時計ブランドが「名門」と認められるためには、技術力と哲学が凝縮された“時計の歴史に残るマスターピース”が欠かせない。たとえば「オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)」なら懐中時計の“グラン・コンプリカシオン”、「IWC」なら“イル・デストリエロ・スカフージア”、「パテック フィリップ(PATEK PHILIPPE)」なら“キャリバー89”、そして「ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)」なら“リファレンス57260”。こうした時計は機械式時計の可能性を追求し、その名を時計史に刻んできた。
対してセイコーは「セイコー スタータイム」という、ブランドアンバサダーを務める大谷翔平選手のために開発した、世界で1本だけの機械式腕時計でマスターピースの制作に挑んだ。目指したのは、人間が積み重ねる時間そのものを主題にした時計。そこで2016年から10年間の国内アンバサダー契約を結び、今年からはグローバル・アンバサダーを務める野球界のスターである大谷選手のアイデアに基づき、100万時間=約114年間もの時間積算機能を持つマスターピースを生み出した。この1本は、大谷翔平選手とともに伝説として語り継がれるだろう。
大谷翔平選手の時間哲学や
人生哲学を反映した「積算機能」
大谷選手が「世界一の野球選手になる」という目標のもとに幼少期から続けてきたタイムマネジメントは、私たちが一般的に考えるスケジュール管理技術ではない。「目標達成のためには今、何をしなければならないか」を第一に考えた「未来逆算型」と言われるタイムマネジメントだ。それが大谷選手の投打二刀流を可能にしたことは、スポーツ専門誌を筆頭にさまざまなメディアで紹介・解説している。
このマネジメントの背景には「人生の時間は限られている」「その中で悔いのないように頑張り、ベストを尽くしたい」という、大谷翔平選手が幼少期から持ち続けている時間・人生哲学がある。その哲学の実践のひとつとして大谷選手は幼少期から「夜9時頃に就寝して翌朝7時半頃に起きるという約10時間半の睡眠ルーティン」を、そして現在も「10時間の睡眠と試合前の2時間の昼寝」を実践していることはあまりにも有名だ。「セイコー スタータイム」は、大谷選手のこうした時間・人生哲学をしっかり反映している。
5枚の大きさや回転速度が異なる
ディスクで「人生の時間」を可視化
「セイコー スタータイム」は、文字盤の中央から外周部まで、それぞれ回転速度が異なる5枚のディスクで、現在時刻と大谷翔平選手の「人生の時間」を積算表示する。文字盤中央、いちばん内側の小さなディスクは24時間で1回転して現在時刻=24時間の積算時間を。内側から2枚目が1000時間で1回転して、1000時間単位の積算時間を表示。さらに内側から3枚目は1万時間、4枚目は10万時間、そしていちばん外側の5枚目は100万時間の積算時間を表示する。上述の通り、一番内側の文字盤は1日で1回転するが、2枚目は約41.67日、以降416.67日、4166.67日、4万1666.67日で1回転する。大きな時計は、実に114.16年もかけてゆっくりと時を積み上げるのだ。
ちなみに1万時間というのは、何かのプロフェッショナルになるための学習・練習時間として「1万時間の法則」と言われたりする時間。もし毎日3時間ずつと決めたら、達成には約9年かかる時間だ。また10万時間は1日8時間×週5日×約50年、つまり普通の人が一生で仕事をする時間に近い。
この表示機構の意味は、単に大きな数字を示すことではない。1000時間、1万時間、10万時間、100万時間という単位を重ねることで、日々の努力や専門性の獲得、職業人生、そして一生を超える時間を、ひとつの文字盤の上で連続したスケールとして描くことだ。
セイコーがこのタイムピースをめぐる大谷選手とのやりとりや開発のエピソードを紹介した公式YouTubeチャンネルの「前人未到の挑戦 100万時間を刻む積算腕時計 セイコーが挑んだ開発の舞台裏」には、現在32歳の大谷選手自身が「この時計は、どんな時計か」を語る興味深い部分がある。彼は「自分は野球選手としてキャリアの最後にある。あとどれくらいの時間を積み重ねられるかを考えている。その時間を、身に着けていつも考えられる腕時計がほしい」という。この時計は、大谷翔平というスーパースターの人生の時間、そのキャリアを100万時間=約114年というタイムスケールで計測、把握するツールなのだ。
この長大なスケールは、天文時計にも通じるものだ。しかし100年単位のカレンダーを扱うパーペチュアルカレンダーや、惑星の公転を文字盤上で再現するプラネタリウム系の腕時計が宇宙の時間を表してきたのに対し、「セイコー スタータイム」は人間の人生とキャリアの時間を主題にしている。しかも時計の主役は、宇宙ではなく人間。それも人類史上もっとも優れたアスリートのひとりである大谷翔平選手だ。ここまでパーソナルで、しかも壮大な時間を扱う腕時計は前代未聞だ。
夜空を彷彿させるデザインと
画期的な減算カウンターメカニズム
この腕時計で最後に強調すべきは、「人生の積算計」という前代未聞の機能を、夜空を思わせるデザインと腕時計サイズのメカニズムとして成立させたセイコーウオッチのデザイナーや技術者たちの偉業である。
直径の異なる5枚のディスクを重ね合わせ、それぞれにダイヤモンドをセットし、いちばん内側の24時間ディスクのみを夜空で位置が変わらない北極星のように見せる文字盤は、天文時計を思わせる独創的なデザインだ。肉眼では動きが分からないほどゆっくりと回転するディスクは、大谷選手が毎日一歩ずつ積み重ねてきた努力の時間を象徴すると同時に約114年という時間の壮大さを表現している。
見ることはできないが文字盤の下で時刻を、そして人生の時間を積算する機能を果たす超減算カウンター機構付きムーブメントも、過去に例のない画期的なもの。正確に時を刻みつつ、決して軽くはない素材の5枚のディスクを正確に回転させる。これだけのメカニズムを白紙の状態から3年という短い時間で実現した技術陣の才能と努力にもただただ驚かされるばかりだ。