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日本人デザイナーが見た、コロナの影響を最も受けたニューヨークの現状 元「ランドロード」川西遼平が語る 【上】

 ニューヨーク発のメンズブランド「ランドロード ニューヨーク(LANDLORD NEW YORK)」のクリエイティブ・ディレクターを務めていた川西遼平が5月末に退任を発表した。川西によるラストコレクションは2020-21年秋冬コレクションで、「ランドロード ニューヨーク」自体は今後も活動を継続するという。川西は6月上旬に日本に帰国し、新しいプロジェクトの発表に向けて準備中だ。

 新型コロナウイルスで最も被害を受けているニューヨークで暮らし、ロックダウンを体験した川西に、ニューヨークの現状や今考えていることを語ってもらった。

5月上旬のニューヨークの状況 
“治安が悪くなり、スエットが防御服になる”

 ニューヨークのハーレムにいる今現在(5月上旬)、この環境でデザイナーとしてできることは何もない。僕が個人としてできることといえば多少の寄付ぐらいだろうか。自分で何かプロジェクトをできないかなと模索している。

 コロナ以前の日常をベースとすると、ファッションデザイナーは“退屈な日常に刺激を与えられる存在”だったが、コロナ禍の状況では医療従事者をフロントラインの人と呼ぶように、デザイナーはフロントに立てない一般の “人々”側。生産態勢の整っている大きな企業は、マスクや除菌ジェルの生産などでフロントラインの人々を支えるものを生産可能だ。しかし、ふがいないことに個人規模の小さなスケールのデザイナーブランドとなると、社会に対する効果的な生産力を持つことは難しい。

 布のマスクを作ろうと考えたが、それでは十分とは思えず諦めた。日本ではマスクの効力そのものより、他人を傷つけない(感染させない)ための象徴として使用しているという話を聞く。僕が住んでいるニューヨークのハーレムは、実際この2カ月で治安の悪化が著しい。気分転換におしゃれな格好でスーパーに行こうと思っても、アジア人が派手な格好で外を歩くと目をつけられるので、上下スエットにサンダル姿で出掛ける。今までプロテクションの機能を持っていなかったスエットが、他者から傷つけられないための防御服として着用されるという変化は、考え方によっては面白いと思う。

生活の変化 
“日常の小さなことや物語を少し豊かに感じる”

 自分が行っていることといえば、週に数回、医療用のマスクを着けて買い出しに行き、スーパーの入り口で前の人との距離を取りながら30分ほど並んで、1回の買い物で可能な限りの重さの食品を両手に抱えて帰ること。また、ニューヨークでは家に洗濯機がないことが普通で、週に1回はランドロマットにも行く。家族3人分の大量の洗濯物(肩に内出血ができる重さ)を背負って、一番大きな洗濯機に全て詰めて洗い、5ドルのチップを払って乾燥して袋に入れてもらったものを受け取る。嫁と交互に食事を作り、交互に食器を洗う。これを書いてる今日は、どうしてもトンカツが食べたかったので僕が料理を担当。昨日は嫁の作った豆腐味噌汁だったので、さっぱりした食べ物よりもこってりしたものがいいなと思ったから。娘とはおままごとや、家の中の限られたスペースでのかくれんぼを無限ループで行っている。

 今までは仕事をして帰宅したら作業のように夕食をとっていて、次の日は何が食べたいなどと考えることもなかったが、日常の小さなことや物語を少し豊かに感じられるようになったのは面白いと思う。そのような変化をモノ作りに生かすことができれば、デザイナーとして後々、人々に何かできるかもしれない。

 5月下旬、前に比べると周りの飲食店も開き始め、持ち帰りでの食生活は少し豊かにはなってきた。いまだにロックダウン中ではあるが、路上には以前より人が増えてきた。僕自身も少し散歩に出るようになった。しかし、全体的な状況はあまり変化がないように思う。

ロックダウン中に考えたこと 
“限界に来ていた業界に、どのような変化が起きるのか”

 今まで退屈だなと思っていながらも、年に2回何か作ることで、何か変えようと考えていた日常が崩れた。この現状から、以前の日常を取り戻すことのようなモノ作りの姿勢が正しいのかどうかを疑う時間が増えた。

 環境問題を念頭に考えると、ファッション業界(コレクション発表)にはメンズで年2回、ウィメンズで年4回の過剰なモノ作りと、そのコレクションを消費させるための過剰なイメージ作りを行うという矛盾がある。止まることなく続いてきたシステムだったために、疑問を持っても、解決策を考える時間も人も足りない状況にあった。それに、このシステムは関係している人々の生活を支えていたので、なかなか変えることが難しかったのだと思う。

 ただ一度立ち止まって考えてみると、1960~2000年代のファッションという文脈の更新を劇的に行なっていた流れは別として、この20年間は“新しいモノ”を作ろうとする行為自体がシステムとして、消費を喚起するためだけに行われていたように感じる。

 今、過去を振り返り「本当に新しいものとは何なのか?」「本当に良いものとは一体何なのか?」という根本的な疑問を持つ。限界に来ていたファッションの表現形式、消費構造の限界が浮き彫りになった今、これから新しく訪れる日常とどう向き合うかが今後の課題になると思う。新しい個人のプロジェクトでは、何かを実践できるよう準備を進めている。また以前のような日常に戻ったときに、業界全体が何も更新されず従来通りに回り始めるのか、新しいシステムが徐々にでも構築されるのか、どのような変化が起きるのかを考えている。