PROFILE: 松本雄介/アシックス サーキュラーエコノミー推進部

ファッション業界のサーキュラーエコノミーは、素材の分野では着実に前進し、「繊維to繊維」リサイクルがようやく動き始めている。しかし靴は、話が別だ。一足のスニーカーは多くのパーツで構成され、素材が複雑に絡み合った複合体であるがゆえに、靴を粉砕して再び靴の原料に戻すことは「難しい」とされ、どのブランドも完全な「靴to靴」リサイクルを実現できていないのが現状だ。しかし、アシックスがついにそれを実現した。3月6日にヨーロッパ限定で発売した新モデル「ネオタイド(NEOTIDE)」がそれだ。廃棄予定の靴を粉砕・再材料化し、再び靴に戻したプロダクトである。そのブレイクスルーの鍵は、靴とはまったく関係のない産業の技術にあったという。同社の松本雄介アシックス サーキュラーエコノミー推進部に、技術の核心から産業設計の思想まで詳しく聞いた。
「靴は服と違う」複合素材がリサイクルを阻む壁
WWD:繊維のリサイクルは動き始めています。靴のリサイクルが遅れているのはなぜですか。
松本雄介アシックス サーキュラーエコノミー推進部(以下、松本):靴は約40〜50パーツで構成されていて、素材の種類がとにかく多い。EVA(発泡クッション材)、ラバー、テキスタイル、金属、そして接着剤。服であれば比較的単一素材に近いものもありますが、靴はこれらが複雑に組み合わさっています。
粉砕しても素材ごとにきれいに分けられるかというと、そう簡単ではない。接着剤は各パーツにわずかに残り続けますし、EVAの硬さや配合もブランドや型番によってまちまちです。様々な靴が混ざって集まってくると、品質にばらつきが出てしまう。そこが「靴to靴」リサイクルの最大の難しさでした。
WWD:分解するとどのような素材に分かれるのですか。
松本:大きく6種類です。クッション材のEVA、靴底のラバー、アッパーのテキスタイル(主にポリエステル)、ハトメなどに使われる金属、レザー、そしてそれらに分類できない「フラッグ」と呼んでいる接着剤の破片や糸くずが混じったものなどです。
量的には EVA、ラバー、テキスタイルの三つが大半を占めます。このうち EVA とラバーは今回の「ネオタイド」のソールに、テキスタイルは糸に戻してアッパー素材に活用しています。金属は比較的分離しやすく、レザーの再利用も今まさに検討中です。
ブレイクスルーは「建材」の技術だった
WWD:2024年11月に発売した前モデル「ネオカーブ(NEOCURVE)」と比較するとリサイクル材料比率が25%から39.4%へ、約14ポイント向上しています。また、業界ではこれまで、単一素材による「靴to靴」リサイクルや、複合素材を粉砕して床材などにダウンサイクルする事例はありましたが、複合素材の廃棄シューズを分別・材料化し、再び靴として商業販売にまで結びつけた事例は、スポーツブランドとして初めてと伺っています。その技術的なポイントはどこにありましたか。
松本:最大のブレイクスルーは「凍結粉砕」という技術です。EVAは本来柔らかい素材なので、そのまま砕こうとしてもうまく細かくできない。そこで一度カチカチに凍らせてから粉砕することで、より細かく均一なペレットを作ることができました。細かくなることで素材同士がくっつきやすくなり、引き裂き強度が上がります。これはクッション性だけでなく、耐久性の面でも大きな前進でした。
WWD:凍結粉砕はもともと靴の業界の技術ではないのですね。
松本:もともとはコンクリートなど建材系の産業で使われていた技術です。連携しているオランダのシューズリサイクル大手 FFG(Fast Feet Grinded)社のネットワークを通じて、そういった技術を持つ事業者を紹介してもらい、共同で開発しました。
FFG 社の親会社が機械メーカーということもあり、設備の改良や条件変更をしながら試行錯誤できる環境が整っていました。私自身もヨーロッパの現場に何度も足を運んで、配合や処理時間を調整しながら着地点を見つけていきました。
WWD:リサイクル材料を増やすとクッション性が落ちるというイメージがありますが。
松本:正直、影響はあります。ただ、品質を妥協して発売することはしません。トップクラスのランニングシューズと同等の柔らかさというのは現時点では難しいですが、スニーカーとして求められるクッション性と引き裂き強度は担保できています。それをクリアするまで何度も繰り返しました。
サーキュラーエコノミー推進部とは「産業を設計する」仕事
WWD:サーキュラーエコノミー推進部は2023年1月に新設され、松本さんは25年から所属しています。松本さんの担当範囲を教えてください。
松本:ヨーロッパに限定した話になりますが、粉砕材料の開発から始まり、サプライヤーとの共同開発、マーチャンダイジング、マーケティング、数量決定まで、最初から最後まで担当しています。ハブとして全体を動かすイメージです。通常、商品開発・デザイン・発注・マーケティングはそれぞれ別の部署が担います。このプロジェクトはそれらを横断的につないでいく必要があるので、自然とそういう動き方になっています。
WWD:それはある意味、サプライチェーンの構造そのものを設計する仕事ですね。
