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業界の光と陰を見た“元”インフルエンサー 華やかな舞台と決別しパリにショップを開いた理由

 ウィズコロナ時代の小売りはデジタル化が急速に進むと予想される中で、パリに新たなセレクトショップ「パラダイス・ガラージュ(PARADISE GARAGE)」がオープンした。インフルエンサーとして活躍したエステル・シェムニー(Estelle Chemouny)と、夫のエリー・シェムニー(Elie Chemouny)による店で、パリ1区のかつて「コレット(Colette)」が店を構えていた場所からほど近い位置にある。3月中旬オープン予定だったが、ロックダウン(都市封鎖)の影響により5月29日に延期となった。オープンから1週間後に店舗を訪れると、すでに地元パリジャンの客が店内で買い物を楽しんでいた。「ECサイトは立ち上げない」ときっぱりと言い切るエステルに、自身の経験から出店にいたるまでの経緯、コンセプトや実店舗にこだわる理由までを聞いた。

マウントを取り合う世界に「嫌気がさした」

——インフルエンサーとしての活動と店のオーナーに転身した理由は?

エステル・シェムニー(以下、エステル):17歳から9年間ロンドンで過ごし、ショップスタッフやバイヤー、フリーのパーソナルショッパーとして経験を積んだわ。特に深くは考えず自分のコーディネートを投稿していたら、ブランドからプロモートのために声が掛かるようになったのが6年ほど前からで、報酬を受け取るインフルエンサーという職業があることを初めて知ったの。一般人の私が無料で商品をギフトされ、さらにお金も稼げるなんて、こんなラッキーなことはあるのだろうかと次々と依頼を受けて、フォロワーもどんどん増えていった。ファッションショーに招待され、セレブリティーに挟まれてフロントローに座る機会も増えて、まるで注目されているような、価値のある人間になったという優越感があったの。でも時間が経つと同時に、それがいかに表層的で薄っぺらなものなのか、いかに本質に欠ける行為なのかと徐々に違和感を覚えていったわ。

——違和感とは具体的に?

エステル:前置きしておくけど、これはインフルエンサーをビジネスとして経験した一人の人間としての個人的な見解であることを理解してほしいの。誰かを傷つけたり、否定したりする意図は全くなくて、私の感情だと割り切って聞いてね。

私も当時は無料でギフトを受け取り、フォロワー数が増えることで注目され、投稿に対してリアクションがあることに優越感を覚えていたの。同世代や同じキャリアのほかの人たちよりも、自分は抜きん出ているような感覚を持っていた時期もあった。でも実際は、自分の経済力でブランドが提供してくれるバッグや洋服を購入することはできないし、飛行機もビジネスクラス以上に乗ることはできない。プロモートなしでそれができるインフルエンサーはとても少ないの。ファッション・ウイーク中は着せ替え人形のように何度も着替えるけれど、自分が本当に愛する洋服に身を包むことができず、洋服を通して“自分らしく”いることの意味を見失っていたの。もともと持っていた洋服のこだわりや自分のテイスト、一着に対する深い愛情が薄れつつあったわ。

——それでキャリアを変える決意をしたと

エステル:何より嫌気がさしたのは、インフルエンサー同士のマウントの取り合いや、年を重ねてもティーンエイジャーのように振る舞う態度、当たりさわりなくみんなに好かれるようにしていることだった。別にその人たちを否定したいのではないけれど、自分はもうそういう環境には身を置きたくないし、違う形で生きたいと思うようになっただけ。数年前から感じ始めた違和感が少しずつ私の心の中で亀裂となっていき、ようやくインフルエンサーとしてのキャリアを壊す覚悟ができたのよ。

デジタルシフトにはあえて逆行

——店名「パラダイス・ガラージュ」の由来は?

エステル:1970〜80年代ニューヨークに実在したナイトクラブ「パラダイス・ガラージ」に由来しているの。同時期に爆発的な人気があった伝説的ナイトクラブの「スタジオ・フィフティーフォー(Studio 54)」はセレブリティーが集まる豪華絢爛な場だったけど、「パラダイス・ガラージ」はアンダーグラウンドな雰囲気で同性愛者の間で人気に火がつき、アフリカ系やヒスパニック系など有色人種が混在する多様性に溢れる自由な場だった。着飾って行く「スタジオ・フィフティーフォー」に対して、われを忘れて踊ることを目的に行く「パラダイス・ガラージ」といった感じかな。30歳の私は実際には行ったことはないけれど、映画や写真などを見てそのインクルーシブな空間に引かれたの。

それに、ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivianne Westwood)が名もない頃、当時恋人だったマルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)とともに70年代前半にロンドンに開いた最初の店も同名だった。そこから彼女が、ファッションを通してカルチャーを築き上げてきた歴史に感銘を受けたのも由来の一つね。

——店を通してカルチャーを築いていきたいということ?

