ファッション

東急東横店の売り場一筋35年 「ここは仕事場ではなく、私の人生そのもの」

 100年に一度と言われる再開発が進む渋谷。相次ぐ大型商業施設の誕生の中、東急東横店が3月31日、85年の歴史に幕を下ろす。

 2013年に東館が先立って営業を終了。西・南の2館体制で営業を続けてきたが、地下1階の食品売り場「東急フードショー」など一部を除いて閉店する。両館は取り壊され、跡地には渋谷スクランブルスクエア2期棟(27年に開業予定)が建つ予定だ。

 1934年、渋谷駅直結のターミナル型百貨店として開業し、「便利よく、良品廉価、誠実第一」をスローガンに、沿線居住者に便利な生活を提案することを使命に掲げてきた東急東横店。デパ地下の原型となった食品ゾーン「東横のれん街」や演劇や落語を公演してきた「東横劇場」など、文化発信の中心でもあり続けた。

 「当店は、一般的な百貨店のような“ハレの場”とは少し違うかもしれない。でも渋谷を行き交う人々にとって大切な場所であり続けられたのならとてもうれしいこと」。そう語るのは、西館1階の化粧品・アパレルなどの複合売り場「渋谷スクランブル」を担当する喜納範子主任。

 販売員へのあこがれから東急百貨店に入社して35年、東横店の現場一筋で勤めてきた。幼少期までさかのぼれば、ランドセルなど入学セット一式をそろえ、両親にクリスマスプレゼントを買ってもらった記憶もよみがえる。「仕事場ではなく、人生そのもの」と語る東急東横店がその役目を終えるにあたって、これまでを振り返ってもらった。

WWD:どうして百貨店の販売員に?

喜納範子渋谷スクランブル主任(以下、喜納):贈り物が好きだったからです。当時は贈り物といえば百貨店。真新しい包装紙で、心を込めて商品をお包みし、何かの人の役に立てたら、人の喜びに携われたらと入社を決めました。今はシールタイプになっているギフト包装のリボンも、私の入社当時(1980年代後半)は一つ一つ、人の手で縛っていましたね。

WWD:当時の東横店の売り場は、どんな様子でしたか?

喜納:それはもう、キラキラしていました。一つのフロアに20人くらいが一度に採用されるすごい時代。最初に私たち新人が配属される売り場も「好きなところ選んでいいよ」と言われて。私はもちろんギフトが主役の、ハンカチなどを扱う服飾雑貨を選びました。売り場は店を開けてから閉めるまで「並べれば何でも売れる」というくらいのすごい熱気で、とにかく回転が命。ちょうど今くらいの時期(3~4月)は、入学式や職場のご異動など人生の節目となる行事も多い時期でしたから、現場はごった返していたのを思い出します。

WWD:特に思い出に残っている出来事はありますか?

喜納:入社して5年ほどしてからのことでしょうか。たまたま私が通りかかったアクセサリー売り場で、店員さんがすごく困った様子でした。対応していたお客さまは、40代くらいの女性の方。耳をそばだてていると、ご要望が「包装」と聞いて、腕の見せどころとすぐに対応を替わりました。しかし差し出されたのは、他の階で買った大きな商品と、小さな化粧箱のアクセサリー。これを一緒に包んで渡したいという、ちょっぴり無茶なご要望でしたが(笑)、なんとかご満足いただける形にできました。大切な方への贈り物とのことで大変喜んでくださり、後日にはわざわざ手紙もくださりました。当店では、お客さまからいただいた感謝の声は、ハートのバッジとなって名札に付けられます。お客さまからの感謝の言葉の一つ一つは、今でも私の勲章です。

話し相手はお客さまから販売員へ 
変わらぬ「信頼」の大切さ

WWD:長く販売の仕事に携わり、思うことは?

喜納:単純な理由で選んだ仕事だったけれど、今振り返ると「天職だったな」と思います。10年前から、責任者として化粧品フロアを担当してからより強く感じることがあります。お客さまが皆、私たちの言葉の「信頼感」に価値を感じてくださっているということです。駆け出しのころは商品知識の説明ばかりしていましたが、今はお客さまの悩みや要望に寄り添い、それを解決してあげるにはどうしたらいいか考えます。だからこそお客さまは、「なじみの販売員さんから買いたい」と言ってくださるのです。

WWD:現在の主な仕事は?

喜納:従業員の就業管理業務や研修などのバックアップ。話す相手はお客さまから、娘・息子ほど歳が離れた販売員に変わりました。失敗して落ち込む若い子たちに、どう前を向かせてあげるか。相手がお客さまでも販売員でも大事なのは、言葉や態度を通じて相手に与える「安心感」「信頼感」ですね。

WWD:閉店が近づき、長年のお客さまと思い出話にふけることも増えた?

喜納:中には、1950年代に当店の周囲を往復していたロープウエー「ひばり号」に乗ったことがあるという、年配のお客さまもいらっしゃいますね。当時の思い出を楽しそうに話してくださいます。ですが、「閉店前に家族でもう一度お買い物を」というお客さまそれほど多くはない印象です。でもそれが逆に、“東横店らしい”のかなとも思いますね。

WWD:というと?

喜納:当店は「百貨店」ではありますが、ハレの場というよりも、日常に溶け込んできたというか。お店の中を待ち合わせとして使ったり、電車までの暇つぶしに使ったりという方も多かったのです。私は人生の半分以上を東横店で過ごしてきましたが、ひとたび館の外に出れば、迷ってしまいます。それほど渋谷の街は大きく生まれ変わっています。しかし街が移り変わっても、人の流れはそれほど変わらぬもの。通勤通学など、日常の往来のルートとして使っている方も多いので、毎日お顔を拝見して、こちらから一方的に知っているなんて方もいます。そういう方のお顔が急に見えなくなると、「どうしているのかな」と勝手に心配したりなんかして(笑)。そんな日々が終わってしまうと考えると、やはり寂しいですね。

WWD:閉店当日をどのような思いで迎える?

喜納:東急の正面入口に、閉店までの日数をカウントダウンするポスターがあります。数字が1ケタになったとたん、急に寂しさがこみ上げてきました。私は、今では4人の子どもに恵まれています。育休や時短勤務など、周囲の理解や協力があったから続けてこられましたし、寂しさ以上に感謝の気持ちでいっぱい。子どもたちにいつも教えているのが、3つの心をもつこと。常に前向きでいようという「明るい心」、何事にもワクワクできる「楽しむ心」、そして涙を見せない「強い心」を持つこと。これは東横店の現場で学んだことでもあります。でも(3月31日は)泣かないでいられるか、ちょっぴり心配です(笑)。

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