーでコレクションを披露したい」とコメント。「今は会場の候補をチェックしたり、コンセプトや招待状について話し合ったりと、開催を想定して準備を進めている。最終的な判断はショーの2、3週間前にならないとできないけど、ダメなら臨場感のあるビデオを制作するつもり。1番怖いのは、どうすればいいか分からずに立ち止まってしまうことだ」と着実に歩を進めている。

JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。20年2月からWWDジャパン欧州通信員

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