エステル:結果的にそうなればいいけれど、正直なところ展望を明確に描いているわけではないの。こういうと、ファウンダーとしてビジネス的な視点に欠けていると指摘を受けることは多々あるわ。でも私たちは、あくまで建設的に成長していきたいだけ。店が人々にいい影響を与えて、顧客と互いに刺激し合える強固な関係を築きたいというのが今の一番の願いなの。最初に展望を固めてそれに縛られるよりも、核となる部分を持ちながら、時代や顧客とともに柔軟に成長していきたいのよ。

——店のコンセプトは?

エステル:一生大切にしたいと思えるアイテムを提供して、みんなと一緒に驚きや感情を共有すること。ジェンダーの境界は曖昧だけど、基本的にはメンズウエアと小物を取り扱っていて、フランスの他の店では見つけられない品をそろえているわ。これはフランスに限ったことではないけれど、百貨店やセレクトショップの品ぞろえはトレンド一辺倒で、どこに行っても同じようなブランドばかりでしょ。私自身も、たくさんの商品が並んでいるのにほしい物が全然ないという感覚に陥ってしまっていたから、異なる路線のストアがあればいいなと考えていたの。

——扱う商品の特徴は?

エステル:全てハンドメードや小ロットで、年に1型か2型しか生産しないブランドばかりよ。派手なプリント柄やカラフルなデザインが多くて、ワードローブに一点あると存在感を発揮してくれるようなものね。フルコーディネートでももちろんうれしいけれど、手持ちのジーンズやスニーカーに合うようなアイテムといったように、一点買いを顧客には推奨しているの。たとえブランドや年代が不明でも、深く印象に残るような逸品を提供したいと考えているわ。価格帯は200〜500ユーロ(約2万4000円〜6万円)で、買いやすい価格に抑えている。アウターなどを除くと、シーズンという枠組みはなるべく設けたくないの。買い物目的ではなくても、顧客が何度も足を運びたくなるように、店内の家具と内装を1カ月ごとに一新するわ。

——オープン時のラインアップは?

今、取り扱っているのはカリフォルニア発の「ジェットパック(JETPACK)」や、台湾人デザイナーで南アフリカに拠点を置く「チュラープ(CHULAAP)」、日本の「ニポアロハ(NIPOALOHA)」などね。「チュラープ」は卸をしていなくて、猛烈アプローチをしたけれど何度も断られたの。だから夫と一緒に南アフリカに往復30時間かけて飛び、「2日間南アフリカにいるから絶対に会いたい」とアトリエに行き、説得してようやく承諾してくれたの。オープンして1週間で売れているのは「ニポアロハ」ね。男性はもちろん、女性の顧客も多く購入してくれているわ。

——ウィズコロナ時代、デジタルシフトする小売りが多い中でECサイトを運営しない理由は?

エステル:オンライン上で各ブランドの良さが伝わると思えないから。手に取ったときに感じられるハンドメードのぬくもりや上質な素材感は、オンラインでは分からない。これもビジネス的な観点から反対意見は多いし、今後はデジタルがますます重要になっていくというのも理解しているわ。でも私たちは実店舗のみで運営していくつもりよ。インフルエンサーとしてキャリアを積んだから、デジタルがいかにコミュニティーづくりや販売において重要なのかは誰よりも知っているわ。でもだからこそ、現実とデジタルのギャップが嫌だというのも正直なところなの。

——現在も個人のインスタグラムで13万以上のフォロワーを抱えるが、ビジネスには活用する?

エステル:インスタグラムを店のイメージを発信することに活用できればいいけど、戦略的にやりたいわけじゃない。これまでと同じように自分の好きなものや世界観、ライフスタイルを発信する上で、結果的に店の写真や取り扱いブランドの投稿が増えていくかもしれないわ。ただ、以前よりもSNSの投稿には慎重になっているのは事実ね。でもそれはフォロワーに物を買ってほしいからではなくて、「行ってみたい」と思ってもらえる店の魅力を発信できているかどうかを考えているから。

——今後インフルエンサーとしての活動は?

ロックダウン中の約2カ月間はさまざまな思いや不安が渦巻いたけれど、後悔はしていない。今後は、本当に信頼ができて自分が心から愛すると思えるものしか扱いたくないから、そういった仕事をする機会は少なくなるだろうし、インフルエンサーと呼べるほどの機能は果たさないんじゃないかしら。もしショーに招待される機会があったとしても、本当に好きなブランドのファッションショーしか参加したくないし、衣装も自分の服で行きたいわ。実は、過去に唇のヒアルロン酸注射をしたことがあるのよ。今思えば、自分の美の基準ではなく、メディアやSNSに植え付けられた考えに固執してしまっていたかもね。だから、ヒアルロン酸を全て出す施術を数日前に受けてたばかりなの。正直、今もとても喋りにくいわ(笑)。でも自分の中の違和感を脱ぎ捨てて膿を出し切ると、世間の基準なんてどうでもよくなって楽になった。自分の物差しで測った好きなものだけを、自信を持って「好き」と言えることが今はとても心地よく感じるの。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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