松本:そうだと思っています。材料の定義を変えること、他産業の技術をつないでくること、他業種との協業を開拓すること、法律の壁に働きかけること、これらは全部、既存のものづくりの枠組みを問い直す作業です。
もともと私は品質管理出身で、プラモデルが好きで開発に移りたいと思っていました。まさかここまで仕組みを作ることになるとは思っていませんでしたが、誰もやっていない領域だからこそ面白いとも感じています。
WWD:「ネオタイド」で得た知見は、アシックスのモノづくり全体に反映されていきますか。
松本:段階的に広げていきたいと考えています。一気に置き換えようとするとコスト面をはじめ様々な問題が出てきます。ペットボトル由来のリサイクルポリエステルが、一時期は供給不足で取り合いになっていたのが今では一般化されたように、まずは少しずつ広げてスタンダードにしていく。そのプロセスが重要だと思っています。
将来的には「分解しやすい靴」の設計、いわゆる Design for Disassembly にも取り組んでいきたい。出口だけでなく、入り口の設計から変えていくことが本当の意味でのサーキュラーだと思っています。
WWD:アシックスはすでに2024年、リサイクルを前提に設計したランニングシューズ「ニンバスミライ(NIMBUS MIRAI)」を発売しています。「ネオタイド」が廃棄された靴の「出口」を変える取り組みだとすれば、「ニンバスミライ」は靴の「入り口」を変える取り組みと言えます。
「もったいない」とサーキュラーエコノミーは、同じではない
WWD:プレスリリースの冒頭に「もったいない」という言葉がありました。欧州のサーキュラーエコノミーという産業戦略と、日本の文化的な「もったいない」は、同じものとして使っているのですか。
松本:正直に言うと、違うと感じる場面が何度もありました。ヨーロッパでのサーキュラーエコノミーは、規制への対応、資源効率化、産業競争力など、どちらかというと戦略的・定量的なニュアンスが強い。取り組みを説明すると、CO₂削減は何パーセントか、リサイクル率の証明書はあるか、という問いが先に来ます。
一方、日本の「もったいない」はもっと感情的・人間的です。まだ使えるのに捨てるのは忍びない、作り手への感謝を忘れたくない、という内発的な感覚です。今回あえて「もったいない」という言葉を使ったのは、「これはゴミじゃない、資源なんだ」というメッセージを込めたかったからです。規制への対応ではなく、その感覚こそがこのプロジェクトの出発点にあると思っているので。
WWD:日本のもったいないという感覚が、このプロジェクトの根っこにある。
松本:そう思っています。廃棄予定の靴が燃料として燃やされていくのを目の当たりにしたとき、「これはもったいない、靴に戻せないか」という気持ちが最初の一歩でした。それはデータより先に来る感覚です。ただ、その感覚を実現するためにはヨーロッパ的な定量化・仕組み化が不可欠でもある。両方が必要なんだと思っています。
欧州で証明した地産地消を日本で実現するために
WWD:今回ヨーロッパ限定発売の理由は、地産地消の実現ということですね。
松本:そうです。シューズの回収から粉砕・材料化・製造・販売まで、すべてをヨーロッパ圏内で完結させることで、輸送に伴うCO₂を大幅に抑えることができます。1足あたりの温室効果ガス排出量は9.6kgCO₂eですが、この地産地消モデルがその数字を可能にしている大きな要因の一つです。
ヨーロッパを選んだのは、FFG 社のような高度な分解・分別技術を持つパートナーがいたこと、ヨーロッパが当社にとって大きなマーケットであるため廃棄シューズも一定量集まること、この二つが重なったからです。
WWD:では日本での展開はどのような状況ですか。ハードルはどこにありますか。
松本:大きく2つあります。一つは法律の問題です。日本では靴を回収すること自体に難しさがあります。有価物か無価物かという扱いによって関連法律が変わり、お客様から使用済みの靴を回収しようとすると、現行法では様々な障壁があります。アジアへの材料輸送も課題です。廃棄予定のシューズは国際輸送の段階では法律上「廃棄物」と分類される可能性があり、先進国から途上国への廃棄物輸出を規制するバーゼル条約に抵触するリスクがある。「これはゴミじゃない、資源だ」という考え方は、国境を越えた瞬間に法律の壁にぶつかるのです。
もう一つはインフラの問題です。日本にも関連する施設はありますが、靴を専門に分解・分別できる FFG のような仕組みはまだありません。今、複数のパートナーと連携しながら日本でのエコシステムを構築しているところです。
WWD:「できることは証明した、あとは仕組みの問題だ」ということですね。
松本:まさにそうです。技術的には、「靴to靴」リサイクルは実現できるということが証明できました。ペットボトルのリサイクルがブランドの垣根を越えて一般化したように、いつか靴も同じようになってほしい。そのためにアシックスが業界をリードしていく存在になれればと思っています。
WWD:靴やバッグのリサイクル、エンド・オブ・ライフの扱いに関しては、日本で展開するインポートブランドも苦慮しています。
松本:そうですね。アシックスのモデルが一つの答えになれるかもしれない。「靴to靴」でなくてもいい、靴から別の何かへでもいい。「これはゴミじゃない、資源だ」という考え方が業界全体に広がっていくことが、私たちが目指していることです。
